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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第40話 天狗未遂

 守護神の川崎さんが打たれて8ー6、逆にリードを奪われた。自分でキャッチャーを戸場さんに指名しておいてこの結果、ベンチのムードが悪くなるのは当然だった。


「せっかくいい形で連敗脱出と思ったら……」

「最近調子に乗ってたしバチが当たったんだわ。トバは被害者なんだから後で慰めてあげるけど川崎は……」


 スリーアウトチェンジ、戻ってくるナインの足取りは重く、ベンチにグラブを叩きつける音やペットボトルのゴミが乱暴に床に捨てられる音が響いた。一方的に負けたゴーレムズ戦よりもこういう試合のほうが精神的にきつい。


『ペンギンズは抑えのベネットが登板!2点リードという楽な展開、もう一波乱あるかどうか……』



 相手のピッチャーが誰だとしてもこんな雰囲気じゃ絶対に逆転はできない。このまま負けたら4連敗という数字以上にチームに大ダメージだ。内紛や崩壊という物騒な言葉が頭に浮かぶ。


 わたしの活躍が見られるとみやこは言った。仮に代打で使ってもらえるとしてただヒットを打っただけでこの空気がどうにかなる?わたしはベンチの中心に立ち、大きな声で言った。



「ずいぶん元気がないですね、皆さん!そんなことじゃ後で大変ですよ?ちゃんと準備をしておかないと!」


「準備……?」 「帰り支度の?」


「な〜に言ってるんですか!わたしの一打で逆転サヨナラになります、喜ぶ準備ですよ!いきなりテンションを上げるのも大変でしょう、いまのうちに水と氷の用意をしてください!」



 あんたごときがばかなこと言うな、そう笑われてもいい。それが狙いなんだから。とにかく何かを変えないと!


「……みっちゃんがサヨナラ打?絶対ムリだよ」


「絶対!?倉木さん、絶対だなんてどうして言えるんですか!見ていて下さい、チャンスでわたしを使ってくれたら……」


 ベンチは微妙な空気になっていた。せめて怒るか笑うかしてほしい。わたしじゃ力不足か……と思っていたら理由は全く違うところにあった。



「いや、絶対だって。みっちゃん、先頭打者の私の代打で出るんでしょ?ホームラン打ってもまだビハインド……」


「………えっ?」


「だから私たちもびっくりしたわ。準備しなきゃいけないのはみっちゃんなのにって思ってたもん」



 は、恥ずかしい〜〜〜っ…………。大慌てで用意してバッターボックスに向かった。でもベンチが和やかになったのは背中で感じた。あいつアホだなぁって感じで。とりあえずわたしたちの戦意は回復した。あともうひと押しだ。


『ベネットは以前セーブ機会ではないとはいえ太刀川にタイムリー内野安打を打たれています。当然覚えているでしょう』


 いくらわたしたちのやる気があっても当然相手だって勝つつもりだからそれだけじゃだめだ。相手の流れを乱さないと。ベネットはすぐイライラするピッチャー、そのためには………。



「ファール!」 「ファール」 「ファール!」


 わたしがアウトになっても後が続いてくれたらいい。ハマスタでホームランが打てないとか悩む前にチームの勝利を考えないといけなかった。わたしも自分の成績しか考えない昔の横浜選手みたいになりかけていた。


 マイウェイやセリアコという助っ人たちを見てこりゃダメだと苦笑いしたり、東山や細海たち若手にまだまだ一軍レベルじゃないなと勝手に評価したり。狂スポですらその心配はないと書いた、天狗になりかけていた。


「ボール」 「ファール!」 「……ボール」


 何様のつもりだったんだ。開幕した時点では一番崖っぷちだったわたしがちょっと活躍しただけ、それもみやこのおかげだったのに、もう少しで取り返しがつかなくなるところだった。「なりかけていた」ときに気がつけたのはほんとうによかった。



「〜〜〜〜〜!!」


 ボール判定にベネットが苛立ちを隠せない。落ち着かせるために近づいたファーストの村下を突き飛ばして追い払う。このベネット、敵や審判だけじゃなくて味方に対してもこれだ。ベテラン選手相手にも平気で怒鳴り、とにかく怒ると我を失う。


「ファール!」 「ファール!」


 その後も粘って14球投げさせた。フルカウントになって、すでに集中力がほとんど失われている。15球目が指から離れた瞬間、わたしは屈んで足のレガースを外した。



「ボール!フォアボール!」


『太刀川、粘りに粘って勝ち取った出塁!』


 

 出塁できたのはラッキーだった。いくら全力投球のリリーフだからって15球投げただけじゃ疲れないけど精神状態にダメージを与えたらどうなるか。このピッチャーから逆転サヨナラまでいくにはこれしかない。


 打順は1番の石河さんだ。初球が投じられる前にベンチからサインが出た。ランナーのわたしに。


(………よし!これで堂々と作戦実行できる!)


 このサインがなくてもわたしはそうする気でいた。普段だったらありえない選択肢だった。監督たちも一気に決めるつもりらしい。



『石河に対しベネット、初球を……あぁっ!!太刀川がスタートしている―――っ!!』



 2点差ビハインド、しかも球界一足が遅いわたしの単独スチール、普通はありえない。そしてランナーを溜めていくかホームランを打たなくちゃいけない場面だからエンドランはない。おまけにベネットはまだ苛立っていて走者に全く注意を払っていなかった。クイックも雑で絶好のスタートが切れた。


『キャッチャー赤村二塁送球!ワンバウンドしてショート側に逸れた!タッチできずセーフ、セーフ!盗塁成功だ!』



 通算2個目の盗塁を決めた。わたしが盗塁したことでスタジアムじゅうがどよめくなか、ベネットは赤村に対し吠えていた。


「✕✕✕✕!!〜〜〜〜〜ッ!!」


 自分が悪いくせに仲間に対して発狂している。これが無謀な盗塁の目的だった。こうなるともう止められない。



「あたたっ………」

『デッドボール!腰のあたりにぶつかった!』


 石河さんも出塁したところでわたしには代走が送られた。2点負けている最終回の攻撃の一人目のランナーなんてどうでもいい、そう思われることもあるけれど実は違う。 


「セーフ!セーフ!」

『三塁はセーフだ!ベネット、三塁送球が大失敗!ブラックスターズはノーヒットで無死満塁のチャンスだ!』


 続く柴山さんは送りバント、もしランナーがわたしのままなら三塁アウトだった。フィルダースチョイスで満塁となり、今日は3番に入っていたセトが失投を見逃さなかった。



『出た――――――っ!!なんと劇的な結末!セトが一振りで決着をつけました!逆転満塁サヨナラホームランだ!最高の助っ人………いや、救世主のパワフルスイングで決着だ――――――――っ!』



 最後は満塁ホームランで決まった。ホームランの前にはわたしの小細工なんか小さく思えるけれど、もし三者凡退だったらセトまで回ることなく試合終了だった。そうなるといまミルルトベンチで荒れまくっているベネットも笑顔で仲間たちとハイタッチをしていた、と思うとほんとうに紙一重の差で結果は大違いだ。




「素晴らしい作戦勝ち……みちが知性においても秀でていることを世間に証明してみせた試合だった」 


「知性……違うと思うけどね」


 わたしが賢い頭脳派なら球界は賢者しかいなくなる。さすがにこれはみやこの買い被りじゃないかな。閃きや直感がうまくいったり事前の情報収集が活きただけだと思う。


「真面目に授業を受けてたのに進級も卒業もぎりぎりおまけしてもらったわたしに知性とか賢さなんて無縁だよ」


「そうとも言い切れない。例えば私の通った令嬢実業は学力という観点で言えばあなたの学校とはレベルが違う。しかし大学まで卒業した者の全員があなたより賢いかと問われたら考えるまでもなく答えはノー。私だけでなく誰もがそう言う」


 みやこの学校は一貫校、一番下の中学校ですらわたしは合格できないだろう。なのにわたしのほうが賢いって?


「勉強し知識を蓄えても実生活に役立てられなかった者たちがいる。あなたは礼儀正しく、常識を持ち、生活能力がある。一方で彼女たちの中にはそれらが著しく欠けていて社会で通用しないであろう人間も多かった。だからあなたのほうが真の意味で賢い」


「………うーん、そんなの考えたこともなかった」


「私がただ五年前の思い出だけであなたを愛したわけじゃないというのを知ってほしかった。その人柄や性格に触れてみて私の見る目は正しかったと確信できたのは感動した。そして共に過ごす毎日でみちをもっと好きになっていく、それもまた喜び」



 サヨナラ勝ちを祝う大はしゃぎ、ファンへの整列が終わって、いまはベンチでスタンドにプレゼントするサインボールを用意しているところ。周りに先輩たちもたくさんいるわけで……。


「……」 「あらあら」 「相変わらず熱いわね」


 せめて寮に戻ってから言ってほしかった。さっきの失敗に続いて、こんな短時間で二回も恥ずかしい思いをするとは………。グラウンドではセトのインタビューが始まっている。あと少しすればベンチから出てボールを投げ入れて終わりだったのに。


 そんなわたしをよそに、みやこはまだ話を続けた。



「みち、あなたは野球に関することならすぐに覚えられたと言っていた。ルールも様々な名称も一回聞けば十分だったと」


「ああ〜……言ってた気がする。図工や書道の時間なんてどれだけ教えてもらってもうまくできなかったのに野球のやり方は違った。好きなことだったからかなぁ」


「対戦相手の特徴や弱点、球場別、ランナーの有無、昼夜別の成績……電子機器を使いこなせないあなたが私と同じかそれ以上にしっかり把握しているのは驚いた。あなたは野球という分野ではプレーだけでなく頭を使う点でも天才だった」


 

 天災じゃなくて天才?みやこに言われるとそうかもって気になっちゃう。でもそのせいで危うく失敗しそうだった。


「………わたしは褒められるのになれてないんだよ。だからすぐ調子に乗っちゃう。もうちょっと程々に……」


 わたしが言い終える前にみやこが肩を寄せてきた。



「いいえ、みちのいいところは全て言わせてもらう。他者のデータ分析や研究は素晴らしいあなたが自分のことだけは過小評価し続けていた。これ以上見過ごすわけにはいかない」


「………でも天狗になっちゃうし…」


「そのときは私が止める。あなたが間違った方向へ進もうとするならどんな手を使っても、たとえ嫌われたとしても矯正する。それが真の愛だから」


 

 みやこはやっぱり凄い。わたしのためならきっと何でもしてくれる。それも、ほんとうの意味でわたしのためになることを。


「私はただあなたに夢を見せてもらうためだけに来たんじゃない。あなたを支えるため、困ったとき助けるために横浜に来た。ヒーローの試練や挫折、それらを乗り越えるきっかけを与えられる存在になることを目指して!」


「あはは………だったら助けられてばかりだね」


「みちも私を助けようとしてくれている。チームメイトと交友を持つ機会を設けてくれた。夏バテ気味の私に適切なアドバイスをくれた。私たちは互いに助け合い、支え合っている」


「助け合い支え合う、まさに親友だ。それか……」


 夫婦みたいだ、とは言えなかった。ちょうどセトのインタビューが終わって、ハマスタ恒例のファンとの合唱になったからだ。



『ではセト選手、お願いします!心を一つに!』

『ラブラブ、ヨコハマ〜〜!!』



 ひとまず今日は劇的勝利の余韻に浸ろう。わたしが天才かどうかは置いといて、チームのために謙虚にプレーしている限り暗黒時代の選手たちみたいな失敗はしないはず。みやことの関係もとりあえずはこのままの状態をキープして………。




「……………」 「……………」


 というわけにはいかなかった。遠征先のホテルじゃない、寮のわたしの部屋にみやこが深夜遅く入ってきたからだ。一週間前の話、『結婚』についてのわたしの意見を聞くために。

 ベネット(外苑ミルルトペンギンズ投手)


 ミルルトの抑え投手。右投右打。先発から抑えに転向して大成功。基本的には優秀な抑えだが、すぐにキレる短気な性格が弱点。相手、審判、仲間……誰に対しても怒る。


 元になった選手……6年在籍したヤクルトのリーグ優勝に貢献し、引退後はアドバイザーとして帰ってきたあの助っ人投手。ヤクルトが優勝した2015年は彼以外の中継ぎも優秀で、貧弱すぎる先発陣を打線とリリーフが支えた。


 ちなみに翌年も別の外国人投手が仲間の拙守に怒りこちらは退団に至る事態に。ヤクルトの黄金期はすぐに終わった。



 柴山(横浜ブラックスターズ内野手)


 堅実な守備と出塁率の高さが売りの内野手。右投左打。内野はどこでも守れるので試合途中からの出場でも結果が出せる。打撃も悪くないため、地味にみっちゃんが捕手以外での出場機会を狙うときのライバルだったりする。


 元になった選手……ベイスターズ内野の守備を支える、小技もうまいあの選手。セカンドなら一流、ショートだとトップクラスにやや劣る守備力。実はあまり足が速くないが鈍足揃いの横浜野手の中では速いので代走で使われることもあった。選球眼が武器でもあるがファーストストライク狙いを始めとした早打ち指示が多いラミレス政権では持ち味半減。

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