第43話 最終盤
残り4試合。4位という順位とラメセス監督の退任が決まり、完全な消化試合になった。今日はハマスタでジャガーズ戦。ジャガーズは最下位回避マジック1、ここから全敗しない限り平気だから5位はほぼ確実だった。
「今日がヒュウズの最終登板………頑張ろう」
ハマスタでの試合はあと1つ残っている。でもそれは雨天中止の振り替えで、今日が本来本拠地最終戦だった。ヒュウズもこの試合が終われば帰国する。球団は来季も残ってほしいようだけど本人がどこと契約するかはまだわからない。
4 石河
6 柴山
9 セト
7 大筒
3 ペロス
2 太刀川
8 上里
1 ヒュウズ
5 山上
長年ブラックスターズを支えてくれたペロスの退団も決まっていて、引退はしないとはいえお別れ試合となった。今年は肩痛と長打率が落ちたことが重なってあまり出場機会がなかった。
「ペロス―――っ!」 「バモ―――ス!」
一年フル回転した川崎さんとエス子も試合後に抹消される。点差に関わらず登板することになっていた。
「みっちゃんのおかげでシーズンを最後まで完走できました。最初の一月は野球人生最悪の年になると思いましたが、素晴らしい一年になったことを感謝しています、とのことです」
「こちらこそ、ヒュウズがいたからこうしてスタメンで出られた。最後もいつも通り頑張ろうって伝えてください。通訳さんも一年ありがとうございました」
「……ええ、ぜひまたお会いしましょう」
ジャガーズ打線も若手中心になっていて、4番の小山以外に一発を警戒する必要はなかった。パワーはあってもヒュウズの多彩な変化球の前に全くバットに当たらないか、うまくミートしても力負けするかの足りないバッターばかりだった。
(相手も……見極めか?)
入団してすぐの選手は経験を積ませるための出場、なら今年活躍していない中堅選手たちは………最後のテストかもしれない。ドラフトで上位指名される予定の選手とポジションが被る人たちの誰かは出ていかなくちゃいけない。まあそんなわけでベストメンバーよりは楽な打線だった。何としても結果を出さなきゃ、と追い込まれると空回りしがちだ。
「ストラ――イク!バッターアウト!」
四回まで被安打1、無失点。完璧なピッチングだ。次の回で終わりなのでラメセス監督とヒュウズは英語で何かを話していた。わたしはヒュウズの通訳、役所さんと二人で座っていた。
「あの〜……やっぱりヒュウズはアメリカに帰りたいんですかね?オファーがあれば………」
「ええ、そう言ってましたね。メジャー契約なら迷わず来年はアメリカでのプレーを希望すると。今年日本球界を経験して確かなパワーアップを実感したと満足そうでした」
今日勝てば9勝目、六月から先発転向して9勝は凄い。他の投手たちが絶不調のときにも安定感抜群で、ヒュウズがいなかったらAクラス争いどころか最下位争いをしているところだった。先発登板だけの防御率は2点台前半、もし来年も横浜にいたらもっといい成績を残せただろうに惜しいなぁ。
「オフの契約条件次第でしょうね。まだ家族はアメリカにいますから、複数年契約か年俸倍増を提示されたら一家で日本に住む方向になると思います」
「今年8千万ですよね……何とも言えません。ヒュウズが帰国したら役所さんもアメリカですか……寂しくなります」
わたしの言葉を聞いた瞬間、役所さんの様子が変わった。こいつは何を言ってるんだって顔だった。これまで一年間ずっとクールで仕事ができる大人の女の人って感じだったのに、口を開いてわたしの話すことがわからずにポカーンとしている。
「え?私もアメリカ?どうしてですか?」
「だ、だって役所さんはヒュウズの専属通訳ですよね。ヒュウズがアメリカなら役所さんもいっしょに………」
「………ヒュウズは英語が話せますが日本語は当然無理です。だからその両方を使える私が雇われました。アメリカでは日本語は必要ありませんよ?私はずっと日本にいます」
少ししてからわたしは気がついた。とんでもない勘違いをしていたと。誰かと話せば話すほど頭の悪さがバレて恥ずかしい。
「うわっ………すいません、間違いでした」
「ふふふ、たまにありますよ、そういうこと。しかしヒュウズではなく私に関心を示してくれたのは嬉しいですね。今言ったように私はこれからも日本、それも横浜市内にいますから、今度ゆっくりお食事でもしながらお話を…………」
役所さんの言葉が突然途切れた。その原因はわたしの背後に、いつの間にか氷のオーラを放つみやこが立っていたからだ。
「それなら私もご一緒します。構いませんね」
「き、木谷選手………ま、まあいずれ……」
「みち、そろそろ五回表の準備を。もうツーアウトになった。無駄な話をしている時間はない。しかし飢えたハイエナはどこにでもいる……油断も隙もない」
それから試合の最後まで、みやこはベンチにいるときはわたしのそばを離れなかった。ハイエナから守るためと言っていたけどよくわからない。
『ショートの柴山、捕りました!平凡なフライでスリーアウト!ヒュウズの危なげないピッチングで五回表が終了!4ー0でブラックスターズがリードしています』
初回にセトのタイムリーで先制、三回にはペロスの3ランが飛び出して球場は総立ち、歓声はしばらく止まなかった。わたしは二回の先頭打者、三回はペロスの直後に打席に立って三振とセンターフライ。わたしも次の打席が終われば交代だからなんとか一本打ちたい。
「バモス!バモス!ペロス!」 「ペロス〜〜!」
大声援に後押しされてペロスの打球はレフトの頭を越えてフェンスダイレクトの長打になる。ランナー二人がホームインして6ー0。今日5打点の大活躍で横浜での最後の試合を最高のものにした。
『横浜ファンに愛されたペロス!どんな形になるかはわかりませんがまたいつかぜひ再会したいと皆が思っていることでしょう!あっ、太刀川も打ちました。センターに抜けてペロスが三塁を蹴る!激走でいまホームイン!7ー0となりました!』
ペロスに隠れてどさくさ紛れのタイムリーを打った。皆がペロスに視線を送り、ベンチでもハイタッチの嵐のなかでただ一人、みやこはわたしのタイムリーヒットのボール回収を忘れずにやっていた。いま何個ぐらい溜まったんだろう。シーズンが終わったら見せてもらおう。
続く上里さんが凡退すると、8番ヒュウズのところにみやこが、6番にピッチャー小須田さんが入った。あとは問題なく試合は進み、七回渡久地さん、八回エス子、九回川崎さんの勝ちパターンを豪華に使って10ー0で快勝。クライマックスシリーズ進出がなくなってプレッシャーのなくなった試合はこんなに楽だなんて。なんかもったいない気もした。
「これで残りは3試合……気楽にできると思ったらとんでもない展開が待っていたわ……」
「セ・リーグの鍵は私たちが握っている……って言っても過言じゃないわよね。どうしてこんなことになるのやら」
そう、パ・リーグの全順位が確定し、セ・リーグもコアラーズが敗れて3位から6位が決まったのに、優勝と2位だけがまだ最後までわからない。毎年主力の故障に泣く外苑ミルルトペンギンズが珍しく誰も離脱せずに実力を発揮し、東京ゴールデンゴーレムズは圧倒的選手層でペナントを戦い抜いた。
ペンギンズ残り2試合、ゴーレムズ残り1試合。ゲーム差は0.5、僅かにゴーレムズが首位。ただし両チームが残り試合を全勝すると、勝敗引き分けの数が全く同じだから勝率は同率。セ・リーグでは同率の場合、勝ち数の次に直接対決の結果で順位を決めるから勝ち越しているペンギンズが上になる。よって自力優勝の可能性があるのはペンギンズのほうだった。
野球のことなら細かい計算もできるんだけど普通の数学は苦手だった。みやこが言うように、野球に関してだけわたしは頭が働く秀才になれるのかもしれない。
横浜ブラックスターズの残り3試合は、最初に東京ドームでゴーレムズと、次に神宮でペンギンズと、最終戦はハマスタでコアラーズ、その順番だ。横浜がセ・リーグの優勝を左右することになったと皆が大騒ぎしているのはこれが原因だ。
わたしとしてはファンだったペンギンズが優勝、嫌いなゴーレムズは負け、という結果を期待している。そのためにはわたしたちがゴーレムズを倒す必要がある。とはいえ相手は全力、わたしたちはすでに消化試合。どこまで戦えるだろうか。
「横浜は一気に4人入れ替えか。もうやる気ないな」
「ペンギンズとゴーレムズ、両方に負けたら顰蹙を買わないで済むって魂胆か?恨まれないためには平等に負ける………」
ペロス、エス子、川崎さん、ヒュウズが登録抹消、代わりに上がってきたのは20代後半の、第二次戦力外通告でどうなるか微妙な選手たちばかりだった。これではゴーレムズ相手に勝てるわけがない。惨敗は確実だと誰もが思った。
『五回終わって両チーム無得点!横浜のエース今中、黄金軍の若き右腕田郷、共に相手打線を寄せつけません!』
ゴーレムズを苦手にしていた今中さんが、今年最後の対戦で見事にリベンジだ。いや、優勝がかかっているせいで相手の選手たちの動きが硬いからか。バントミスや明らかなボール球に手を出して三振、いつものゴーレムズならありえない失敗を繰り返していた。
「ミルルトはどうなってるかな……」
ペンギンズはジャガーズを神宮に迎えてわたしたちと同じ時間に試合を始めていた。あっちはまだ三回、5ー4でジャガーズにリードを許していた。でもこんな乱打戦なら1点差なんてないに等しい。優勝争いをする両チーム、まだ行方はわからない。
「ミルルト負けてるの?こんな大事な試合に棚橋なんてクズを先発させるからこんな目に遭うのよ」
「中継ぎはいいけど先発の層は薄いし仕方ないんじゃない?できれば今日決着してくれたほうが明日のミルルト戦は気が楽だわ」
わたしたちが勝ってミルルトも勝てばそれでいい。ゴーレムズに優勝されるのは個人的に嫌だからぜひそうなってほしい。明日まで縺れると、わざと負けるわけにはいかないからゴーレムズのために戦う形になっちゃう。それは癪ってものだ。
『おっと、ラメセス監督がビデオ判定の要求です』
ラメセス監督も最後まで全力の指揮だ。目の前の試合に勝つ、退団が決まってもやる気を維持してチームを率いてくれている。
「………アウト!」
『判定が覆りました!梶田の盗塁は失敗!』
「やった!」 「よしっ!」
ベンチ内で近くにいた先輩たちやコーチとタッチを交わして喜んだ。ちなみにランナーの梶田は去年まで横浜にいた、チームメイトだった。フリーエージェント権を獲得したその年に即ゴーレムズに移籍。でも今年はシーズン早々に故障してその後も調子は上がらず、ほとんど貢献していなかった。もともとケガしやすい人だったから仕方のないことだ。
『黄金軍は優勝のために総力戦!この回から井上が登板!リリーフは今季最終戦にして今年初!』
この井上も去年まではチームの先輩だった。やはりFAでゴーレムズに。梶田と違って井上にはゴーレムズと同じくらいの条件を出したらしいけど、どうやら引退後に『元ゴーレムズ』の肩書きが欲しいという理由で出ていかれたとか。わたしには何がいいのかさっぱりわからないけどね。
井上は5勝9敗、防御率4点台。活躍したかと言われたら違うと言い切れた。ちなみにサードを守る町田も元横浜。今年で複数年契約が切れるから退団かもという噂がある。
(そう思うと昔からミルルトも横浜もゴーレムズに選手を引き抜かれてばかりだなぁ。勝たせたくないな)
強奪球団にどうにか屈辱を与えてやりたい、そのためにもみんな頑張れ、と応援に熱を入れたけどゼロ行進は続き、八回が終わっても0ー0のままだった。
ペロス(横浜ブラックスターズ内野手)
長打力が自慢の助っ人。右投右打。チャンスで強く一塁守備も上手いが出場機会が減り退団。外国人ながらチームのまとめ役でファンの人気も高かった。
元になった選手……チャモの愛称でチームメイトやファンから愛されたあの選手。ブランコを放出してこの人を獲得したときは批判殺到だったが結果は大正解、若いチームの精神的支柱となった。最後の年に1千試合出場、1千本安打を達成。
梶田(東京ゴールデンゴーレムズ外野手)
ブラックスターズからFA移籍した好打者。右投左打。移籍一年目は故障で出遅れる。
元になった選手……2020年オフにベイスターズからジャイアンツに移籍したあの選手。条件的にどう考えても移籍が本人のためであり、仕方なかった。
井上(ゴーレムズ投手)
ブラックスターズからFA移籍した好投手。右投右打。移籍一年目は低調な成績。
元になった選手……2020年オフにベイスターズからジャイアンツに移籍したあの選手。ひとつ上の選手と違い、移籍が正解だったのかはまだわからない。条件だけなら他球団も同じだった。




