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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第55話 木谷都のノート

 みやこのノート、見ないでと言われたわけじゃないけれど、その中身は見ないようにしている。野球のデータやトレーニングに関する、わたしと情報を共有するノートはちゃんと見せてくれるから、もう片方には触れない。秘密にしたいならその気持ちを尊重してあげるのも大事だ。ほんのちょっとは気になるけどね。



 以下、木谷都のノートの一部。






 私はあの日、運命の出会いを遂げた日から今に至るまで彼女について調べ続けた。太刀川みち、果たしてどんな人間なのか。幼少期から今に至るまで、家庭事情、交友関係……重大な欠陥が見つからない限り、私は彼女と同じ球団に入るための根回しを進めなくてはいけないからだ。大学野球の四年の間に他球団を遠ざけ、彼女の球団だけが私を指名するようにしなければならない。


 その目的が果たされた後も私は調査を続けた。さらなる親密な関係を築くために。



 人を使い、彼女の幼い日々を知る者たちに話をして調査をした。彼女は決して裕福ではないが貧困に苦しんでいるわけでもない、賃貸の団地に住む家庭の娘だった。私の家とは違い、野球をすることに両親は反対していたようで、渋々認めたが応援に来たり弁当を用意したりといった協力は一切してくれなかったとのことだ。


「それなりにお金もかかりますし、塾に行ってくれたほうがあの子の親、特に母親は喜んだんでしょうねぇ」


「でも野球がやりたいというのはみっちゃんが唯一譲らなかったワガママだったらしいよ。普段はちゃんと親の言う通りにするのに野球だけは押し通したと聞いた」


 やがて父親が態度を軟化させ、休みの日に野球場に連れて行くようになった。中学生になっても彼女は野球を続けたが、どうせ野球しかやらない私立高校に行く予定もなし、だったら長くて高校までなのだからやらせてやろう、と母親を説得したそうだが、彼女と母親の関係はあまりよくなかったという。



「普段は外で遊び回っていましたがたまに図書室に来ましたよ。野球関連の本を読みふけっていました」


 本格的な指導者との出会いはなく、彼女は自力で投球フォームを完成させ変化球を覚えた。バッティングに関しても独学で上達し、弱小校とはいえ今和野高校で一年からレギュラーの座を掴んだようだ。チームレベルが話にならず彼女が投手でもないので最初の二年間は私が彼女を知ることもなかったのだ。


 

 その高校一年生の年の秋、彼女に大きな変化が、そして耐え難い残酷な試練が襲いかかった。どうにか学業と部活を両立させ、実際に活躍する姿を母親に見せることで親子関係が回復し、これからは全面的に協力すると言ってもらってから一月もたたないうちに、太刀川みちの両親は事故で帰らぬ人になった。


 両親は数百万円の貯金を遺していたが、悪い親族たちが面倒なことは自分たちに任せてほしいと言ってほとんどの資産を奪い取ってしまった。彼女は騙されたことなど気がつかなかったが、価値があると判断されたものはほとんど奪われ、たまたま見つからなかった外苑ミルルトペンギンズの投手、木更津昌子のサイン色紙以外は野球に関わるものもなくなってしまった。


 プロ入り後も彼女が様々な記念ボールを欲しがらないのは、物をどれだけ大切にしていてもいずれ、それも突然になくなってしまうという経験をしたからだろう。常に物に困らず有り余っていた私との価値観の違いはその悲しい出来事のせいだった。



「さすがに元気がなかったね。学校には来ていたけどいつもぼーっとして目が虚ろだった」


「たまに高いところや道路をじっと見つめていたわ。結局何事もなかったからよかったけど」


 私も今日になって彼女、みち本人から聞かされた。自殺を考えていて、大雨の日に川に飛び込もうとしたことを。しかしそこで彼女がおじさんと呼ぶ『あの男』に出会い、完全復活を遂げた。おそらく私以外にはあの奇跡的な体験を話していないしあの場所かに連れてきてもいない。彼女の特別になれたことを改めて知ることができた。



 完全復活した後の彼女を支えてくれる人間たちがいた。励まし、慰め、生きていくために必要な食料品や衣類をくれる教師や生徒がいた。また、バッティングセンターの主人がアルバイトとして彼女を雇ってくれた。


 野球以外の仕事は何一つできない、でも野球に関わることなら彼女は天才だ。ピッチングマシンのメンテナンスや網の張替えなど、一度教えただけで何でもできたそうだ。


「基本的には暇なんですよ、だから空いた時間でバッティングやピッチングをさせてあげたんですが………凄かったの一言です。特にピッチング、ほぼ毎回パーフェクトだったんです。失敗したときは機械の調子が悪いときでしたね。的に当ててもセンサーが反応しなくてハズレ扱いで……」


 そんな環境で三年の夏、私たち令嬢実業を相手にあの堂々たる投球、そしてホームラン。背景をすべて知ったとき、私はますます彼女に惹かれていた。子どものころからの憧れ、真のヒーローは確かに実在していて、仮に停滞や低迷を続けていても必ず輝きを取り戻すと。



「契約金?お世話になった人たちに渡した。親戚の人たちにも渡したかったんだけどみんな連絡がつかなくて………」


 彼女の入団時の契約金は2千万、それをほとんどあげてしまったという。見返り目的で彼女を助けたわけではない恩人や友人たちは当然拒否したが、自分で持っていたら使っちゃうから預かってと頼んだり、現金ではなく別の形にすることで相手が受け取りやすくしたそうだ。バッティングセンターも改装された。


 結局のところ、彼女の親族たちは僅かな金を搾り取ったせいで、やがては奪って分配した数百万どころか2千万の数倍、数十倍を一年で稼ぐことになる彼女との付き合いを失ったのだ。



「あのときのお金ならもちろんそのままありますよ。そしてそろそろ私たちの計画を実行します。『太刀川みち後援会』を発足してみっちゃんを応援します」


「ホームページ、各種SNSで宣伝はしていますが太刀川くんのファンは私みたいな年寄りが多いんですよ。娘が学生だったときを思い出したり孫みたいだって声がたくさん」


 彼女の体格やプレースタイルは一昔前の野球のものだ。高齢者に好かれるのは納得できた。私も法人会員として実家の会社に出資するように頼んでおいた。金は私が出すからと。個人会員では出せる金額が限られているが法人ならいくらでも支援できる。



 

 さて、彼女を虐げた者たち……将来彼女から恩恵を受けられずに歯ぎしりする、その程度で許されるわけがない。自ら命を絶つことまで考えた彼女の苦痛を少しでも知るべきだ。



「な、なんで!どうして私たちが〜〜〜っ……」


 騙して盗んだことを誇らしく語り、頭がよくないとあいつみたいになるぞと笑っていた一家は突然に負債を背負った。簡単で都合のいい儲け話にでも騙されたのだろう。家を失い、金と信用を失った。一家離散しそれぞれが違う形の『とてもつらい肉体労働』に励みながら真に愚かだったのは誰かを悔やんでいるだろう。


「この畜生ども!なぜわざわざ細々とやっている俺たちから全てを奪った!お前らにとっては小遣いみたいな金……」


「お前さんもお嬢様の大事な方相手に同じことをしただろう。生活に必要な金を酒や博打のために奪った。だから同じ目に遭っても文句は言えまいね」


 その会社の歴史は終わりを迎えた。私の家の系列会社は彼らと同じ業種であり、全力で潰しにかかることができたからだ。仕事を奪い、とどめに彼らが犯してきた法律違反を残らず暴露した。


 逮捕された人間がいれば、社長ではいられなくなった人間、明日の食事や寒さを凌ぐ場所にも困る人間たちもいた。もし両親を失い悲しむ少女に優しく誠実に接していれば真逆の明るい未来が待っていたというのに。




「協力してくれてありがとう、制裁は完了した」


「ハハハ、目に入れても痛くない我が娘の願いだからな!それにやつらからはまだまだ毟り取れる。血の最後の一滴まで絞り出してもらうからな、実益も出ているよ」



 みちのことを冷酷に扱い、侮辱した者たちが暗い塀の中やそれ以下のこの世の地獄で後悔してももう遅い。ざまあみろ、という言葉を贈ろう。




 さて、みちと私は結ばれた。厄介な縛りさえなければすぐにでも公表し、世界中に自慢したいところだが我慢しなくてはならない。やがてそれが許される日までは私がみちを守らなければならない。


 誘惑する者、騙し取る者、脅す者………あらゆる汚れた害悪から守りたい。嘲笑する者は別だ。いずれみちの真の力を知り改心するか、恥ずかしい思いをするかのどちらかだからだ。野球のライバルに関しても、グラウンドの外で危害を加えない限りはみちの実力で倒してもらう。私の介入なんかでヒーローの物語を汚すことはありえない。



「ファン感謝デーが終わればいよいよオフシーズン……いままでとは全然違う、楽しみなオフだ」


 みち、その日が私たちの初夜になる。あなたが会わせてくれたあの男は私たちに対して「もうヤッたのか」などと言ってきた。純粋なあなたはそれを口づけのことと勘違いしていたけど、運命の日に私が真実を教えよう。


 だけど私から仕掛けたとしても、最後はあなたが私を支配しているはず。あなたはタチ、私はネコと名前ですでに結末は見えている。ああ、早くその瞬間が来てほしい。この愛の巣で一晩中みちに溶かされ乱れたい………みち、みち、みちみち………いけないいけない、考えただけで鼻血がノートに落ちてしまった。









「いや〜………今年の始めには全然予想できなかったよ。みやこと仲よくなれただけじゃなくてこうして二人で暮らすなんて」


「私もこれは望み以上の結果だった」


 木更津さんのサイン以外のほぼ全てを失ったときや、高校を出たらプロになれたら最高だけどそれ以外の野球で稼いで自活できる方法を探していたとき、何歳まで寮から追い出されずに居座れるかを考えていたときからすればこんなのは想像外だ。



 もちろんこれでゴールじゃないから満足しちゃダメだ。向上心を失ったら成長は止まる。だけどお金や物ばかり考えていてもダメ。貪欲だと大事なことを見失う。


 ある程度の成績で天狗になって一流になれなかった人を知っているし、逆に野球では超一流になったけれど変な商売に手を出して数億、数十億というお金、ひどい場合は家族まで失った選手の話も聞く。まさに気がついたときにはもう手遅れってやつだ。



「わたしのことをわたし以上にわかってくれているみやこがいるからこれからも間違った道を進まずにすみそうだよ」


「………ええ、あなたはこれまで順風満帆とはいかない日々を過ごしてきた。でもその遠回りが必ず将来生きる。後になってこれが最高の道筋だったと言えるように………頑張りましょう」


 いまがいちばん楽しい、いや、これからもっと楽しくなるって予感がした。

 太刀川みち選手後援会


 年会費


 一般会員は3000円、企業会員は一口1万円から。


 活動内容


 1.応援ツアーの企画、開催

 2.激励会、親睦会(太刀川選手参加行事)開催

 3.太刀川選手による野球教室、講演会の開催

 4.その他太刀川選手の活動支援


 特典


 会員証発行や各種記念品など。

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