第6話 黄金ルーキーの実力
この日、いつもより報道陣の数が多かった。光莉さんの登録抹消、そして代わりに合流した黄金ルーキー、木谷都について監督にコメントを求めるためだ。
「井藤は背中のコンディション不良で、それ以上の理由はない。チームの大事な戦力であることは間違いない。早く万全に戻してほしいと願うばかりだ」
「昇格した木谷はどのように起用するのですか?ファンも気になっています」
「ミヤコは素晴らしい新人だ。今日の先発捕手はトバだが彼女にも必ず機会は来る」
試合前練習でも観客が入ってからは木谷さんが一番の声援を受けていた。
「頑張れよミヤコ~!」
「チームを救ってくれ~~~っ!!」
最下位に沈むチーム、もともと一軍にいた戦力じゃもはやどうしようもできないから二軍から上がってくる新星が救世主になるのを信じて祈るしかないということか。
「……スタンドではあいつの応援歌の練習か。まだデビューもしてないのにもう応援歌があるなんて。引っ込めコールが起きたらやだなぁ……」
戸場さんは早くも不安そうだ。皆が木谷さんを待ち望んでいるだけに、自分のプレーにいつも以上に厳しい視線が向けられるからだ。少しでも下手な動きをしたらすぐに心無いファンからブーイングが飛んでくると弱気になっている。
「そんなこと起きないですよ!木谷なんていらないって皆に思わせてやらないと!」
いっしょにジョギングをしながらわたしは戸場さんを励ました。当然ながらわたしに専用の応援歌はない。戸場さんだって一軍に定着して二年目にようやく作られた。それだけ木谷さんが特別な存在として扱われているということだ。
「………そうだよね。勝てば…活躍すれば私が正捕手で居られる。せっかく掴んだチャンスなんだ。新人のあいつに簡単に奪われてなるものですか」
「その意気です!ファイトファイト!」
わたしは戸場さんと木谷さん、どちらを応援しているわけでもない。でも実力を出せずに失敗してほしくない。立場上はライバルでも仲間の悲しむ顔なんて見たくない。
どうにか頑張って、戸場さん!そう願っていたけれど現実は残酷だった。
『打った―――っ!!ペンギンズの若き4番、村下が今日も豪快な一発!五回にして猛打賞達成でもある第12号ホームランが飛び出した―――っ!これで8-0!ブラックスターズは投手陣が崩壊!総崩れです!』
わたしたちの先発投手は開幕投手も務めた『前橋花子』さん、相手は助っ人のマロン。共に好不調がはっきりしている投手だけど今日は明暗がはっきり分かれた。二回で5失点の前橋さんは早々に降板、後を受けたベテランの藤尾さんと小須田さんもそれぞれ失点し、今日も終盤を待たずして大勢は決まった。残念なことに戸場さんも初回に後逸、ここまで3盗塁を許してとても厳しいところに追い込まれてしまった。
「…………」
その様子をわたしの隣に座っている木谷さんは顔色一つ変えずに眺めていた。昨日の夜の出来事のせいでいまだに会話がなかったけれど、ここでむこうのほうからひとり言と勘違いしそうな話し方でわたしに語りかけてきた。
「……あなたなら…あの村下をどう抑える?」
まだ10代、高卒二年目ながらミルルトの主砲となった、『村下貴音』。未完成の打撃は粗削りでも甘く見ていると手痛い一発を相手にお見舞いする。そんな強打者の攻略法を見下しているわたしに聞いてくる、その意図がわからなかった。
「どうって……こっちのピッチャーが誰かにもよるけれど」
「捕手としてのあなたの意見は求めていない。あなたが投手ならどうするか聞いている」
元投手としてのわたしを知る数少ない人間である木谷さんならではの問いだった。答えに困ったけれどこの試合展開では戸場さんは交代させられるだろう。となると木谷さんのデビューとなるのだからわたしも少しは役に立たないといけない。
「う~ん…とにかく内角を攻める。フォアボールになろうがデッドボールになろうが構わない。バッティングを狂わせるためにとにかく内角に速球を続ける」
「…………わかった。あなたの考えは理解した」
それだけ言うとベンチ裏に下がってしまった。参考になったかどうか、そんな感想を一切言わないままわたしを置いてけぼりにしていなくなっちゃった。
「ちぇ~っ……やっぱり仲よくなれないのかなぁ、木谷さんとは」
他の人たちみたいにご機嫌取りをして将来の億プレーヤー、その先はチームの幹部になるだろう木谷さんに擦り寄るつもりはないけれど、せっかく同じチームでプレーしているのだからこのまま微妙な空気が流れる状況は早く終わりにしたいんだけどな。
「トバ、次の回あなたに打席が回ったら代打を送る。回らなければもう1イニング守備につくように。今日は残念だったが気持ちを切らさないよう切り替えてほしい」
「……はい」
六回の表は3番の中園さんから。7番の戸場さんまで回すには二人以上塁に出る必要がある。代わりに誰が代打で出るのかはまだ告げられなかった。第三捕手であり最後の野手でもあるわたしだけは絶対にない、それしかわからなかった。
「………ボール、フォア」
マウンドのマロンがええっ、という顔で判定に不服な態度を見せた。でも8点も勝っているからかすぐに笑顔になった。横浜の野手陣で一番選球眼のある中園さんが出塁し、まずは1点返していこうとベンチも少し盛り上がりが戻ってきた。
「ストライク!バッターアウト!」
4番大筒さん、5番長崎さんが連続三振して一気に静かになってしまった。ゲッツーを打たなかっただけマシという消極的な声まで聞こえていた。あっさり終わるかと思われたところで石河さんがレフトへ流し打った打球がしぶとくヒットになった。これで打順は7番まで回った。ここでようやく誰が出るのかわたしたちも知った。
『今日も苦しいブラックスターズ、意地を見せるか!打順は7番の戸場です、しかしネクストには山上が……いや、戻っていきます。そしてラメセス監督が出てきて代打を告げます。山上ではなく……おっと、ベンチから出てきたのは!』
『バッター、戸場に代わりまして……木谷、バッターは、木谷!背番号22』
その名前が告げられた瞬間、レフトスタンドからは大歓声が沸き上がり、敵側のライト方面からもおおっ、という声が起こった。高校、大学の野球で共に頂点まで上り詰めた彼女の初出場に球場中の思いが一つになった。
「………」
そんななかでも木谷さんは極めて冷静そのもので、もう何年もプロとして同じことを続けているかのように打席に入り、形だけの礼の動作をするのだった。
(緊張する初打席……それでもあんなに落ち着いている。やっぱりこれがほんとうの木谷さんだ。昨日の夜のことは…何かの間違いだったって忘れたほうがいいかもな)
感情を爆発させて叫んだあの姿はわたしが夢でも見ていたということにしよう。いまはそのバッティングをじっくりと見たい。わたしを簡単に追い越してやると宣言した通りかどうか―――初球だった。
『マロン、ランナーを軽く目で牽制してから……代打木谷に対し投げました!』
真ん中低めのストレート、狙い球だったのか鋭いスイングで力負けせず弾き返した。いい音と同時に放たれた打球はピッチャーの足元を抜けていった。
『打った―――――っ!マロン捕れない!ショートも捕れない、抜けた抜けた!中園は三塁を蹴ってホームに向かうがボールは戻ってきません!ホームイン!ブラックスターズ、ようやく1点返しました!なおもランナー三塁一塁!』
センター前へのヒット、しかもタイムリーになった。プロ初打席でいきなり初安打、打点までついた。文句なしのデビューに横浜ファンの歓声はますます大きくなった。
「凄いな。ここまで見せつけられちゃうと…いろいろ諦めもつくかな」
「………じゃあ行ってきます」
木谷さんが作った流れを生かせずにこの回は1点だけ。9番の投手小須田さんまでは回らなかったので続投だ。木谷さんがベンチに戻って準備が終わるまでの間わたしが小須田さんの球を受ける。キャッチャーは準備に時間がかかるのでこれも第三捕手であるわたしの仕事だ。そろそろ投球練習も終わりというところで木谷さんがきた。
「みーやーこ!みーやーこ!みーやーこ!」
大合唱を背に木谷さんがわたしのすぐそばに立つ。すぐに入れ替わらないといけないからそんなに話もしていられない。腰を軽く叩いて短く祝福の言葉を伝えるだけだ。
「ナイスバッティング、おめでとう!」
「…………あ、ありがとう」
わたしの触れた腰を何度もさすりながら小さな声で返してきた。わたしに触れられたのが嫌だったのか、その後も何度も気にしていた。痛めているわけではないようだ。
(あちゃ~……まずかったな。馴れ馴れしくしたのは失敗だった!これで木谷さんが調子を崩したら球団に何を言われるかわからないぞ。あ~………軽率だった…)
「球界の宝に余計なことしやがって…!どうしてくれるんだ、このゴミ!」
戸場さんとはまた違った理由でわたしは真っ青になっていた。わたし程度の首は簡単ふっ飛ぶ。お願い、このまま何事もなく……拝みながらグラウンドを見つめていた。
『この回から捕手が変わりましたが小須田、三者凡退に仕留めました!チェンジ!』
わたしはほっと息をついた。捕手としても木谷さんは最高のスタートを決めた。そういえば大学四年間、この神宮は木谷さんの庭だった。デビュー戦と舞台としては本拠地の横浜よりもいい場所だったに違いない。とはいえどこかのドーム球場だろうが小さな地方球場だろうが同じ表情で淡々とこなしていただろうな。
いま木谷さんは監督と通訳を挟んで会話している。あと2イニングは守備があるのでその打ち合わせだろう。わたしの隣に誰もいなかったところで、登板を終えた小須田さんがジュースを飲みながら座ると、周りに聞こえないような声でわたしに話しかけてきた。
「いや~…みっちゃん、あの子は恐ろしいわ。嫌がらせとかされてない?大丈夫?」
「え?どうしたんですか、急に」
「長年いろんなキャッチャーと組んだけれどあんなのは初めてよ。途中で一回私が首を振ったでしょう?そうしたら次のサインがいつまでたっても来ないの。嫌がっても同じサインを続けて出すキャッチャーはいたけれど一切何も出さなくなる、ベテランじゃなくて新人がやったのよ、それを。確かに大物だわ、あの子は」
サインに従うのが嫌なら投げなくていいという乱暴な脅しだ。相手がずっと年上でも容赦なし、それが木谷さんのスタイルか。
「きっと私が後がないっていうのをわかってやっている。敗戦処理に回されて今日も失点している。逆らえる立場かって冷たい視線で睨まれたもの」
確かにずっとこんなことをしていたら投手陣からそっぽを向かれてしまうだろう。断れない、拒否できない相手に対してのみ圧力をかけるのか。その答えは次の回に明らかになる。この頃惨敗試合が続いているせいで、ビハインド用の投手たちが連投になっている。僅差の接戦で投げる投手まで使わないと数が足りなくなった。今日打たれても評価は下がらない、余裕のある投手を木谷さんがどうリードするか。
『ただいまの回に代打いたしました山上がそのままファーストに入り、ファーストのセトに代わり2番ピッチャー、二吉。背番号、24。以上のように交代いたします』
二吉さんは本来こんな場面で投げる投手じゃない。たまにコントロールを乱して四球を続ける試合もあるけれど調子がいいときはどんな打者も打球が外野まで飛ばない。監督が信頼する投手の一人に対し木谷さんがどうするか、そこに注目が集まった。
初球、さっそく二吉さんが首を横に振った。すると木谷さんは別のサインを出した。それに頷いた二吉さんがセットポジションから投げ、変化球で空振りを奪った。
(……ある程度のレベル以上のピッチャーにはわがままを許すのかな?)
問題なく最初のバッターを打ち取った。事件は次の打者のときに起こった。今度はカウント2-2と追い込んでから、二吉さんは三回続けて嫌がった。すると木谷さんはそれ以上サインを出さず、予定通りのコースに構えたまま動かなくなった。
(なるほど。木谷さんは内角高め、二吉さんは外角のどこかに投げたいのか)
二吉さんも譲らなかった。振りかぶって投げたのは、高さは真ん中の外角にだ。
『二吉投げた!おっと、打ちました!ライト前に落ちるヒットになります!』
打たれたことよりもずっと衝撃を受けたのは、木谷さんが全くミットを動かさず、もしバッターが見送れば確実に後ろにボールは転がっていったということだった。
(……!コントロールミスなら構わないけど露骨なサイン無視は捕る気なし!空振りだったら振り逃げされていたというのに……!なんて新人なのかしら!)
その後、八回裏の最後の打者まで二吉さんは全て要求通り投げた。二吉さんもなぜかわたしのところにやってきて、とんでもない子が現れたと言ってくるのだった。
九回表、8-1のまま迎えたおそらくは最後の攻撃。先頭の石河さんが凡退してもレフトスタンドの応援団の熱気は冷めず、黄金ルーキーの二打席目に声援を送った。その期待にしっかり応えるのが木谷都という天才のなせる業か。2球続けてボール球を見送った後の3球目、甘いスライダーを叩いてセンターへ強い打球が飛んだ。
『これは落ちそうだ!センターの下田捕って……ああ―――っと!後逸した!それを見た木谷は二塁に……いや、三塁まで進みました!いくら勝利目前とはいえ守備固めで入った選手のこのプレーはいけません!一方の木谷はこれで2の2!』
記録はシングルヒットと相手のエラー。敗戦濃厚の状況で全力疾走を怠らずに三塁に到達した木谷さんにスタンド、それにベンチからも拍手が飛んだ。わたしは彼女の模範的なプレーを、驚くべきことにネクストで見ていた。そう、代打で出るのだ。この回が始まる直前で監督から代打の準備をするように言われた。
「……!?わたしがですか!?まだ選手を使い切ったわけじゃないのに。いよいよ敗退行為かって怒られちゃいますよ、わたしなんかを使ったら」
「いや、今日の試合はもう無理だ。肝心なのは明日勝つこと。明日は調整を終えたヒュウズが先発なのは知っているね?彼女は前回の登板できみのことをずいぶん気に入ったようでね。きみを捕手にとわざわざ指名してきたんだよ」
「わ、わたしを?と、いうことは………」
「そう、きみは明日7番捕手としてスタメンだ。初めてだろう、スタメンは。ちょっとでもその緊張を和らげるために今日のうちにゲームに参加するんだ」
そしてわたしの名前がアナウンスされると、場内の空気は一気に白けていった。
「木谷が諦めてないっていうのに…」
「ラメセスは試合を捨ててやがる、クソが」
通算0安打の打者が1アウト三塁の好機に代打として出てきたらそりゃそうなる。逆転は無理だとわかっていてもベストを尽くして負けてくれと誰もが思うだろう。
(こんな時こそ初ヒットのチャンスかも……)
どうでもいい場面にひっそりと打つ、それもわたしらしくていいかもしれない。密かに狙っていたこの打席、あっさりと初球で夢は終わった。
『ペンギンズ岡松、投げたっ!代打の太刀川打ちました……が、これは平凡なフライ!しかし犠牲フライには十分な飛距離です。センター下がってキャッチしました!』
結果はセンターフライ。犠牲フライになって打点1がついたものの、この状況で求められているものとは程遠いバッティングになってしまった。生還した木谷さんはベンチ内で皆にタッチを求められているけれどわたしには二、三人がいいところか。
「……焦りすぎた……ん?あれは?」
わたしの打ったボールがなぜかベンチに転がされていて、スタッフの人が受け取るとバッグに入れて保管していた。こういう記念球はいらないと以前に言っておいたはずで、しかも今回は何の記念なのかもさっぱりわからない。不思議な現象が続いている。
「誰がこんなことを?初死球&初打点、それに初盗塁、まさかいまは初犠飛?」
「さあ……あの押し出しサヨナラのことを知らなくてこれがプロ初打点だって相手が勝手に勘違いしたんじゃない?そんなことより明日、いよいよ初めてのスタメン、興奮しすぎて眠れなかったっていうのはやめてよね」
「それは…多分大丈夫だと思います。この謎のボール回収のほうが気になりますよ。別に犯人探しをするつもりはないですけど…悪趣味だなぁって思います」
「あら、そうかしら?どこかにみっちゃんの大ファンがいてその人が球団に頼んで記念のボールをもらっているのかもしれないわ。私はわからないけど」
もやっとしたままわたしは球場を後にした。観客の怒号や罵声が日に日に強くなり、特にこの神宮では観客席に近いところを歩いて帰らなくちゃいけない。明日、わたしがスタメンとなることでこれが全て歓声に変わるのか、いままで以上に荒れるのか。移動中も常にメットを被って行動したほうがいいかもと考えるのだった。
村下 貴音 (ミルルトペンギンズ内野手)
高卒二年目ながらリーグでも5本の指に入るホームランバッターとなった怪物。右投左打。長距離バッターでありながら走塁もうまく、みっちゃんたち横浜バッテリーの強力な敵として立ちはだかる。
元になった人物……底なしの暗黒期に突入したヤクルトで孤軍奮闘するあの選手。前後を打つ打者がダメすぎてチャンスで勝負されない。5番打者の出来がよければもっと成績は伸びる。
藤尾、小須田、二吉 (横浜投手陣)
勝ち試合で投げさせるには今ひとつ信用が足りない中継ぎ投手たち。他の二人よりも二吉はまだいい立場にいるが、回の頭から投げさせてあげないとほぼ失点してしまう。
元になった人物たち……ベイスターズの中継ぎ投手三人。そのうち一人は2020年で引退、一人は現在社会人野球でプレー。残った一人はまだ現役。連投と雑な起用の地獄を耐えきった。




