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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第34話 馬肉

 わたしの幻のサヨナラタイムリーのあとは当たり前だけど延長戦が始まった。わたしはそのまま退いて、戸場さんが守備についた。とはいえあんなまずい攻撃の直後、チームに元気はなく……。


『新居の打球はレフトスタンド――――――っ!!スリーラン!』


 中継ぎに回った岩田さんが転向後初失点。約四時間半のゲームを落とした。ラメセス監督は試合後、こういう日もあるのが野球、と言ってわたしたちを責めなかった。 


 しかししばらくしてから、上里さんと戸場さんの二軍降格が決まった。走塁ミス、配球ミスの責任を負う形になった。


「いよいよヤバくなってきたわね……」

「走塁は仕方ないにしても配球にまでケチをつけるなんて……恐怖政治の始まりだわ」 


 まだAクラス入りはもちろん、優勝も狙えるくらいのゲーム差なのにチーム状態は底まで落ちた。このままだと、みやこが予告していた通り、チームが壊れていく。いや、まだまだこんなものは序の口だった。




「先輩方、よろしくお願いします!」


 今日の横浜の先発投手はまだ20歳の東山。下でそこそこの成績だったところを監督が一軍に抜擢した。これが初登板になる。そして戸場さんの代わりに昇格した捕手、こっちもわたしより若い21歳の山木。二軍にいたときは共にダメ捕手同士切磋琢磨しながら夢の舞台を目指して汗を流していた。


「二人は二軍でバッテリーを組んでいます。木谷や太刀川よりも互いをよく知っているでしょう」


 問題だったのは、山木のほうもプロ入り初の一軍だったのにいきなりスタメンで起用されたこと。自信満々に若いバッテリーを使う理由を語る監督を見るチームの目は冷ややかだった。


「木谷だって5月までは二軍にいたじゃない。どうしてわざわざ木谷を外してまで経験の足りない山木を?」


「東山は木谷と組んだほうがいいし山木だって最初は先輩ピッチャーと組んで慣れていったほうがよかったのに………」


 この不安だらけのダブルデビュー戦、やる前から結果は見えていた。


『あ―――っ!またボール、押し出しだ!』


 緊張を隠せない二人は自滅。3失点で済んだのがマシという内容だった。二回裏の攻撃で7番の山木が凡退したところで監督が動き、バッテリーごと交代になってしまった。



『山木に代わり渡久地が入りピッチャー、ピッチャーの東山に代わり木谷が入りキャッチャー、以上のように代わります。7番ピッチャー渡久地、背番号………』


 

 結局三回からみやこが入った。最初からそうしろという声がベンチのあちこちで聞こえてくる。ただ、まだ三回で点差は3点。リリーフ陣の踏ん張りのおかげで試合は引き締まった。


「今日はもう出番なしかぁ」


 捕手が早々に二人出たせいで最後の捕手であるわたしはベンチに残る必要がある。何かあったときにキャッチャー不在ではまずい。みやこに何か起きるっていうのはあっちゃいけないけれど、スポーツだからいつケガしてもおかしくない。


 わたしみたいな野球を始めてからずっとケガとは全く無縁なんて選手はいないはず。そのわたしもいつかは………。



「うわぁっ!」 「きゃ―――っ」


 間一髪だった。ファールボールがベンチに飛び込んできた。目と鼻の先を通過して、壁にあたって凄い音がした。


 顔の骨が砕けるところだった。硬球の前にはお餅みたいな柔らかい肉も通用しなかった。みやこたちアイドル選手と違って顔が崩れたりしても球団は困らないだろう。わたしも別にいいんだけど鼻や歯をやられると成績が落ちちゃうからダメだ。


「日頃の行いがいいからじゃない?」

「昨日のアンラッキーのぶんの運が戻ってきたとか?」


 周りから見てもかなり危なかったみたいで、しばらくベンチ内は騒然とした。今日のわたしの見せ場はこれだけだった。



『打球はレフトの頭上を越え、いや!入った!ライナーでスタンド最前列!長崎のサヨナラホームラ―――ン!!打たれた二岡はがっくり!』


 八回に追いついて九回に決めた。二夜連続の延長戦は避けられたうえに勝利。いい勝ち方だった。歓喜の輪に水や氷が舞い、久々のサヨナラ勝ちを皆で喜んだ。


(あれ?わたしが試合に出なければ勝てる?)


 代打や第三捕手が出なくていい展開なら確かに勝っている試合が多い。でも今日は最初からたくさん交代があった。狂スポの『太刀川疫病神説』が正しかった?そんなわけない、偶然だと証明しないとまたいいように書かれちゃうよ。



「ほんとうなら昨日もサヨナラだったのに……みっちゃん、明日こそ文句なしの一打、頼むよ!」


「はい。そろそろ止まりそうですが……」

 

 後半戦はまだ打率10割、さすがに次は凡退する。だからあまり重要じゃない場面で出られたらいいんだけど…………。



 


「…………」


『さあ試合も大詰め!このカードは熱戦続き、今日も最後まで試合はわかりません!2ー1で広島リード、しかし追う横浜も2アウトながらランナー二塁のチャンス!』


『ブラックスターズ、選手の交代をお知らせします。バッター、二吉に代わりまして、太刀川!バッターは太刀川、背番号60』


 いちばん大事な場面で打席に立つことになった。打てば英雄、アウトになったら戦犯………観客の盛り上がりも最高潮だ。


「ホームラン!ホームラン!たっちがわ!」


 一気に逆転サヨナラといかなくても追いつくだけでいい。二塁には昨日一軍に上がった代走の本宮さん。相手投手は抑えの助っ人のフランソワ。150超えの直球を軽々投げる左腕で、速い球に弱い横浜打線の天敵だ。



(でもいまのわたしなら………)


 打てると思った。みやこのアドバイス通り、相手を見下して楽観的になるんじゃなくて自分に自信があるから自然に勝機は高いと思った。もちろん一発狙いだとたぶん三振するし、いい当たりでも野手真正面で負けるかもしれない。絶対勝てるって感じじゃない。


(ヒット狙いならいける!それに徹すれば!)


 自覚はないけどいまのわたしは今年いちばん調子がいいんだろう。この一週間いろんなタイプの投手と対戦して、誰も苦にしなかった。その中でおそらく一番の投手フランソワを見ても、これなら打てると思えている。だったらこの感覚に乗るしかない! 



『二塁ランナーを目で牽制してから………投げました!』


「だぁ―――――――――!!」



 初球、159キロに逆らわず流し打った。一塁手の竹山はすぐに捕球を諦めてベースにつき、名手菊地に託した。その横っ飛び、全然届かずに打球は外野に抜けていったのが見えた。



「うおおおおぉぉ―――――――――!!」


 まだ喜ぶのは早い。わたしの足だとライトゴロのピンチだ。最後まで必死で駆け抜けて、送球が来ないのを確かめてやっとヒットを打ったと実感した。


『セカンド捕れない!ライト前ヒット!ランナーは三塁蹴った!ライト鈴本、バックホーム!』


 鈴本はわたしをアウトにできるかもとは思わずに、ホームへの送球だけを考えていた。その迷いのなさがわたしたちの敗因だった。ワンバウンドになった球を捕手がしっかり捕って、



「うわぁ〜っ………」


「アウト。ゲームセット」

 


 審判のリアクションも小さくて、全く惜しくなかった。ラメセス監督はビデオ判定を要求したけど時間の無駄だと皆が思った。 

 

 審判団は呆れ顔で一応映像確認に向かい、広島ナインはすでに引き上げてきていた。


「ま、まさかこんな形で最後の打者になるなんて………」

 

 後で聞いた話だと、三塁コーチが悩んで判断が少し遅れたぶん、本宮さんの走塁にスピードが出なかったとのことだ。迷いのあるなしが勝敗に直接響いたってわけだ。



『わかってはいましたがやはりアウト!試合終了!ブラックスターズ、惜敗でコイプリンセスにもカード負け越し!』


「ま〜た走塁ミスかよ!素人集団!」

「全員レズレイプさせなさ〜〜い!」

「ラメセス帰れ!ラメセス死ね!」


 これで今週は6の6……打撃結果だけ見れば最高だった。でも勝利に貢献した一打はなし。それどころか大筒さんの故障や戸場さんたちの二軍落ちを招く呪いのバッターになっちゃった。





「こんな悪い流れ、飲んで忘れましょ!」


「そうですね。みやこも連れていきますよ」


 野手勢の集まりに久々に参加した。みやこはあまり乗り気じゃなかったけれどわたしが誘ったらいっしょに来てくれた。



「うまっ!これ馬!うまい、馬い!」


 落ち込んでいたのに食べて飲んだらほんとうに忘れちゃう自分の単純さが悲しい。馬肉おいしい。


「確かにいいわ、馬肉。引退したら馬肉専門の店やろうかしら。まだ先の話だけど準備くらいは……」


「気が早いですって。まだまだ数年は活躍してもらわないと。球団には残らないんですか?」


「残りたくても残れないかもしれないじゃない。このチームは実績なくてもコーチになれたりするからチャンスはあるけど……」


 賑やかに騒ぐ人たちもいればしんみりとなる人たちもいる。貸し切りだから好き勝手楽しめた。みやこはあまり先輩たちと話さず、今日もわたしの隣を離れなかった。チームメイトとの仲を深めてもらおうというわたしの狙いはまたも失敗した。



「みんなと仲よくなるいい機会なのに……」


「………みちは私が他の人たちと仲よくしていてもいいの?私たちの関係は一歩先に進んだはずなのに。抱きあって寝たあの日から私たちは特別な間柄になったというのに……」


「い……いや、それとこれとは別でしょ。信頼や友情は……」


「……………」


 酔っているのかいないのか、わたしに寄りかかりながらみやこが拗ねる。先輩たちにはもうバレているから、みんなしてヒューヒューと口笛を吹いてからかってくる。とはいえ外に明らかになると球団の収入とわたしの命が危ないから秘密を守ってくれている。肝心のみやこが隠す気ゼロなのが致命的な問題だ。

 


「まあそれは置いといて、馬といえば来年の監督は誰になるんでしょうね?いや、まだ決まりじゃありませんが」


「さぁ……どうなることやら」


 Aクラス入りを逃したらラメセス監督は退任、その次の監督候補のうち二人は元横浜の投手で、馬主もやっている。監督になったらさすがにシーズン中は競馬場観戦はしないと二人とも言っている。オファーがあれば喜んで受けるとも。


「競馬かぁ。みやこの家はやっぱりお金持ちだから………」


「昔からの付き合いでやっていると聞いている。南関東の地方競馬、それも一年で一頭か二頭しか買わない小規模なもの」


「地方競馬?あぁ、確か競馬って中央と地方があるってどこかで見たかも。野球で言えばプロ野球十二球団と独立リーグみたいな感じ?」


「かなり近い関係ね。詳しい説明は省くとして、やはり中央のほうが世間の注目度や動く金がまるで違う。中央で勝てなくなった馬が地方に移ることは多い、でもその逆はあまりない」



 日本各地の独立リーグでプレーする元プロの選手はかなりいる。そこからプロ入り、または復帰という例は確かに少ない。貰えるお金も僅かだから厳しい環境だ。


「わたしもあのときドラフトで指名されなかったら野球を続けるために行ったかもしれないなぁ。どんな舞台だったとしても気の済むまで楽しんでいたはずだな」


 高校卒業後はすぐにお金を稼ぐ必要があったから大学野球はないとしても、社会人野球や独立リーグでプレーできる道を探していただろう。大金はいらないけど、飢え死にしないために安くてもいいからお金は欲しかった。



「野球選手も馬も活躍できなかったら用無し……タイトルを獲得した実績を持ちながら行方不明になった元プロがいると聞く。馬も『用途不明』とされて食肉になる。いま私たちが食べている肉がそうかもしれない。安い馬肉なら元競走馬の可能性は十分ある」


「………」


「みち、自分が出たら負けるとか活躍したら悪いことが起きるとか考える必要はない。二軍に落ちた者に関しては彼女たち自身に責任があり、試合に勝てないのは愚将のせい。余計なことを考えず、あなたの全力プレーを見せてほしい」


 みやこがわたしの手を掴む。わたしも強く握り返した。くだらない悩みは完全に吹っ飛び、熾烈な勝負の世界を駆け抜けて勝ち残る決意に満たされた。

 内田、二岡、フランソワ(広島投手陣)


 広島コイプリンセスのリリーフ投手たち。フランソワは抑え。全員四球が多い。


 元になった選手たち……似たような名前のカープ投手陣。毎年夏はハマスタでサヨナラ負けしている印象が強い広島だが、一昔前はハマスタを赤に染めてよく虐殺ショーを披露した。ラミレス政権が終わり流れも変わったと考えると………。



 東山(横浜ブラックスターズ投手)


 ラメセス監督期待の新鋭。右投右打。一軍ではまだ通用しなかった。


 元になった選手……10代で開幕カードに先発、勝利を挙げるなど二年目に飛躍したあの選手。それ以降は伸び悩むが素質が開花する気配を見せている。

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