第42話 失速、そして終戦
わたしとみやこがより固い絆で結ばれて最初の試合、だからといって特別な力で大活躍ってことはなかった。みやこは5打数1安打、わたしは代打でセンターフライ。試合も負けた。昨日は大暴れだったミルルトの抑えベネットは人が変わったように安定したピッチングで、まさにその日の気分次第の投手だ。
『打ちました〜!木谷の打球はフェンス直撃!ランナー二人生還!これで今日5打点!』
『抜けた、レフトへのヒット!太刀川にもヒットが出ました!これでブラックスターズのヒットは17本目!』
その翌日は打線爆発の圧勝でカード勝ち越しとなった。中盤で大差がついたからわたしもサードで途中出場できた。ゴーレムズが5位のコイプリンセスに負け越し、3位のジャガーズが最下位のコアラーズに3タテされたこの三日間、セ・リーグはますます混戦になった。
「あれ……仙台の根津……ジェリーが登録抹消だ」
狂スポの記事を唯一信じていた根津はわたしへの愛の言葉に満ちたみやこのインタビュー記事で気を病んだのか、後半戦は勝ち星なし、再調整となっていた。彼女にわたしたちが先のステージに進んだと知られたらもっと大変なことになるかもしれない。
「みちは優しいのね。あんなドブネズミのことを心配してあげるなんて………」
「ははは……根津の、というよりはわたしの安全の心配だから優しくはないよ。まあ根津にも新しい相手が見つかればいいなとは思うよ、彼女のためにも」
あれほどの選手ならいくらでもファンはいる。みやこへの執着を捨ててくれないとわたしの命が危ない。
その根津がいるパ・リーグは福岡スーパーコンドルズが独走していた。全チームに勝ち越し、投手成績、野手成績、どの部門もほとんどトップ。セ・リーグとは違い八月で優勝はもうほぼ決まっていた。埼玉キャッツと北海道ジャパンハムベアーズが2位争いを繰り広げ、あとの3チームは圏外だった。
「我々は4位だけど優勝チャンスも残ってる。気合いを入れて一戦必勝、気がつけば首位ってこともある!」
「3位なら楽勝でいける!クライマックスシリーズに出られたら私たちのものだわ!」
短期決戦ならどこが相手でも勝てる、その枠に入りさえすれば日本シリーズに行ける、そんな根拠のない自信がチームに広がる。ネガティブな考えよりずっといい。
「そのうち大筒さんも帰ってくる。そうなったら一気に上位進出間違いなし!」
「大筒さんも長崎さんも意外と軽症だったみたいで、予想より復帰は早いとか……私たちに流れが来ているわ!」
その後八月後半、わたしたちは3位に浮上した。相手投手たちが夏バテしているところを見逃さず、粉砕して打ちまくった。他のチームがみんな動きが悪くなっているなか、横浜ブラックスターズだけは元気だった。
『大筒打った!打った!サヨナラホームランだ!やはりハマの主砲はこの女だ―――っ!!』
大筒さんが戻り、いよいよ一気に首位を奪うかと思われたチームに異変が生じたのは九月に入って少ししてからだった。
『鈴本の打球はどこまで伸びる!?場外か!?場外だ!32号スリーラン!今中、なんと7失点だ!』
投手陣が先発も中継ぎも粘りなく打たれるようになった。ヒュウズとエス子の外国人投手はこれまでと変わらず抑えてくれたけど他はみんな打たれた。ちなみに新助っ人マイウェイはすでに帰国している。
『試合終了―――――っ!横浜、僅か2安打!』
そのうち自慢の打線も止まった。ソロホームランは打つけど2ラン以上やタイムリーヒットが出ない。そのなかでもみやこは変わらずマイペースで打ち続けたし、わたしも調子を落とさずに食らいついていった。とはいえたった二人じゃこの悪い流れを変えられなかった。ちなみにセリアコはすでに帰国している。
「大量点を取った次の日はなかなか得点が入らないのは仕方ない。タフな試合になった」
いい勝ち方をしてもそれが続かず、連勝できない。なぜ最後のスパートをかけたい九月にこんなことになっちゃったのか、答えは単純だった。
春のキャンプ、横浜は練習量が他の11球団に比べ極端に少なかった。故障しないように軽めの調整で、緩いキャンプだった。
だから四月は大きく出遅れ、体力は余ってるから他が疲れる八月に順位を上げた。そして底力がないせいか、それとも疲労が他球団より一ヶ月遅れて襲ってくるのか、九月に急失速した。
「実はこれ今年だけじゃないんだよね。毎年開幕直後は全然だめで、交流戦や夏場で浮上する。でも最後は落ちちゃうんだ」
「呆れた……それを知っていてあの連中は優勝できるかもなどと浮かれていたとは。みち、あなたが活躍を続けられるのは周りが遊び呆けるなかで自主トレを欠かさなかったから………ほんとうに素晴らしい努力の賜物ね」
「みやこもそうでしょ?いくら天才でも練習しないとここまではできないよ。いよいよ新人王が見えてきた」
みやこはすでにシーズンオフに向けて裏で準備を進めている。寮を出た後に暮らすマンションをわたしといっしょに最終候補の3件まで絞って、そこから更に調査して決めるという。わたしが遠慮するからか、ずっと値段は隠していた。お金ではなくあくまで中身や場所といった条件で選んでほしいからだそうだ。よく考えるとすごいぜいたくな話だ。
「このままだとBクラス!秋のキャンプの日程が伸びちゃうわ。しかも今年は………」
「ラメセスが退任した後だから今までのユルユルキャンプじゃなくなるかも!なんとか3位には入らないと!」
チームがもう一度頑張り始めたのは九月半ば、クライマックスシリーズに行けないとどうなるかを考え、皆必死になった。3位以内を逃すと監督が辞めさせられるのはほぼ確実、ラメセス派と呼ばれる人たちはそれだけで必死になる。監督が変われば来年も一軍に残れるか全くわからなくなるからだ。
ラメセス監督がどうなろうが構わないという選手も、宮崎で開かれる教育リーグへの派遣や新監督による秋季キャンプを考えると、クライマックスシリーズ進出を逃したくないという気持ちが強かった。
「みちはどう考える?3位以内を確保すれば日本シリーズ出場の可能性は残る。応援するファンを思うなら当然少しでも長くプレーする姿を見せるべき。しかしそれでは……」
「来年も何も進歩しないままだって言いたいんでしょ。ここで4位以下に落ちてチームを一度キレイに変えない限り同じことを繰り返すって。わたしだってそう思うよ。でも……」
監督の采配全てが理解できるわけじゃない。時には誰もが疑問に思う、奇行とまで呼ばれる作戦もあった。だけどA・ラメセスが小さいころからわたしの憧れたスター選手で、わたしが入団した年にラメセスも監督に就任した。大好きなラメセス監督と日本一を共に喜びたい、その思いは強かった。ゴーレムズに移籍してプレーしていた間だけ大嫌いだったけどね。
シーズン最終盤になって長崎さんが帰ってきた。わたしはそれまでサードのスタメンを時々任され、稀にファーストを守ることもあった。ベストメンバーが揃ったいま、ヒュウズの登板日以外はベンチスタートに戻った。
この二ヶ月弱、出場機会は増えて極端にチームの足を引っ張ることもなかったけど、ハマスタでのホームランとヒーローインタビューはいまだ未経験のままだった。
大混戦だったセ・リーグも各チーム10試合前後を残して優勝はペンギンズとゴーレムズに絞られた。まだマジック点灯もしていないほどの激しい一騎打ちだ。ジャガーズが失速してコアラーズとの最下位争いをする一方で、コイプリンセスが一気に5位から3位に浮上してわたしたちのライバルになった。
さて、チームの戦いとは別に、選手の生き残りを賭けた勝負……いや、この時点ではほとんど結果は決まっている。十月の初日、この日から第一次戦力外通告が始まる。毎年もしかしたら、と思いながら震えていた日々、今年はだいじょうぶだ。開幕から今日までずっと一軍にいて、試合で活躍もできた。
「やっぱり明子さんクビかぁ。あんなに二軍の試合に出てたのに」
ブラックスターズは選手数が少ないから二軍でレギュラーでも安心できない。普通のチームの選手は二軍でも出番がなくなって、干されている、ああ構想外なんだって察するらしい。それか二軍で活躍しているのに全く上に上げてもらえない場合。これはベテラン選手に多いパターンだと聞いた。
井松明子さん、今年30歳。二軍で3割打ったけど非情の通告になった。去年までは二軍でだめでも昇格していたから、今年は最初からノーチャンスだったのかもしれない。
他にも20代後半の先輩たち、まだ20歳の後輩投手もチームを去ることになった。ただ、もう日本を去った外国人たちを含めても少ない。第二次でも何人か切られちゃうな。
「これも勝負の世界。みち、あなたも情を捨てなくてはいけない……真の一流になるためには。あなたは優しいから」
「心配いらないよ、他の人のことまで考える余裕はないから。これでもみやこより四年先にプロになったんだよ」
わたしの言葉に嘘はない。試合中どころか練習のときすらそんなに頭が回らない。自分とみやこのことで限界だ。
いままで自分だけだったのがみやこもそのなかに含まれるようになった。もうただの友だちじゃなくなるんだ……実感が湧かないなぁ。
「全員よく知っている人たちだからそのうちあいさつに来るよ。わたしたちは練習しよう」
もしわたしがクビになったらどうする、なんて情けない質問はしなかった。そんな未来は絶対にないのに聞く意味がどこにある。みやこのパートナーとして文句なしとみんなが認めてくれるためにはもっと強い心を持たないといけない。どんな困難も乗り切れる、みやこを守れるくらいのハートがあればきっと何でもできるから。
何でもできる……って言ったけれど、どうにもならない話もそれはあるわけで。わたしの力ではどれだけ頑張ってもだめなこと………決意を固めたその日のうちだった。
『試合終了!フランソワが最後は締めました!10ー4!この敗戦で横浜は今シーズンの4位が確定しました!』
残り4試合、ついに力尽きた。代打で四球を選んだわたしは二塁ベース上で終戦の瞬間を迎えた。広島の3位、わたしたちの4位が決まった。両チーム、もうそこから上にも下にもいけない。
「…………」
試合後、ラメセス監督は今季限りで退任というニュースがすぐに流れた。球団も本人も認め、ひとつの時代が終わろうとしていた。
来季に向けての編成が始まります。元になった人物の史実通りなら退団、引退したはずの選手が残っていたり、残留するはずの選手が移籍したりシレッと消えていたりします。作品中に西暦20XX年、令和XX年という表記がないのはそのためでもあります。




