番外編⑤ ブラックスターズ狂③
「あれ、これって………先輩?」
偶然だった。たまたまテレビに野球の試合が映し出され、地元に本拠地のあるチームが大敗、ちょうどそのゲームセットの瞬間だった。
何か騒いでいる女性客がいる。不自然に音声が消え、しばらくしてから場内の声が戻ってきた。あの客はいなくなっていた。
「あの厚木先輩があんな顔で……別人?」
いつでもクール、表情を崩さない憧れの人がまさか駄々っ子のように叫ぶとは考え難い。しかしブラックスターズというチームを他の何よりも大事にするというのなら、ブラックスターズにだけ本物の顔を見せ、隠さない感情をぶつけるのも当然ではないか。
「………会社の誰かに聞けばわかるのかもしれない。でも私は自分で確かめたい」
彼女の名は『大洋 真凛』。熱狂的ブラックスターズファン、厚木星菜の真の姿を知りたかった。
「………はーっ………………」
喚き散らした後、星菜は我に返った。ああ、終わったと。明日から…いや、今日このときからかわいい後輩、真凛の自分に対する態度と距離は大きく変わることだろう。
「……先輩………」
「………何?まだ帰ってなかったの。一刻も早くこの場を……私の前から離れたいでしょうに」
星菜の吐き捨てるような言葉とは逆に、真凛はその隣に座り、とんでもないことを言うのだった。
「さっきの言葉………つまり惨敗を喫した選手たちを無理やり襲いたいというのはほんとうですか」
「…………は?」
「今日は二人います。うまくいくかもしれませんよ、やっちゃいませんか?」
きっと冗談なのだろうが、すっかり驚いてしまい星菜は座席から転げ落ちそうになった。
「……い、いやいや、今日は残念だけど………明日も仕事があるから仕方ない。レズレイプしてやりたいという気持ちは強いままだけどまた後日にまとめて………」
「なるほど………選手たちに乱暴したいという欲求は確かだと?それなら球場を去る選手をタクシーで尾行して自宅付近で襲えばいいのでは?明日は午後から出勤しましょう」
「………えーっと………」
星菜は困ってしまった。もしほんとうに実行しようものなら球場出禁どころか社会から出禁だ。しかし真凛は小さく微笑むと、
「ふふっ、すいません。ちょっとからかってみただけです。今日はやらないというのなら、少しお酒につきあってもらえませんか?」
「………あ、あなたってそんな性格だったっけ?まあ少しなら………」
大差がついた試合だったが、ブラックスターズ打線があまりにも淡白で雑だったせいでまだ九時前、時間には余裕があった。
「てっきり外で飲むものだと……でも驚いた。あなたの家がこんな場所にあるなんて……」
あっという間の流れで、真凛のマンションで酒を飲むことになった。そしてこの場所は職場までの距離は星菜の自宅とそう変わらないが、ハマスタへの距離はずっと近かった。
「素晴らしい!私もここに住みたいわ」
「………!と、いうことはまさか………」
「私の家とトレードしない?買い物は私の家のほうが近くにいろいろ揃っていて便利だし夜の帰り道の街灯も明るい……この交換トレード、考えてみてくれないかしら!?」
「……は―――っ…………ばか」
ハイペースで飲み続けている星菜はなぜか機嫌を悪くした真凛の変化に気がついていない。そして酒の愚痴はもちろんあのチームの話だった。
「フォックスやロメック、リーチみたいな女詐欺師集団に騙されて………外人スカウトを今すぐ変えないと!」
「詐欺師………確かにそうですねぇ」
「今年のルーキーたちは久々に外ればかりなのも痛いわ。先発投手はあの小さいの以外まともに働かないし……」
「小さいの?明日先発だそうですね」
一つ一つに相槌を打ち、レジェンド新浦監督就任の今年こそはという期待を裏切られ嘆く年上の先輩をなだめる真凛。やがてマシンガン愚痴が止まったので、この機会を逃さず仕掛けてみることにした。
「球場での話に戻りますが……やはりブラックスターズの選手を無理やり襲いたいという思いは本物なんですか?」
「え?う〜ん……どうなのかな。小さいころからヤジの一つとして使っていただけで………死ねとか殺してやるとかよりはまだマシかなと………いや、全然マシじゃないか。あはは……でも時々はあの連中本気でレズレイプしてやろうかと……」
アルコールにやられた赤い顔できまりが悪そうに星菜は話す。すると真凛は星菜のすぐ隣に座り、その手を優しく握った。
「……それはよかった。じゃあ先輩、代わりにこの私を好きにしても構いませんよ」
「え?ん…………んんんっ!?」
「プロ野球選手を襲うよりは簡単だと思います。それに私は嫌じゃありませんから、犯罪にもなりません。さあ」
星菜はすぐにゴロゴロと床を転がりながら真凛のそばから離れ、部屋の壁に背中をつけながら慌てて手を横に振りながら言った。
「そ、そんなんダメでしょ!い、いくら合意しているからってそんな簡単に………いや、私もあなたのことはかわいい大事な後輩だと思っているけど酒の勢いでっていうのは違うような!?」
「…………」
「ブラックスターズ狂の私なんかと一線を越えたら絶対に後悔するって!もっとお互いのことをよく知ってから………」
すると真凛は深いため息の後、嘲笑うようにして星菜を見下すのだった。
「……ふふっ、これではっきりしました。先輩はレズレイプなんかできっこない。こんな状況ですら動けないのだから」
「…………」
「つまり………嘘なんですよ。嘘の気持ちをブラックスターズにぶつけている!つまり先輩のブラックスターズへの愛情も偽物!」
二転三転、部屋の空気が慌ただしく変わるなかで、この真凛の一言は決定的だった。
「………は?」
「まあプロ野球球団のくせにあんなお粗末なプレーばかりのインチキ集団のファンらしいですね。薄っぺらく、弱く、不誠実………」
次の瞬間、真凛はもの凄い力でベッドに押し倒された。目の座った星菜が覆い被さっていた。
「………!?」
「ブラックスターズへの侮辱は許さない。石河武美の背番号も知らないくせに」
散々自分で罵倒しながら、素人にチームを悪く言われるのは嫌だという厄介な、しかしどこにでもいるファンだった。
「そして私のブラックスターズ愛すら否定した………私が本物だということ、たっぷり教えてあげる。レズレイプしてやるわ」
そして翌朝、満足そうに眠る真凛の横で星菜は頭を抱えていた。
「やってしまった…………」
大洋 真凛 (会社員)
熱狂的ブラックスターズファン、厚木星菜の後輩。背は低いが太刀川みちよりは高い。ちなみに星菜は木谷都より少しだけ低い身長で、一般人の中ではそこそこ高め。




