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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第二章 後半戦
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第35話 短所を武器に

 今週はナゴヤドーム、京セラドームのドーム球場6連戦。暑い夏にこれはありがたい。一週間横浜に帰れないけれど家族がいるわけじゃないし、遠征はわたしにはマイナスにならない。広い球場というのもキャッチャーとしては助かる。


 火曜日、ヒュウズの先発する試合だけがわたしのスタメン機会。そのヒュウズはホームランで失点するパターンが多いからナゴヤドームでの試合なら大量失点の心配はなかった。


「四球の心配はなし………ならあとの不安は」



 6 石河

 4 セト

 5 長崎

 3 佐々野

 9 中園

 2 太刀川

 7 細海

 1 ヒュウズ

 8 音坂



「どこに打たせても不安な守備陣か……わたしも含めて」


 二軍で好成績の細海、プロ三年目の21歳を昇格即スタメン。わたしより若い選手が最近どんどん一軍に上がっている。二軍の試合は育成選手がスタメンの半分を占めたり、人が足りないから捕手が外野を守ったり指名打者を放棄したりといろいろ大変になってきた。もう一人レギュラーが戦線離脱したら今シーズンはほぼ終了、あとは落ちるだけなのが見えていた。


「コアラーズの先発はエースの小野……先週に続いて投手戦になるのは確実かぁ。みやこ抜きの打線で点が取れるかな?」


 わたしの連続安打もさすがに今日で終わるはず。一回終わったほうがスッキリするし凡退してもそんなに落ち込まないで済みそうだ。





『打った――――――!広いナゴヤも関係なし!セトの先制2ラン!これが攻撃的2番打者の破壊力!』


 初回、いきなり2点入った。その後ツーアウト二塁のチャンスとなってわたしの打順になった。もう先制しているから楽な気分だった。


「ふ―――っ………」


 小野の調子は悪そうだった。開幕からずっとローテーションを守ってオールスターにも出場した。そろそろバテてくる季節だ。


 絶好調の投手ならその程度の疲れは問題にならない。チーム史に名を残しいつまでもそのチームのファンに愛されるような真のエースと呼ばれる投手も極端に成績を落としたりしない。


「ボール!ボール3!」


 このピッチャーがそこまでの選手じゃないのか、今年はそんなによくない年なのかはわからない。仮に真のエース、ずっと調子がいいとしても一年に一度くらいは全然ダメな日もある。


 もしくは、そんな細かいことをごちゃごちゃ考えるだけ無駄なほど相手バッターがとても優秀で格の差があるのなら――――――。




「は――――――――っ!!」


 3ボールからストライクを取りにきた球を打ち返した。ピッチャー小野がグラブを頭上に伸ばしたときにはもう内野を越えていた、クリーンヒットだった。


『打ちました!センター前ヒット!前進守備はしていませんがこの速い打球、しかも佐々野はそこまで足が………』


 ランナーは帰ってこれないだろうな、と思ったけどスタンドの歓声が打った瞬間よりも大きくなったことで状況を察した。


『あ―――――っ!!回した回した!三塁コーチ腕を回しています!センター小島はバックホーム!』



 またこのパターンか。無謀なホーム突入で走塁死。やっぱり後半戦のわたしはヒットは打てても………。



 いや、余計なことは考えないで全力プレー!みやこに励まされたじゃないか。みやこの手を握り返して、そうするって誓ったはずだ。わたしは一塁で止まらず、そのまま二塁へ走り出した。


「……!あ、あれは!」


 わたしの超鈍足疾走がちらりと目に入った。それが相手の不運だった。手足を必死に動かしているのに全く先へ進まない姿、これがチャンスだと思わない野手はいない。いまの状況やセオリー、練習で確認したことすら頭から吹っ飛ぶほどの餌だった。



『バックホームをショートの行田がカット!素早くセカンド伊部に送球!バッターランナーの太刀川、挟まれました!』


 一、二塁間で挟まれて、ちょっとだけ粘った。しかしわたしの足じゃ五秒も持たずに背中をタッチされて終了。


「ぶぎゅっ!」


『足が絡まったのでしょうか?太刀川、倒れました!まさに討ち死に!スリーアウト、チェンジ!ですが………』



 起き上がりながらスコアを見る。しっかり初回の得点は3になっていた。わたしがアウトになる前にホーム生還が認められている。


『ブラックスターズ追加点となるヒットでした!しかし名手の行田、なぜカットしたのでしょうか?ストライク送球でホームはアウトになっていたはずです。もちろん捕手が逸らしたりする可能性はありますが今のプレーは正直………』


「……なんでカットしたの?余裕で刺せたのに?」

「ランナーを忘れてた?そうじゃなきゃどうして…」 


 ベンチに帰るまで、帰ってからも中日ナインやコーチたちからの行田への質問攻めは続いていた。普通の走者が囮になったって騙されない。球界で一番の鈍足だから罠に嵌められた。


 前にも足が遅いからゲットした内野安打を打った。そのときは複雑な気分だったけどいまはもう誇らしいとさえ思う。遅すぎるこの足は武器になる。短所もうまく使えばこんな収穫があるんだ。



「素晴らしいチームプレーだったわ、みち。真のヒーローは細かいところで手を抜かない。仲間の失敗や愚策を救うのもヒーローならでは……」


 三塁コーチもベンチに戻っているんだからあまり言わないで……と思ったところでみやこは止まらなかった。みんな優しいから見逃してくれるけど、ちょっと時代が昔だったら生意気言うなと往復ビンタで怒られていた。みやこじゃなくてなぜかわたしが叩かれたに違いない。


「この守備では失点は仕方ない、すぐに落ち着かせ最小限で凌ぐのがあなたの役目!」


 回収したボールを手に、準備を終えたわたしをみやこが送り出す。投球練習は山木がヒュウズの相手をしてくれていた。



「みっちゃん先輩、ナイスバッティングでした!これで連続安打記録は四球を挟んで7まで伸びましたね。今度バッティング教えて下さい」


「いいよ。わたしが教えられるのはそれくらいだからね。リードや守備はわたしが教えてもらいたいくらいだし……」


「アハハ、大丈夫ですよ。そっちは期待してませんって。木谷さんがいるのにわざわざみっちゃん先輩に聞きませんよ」


 上げて落とされるってこういうことか。ずっこけそうになった。




「セカンド……!ああっ!!」


 平凡なゴロが二遊間を抜けていく。転がされたらほぼヒット、外野まで飛ばされたら二塁ランナーは迷わず生還してくる、それがいまのブラックスターズの守備だ。アウトにできそうな打球がヒットになって、早くも1点返された。


「………」


「まだまだリードしてますから平気ですよ!ダイジョーブ!」


 小さな体を目一杯に使う姿にヒュウズの苛立ちも収まったみたいだ。それとは正反対に、まだ怒っていたのは6番打者の行田だった。



「あんたみたいな子豚ちゃんが目に入らなきゃ余計なことをして怒られたりしなかったのに………!」


 2アウト一、三塁。怒りをうまく力にできる人っていうのは少ない。行田も空回りしたみたいで、


『高めの速い球を強引に叩きましたが……ショートフライ!コアラーズの反撃は1点止まり!』


「〜〜〜〜!!あーもう!最悪!」


 バットを叩きつけて、ついでにバッティンググローブとかも放り投げて悔しさを露わにする行田。夏休みで子どもたちもたくさんいるからそういうのはやめたほうがいいですよ、と言いたかったけれど殴られそうだったから黙ってベンチに戻った。




「1点で済んだなら今日は行ける!こっちはまだまだ点が取れるわ!」


 ところが小野の球は二回から急によくなっていく。立ち上がりがダメだっただけで、さすがはエース。四回表二死、わたしの第2打席まで一人のランナーも許さず、三振も6個奪われた。


「………あれ?」


 わたしもキャッチャーへの小フライに倒れ、連続安打の終わりはあっけなかった。もう今日の小野からは打てる気がしないな。



「ストライク!バッターアウト!」


 ヒュウズも二回以降は無失点で五回まで投げきった。三振を狙いにいくピッチングにしたい、それを有言実行できたのだから凄い。守備を信用していないというマイナス面はとりあえず無視して、この好投を喜びたい。少し不安なのは球数が次の回には100を超えること。球威が落ちなきゃいいんだけど……。




『打った〜〜〜これも特大っ!セト、今日2本目!今シーズンの第21号は貴重な追加点!』


 六回、初回以降久々に試合が動いた。4ー1、3点のリードに変わる。量産モードに入ったセトは誰も止められない。


「アメイジング!今日はもう平気だろう」


「…………」


 ラメセス監督がセトとハグしながら喜んでいる。最近監督の読みや予想する展開とは真逆になることが多いからこれはもしかしたら裏の守りで何かあるかも………嫌な気配がした。





『打ちました!サード長崎捕れない!レフトに抜けた!コアラーズ、1点返してまだ満塁、ワンアウト満塁とチャンスが続きます!』


 やっぱりこうなった。下位打線にいい当たりを飛ばされるようになって、限界が迫っていた。9番の小野には当然代打が送られる。どんな打者が、と思ったら左打者の野尾、みやこと並ぶ期待のルーキーの一人だったけどまだ一軍ではノーヒットと苦しんでいる、どう考えてもこの大事な場面で出てくるようなバッターじゃない。


(助かった……これで一息つけるよ)


 コアラーズは現在最下位、まだAクラスの可能性はあるけれど来年以降を見据えた采配も目立つ。スタメン野手や先発投手にケガ人がいないのにその順位、つまり中継ぎ・抑え投手が貧弱で、一見無難な成績のレギュラー陣にもチームを勝たせる力はないってこと。新戦力が必要だった。


 だから育成を進めている。勝利を目指す、でも若い選手に経験を積ませる。チームは両方やらなくちゃいけない。横浜は即戦力をドラフトで連れてくることが多いけど、育成はしている。とはいえ最近の若手昇格は育成や経験を積ませるというよりは他にいないからって感じだ。



 まあいまはどうでもいい話か。ひとまず野尾でアウトを取って1番の小島をどうするか………。なんて考えていたら、


『横浜ベンチが動きます!投手コーチ、通訳…それにラメセス監督も出てきました!ピッチャー交代です!』


 先週戸場さんが二軍に落ちたからみやこの休養日はなくなった。ヒュウズが降板したら捕手はわたしからみやこに代わる。


「お疲れ様、ヒュウズ。今日はここまでね」


「……あのー……わたしは交代じゃないんですか?」


「ああ……次の回打順が回ってくるから今代えるのはもったいないって監督が」


 七回表、二人目の打者がわたしだ。そこまで打たせてからみやこに交代か。それならあと2つのアウトをしっかり取りにいかないと、次回以降の印象に関わるな。やっぱり代打でしか使いたくないって思われたら厳しい。


 肝心のピッチャーは誰だろう。左投手だろうが敵は野尾をそのまま出してくるはず。となるとまだ六回だけどエス子か岩田さん?それとも右投手だけど前の投手が作ったピンチをよく凌ぐ小須田さん?



「みっちゃん、いや………その、頑張って」


「はい?」


「私たちは反対したけど監督は聞いてくれなかった、それは先に言っておく。失敗してもみっちゃんのせいじゃないから」



『ピッチャー、ヒュウズに代わりまして……砂川』


「………砂川?」



 相手チームの采配をとやかく解説している場合じゃなかった。わたしたちブラックスターズの監督もとんでもない人だ。育成契約から支配下に戻って今日一軍昇格の砂川、彼女をこんな場面でいきなり投げさせるのはラメセス監督ぐらいだろう。ヒュウズが諦めの表情と共にマウンドを去る。残されたわたしたちも重苦しい空気に満たされるのだった。

 小野(名古屋コアラーズ投手)


 コアラーズのエース、左投左打。調子のいい年と悪い年の差が激しい。そのぶん絶好調のときは手がつけられない。


 元になった選手……2020年に沢村賞を受賞したあの選手。連続無失点イニングの記録も素晴らしく、ラミレスが「アメイジングと言うしかない」と脱帽するほどだった。


 アメイジングとか言っておけば無策なのがバレないとでも思っているのかと多くのベイファンを怒らせた。 



 行田(コアラーズ内野手)


 不動のショート。堅守でコアラーズを支える。右投左打。打率は物足りないが下位打線にいると怖い存在。


 元になった選手……ゴールデングラブ賞が貰えないあの選手。ライバルになるはずだった根尾があの程度だったのでショート剥奪を免れる。

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