第29話 何度でも夢を見せてやる
みやこに促されてわたしもベッドに入ろうと思っていると、みやこがボールを手にしているのが目に入った。今さっきまでの試合で使われていたボールなのは間違いない。
「そのボールは……?二塁打のときの?」
「いいえ、私自身のボールや記念品に興味はない。最後の球、ウイニングボールに決まっている。非公式記録とはいえ、みちの初登板、初セーブの記念すべきボール……」
あぁ、そうだよね。わたしのホームランボールは二個ともちゃんと回収しているのに自分のは初ホームランのものすら受け取らなかったみやこだ。わたし絡み以外のボールなわけが……。
「あれ、ちょっと待って!確かあのボールは!」
オールスター史に残る場面だったから寄贈してほしいと頼まれてみやこもそれに応じたはずだ。博物館に飾るとかなんとかで。どうしていまここに!?
「簡単なこと。適当なボールを用意しておいてすり替えた。このボールこそが本物。こんな宝物、渡すわけがない」
「え……ええっ?」
優等生に見えて実は全然違うみやこならではの暴挙だった。どこかの選手に1万票以上入れてオールスターに出場させた前科持ち、いや……その選手と同じチームに入るために他の球団を脅して指名回避させたんだからそこからすでに真っ黒だ。
「ま、まぁチャリティーオークションに出すんだったら詐欺になっちゃうけど、ただ飾るだけだし今となっては確かめようもないし、別にいいのかなあ〜?………もう寝よ……」
この部屋にベッドは二つある。だからみやこがいないほうに入るのは当たり前だ。わたしは間違ってない。だけどすぐにみやこは自分のベッドから出て、すっとわたしの真横にきた。
「……………」 「……………」
こうなると押しに弱いわたしだ。何も言えずに一つのベッドで寝るのを許した。夏だから狭いと暑いというのが問題なだけで、みやこと肩や腕が触れながら寝るのが嫌なわけがない。正直かなりドキドキしている。これだけでも興奮しているのに、
「………みち………」
わたしの名前をささやきながら抱きついてきた。その身体の感触やいい匂いにわたしは鼻血が吹き出そうになったほどだ。でもここはどうにか堪えて息を整えた。みやこは言葉を続ける。
「今日……私の夢が叶った。あなたの球を受けて勝利の瞬間を迎える、まさか今日そうなるなんてさすがに私も想像すらしていなかった。あなたを力技でこの舞台に連れてきた私でも」
「あはは、そりゃそうだよ。出番なしで終わるかもしれなかったんだから。みやことのピッチング練習が生きたよ。きっと最後の球はこれまでで一番速かったと思う」
正式な球速は出なかったらしいけど、推定148キロだったとか。前の二球が140も出ていないようなボールだったから、その速度差にやられたと試合後に大仁田は語っていた。
「野手の投げる球というだけで難しかったのに完全に騙されましたよ!アメリカの野球では野手の登板が日本よりも頻繁にありますからいい予行演習にはなりましたが…今日はオールスターですよ?やっぱり一流の投手と真剣勝負がしたかったです」
大仁田の所属するベアーズの栗田監督も怒っていたようだ。
「セ・リーグは我々オールパシフィックを、神聖な球宴を、そして日本の宝である大仁田心を愚弄した!私は言ったんだ、どこに投げるかわからないような野手の相手なんかさせられない、危ないから代打を出すと。でも心はファンが待っているから行きますと力強く口にしたんだよ!私は感動したよ、真の勝者の高潔さに!」
ちなみにわたしたちも試合が終わってから大仁田についてどうだったかを尋ねられた。わたしとみやこの返答は真逆だった。
「鈍感なわたしでもわかる威圧感とか風格……凄い打者だと思いました。でもわたしなんかの球を打てないんだったらもう少し日本で鍛えてからアメリカに行ったほうがいいと思いますよ」
「交流戦でも感じましたが特別なものはない普通の打者に過ぎません。ですがみちの球を打てないとしても実力的には当然で、みち以上の投手などいないのですから安心して米球界に挑戦できるでしょう」
この正反対なはずのわたしたちの発言が決め手になり、今回のわたしの登板騒動はそれほど議論にならなかったようだ。大仁田たちが何を言おうが打てなかったやつがヘボなだけ、情けない恨み言を吐く暇があったら練習しろ……ほとんどの解説者、専門家、ファンの意見はそこに落ち着いた。
「しかし私は納得していない。あなたの球をただの棒球だと言う見る目のない者が多すぎる。私は初めて対戦した日に理解し、そして今日確信を強めた。みち、あなたの魂を乗せた直球は球速やデータで語れるレベルではない。キレやノビというくだらない言葉で表すこともできない」
「………それを証明するために二人だけの練習でわたしにピッチング練習をさせて『投手・太刀川みち』を復活させたんだね?」
「私だけがわかっていればいいと思ったこともある。でも人間は欲深い生き物……あなたともっと夢を見たくなった」
一つの夢が叶って満足しているようじゃプロ野球選手としては長続きしない。わたしだってそうだ。ほんとうに小さいころ、将来の夢はただプロ野球の選手になるだけじゃなかった。ミルルトを日本一にする、一年で100勝して100本ホームランを打つ、そんな大きな夢を自信満々に発表していたっけ。
1シーズンでそれは絶対に不可能だ。なら引退までにできるかな?投手じゃないから100勝はダメ、ホームランどころか100安打できるかも確実じゃない。今年の序盤、みやこと知り合い世界が変わるまでは100試合出場、100打席立つことすら無理なペースだった。でもいま、だんだんとできそうなことが増えている。できるイメージが湧いてきている。
「みち、あなたと出会わなければ私は夢とは無縁の人生を歩むところだった。私が求めたヒーローは空想の世界にしかいなかったと諦めてつまらない毎日を過ごす……とても悲しいことになった。改めてありがとう。あなたは私の愛する最高の宝物」
みやこがわたしに抱きつく力を強くした。その言葉、そのまま返したい。みやこがいなかったらわたしこそダメなやつのままだった。わたしのほうこそありがとう、そう言おうとした。
いや、違う。こんなとき真のヒーローなら、わたしが打席に入るときに流れる曲を歌う、今和野高校の大先輩ならきっと……。
わたしもみやこを抱き返した。そして笑顔で、
「これからも何度でも夢を見せてあげるよ」
………我ながら合わないセリフだ。格好つけすぎ。みやこに持ち上げられたからってほんとうにヒーロー、スーパースター気取りかよ。素直に感謝の言葉を言えばいいのに、と少し後悔した。
「………うれしい。大好き」
でもこの夜はこれでいい。まだ夢の中なんだから。朝になれば現実に戻される、それまでは夢を楽しめばいい。わたしたちは抱きあいながら寝た。一応言っておくけれど、それ以上のことはしていないからね。そこは深読みしないでよ。
オールスターは夢のお祭り、ダイヤのような星が輝く夜の宴。
「えへへ、買っちゃった。いつもは寮に置いてあるやつを読むだけだった。でもこれは買わざるをえない!100万円のボーナスもあるんだしね!」
こうして売店でお金を出して買ったのは初めてだ。部屋に持って帰って見せるとみやこも喜んだ。1面をわたしがでかでかと飾る東狂スポーツ新聞、通称狂スポだ。
わたしの顔が1面にいる新聞は意外にも狂スポだけだった。西宮の新人、近田が実はサイクルヒットを放ってMVPに輝いている。わたしの登板よりもずっと快挙だ。奇策実った原田監督や悔しがる大仁田を主役にする新聞もあるなかで、普段から仲良くしているおかげで狂スポはわたしをメインに据えてくれた。
『最高が最強を打ち破る!最も話題になった女、太刀川みち!』
『太刀川、木谷の以心伝心光る!理想の夫婦だ』
まさにべた褒めだ。数日後には裏切りの手のひら返しが待っているとはいえ気分がいい。二人でにやにやしながら読んだ。
「じゃあ2面以降も見よう。楽しみだなぁ……」
次に進もうとした。するとみやこが新聞を持って立ち上がった。
「………?新聞持ったままどこに行くの………え!?」
何も言わずに部屋の隅のごみ箱の前で立ち止まると、新聞をぱらぱらとめくってからそのうちの数枚を破り、しかも細かく千切って読めないようにしてから捨てた。無表情でその作業をするものだからちょっと怖かった。
「びっくりした〜。嫌な記事でもあったの…………あっ」
「検閲しておいた。さあ、続きを読みましょう」
狂スポ自慢のエッチなページがなくなっていた。普段寮にあるのは家庭用、いま買ったのは一般用だ。しかし検閲とは。昔マンガ雑誌を買ったときにお母さんが確認して問題ないというマンガだけを読めたのを思い出した。
「あなたのことだから帰りの新幹線の席で新聞を読むかもしれない。そのとき意図せずにあんな下劣な面を開いてしまったら悪い評判が広まるかもしれない」
「そういうことだったんだね……ありがとう。で、本音は?」
「みちには私がいるんだから他の女性の性的な記事や映像なんて見ないでほしい……はっ!」
目をきっとさせて枕を投げつけてきたけど全然痛くない。たまにはわたしが主導権を握ってやろうとにやにやしていると、日曜朝のニュース番組、そのスポーツコーナーが始まり、いつも通りハリーこと張田さんが登場していた。
神宮球場でみやこと張田さんが話していたとき、どうせわたしの悪口で話が弾むんだろうと嫌な気分になってその場を離れた。でもいま、あの日張田さんの言葉にどう答えたの、なんて聞かなくていい。聞かなくてもわかっているから。
『最後の場面、張田さんからしたら喝でしょう?』
手には喝の札がある。でも怒っている感じはしなかった。
『大喝ですよ!原田は天狗になってる。反省しないと。こんな馬鹿な采配、ふざけている!でも………太刀川はとてもいいピッチャーだった。私だったら今シーズンの残り全部使って投手転向させますね』
予想外な言葉だった。そして司会者の返しを待たずに、
『あの足を大きく上げるピッチングフォーム……私がまだ学生のとき、野球場で見た憧れの投手にそっくりだったんだ。戦争で死んだあの大投手……生き写しのようだったよ』
そう語る張田さんの瞳は輝いていた。こんな優しい顔もできる人なんだ。印象がだいぶ変わったなあ。
「フフ……ただの老害だという考えは改める必要がある。みち、見る目のある者たちはすでに気がついている。あなたが歴史に名を残す伝説になるということを」
伝説かぁ……まあ、記録は無理だから記憶に残る選手になるのを目指せばいいのかな?皆に夢を与えて、わたし自身も夢を見ながらいつまで続くかわからないプロ野球人生を歩んでいく。みやこという最高の親友がいるんだから二人で進めば怖くない。怖いどころか楽しみで希望に満ちた未来が待っていると信じよう。
帰りの新幹線の車内、川崎さんが寝ているわたしとみやこを隠し撮りしてネットで公開したら大反響だったそうだ。わたしたちは恋人のような手の繋ぎ方をしたまま眠っていた。ところが、
『姉妹みたい。木谷さんがしっかりお姉ちゃんしてる』
『都ちゃん最高に美人。みっちゃんマジ中学生』
みやこは眠る姿も美しく、気品がある。わたしは口を開いてよだれを垂らしながら寝ている。これではわたしたちを恋人はもちろん、親友として見るのも難しい。歳の離れた姉妹、酷いコメントだと美女と珍獣、育ちのいいお嬢様とそのペット………。釣り合うようになるのはまだまだ先みたいだ。
さあ行こう。夢から醒めたらまた次の夢の舞台へ。
第2章・・・
いつか必ず・・・
そのための力として・・・
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ヨ・ロ・シ・ク!!
新監督頑張ってください。




