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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第41話 約束

 明日もナイターとはいえ試合がある。それでもみやこはわたしの部屋に侵入してきた。今日の試合後の会話、わたしははぐらかそうとしたけれど、みやこからすればやっぱり結婚を意識したものだったようだ。 



「その話はシーズンが終わってからって言ってなかった?」


「それは互いに同意した場合のこと。あなたの意思をやはりしっかり確認しなければいけないと思った」


「えーっと……正直まだ早いというか、いくら実際に籍を入れるのは数年後だとしても、いますぐは決められないなぁ。もっとお互いを知ってからでも遅くないよ」


 一生のことだからちゃんと考えないと。勢いだけで決めたら後々後悔する。


「素直に答えてくれて感謝する。ならもし私たちが夫婦になった場合はどうなるか、判断の参考にしてほしい。まずは寮を出て二人で暮らす。マンションと一戸建て、どちらも複数候補がある。もちろん車はいつでも用意できる」


「わたしはずっと団地暮らしだったからなぁ。その後はこの寮。一軒家への憧れはあるけどマンションのほうがいいのかなぁ」


 マンション、といってもきっとわたしが知るそれとは別世界なんだろうなぁ。わたしの年俸630万円じゃ手が届かないような超高級ってやつ。楽しみでもあり怖くもある。


 ちなみにわたしは今年五年目、黒星寮を出る資格はある。でもみやこは入団してから三年の再来年まで寮にいなきゃだめ、とは指摘しなかった。この木谷都には本人が望めば特例が適用されるのはわかっていた。球団はみやこの言いなりだからだ。




「次に野球用具、そのスポンサーを変えてもらう。私と同じメーカーのものに統一してもらい、余程の事情がない限り引退までずっと契約を結んでもらうことになる」


 これは多分メリットしかない。わたしと契約したい、なんて会社はあるわけないから、球団とつながりのある会社から提供されるものを使っていた。みやこは違う。高校生のときから個人でメーカーと契約、しかもいまは道具を使い身につけることでお金を貰える立場だ。わたしの年俸より高い契約料という噂もある。


「みやこが使っているっていうのはすごい宣伝効果だよ。カタログ用に写真撮ったりしたの?モデルみたいだね。いや、確かに○○モデル、ってバットやグラブがあるからなぁ」


「ただし注意すべき点として、このチームでそのメーカーと契約しているのは私しかいない。つまりあなたは何かトラブルが起きた場合私以外の選手から物を借りることは原則不可能、それを理解してもらいたい。私は全ての用具を一つのメーカーに頼んでいるからあなたにもそうしてもらう」


 バットがぜんぶ折れた、バッティンググローブを忘れた、無くした………あまりない話だけど、何があるかわからない。



「ああ、お金まで払ってるんだから他の会社のものを使わないでってことか。それは知ってるよ。でもどうして同じ会社に合わせなきゃいけないの?」


「……やはりあなたとお揃いにしたい。それに他の人間と何かを貸し借りするのはあまり見たくない。私たちだけの間でそれを済ませたい」


 少し恥ずかしそうにみやこが言った。なるほど、これはみやこの希望で、結婚したから合わせなきゃいけないって話じゃないんだ。まあいまの会社は入団したときから自動的に決まっていたところだし、わたしもむこうも愛着がある大事な相手でもない。引っ越しよりは簡単に決断ができそうだ。




「あとは……練習中や試合のときは無理だから仕方ないとして、それ以外の時間は指輪をつけてほしい。結婚を秘密にしなければいけないのなら世間には適当な理由で誤魔化せばいい、私たちだけが真の意味を知る指輪を……」


「指輪……プレーに影響が出ないやつなら」


「それに試合後の宴会や食事会、それらへの参加も今まで通りとはいかなくなる。夫婦で過ごす時間を大切にしたい」


 みやこはわたしを独占したいようだ。他にわたしを欲しがる人もいないからまるで構わない。むしろわたしがみやこを独り占めしていいのかと不安になる。わたしはいつの間にかいなくなってもすぐに忘れられるような選手だけどみやこは日本の宝だ。




「そしてこれは言うまでもないこととして、二人ともプロ野球選手、よって引退までは子どもを授かることはできない。そのときの年齢や状況次第では望んでいたとしても断念しなければならない……それについてはどうかしら?」


「う〜〜ん………わたし自身がまだ子どもみたいなものだからね。子どもが欲しいとは思わないな」



 女性同士の結婚が認められて、女性だけで子どもが生まれる研究も発展した。でもまだまだ高い費用がいるから限られたカップルだけが恩恵を受けている。発展途上中の技術だから、死亡事故の例はないとしても体への影響はまだ完全にわかっていない。


「だから選手同士の結婚は全然ないのかもね。付き合う時間が長すぎてだんだん嫌いになっちゃうから、なんて考えていたんだけどもっと理由がありそうだ」


 以前に井藤さんの家に連れていってもらったとき、今週の月曜日に砂川から奥さんの話を聞いたとき、どちらのパートナーも選手をよく支えているなって思った。栄養のある料理やマッサージの技術を勉強してプロ野球選手をサポートする。


「二人とも選手だとそういうのも難しいかも。間違って敵チームの選手と恋人になっちゃったら八百長とまでは言えないけどどうしても真剣勝負は難しくなる。同じチームでも………」


「ほんとうに『二人で支え合う』必要がある。真の愛と絆がないとすぐに関係は破綻してしまう」



 普通の結婚も責任や覚悟がないといけないけど、わたしたちの場合はもっと難易度が高い。寮を出るんだからどちらかが疲れた体で料理を用意して洗濯をしないといけない。


「家事をしてくれるお手伝いの人を雇う?みやこの家ってメイドさんとかいたの?」


「メイドはいなかった……そんな豪邸ではない。そして新たな家がもしそのような広い一戸建てでもできれば招きたくない」


「え?なんで?」


「………夫婦なのだから、当然夜は………みちと愛を深める時間。他の人間にいてほしくないのは当然でしょう」



 ああ〜〜〜………そうだった。みやこはなかなかエッチだ。わたしの体に触れるときの手つき、お風呂での隠す気ゼロの視線。それでもまだ我慢をしていたというわけだ。


「その行為はやはり結婚してからでないと………」


 最後の理性は残っていたようだ。どう返事をしたらいいか困る。



「私の話は以上になる。それらを考えた上で結論を出してほしい。断ったからといって急によそよそしくなったりはしないからそこは安心して」


「え、そう?気まずくならないかな」


「あなたと共に日本一を目指すことに変わりはないし、親友としての関係は残っている。私自身、実は将来のトップスターを束縛する行為かもしれないと思っているから、遠慮は不要」



 みやこのために渋々受け入れる、もしくはみやこを思いわたしは身を引く、そのどちらもいらないってわけだ。わたしがどうしたいか、その一点にかかっている。



「………とりあえずわたしたちの家、どこにするか決めておこうか。準備は早いほうがいいし」 


「……!みち、それは………!」


「どうせ正式に結婚するのは数年後、最初に言ったけどわたしたちはもっと相手の、そして自分を知らないといけない。恋人らしいこともほとんどできてないしね」


 結婚を前提にした共同生活、ということだ。数年の間にやっぱりヤメ、となったら仕方ない。でも焦って決断して後悔するよりも途中で引き返せてよかったね、と言えるための期間を設ける。


 まあわたしのほうからやめることはないだろうな。期待通りの選手じゃなかった、偽のヒーローだったとみやこがわたしを見限って関係の解消を申し出る………そのパターンしかないはず。



「………前向きな答え……とてもうれしい。でも一つ、いまここで言うなら、その間に私から交際の中止、結婚の約束の破棄を宣言することは絶対にないと誓う」


「………え?」


「あなたは来年以降……いや、もうすでに多くの人間がその実力やまだ秘めたままの潜在能力に気がついている。現にブシテレビのアナウンサーや東狂スポーツの記者は、将来の超一流を自分のものにしようとあなたに迫っている。これからもっとそんな機会は増える」


「ブシテレビのアナウンサー………ああ、食事に誘ってくれた人。あれっきり何もないよ?それに狂スポの賀瀬さんは確か恋人がいたんじゃなかったかな。わたしのことは記事のネタにしか思ってないよ、友だちですらないし」


 仮にこれから飛躍的に急成長、わたしがトップ選手の仲間入りを果たせたとしてもモテるようになるとは思えないんだよなぁ。お金目的でわたしに近づく人は増えるだろうけど。



「あなたがまだ完全に注目される前に、私よりも運命を感じるような人間に出会う前に結婚することでその危機を回避したい、そんな私の臆病さもある」


「いやいや、逆だよ逆。わたしこそみやこに捨てられないか心配だよ。みち、あなたよりずっと私のヒーローにふさわしい本物に出会ったからさようなら、なんて………」


「私がそんなことをするはずがない!すでに思いは固まっている!あなた以上の希望はいない!」



 あれ?わたしもみやこも考えてることは全くいっしょ?自分のほうから別れを切り出すことはこの先何があってもありえない、だけど相手がそうするかもって不安に悩まされている。


 だからわたしは傷つかないように一歩引こうとして、逆にみやこはそうなる前に思い切って進もうとした。どちらもほんとうの願いは同じだったんだ。




「………これはもうお互いの気持ちを確かめる期間なんかいらないね。いますぐにでも………」


 わたしがその事実に気がついた瞬間、みやこが力いっぱい抱きしめてきた。

 

「……みち!ありがとう!私は……」


 みやこが実は感情も表情も豊かで、わたし以上に笑って泣いて喜んで………それを知っているのはわたしだけ、と思うたびにいつも幸せな気持ちになれる。独り占めしたいのはわたしもだ。



「まだ指輪は用意していない。だからこれは……」


 わたしの不意を突くようにみやこが顔を近づけて、唇が重なった………その瞬間だった。



 「?!!!!?★☆☆☆☆◎!!」


 ブシュウゥゥゥ――――――ッ!とわたしの鼻から勢いよく鼻血が吹き出した。ほとんどがみやこの顔に命中して、返り血を浴びたみたいになっていた。


「え!?み、みち!?」


 珍しく慌てふためくみやこの姿をぼーっと見つめているうちに、わたしの意識は薄らいでいくのだった。いつか慣れるんだろうけどまだこういうことは無理そうだな、とぼんやり考えながら。

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