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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第33話 幻のサヨナラ打

 ミルルト戦は1勝2敗、懲罰で二軍に落ちた倉木さんはともかく、主砲大筒さんが肉離れで正式に離脱が決まったのは大事件だ。日本を代表する4番の故障は各スポーツ新聞で大きく扱われていた。


 そんななかで、わたしを主役にしたいというスポーツ新聞、狂スポの賀瀬さんから電話が来た。


『記事ではほんのちょっとみっちゃんのことをひどく書いているけれど、ネタみたいなものだから気にしないでね。もしみっちゃんがよければその記事に怒って反論、そのまま紙面上でプロレスを……っていうのができればなぁって』


「はぁ……とりあえず読んでみます」


『また球場で会いましょ、それじゃ』


 寮に置いてある狂スポ、あまり大きくない記事の見出しは、『横浜、太刀川の失態で苦しい後半戦スタート』だった。




『Aクラス浮上に向けての大事なミルルト戦、横浜は全てにおいて太刀川が大ブレーキだった。1試合目は2本のツーベースを打ったが、自慢の鈍足は次打者のバントで余裕の憤死。そもそもホームランを打ち先制できれば勝てたゲームだった。2試合目はチーム唯一の得点となる代打本塁打を放つも、そのせいで相手先発の棚橋が降りて強力中継ぎ陣を呼んでしまい万事休す。この日こそホームランではなくランナーを溜めるべきだったのに……』



「あはは!なるほど、なるほど。あの打撃内容で批判してくるのは狂スポくらいだなぁ」



『そして昨日の3試合目、自身初の満塁ホームランを見せてくれたが、それに触発された大筒が大差のついた試合でも下がらず、打席に立って負傷。もはや疫病神と呼ぶほかなく、福の神のような柔らかいほっぺたに騙された者たちを地獄の底に突き落とした』



「………う〜ん……こっちは否定できないかも」



『この連戦での結果やオールスターでの活躍のせいで天狗になるのではと懸念する関係者もいるが、あるのかないのかわからない、あの低い鼻では天狗になれるわけもない。疫病神ぶりのほうが大問題であり、データ野球を自称しながら勘を頼りに行動するラメセス監督がそれを警戒し、太刀川の二軍への追放を決めるのも時間の問題かもしれない』




「低い鼻は余計だよ、余計!」


 オールスターで持ち上げたからさっそく下げてきた。まあ面白かったと思う。みんな真面目な記事じゃつまらないから中には狂スポみたいな新聞があっていい。もちろん、冗談を冗談だとわかっている人が読む、それが条件だけど………。



「みち、今すぐ東狂スポーツを名誉毀損で訴えましょう」


 みやこみたいな人は一番向いてないよ。目が本気だ。


「こういう芸風だから、狂スポは」


「球場への出禁、あなたへの接触禁止、業務停止。確実に裁判で勝てるよう父の知り合いの有能な人々を呼んで……」


「呼ばなくていいって。狂スポに事実は期待してないって裁判で言われて終わりだよ。落ち着いて」


 訴訟を思い留まらせるのにかなり時間がかかった。よくも悪くもこれが狂スポ、ということで無理やり納得してもらった。ただ、少しだけ話がしたいというみやこの希望は認めた。


「どうする?いま賀瀬さんを呼ぶ?球場じゃみやこに近づけないから外で会うしかないけど……みやこが呼んでいるって言えば泣いて喜ぶと思うよ」


「いや、電話で構わない。みちを貶めようとする悪意ではないというのは理解した。ただ、名前を利用して好き勝手書いてそれで終わりというのは筋が通らない」


 何らかの制裁を加えるつもりなのか………少し怖くなったけれど狂スポと賀瀬さんなら別にいっか。裁判なんて面倒だから嫌なだけでみやこが勝手に何かするぶんには止めなくていいよね。



『……え!?木谷選手が!わかった!すぐに電話代わって!』


 前回のみやこの記事は不発に終わった。大スクープだったはずが普段ふざけすぎているせいで信じてもらえなかった。まだ諦めていないみたいだ。


『最近プロレスのほうが人気出ちゃってさ、私も負けてられないのよ。みっちゃんのネタもなかなか評判高いけど木谷選手の素顔と本音に迫る第2弾、これに全てを賭ける!』


「はぁ………」



 プロレスのコーナーでは女子プロレスラー、グレート・オカンのインタビューが載っていた。彼女もわたしと同じような扱いで、試合に勝てば褒めちぎられて負けたらボコボコに叩かれる。


『愚民ども!この偉大なる支配者から目を離さないことね!』



 野球がダメならプロレスって選択肢があったかもなぁ。体が強いし、首も腰もいまのところケガ知らずだ。ただ、頭が悪いから試合の流れやあらかじめ決まっている勝敗やストーリーを忘れて真っ白になって固まるか逆に暴走して制御不能になるか……。簡単にできる仕事じゃない。


 なぜか野球だけがルールも上達方法も道具の扱い方も覚えられた。だから野球で失敗したら、とかいう考えは捨てよう。もし野球選手になっていなかったらどんな職業に?なんて質問はよく聞くけれどわたしには野球しかない。野球でお金が稼げなくなったら野垂れ死にだ。



「もう一度私の特集を組む、それで今回の件は許します」


『え!許していただけるだけでなく取材許可までっ!?わかりました、今度もバッチリ記事にしますから……ありがとうございます。ではさっそく、みっちゃんとの関係についてから……』 


「はい、まずはオールスターの日の夜、私たちが抱きあって寝たところから話しましょう」


 あーあ、またみやこがわたしたちの関係を世間にアピールしようとしてバレたら大パニックになりそうなことを次々と話すんだろうな。それを聞いた賀瀬さんがそのまま記事にするけどきっと今回も誰にも信じてもらえないんだろうな。




 登録抹消された二人の代わりに二軍から野手が上がってきた。でもラメセス監督は元々一軍にいた人たちでスタメンを組み直した。ショートに石河さん、セカンドにセトを入れてレフトに佐々野さん。ピッチャーからすれば厳しい守備力だった。そのぶん打力は落ちていないから我慢すればチャンスはある。


 本拠地ハマスタに広島コイプリンセスを迎えた初戦。ファンの、そしてわたしたちの期待と不安が両方現実になった。


『打った〜!佐々野、大筒の代役は任せろと言わんばかりの特大ホームラン!』


 大筒さんがいなきゃ横浜は終わり、そう言わせないために打線はいつも以上に奮起した。一方で慣れないポジションで出場している選手が多いせいで……。


『あ―――っと!石河と佐々野の間に落ちた!二人ともモタついているうちにバッターの菊地は……なんと二塁も蹴った!レフト前スリーベースヒットになってしまった!』


 守備範囲が狭かったり動きが鈍かったり……エラーはもちろん記録にならないミスも連発して、九回表まで終わって8ー8、お互いにリリーフを大量投入したせいで延長戦じゃないのに22時を回り、鳴り物禁止の時間になっちゃった。


 敵も味方も、ファンも審判もスタッフもみんな疲れる試合、わたしはまだまだ元気たっぷり!試合に出ていないんだから当たり前、と怒られるかもしれないけどベンチにいるだけでなかなか体力を使うんだよ、これが。代打で呼ばれてもいいように準備もしなきゃいけないし、ぼーっとなんかしてないよ………ってわたしは誰に力説してるのやら。あくびしてたのバレてないよね?



「打てる打てる!みやこなら楽勝!」


「……みち………」


 スタンドからの応援が声だけになったから普段よりもベンチからの掛け声やヤジがよく響く。身を乗り出して叫ぶわたしの声にみやこは笑顔で打席に入った。


『木谷の打球は左中間破った!ツーベースヒット!1アウトからサヨナラの大チャンス、おっと、ここでラメセス監督が…?』


 監督が勝負に出た。そこそこ足の速いみやこに代走を出した。もっと速い上里さんがサヨナラのランナーとして二塁に向かう。


 わたしはベンチに戻るみやことハイタッチをしてからバットを持つ。7番の中園さんが決めてくれたらそれでいい。もしダメだったら、わたしの出番がくる。 


「いけ―――っ!」


『打った―――――っ!!ライト前!しかし前進守備、それに打球が速すぎた!これではさすがの上里も三塁ストップ!』


 1アウト一、三塁。犠牲フライでもサヨナラ勝ち。初のお立ち台がすぐそこまで迫っていた。もちろん守備のうまい広島だ、ゲッツーをくらう可能性も高い。でも三振よりは転がしたほうが何かが起こる。サヨナラの場面なら特に。



『ブラックスターズ、選手の交代をお知らせします。川崎に代わりまして、バッター……太刀川、バッターは、太刀川!背番号60』


 わたしの名前が呼ばれた瞬間、スタジアムが大歓声で揺れた気がした。シーズンが始まったときには考えられなかった光景と雰囲気、まだまだ先は長いとはいえここまで来たんだと思うと感動した。あとは打つだけだ。


(スクイズのサイン、それ以外のサインもなし)


 自由に打っていい……なら狙い目は……。



「ストライク!1ー1!」


 初球は外に逃げるスライダーが外れてボール、そしていまの球も同じようなコースだったけどストライクになった。今日はストライクゾーンや判定がはっきりしないってみやこが言っていたのを思い出した。どちらのチームに有利ってこともなく、誰が最後に笑うかは九回裏になってもまだわからない。



(あれがストライクなら……)

(勝負できる!)



 試合後のコメントで、もし二球目もボールだったら申告敬遠で満塁策、広島ベンチもバッテリーもそう考えていたと明らかになった。でも運よくボールくさい球がストライク判定、だからこのままわたしとの勝負にきた。


『広島の6番手、内田!伊澤のサインに小さく頷き……』


 逸らしたら終わりの場面でコントロールの悪い内田がフォークはない。ストレートはみやこと中園さんに連続で打たれている。次もスライダーだ!いろいろ理由を考えてはみたけれど最後は直感だった。コースまでは読めないけどスライダーに決めた。



『投げたっ!!』


「うりゃあ〜〜〜っ!!」



 三連続外角、しかもさっきよりもストライクゾーンから外れた、誰が審判でもボール球のスライダーだった。球種を読めていたぶん、強い当たりになった。これなら………! 



『打った〜〜〜っ!!センターへのライナー!センター間野、追いつくか!?』


 地面スレスレの勝負になった。間野が腕を伸ばす。バウンドして、落として、逸らして………願いながら一塁に走った。


『落ちた!落ちた!必死にすくい上げた間野、ボールはワンバウンドでグラブに入った〜!三塁ランナーの上里………』


 やったー!!サヨナラだ!押し出し死球なんかじゃない、正真正銘のサヨナラヒット!わたしは腕を突き上げかけた。ところが、



『あ、あれっ!?上里はまだ三塁をスタートしたばかりだ!?それを見た間野、バックホーム!間野は強肩だ!』


 打球が落ちたのを確認してから走ろうとした上里さんのスタートは大きく遅れた。いくら俊足でもそれは………!


『アウト!タッチアウト!慌てて走ったがアウト!伊澤は三塁に送球!あーっ!一塁ランナーの中園が挟まれた!』


 最高の瞬間から一転、最悪の結果になった。


『いまタッチ、スリーアウト!サヨナラ勝ちかと思われた太刀川の打球、判断ミスで併殺打になった―――っ!』


『いや、記録はヒットです。ヒットと走塁死2つ』



「…………」 「…………」 「…………」



 ホームにヘッドスライディングしたまま悔しさのあまり起き上がれない上里さん、挟殺プレーでアウトになってひっくり返っている中園さん、そして一塁ベースの上でマンガみたいな顔で口を大きく開けて呆けているわたし。この全てが一枚に収まった写真は、狂スポのみならず多くの新聞やネットニュースにネタにされることになってしまった。

 狂スポのトンデモ記事


 元ネタはもちろんあの新聞。あのプロレスラーを題材にした記事は掌返しのしすぎで手首が破壊されるのではと不安になるほど。興味がある方はぜひ帝国の支配者に関する記事やインタビューをご覧ください。



 幻のサヨナラ打


 元ネタは1996年の九月八日、横浜対ヤクルトでの出来事。横浜の宮川一彦選手が同点の九回に1アウト一、三塁というサヨナラのチャンスでレフトにヒットを放ったがランナーのミスで今回の話のようにサヨナラどころかランナー2人アウトになってしまうというプレー。


 しかもその試合は延長十四回まで続き、ヤクルトの抑え高津が5イニングと3分の2を投げていたり、横浜は野手を使い切っていたり、悪天候や抗議などの中断を含まない試合では日本最長の試合時間だったりと、漫画や小説を遥かに凌ぐ展開に。なおベイスターズは…………。


 この試合を実際に見た、当時のことを知っているという方、ぜひお知らせください。

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