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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第32話 試験合格

 後半戦2連敗スタートとなった横浜ブラックスターズ。ラメセス監督のお気に入りだった倉木さんが二軍降格したせいでベンチはピリピリムードだった。もう誰がいつ二軍に落とされても不思議じゃない。解説者たちも、このまま横浜は沈んでいくと予想した。でも、そんな試合で調子がいいのがわたしたちだったりする。ミルルトのエース、大川を序盤で攻略した。


『打った――っ!木谷の第7号スリーラン!』


『石河今日2本目のタイムリー!8ー1となりました!』


 四回裏が終わった時点で7点差。ミルルト打線の破壊力や横浜投手陣の調子を考えたらまだ勝利確定とは言えない。ただ、今日の先発はオールスターでも好投した今中さんで、丁寧に攻めて順調に抑えている。大量リードしているときにありがちな気の緩みも見えない。五回、六回とイニングが進み、さすがに大丈夫だろうと皆も気持ちがだんだん楽になっていった。


「三振をとりにいったぶん球数が増えちゃったな。打線が繋がれば打順が回ってくるから代えられちゃうだろうなぁ」  


 六回までに11個も三振を奪った。まだいけそうではあるけれど点差が開いているからこそ交代でもいい場面だった。後半戦でまだ投げていないピッチャーを試す余裕がある。勝ちを消される心配もないから今中さんも続投にこだわっていなかった。


 

『ブラックスターズのラッキーセブン、ダメ押しのチャンスです!ツーアウトから木谷、佐々野、中園がシングルヒット3連続、満塁です!もう失点できないペンギンズは厳しい展開!』


 打順は今中さん。ラメセス監督は迷わず代打を送る。相手の投手は右の植野、でも代打はわたしが選ばれた。


『ここでピンチヒッターは太刀川です!オールスターで一躍時の人となった後も勢い止まらず!今日も爆発なるか!?』



 互いに得点が遠かった一昨日、最悪のムードで打席に入った昨日とは違って、ほぼ勝ちが見えた楽な場面だ。ちなみに応援団はノリノリでチャンステーマの演奏に入り、今日もやっぱりわたしの新応援歌は聞けなかった。


「………まだ点を取るつもり……強欲だわ」


 ミルルトの捕手、赤村が呆れたように吐き捨てる。以前はわたしが出てくれば抑えて当たり前、もう安心だって感じだったのにわたしが点を取れる打者だと思っている。投手の植野も自信がなさそうな顔だ。去年二軍でわたしは彼女からよく打っている。ホームランはなかったけど5割以上打ったはず、むこうも覚えている顔だ。そうか、これが相手を見下すってことか。


 ずっと格下だったわたしが初めて格上、相手の挑戦を受ける側に立ったんだ。この点差も味方して、とても精神的に楽だ。これなら勝負は………。




 いや、ちょっと前にみやこに言われたな。もっと自信を持つべきだけど、見下す構えはわたしの武器を駄目にすると。根性や闘志が最大の持ち味なんだから上から目線はいけないと忠告されていた。あのときは縁のない話だと思っていたけどなぁ。


(そうだ、誰がいつ二軍に落ちるかわからない状況、打てなくても勝てるからいいやなんてない。ピッチャーの植野だって二軍にいたのは再調整とリバビリ目的だ……真剣勝負は初めてだ。わたしより年下のくせに3千万近く貰ってる!)

 

 二塁から佐々野さんが、ベンチから大筒さんと音坂さんがわたしに圧力をかけてくる。無理して打つ場面じゃない。これ以上目立つとよくないことが起きるって言いたそうだ。昨日のことを忘れたのか、そう尋ねられている。



「うん、忘れた。わたしは頭が悪いからね」


「………いきなり何の話を?」


「あ、ひとりごとです。すいません」


 わざと凡退する演技力はない。プロで長く生きていくための『うまいやり方』も知らない。だからわたしにできることは……。


「………」 「…………」


 三塁ランナーのみやこと目が合った。仲間からも敵チームからも無害な珍獣扱いされていたときからわたしに注目してくれた一番のファン、みやこのことを考えると身体が熱くなって、限界を超えられる気がした。



「ボール!」


 内角のストレートが外れて、相手バッテリーの苦しみが伝わってきた。次の球を狙い打とうと決めていた。確実に甘いコースにくる。とはいえ球種は植野の決め球カットボール。ここまで読めても打てない可能性だって高かった。でもこの二球目を見逃すとあとはもうどう攻めてくるかわからない。ここで決める。


『サインが決まって………投げましたっ!』


 コースは読み通り!だけどこれは……カーブだ!バットを止める?いや、大して変化していない!このまま………。



「いけえぇ――――――ぇえっ!!」


 あれだけ頭を働かせて考えたのに、スイングの瞬間は真っ白だった。狙いを外されたはずなのに完璧にバットの芯で打った、その感覚だけが強く残っていた。打球は昨日よりも高く、遠く。



『もの凄い打球がレフトスタンド一直線―――っ!!満塁、満塁ホームランだ――――――!!代打の太刀川、ペンギンズの息の根を止める一撃で12ー1としました!』


 生まれて初めての満塁ホームランだ。これでわたしのホームランは4本目、偶然にもソロから満塁まで一本づつ打った。


『ホームイン!ホームで待っていた木谷と喜びの抱擁を交わします!残る二人のランナーともグータッチしながらベンチへ……』


 ラメセス監督から始まるハイタッチ、その最後にいたのは大筒さんだった。タッチしながら小さな声でわたしに言う。



「………この後すぐベンチ裏に来てくれるかな」



 音坂さん、それにいまいっしょにホームインしたばかりの佐々野さんも大筒さんの後に続いていた。


(やっぱりきたか…………どうしようかな?)


 もう2アウトだからそんなに時間はないと思っていたらそうでもなかった。勝負を諦めたミルルトが次の回を待たずにバッテリーごと交換、センターのベテラン赤木も退いた。その交代の時間、それに七回裏に入る前に相手のラッキーセブン、傘を上げ下げしながら音頭を歌う時間もある。


 いま行かないとしても後で同じことになるだけだ。いざとなったらいくらでもやりようはあるはず……。



「心配することはない。私もいる」

「………みやこ!」

 


 裏に向かうわたしの腕をみやこが掴み、そのまま手を握りながらいっしょに三人が待つ場所へ向かおうとする。


「あなたは一人で解決しようと考えたのでしょう?私に余計なストレスを与えないために………」

 

「はは……まあわたしの問題だから」


 みやこが絡むとますます厄介で話が大きくなりそう、そう思って秘密にしていたのにバレていたみたいだ。手を放してくれそうになかったからこうなったら二人で行くことにした。


「場合によっては彼女たちが二度と野球ができないようにする。日本球界からの追放で許す可能性もあるけれど……」


「…まだ何の話かわからないんだからけんか腰はやめてね」


 少し歩くと人がいなくなった。全く誰もいないというのは珍しい場所だから、大筒さんがそうなるように手を回したのかもしれない。その大筒さんが腕を組み、左右に音坂さんと佐々野さんを従えて待っていた。



「……二人で来たんだ。一人で来いとは言ってないけれど」


「他人に聞かれてはいけない話でもあるんですか、先輩?」


 やめてって言ったのにみやこは大筒さんたちへの敵意を隠さない。どうなるのか不安で仕方がなかった。


「わざわざこんな場所を選ぶとは……説明できないのですか?先に言っておきますが経緯は把握しています。さあ、何もないのであれば私やみちはあなた方に用はありませんから……」

 

「待ちなって。大事な話なんだ………残りなよ」


 大筒さんが一歩前に出て、組んでいた腕を解いて両手を顔の高さに構えた。両隣の二人も同じ構えだ。相手の動き次第ではすぐに逃げられるようにわたしとみやこの足に力が入った。そして大筒さんの両方の手のひらがぶつかりあって………。  




「ナイスバッティング!完璧な満塁ホームランだったよ!みっちゃんらしい豪快な一打、おみごと!」


 パチパチパチパチ……拍手の音が鳴り響いた。笑顔で祝福する三人に対しわたしたちがわけもわからず立ち尽くしていると、音坂さんと佐々野さんが手を合わせて謝る仕草をしながら種明かしを始めた。 


「いや〜……怖がらせちゃってごめんね、みっちゃん。嘉恵さんがみっちゃんを試したいから手伝えって。お姉様の指示は絶対だからね、脅すような演技になっちゃった」


「あの程度の圧力に負けてわざとアウトになるようならそれまで、やっぱり大した選手じゃなかったと言える。でも負けずに跳ね返す根性があれば……大筒さんはそれが見たかったのよ!」 


 お芝居の割にはなかなかリアルだったような。心から嬉しそうな顔で大筒さんが続けて言う。


「私たちにビビらずに打席で打ってやるっていう気迫を見せてくれれば結果が三振でも褒めていた。みっちゃんがこの先横浜を優勝に導いてくれる器かどうかの試験は満点合格だわ!」


「わたしが……優勝に導く器?」


「みっちゃん……それに木谷にも教えておく。私はシーズンが終わったらポスティングシステムを使ってアメリカを目指す。たとえいまの半分以下の年俸だったとしても決意は揺らがない」



 噂はあったけれど本気だったんだ。佐々野さんは少し緊張した顔つき、いつもそばにいてお姉様と慕うほどの音坂さんは寂しそうな、悲しげな表情だった。みやこはどうでもよさそうにしている。大筒さんがチームに残ろうがアメリカに行こうが興味がないみたいだ。


「だから私の後継者たちだけには先に伝えている。佐々野はチーム全体をキャプテンとしてまとめてほしい。仁子には仲間ひとりひとりを支えてほしい。そしてみっちゃんと木谷は……私ができなかった横浜優勝、その夢を成し遂げる中心戦力になってもらいたい!私が選んだあなたたちならできる!」



 本来ならシーズン後にやるべき引き継ぎ。でも心構えは早ければ早いほうがいい、大筒さんは続く言葉のなかで説明した。これは内密の話で、球団社長とわずか数人の関係者、選手ではわたしたちしかいまは知らないことだとつけ加えた。


「優勝のチャンスはまだあるんじゃないですか?」 


「………言いたくないけれどラメセス政権では2位が限界だ。佐々野や仁子は監督に素質を見い出されたから複雑だろうけど現実は見えていると信じている」


 ちなみに倉木さんは大筒さんの仕掛けとは何の関係もなく、ただそばにいたわたしに話しかけてきただけだったそうだ。あの人苦手なんだよなぁ、大筒さんはそう言って苦笑いしていた。



「さあ、そろそろ戻ろう。みっちゃんのホームランに対抗心が燃えてきたよ!打席は八回か九回か………私も全力プレーでいく!」


 ミルルトは捕手が宇野さんに、センターは赤木から下田に代わっていた。裏の攻撃が終わると川又とガイエスも下がった。一方のわたしたちは後半戦初勝利を目指してまだベストメンバーが残っている。こんな大差でエス子登板はどうかと思うけど。




『4番、レフト……大筒。レフト、大筒!』


 八回表、石河さんが出塁して大筒さんまで回った。宣言通りホームランを狙っている、とはいえ長打だけを狙った雑な感じはしない、真剣そのものだった。


「あぐっ!!」


「え……」 「えええっ?」


 こんなことになるなんて誰も予想できなかった。セカンドゴロ、一塁へ走る途中で悲痛な声が聞こえると、ベースを駆けぬけた後でそこから動けなくなった。一塁コーチとトレーナーに支えられて戻ってきた大筒さんは太ももを痛めていた。肉離れの可能性が高い、コーチたちは暗い声でわたしたちに告げた。


「みんな………後は任せたわ」


 音坂さん、佐々野さん、それにわたしは何も答えられなかった。まさか今日いなくなるだなんて早すぎにもほどがある。誰でも二軍落ちの可能性があるとは思っていたけれどこんな形で登録抹消になるとは………。


 大勝ムードがお通夜の空気に変わり、これからの苦戦を予感させる後半戦初白星だった。

 佐々野 恵子 (横浜ブラックスターズ野手)


 ブラックスターズの若手野手。右投左打。ファーストと外野を守れるため、大筒や外国人選手の守備固めでの出場が多かったが実は守備も走塁も並以下で、打撃こそ彼女の武器だった。スタメン定着してからは中軸を任されるようになる。


 元になった選手……ドラフト最下位入団からハマの4番兼キャプテン、それに首位打者となったあの選手。ラミレスの抜擢に応え、筒香の後継にふさわしい成績を残す。筒香の代わりは彼でよかったのだが、彼の代わりを用意できなかったのが2020年のベイスターズの失敗だった。大事な場面で出てくる代打やサブが貧弱すぎる。



 植野 (外苑ミルルトペンギンズ投手)


 みっちゃんより若い、右のリリーフ投手。勝ち数や防御率の見た目は悪くないが実際は前の投手のランナーを一掃したり接戦で痛打され大差の試合で無失点なだけなので信頼されていない。


 元になった選手……ヤクルトの中継ぎ陣の中心にいるあの選手。1点差ゲームやランナーがいる状態でマウンドに送らなければ安定している気がする。敗戦処理をさせるなどとんでもないが、セットアッパーや抑えを任せるのは無謀だと思う。




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