第56話 JUMP
十一月後半、毎年恒例の横浜ブラックスターズ、ファン感謝デーがやってきた。選手とファンの交流、トークショー、各種イベントにプレゼント……球団の公式イベントとしては今年最後になる。
「数年前の断トツ最下位のときでもこの日は平和だったし楽しかったわ。ヤジる客はそもそもファン感謝デーなんか来ないし」
石河さんが当時をしみじみと思い出す。ソフトボールのチームとミニゲームをして完敗したり、クイズ対決をさせられて頭が悪いのがバレたり、いろいろあったそうだ。
わたしは子どものころミルルトのファン感謝デーに二回くらい行った。運がなくて何ももらえなかったのは覚えている。
「しかし………まだ始まる前とはいえ今年はどこか盛り上がっていないというか寂しい空気というか……」
「しょうがないわよ。ファンが冷めるのも」
その大きな理由は、大筒さんと長崎さんの不参加だった。二人とも移籍が確実だ。去年ファン感謝デーの後に移籍した梶田と井上はちゃんと参加してファンは僅かな希望を信じていた。結局裏切られたけど。
今年はそんな期待すらない。二人から最後の挨拶すらなく、新たな所属先が決まった記者会見の場が次に顔を見るときだ。
「このムードじゃ絶対に滑るよ、どうしよう」
「知りませんよ、私に言われても……」
佐々野さんは最初のほうで、お笑いトリオ『ガチョウ倶楽部』とコントをする。そのうちの一人、上鳥竜子と言い争いの末にキスをするというネタだ。始球式のときにやれば大笑いだっただろうけど今日はきついなぁ。砂川相手に嘆いていた。
わたしは心のなかで佐々野さんに謝った。もともとそのコーナーはわたしがやるはずだった。だけどコントのオチ、熱いキスを知ったみやこがすぐに介入してその日のうちに変更になった。
「………熱湯風呂で悶絶するやつならよかった?」
「ダメに決まっている。みち、あなたはあんな品のない芸人の真似事をしてはいけない」
わたしは好きなんだけどな、ガチョウ倶楽部。いい意味でシンプルだ。おでんネタならやりたかったな。
そんなわたしは、だったら別な形で恥をかけってことか、なんとオープニングに『特別ゲストの歌手』として登場することになった。いったい誰が、とわくわくさせておいて拍子抜けさせる一発ネタだ。だけどほんとうに一曲歌うことまで話が進んでしまった。
「今年は大活躍だったもの、この大役はそのご褒美ね。去年までは選手としてより裏方役として感謝デーで働いていたでしょ」
「う〜ん………ご褒美………なんですかね?」
「新人王だってあと一息だったよ、みっちゃん」
これは中園さんの冗談だ。新人王、惜しくもなんともない。だけどわたしが新人王レースの結果を大きく動かしたのは確かだった。
最優秀新人賞 セントラル・リーグ
◎ 木谷 都 (横浜) 143
村下 貴音 (ミルルト) 142
近田 光 (西宮) 16
太刀川みち (横浜) 2
僅か1票差でみやこが新人王に輝いた。規定打席に届かなかったのが争点で、総合力なら村下よりずっと上だった。さすがにベストナインとゴールデングラブ賞は日本一チームの捕手、赤村に譲ったけど、そっちの得票数もかなり集めていたから来年は順調にいけば受賞間違いなしだ。
で、どうしてわたしが新人王レースを左右したのかというと、わたしに入れた二人の記者は、どちらも村下に入れようと思ったけど太刀川に変えたと語ったからだ。この二人がそのまま村下に入れていたらみやこの新人王はなかった。
狂スポはこの大接戦の結果を真面目には記事にせず、やっぱりわたしをメインに書き上げてくれたのだった。『太刀川みちが快挙となる2票獲得、事実上の新人王だ』という意味がわからない見出しで。
『他の候補よりも少ない出場機会で10本の本塁打を放ち、しかも全てが文句なしの豪快な一発。狭い本拠地に救われた本塁打も多かった上位二人よりもホームランバッターとしての資質あり、新人王にふさわしかったと見る動きが出てきてもおかしくないような気がする』
うーん……中身を見ても意味不明だ。
『来年は投手にも挑戦予定、捕手以外にも多くの守備位置をこなし、複数ポジションでのベストナイン獲得もありえるかもしれない。投手としても打者としてもセ・リーグの貧相なライバルたちを粉砕し、野球界の頂点で勝ち誇るとき、我々は新世代の覇者の前でその栄光を褒め讃えるしかないだろう』
わたしに入った2票、最低1票は確実に狂スポの人間が入れたな。まあそのおかげでみやこが新人王になったから……。
「記憶に残る活躍が多かった。シーズン序盤の珍プレーも、豪快な一打や強肩も………みっちゃんがいつも全力プレーをしていたから生まれたんだ」
「木谷のほうが成績は残した。おそらく来年も。だけど真にチームを変える力を持つのはみっちゃんなんじゃないか……そう思う人間は多いって話だよ」
どうかなあ………。来年になってみないとわからないな。でもこういうときに、そんなことは絶対ありえないと思わなくなったのはみやこのおかげだ。
「太刀川さん、そろそろ準備を………」
「あっ、はい。じゃあ皆さん、また後で………」
リハーサルをしてあるせいか、緊張はなかった。他の選手たちやみやこにも本番が初のお披露目だ。
『選手たちの入場が終わりました。それではこのファン感謝デーのオープニングに、素晴らしいゲストをお呼びしています、その方の歌でファン感謝デーのスタートです!』
どんな歌手が登場するのか、観客の期待を集めに集めたところでわたしが姿を現すと、場内は笑いに包まれた。
「一人だけいなかったし………やっぱりねぇ」
「太刀川はいつまでもギャグ要員なんだなあ」
普段なら絶対着ない派手な服を着て、バックバンドまで引き連れてやってきたわたし。意外とファンは読んでいたみたいで、肩透かししやがってふざけんなって声はなく、温かく迎えられた。
『曲は太刀川選手が打席に入るときに流れる入場曲です!今年はハマスタでもよく聞かれたこの曲を熱唱していただきます!』
「イエェ――――――イ!ジャア〜〜〜ンプ!」
わたしがヤケになっているとか、音痴な歌を一生懸命披露するとか、みんなその程度の予想だったらしい。確かにわたしの唄のレベルは高くない。でもこれだけは違う。あの激しい雨の日、不思議なコンサートの最後の歌がこれだった。
木更津さんのサインと同じように、この歌がわたしの辛かった時期を支えてくれた。地の底にいるように思えてもそこからもう一度舞い上がる力をもらった。
「〜〜〜〜♫!カモーン!〜〜〜ッ!」
権利や決まりの関係でいろいろと面倒なことがあるからわたしが歌ったところは省略。来年からも、引退までずっとこの歌を使うつもりだからぜひハマスタに聞きに来てほしい。ぜひみんなで歌詞に合わせてジャンプしてほしいところだけど川崎さんのやつと被るからやめておいたほうがいいかも。残念。
『………あ、ありがとうございました!皆さん、太刀川選手とバンドメンバーに盛大な拍手をお願いします』
わたしのイメージを壊すような歌だったから最初は静まり返っていたスタジアムが、やがて大歓声に包まれた。わたしが自信過剰なだけで、ほんとうはヘタだったんじゃないかと急に不安になっていたからこれにはホッとした。ユニフォームに着替えるために急いで退場、大慌てで用意をするのだった。
「凄かったわ、みっちゃん!練習したの?」
「一気に熱気に満たされた。やっぱりチームを根っこから変えるパワーがみっちゃんにはあるわ」
みんなにも大好評で何よりだった。佐々野さんたちのコントもその後のトークショーもうまくいって、今日のファン感謝デーは大成功に終わった。
「こんなにサインを書いたのは初めてだよ。去年まではよくわからない二軍選手だったから誰も欲しがらないしユニフォームを着てるのにスタッフと間違えられたからなぁ。トイレが故障してるとか言われたよ」
「それももう過去の話になった。みち、これからはファンサービスをしたくてもある程度のところで切らないといけなくなる。それだけの選手になったのだから」
いままではサインや写真のお願いにぜんぶ応えてもまだ時間が余るような知名度と人気だった。もしそれが変化するとしたら……。まあそのとき悩むことにしよう。
「そんなことより………みやこにはまだ感想を聞いてなかった。どうだった?オープニングのあれは………」
「いつものみちとは違う雰囲気と姿………ますますあなたに惚れてしまった」
照れることを言ってくれる。準備したかいがあった。
「そして私たちも愛し合うときが来た。暖かくしておくから寝室には薄着で入ってきて」
………とうとうやってきた。今日は疲れたから、そうはならなかった。わたしのステージに刺激されたみやこはもう我慢の限界だ。
(参ったなぁ。まだ先だと思っていたから心の準備が……。『やり方』も全然わからないし………)
どうするか、どうなるか、全く予想がつかない。だけど不思議なことに、悪い予感はなかった。これっぽっちも。
この後のことはいろいろな理由でやっぱり省略させてもらう。まあちょっとだけ教えてあげるとしたら、みやこが最初わたしに襲いかかってきたけれど、朝になったら立場は完全に逆転していた。みやこはなんか凄い弱かった、それだけ。
「わたしの五年目が終わった………。来年はほんとうに勝負の年だ。いつも以上に自主トレを頑張らないとな」
「さ………さすが…みち。もうそんなに元気だなんて……」
新たな戦いはすでに始まっている。もっと高みを目指すために、止まってはいられない。
第2章はこれにて終了です。またしばらくお休みを頂いてから第3章に突入します。再開後もぜひよろしくお願いします。
???「明日は負けないよ!」
???「明日は試合も更新もないだろ………」




