番外編② よく似た夢
「まずいなぁ………全然勉強してない。なんでだろう?このままじゃ赤点で卒業できないよ。テストまでもう時間がない!」
そのとき我に返る。あれ、確か高校は……。
「あ、別にできなくていいんだ、もうプロ野球選手なんだし、仕事してるんだから学校に行くのも変な………」
そこで目が覚めた。よくある夢だった。しっかり考えたらおかしなところがたくさんあって夢だとわかるはずなのに、夢の中でああ、これは夢の世界だと気がつくのは稀だ。
ある日、わたしはそんな夢を一晩で何回も見た。しばらく時間が過ぎたいまでも忘れずによく覚えている。
「太刀川さん、わかっているとは思うけど」
「………はい、今年30歳、覚悟はしていました」
十月の始め、わたしはついに戦力外通告を受けた。みやこと出会ったあの年が成績のピークで、第三捕手より上にはなれなかった。期待外れの結果に球団よりも早くみやこはわたしを見限っていた。
「みち、残念ながらあなたは私のヒーローじゃなかった。私は本物を見つけた、だからあなたはもう必要ない」
本物と呼ばれた投手は横浜を毎年首位争いができるチームに導いた。みやことの関係も上々で、すっかり遠い存在になったせいで近寄りづらくなったけど、この二、三年ほとんど二軍暮らしのおかげで気まずさを感じることもなかった。
「どうする?現役続行したいかな?」
「いいえ……もう無理なのは自分が一番わかっていますから。やりたくても拾ってくれるチームはありません」
トライアウトに参加する気もない。引退すると言ったとき、球団の人は優しい笑顔で契約書を出してきた。
「………これは?」
「任意引退するのならもう他球団と契約できない。だから来年もチームに残ってほしい。ブルペンキャッチャーとしてね」
野球しかできないわたしが引退したらどうなっちゃうんだろうと思っていたらこんな救いの道が差し伸べられた。
「太刀川さんは残念だけど結果は出せなかった。でもその練習熱心な姿勢、皆から愛される人柄……このままお別れでは私もチームの皆も寂しいよ。裏方としてこれからもチームを支えてくれないかな?」
何も残せなかったと落ち込んでいたけど、違ったようだ。わたしの頑張りを確かにみんな見てくれていたんだ。いろんな感情がこみ上げてきて涙を抑えられなかった。もう30になるのに人前で鼻水まで垂らして泣いた。
「ありがとうございます………この体が使い物にならなくなる日までこのチームのために一生懸命恩返しします」
何もかも終わったと思ったその日、わたしの第二の野球人生が始まったのだった。
「…………うわっ!!」
わたしは飛び起きた。よかった、夢だった。いい話風だけど、みやこに捨てられた上にクビ、バッドエンドじゃないか!
「嫌な夢だ………汗を拭いてから寝よう」
神宮球場が歓声に包まれる。その声援に後押しされてわたしは打席に入る。
『さあペンギンズの代打の切り札!球界最年長は今年44歳を迎えても勝負強さは健在だ!太刀川みち、今日の相手は自らがプロ入りした後に生まれたルーキーです!』
わたしは結局みやこの評価に合った選手じゃなかった。キャッチャー以外の守備位置にも挑戦したけどレギュラー定着には至らず、みやこといまでも友だちでいるとはいえ彼女に夢を見せるヒーローには程遠い存在だ。トレードや戦力外を経験してペンギンズは4球団目、30代後半からはスタメンで出る機会もなくなり代打専門になった。
「かっ飛ばせかっ飛ばせ太刀川!」
いまだ独身、野球と結婚したってことにしておく。同じく独身界の先輩、横浜の二軍監督石河さんとは時々飲みに行っている。
『しかしバッティングもそうですが見た目も若いままですね。ミルルト親会社の健康飲料や化粧品のPRにはこれ以上ない存在です』
『うーん、太刀川が珍しいだけで真似しても同じようにはならないと思いますが。野球童子と呼ぶ人もいるくらいで、彼女は特別ですよ』
通算1千本安打をぎりぎり達成、ホームランは100本も打ってない。もちろんタイトルには無縁で、年俸が一番高かったときでも3千万円どまりだった。アメリカに行って五年100億の複数年契約を筆頭に信じられないくらい稼いだみやこに何一つ勝てなかった。ちなみにみやこはアメリカの300勝投手と結婚して、むこうで生活している。
だけど逆に言えばそんな通算成績でもこの年まで現役、しかも大好きなペンギンズでプレーできるなんてわたしは幸せだ。プロとしての実働年数、それだけは引退したみやこに勝てた。わたしは今日も戦い続ける。燃え尽きて骨すら残らなくなるまで。
『打った―――っ!右中間を破った―――っ!!』
「………!これも夢………いいような悪いような」
44歳まで現役だったら大満足な気がする。みやこが外国人と結婚したのは複雑だけど、それ以外は合格、これなら現実になってもいいかもしれない。でも、どうせ夢ならもって大活躍したい。そう願いながら再び意識を手放した。
試合が終わった。マウンド上でみやことハイタッチしてから抱き合う。大歓声に応えながらベンチに戻り、再びヒーローインタビューのためにグラウンドに帰ってきた。
「今日の……いや、今日も、と言うべきでしょう!今日もヒーローは太刀川選手!ナイスピッチングでした!」
「ありがとうございます」
「2安打完封、これで独走の21勝目、防御率は1.50!打っては猛打賞5打点!木谷選手とどちらが三冠王、そしてMVPを取るか横浜ファンも贅沢な悩みです!」
わたしはブラックスターズのエースになった。投手再転向が大当たり、しかも打力を生かして登板しない日は三塁や外野で出て、あの大仁田よりも上の「真の二刀流」と呼ばれるまでになった。チームのぶっちぎり優勝に大きく貢献できた。
「ハハハ、どっちがトロフィーをもらっても同じ棚に飾ることになりますから」
「そうでしたね!お二人は結婚されて二年目、美人選手同士の入籍会見はモデルや女優以上でしたからね!」
わたしの身長も急成長して、みやこを数センチ上回るくらいになっていた。数年前まで中学生と間違えられたちんちくりんだったなんて自分自身が一番信じられない。
わたしたちの夢はまだまだ終わらない。日本一、そして世界一を目指す道は始まったばかりだ。わたしとみやこならそれができる。さあ、伝説を創ろう。
「今年も日本一になります。ファンの皆さんが飽きるまで勝ち続けます。どうか応援よろしくお願いします!」
「た・ち・がわ!た・ち・がわ!!」
わたしの名前を叫ぶファンの声がいつまでもハマスタの空に響いていた。
「………ああ………夢か…………あ~あ……」
夢みたいだとは思った。だけど目覚めたくなかったなぁ。無双と呼べるほどの圧倒的な活躍、みやこみたいなきれいな顔と大人の女性の身体。せめてどっちかは欲しい!
まだ起きる時間じゃない。もうひと眠りしよう。
「くらえ!炎の投球!うおーーーーっ!!」
「みち、こっちは片づいた!あとは上空の一匹!」
飛行機が墜落したと思ったらわたしとみやこはこの世界にいた。モンスターたちがたくさんいる漫画やゲームみたいな異世界に。スキルと呼ばれるものが気がついたときから備わっていて、わたしが投げたボールは炎や氷となって敵を倒す。みやこは賢いから魔法を覚えてわたしの球の威力をアップさせる。
「わたしたちバッテリーに倒せない敵はいない!」
「さすがみち、ナイスボール!文句なしのストライクで敵はゲームセット!」
「いやいやいや、これはありえないでしょ」
さすがに夢だとすぐにわかった。さっきのやつよりもっと非現実的だ。少し早いけど起きてランニングでもしようかなと思っていると部屋のドアがノックされた。こんな時間に?
「………みやこ?」
「悪い夢を見た。気分を落ち着かせたいからあなたのそばにいたい」
「それはいいけど……どんな夢を?」
わたしの手をつかみ、暗い顔でみやこは言う。
「あなたがわたしのもとからいなくなってしまう夢。みやこよりもパートナーにふさわしい存在を見つけたからもう用無し、そう言って遠くへ行ってしまう………悲しい気持ちで満たされた。あなたがそんなことを言うはずがないというのはわかっているはずなのに………現実ではなくてほんとうによかった」
ベッドに二人で座っている。また変な夢を見そうで怖いから起きていた。まさかみやこもそんな夢を見るなんて。わたしがみやこを捨てるなんて状況になるとは思えないけど………。
いや、いくら成功が約束されているみやこでも、頭への死球で重傷を負ったらどうなる?肩の骨が砕けたりアキレス腱断裂のような再起が危ぶまれる大怪我に明日襲われる可能性だってある。栄光からの没落は一瞬、成功者と脱落者は紙一重。そんな無意識の不安がこうして夢になったのかも。
「でも幸せな夢も見た。あなたと日本球界の頂点に立つ、希望に満ちた夢を」
「いつか現実にしないとね。ところでその夢のなかのわたしはどうだった?みやこより背が高くなってた?」
「いいえ………いまのあなたのままだった。あとはあなたと二人謎の異世界で怪物たちを相手に…」
「…………その話はしなくていいよ」
わたしたちはもの凄い偶然、それとも誰かが与えた運命か、とてもよく似た夢を見た。この先いったいどの夢のような未来が待っているのか………不思議なことに、一人だと不安で悲観的なイメージしか湧かなかったけど、みやこと二人で並んでいると最高の将来、二人ならどんなことでもできるという根拠のない自信に満たされるのだった。
連載再開します。よろしくお願いします。今回からは一発狙いだけでなく走塁や小技も絡めて得点を狙っていきたいと思います。




