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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第26話 甲子園の思い出

 逆恨みでわたしに襲いかかろうとするジェリーを止めたのは、みやこが発する氷のオーラだった。皆の動きが硬直した隙にわたしを自分のもとに引き寄せてジェリーから離した。

 

「汚い手でみちに触るんじゃない。いますぐ消えなさい、屑が」

 

「ぐ、ぐぬぬ~……!ちょっとくすぐってやろうと思っただけだって。それにボクが本気で触れ合いたいと思うのは木谷都!お前だけだっ!!」

 

「あなたの真意には一切興味がない。みち、帰りましょう」

 

 わたしを連れてセ・リーグのベンチに戻ろうとするみやこ。ところがそれを許さないのは残された三人の選手ではなく、このメンバーが揃ったことに歓喜するマスコミたちだった。

 

 

「……これはすごい光景だ!『木谷世代』が集結しているぞ!写真、写真だ!」

「それに木谷の先輩の佐藤優李まで!すいません、一枚撮らせてください!」

 

 まだまだ時間はたっぷりある状況、あっという間にカメラマンが殺到した。みやこを中心に両隣に木森とジェリー、年上ということもありその後ろに佐藤が立つようにリクエストされた。こうなると、とある『不純物』『邪魔者』の扱いが大変なようで……。

 

「え~と……太刀川選手は後ろのほうに……いや、それじゃ写真に入らないか……」

「身長だけ考えたら根津の隣がいいんだけど……どうしたものかな……」

 

 結局わたしだけ座って、一列後ろに少しかがむようにして三人が、一番後ろに佐藤が立つ1-3-1の形になった。ああ、こりゃほとんどの新聞や雑誌はうまくわたしだけカットした写真を載せるんだろうなとわかってしまった。

 

 

 

「せっかくですので高校時代の思い出話でも聞かせてください。まず木森選手、確か木谷選手とは甲子園大会や国体などで何度も対戦があったようですが……」

 

「一度も勝てなかったですけどね。最後の夏の大会は戦えてりゃ勝てたって今でも思ってるんですが……チームの状態はこっちのほうが上だっただけに……」

 

 木森の最後の夏は準決勝でHTB学園という北海道の無名校に敗れて終わった。ヒットを13本打ちながら1点しか入らず、逆に相手はヒット3本で4点を奪った。運のない当たりやエラーが痛恨だった。

 

「根津選手は公立の農業高校で次々と強豪校を倒し、一躍プロ注目の投手になりました。日本全国の私立高との連戦、その最後の壁が重かったわけですが……」

 

「木森と違ってボクは言い訳しない。完敗だったよ、令嬢実業にじゃなくて、木谷都にね。今日の試合で対戦できるように総監督の江藤さんにはお願いしてあるんだ」

 

 ジェリーの甲子園は三年の夏、その一回だけだった。みやこに敗れたとはいえ相手が悪かっただけで、ドラフト1位を勝ち取るに値するパフォーマンスだった。

 

「そして木谷選手!三年間の集大成は最高の形でしたね!先輩の佐藤優李選手、その優ちゃんフィーバーと同じかそれ以上の感動を日本全国に届けてくれました!」

 

「………」

 

 なかなか答えないみやこの代わりに、わたしたちが一斉に口を開いた。

 

「あれは凄かった!今でも覚えてるもん、あの九回表2アウト満塁……」

 

「ああ。アタシたちを破ったHTB学園と令嬢実業の決勝も大詰め、あのときの木谷の打席は内容どころか実況まで一語一句再現できる」

 

「甘いな木森。ボクなら先発オーダーはもちろん両校のベンチ入り選手、一回表から九回裏までのぜんぶを言える。何ならいまスコアだって書けるから」

 

 わたしたちの高校三年の夏、その甲子園大会の決勝戦はみやこ率いる令嬢実業のこれまでの危な気ない勝ちっぷりから、圧勝が予想されていた。ところがチーム打率1割前半、一試合平均3個のエラーというHTB相手に意外な苦戦を強いられていた。

 

 

 

『ああ~~~っ!!ま、まさか~~~~~~っ!?入った!入った!これは驚いた!予選含めて無安打だった9番ライトの上島!ポール際に先制ホームランだ!』

 

 

 HTBの投手、『大沼陽おおぬまよう』はのらりくらりと要所を締めて最強打線を手玉に取った。天然パーマのもじゃもじゃ髪の毛が特徴的な軟投派のエースだった。一回戦からピンチの連続、そのたびに野手の真正面に打球が飛んだり際どい判定がぜんぶストライクになったり……その真の実力が試されるときがきた。

 

『キャッチャーフライを藤木、捕った!これでついに2アウト!HTB学園、優勝まであとアウト一つ!しかしいまだ満塁、そしてバッターは……』

 

「………」

 

 4番、キャッチャー、木谷都。守備のタイムが取られた。

 

「……どうする大沼クン、大ピンチじゃないかぁ。確認しておくぞ?この試合勝てばキミの願い通りアカプルコに優勝旅行だ。でも負けたら今年受験の先輩たちのために合格祈願、四国八十八の寺を全て巡礼してから深夜バスだけで札幌に帰ってくるんだぞ」

 

「おいおい、このデブは本気で言ってるのか?誰のおかげでここまで勝ち上がったのかわかってるよな?なんで私だけがそんな目に遭わなくちゃいけないんだ?」

 

「ただの運でしょ、勝てたのは。どうする、大沼クン。満塁だけど敬遠という手もあるぞ。同点で凌げば裏の我々の攻撃でサヨナラ、劇的な勝利じゃないかぁ」

 

「これだからヘナチョコ捕手は……並の投手じゃないんだ、北海道が誇る大スター、大沼陽なんだぞ?な~にが超高校級だよ、大したことなかったじゃないか」

 

 まさかの満塁で敬遠か、そう思われたけれどバッテリーは勝負を選択した。初球だった。

 

 

『打った――――――っ!!打球はぐんぐん伸びる!バックスクリーンだ!ホームラン!ハイレベルだった今大会、やっぱり最後は木谷でした!逆転満塁ホームラン!真の主役は木谷、都~~~~~っ!!4-1、完全に勝負は決しました!』

 

「嘘だろォ~~~~~~~~っ!?」

 

 打たれた瞬間、大沼はマウンド上に大の字になって倒れた。一方、歴史に残る起死回生のホームランを放ったみやこは表情を変えることなく淡々とベースを一周していた。

 

 

「うわあ~~~~っ!」

 

『ストラ――――――イク!!安原、三球三振!ゲームセット!令嬢実業が春夏連覇!歓喜の令嬢ナイン、それにベンチ入りメンバーが喜びの輪をつくります!』

 

 

 

 わたしたちと記者たちによる決勝戦の再現。明日のオールスター第二戦、甲子園でやればもっとよかったんだろうけど、じゅうぶんあの日の歓声が聞こえてくるようだった。

 

「ここまでやっておいて今さらですが、木谷選手のベストゲームはやはりこれでしょう?」

 

 満場一致で決まったみやこの高校生活で一番の試合。でもみやこがほんとうに記憶に残っている試合のことをわたしはすでに聞いている。どこか感覚がズレているみやこもさすがにこの場、この空気でそれを言うことはないだろうけれど……。

 

 

「いいえ、最も印象に残った試合は西東京大会の準々決勝、都立今和野高校戦です。あの夏の大会で唯一ヒットが打てなかった……今でも思い出すのはその試合くらいで、正直なところ他の試合内容や相手投手に関してはほとんど覚えていないです」

 

 その瞬間、ジェリーが憎しみを込めた目つきでわたしを睨みつけてきた。佐藤優李はあちゃあ、といった様子で目を覆った。何もわかっていない木森や記者たちはというと、

 

「……なるほどな……向上心の塊ってわけだ。成功じゃなくて失敗を記憶に残すなんて」

「さすがは木谷選手、ナンバーワンでありながら常に反省と改善を怠らないとは!」

 

 勝手に納得して話を終わらせてくれた。そしてわたしにも皆と同じ話題が振られた。一応この場にいるからついでに聞いておこうという雰囲気だったし、これ以上ジェリーの恨みを買ってもいいことは何もないから当たり障りのない答えをしておいた。

 

 

「はい、最後の夏は投手として出場して甲子園の常連校だった大京高校を2安打完封、我ながらナイスピッチングでした。自分でタイムリーも打てましたから……」

 

「そうですか、ありがとうございました。選手の皆さん、お忙しいところ………」

 

 あっさり終了。そして木谷世代の集まりも解散となった後、みやこはぽつりと言う。

 

「どうして私との勝負のことを言ってくれなかった?せっかく私が触れたのにあなたはそれを無視して関係ない話をしてしまった」

 

 残念そうな顔をしていた。もっとあの試合について語りたかったのだろうか。

 

「う~ん、あの場でそれを話しちゃうといろいろと説明が面倒になりそうだったから。あそこから話が長くなると試合前に疲れちゃうし、あれでいいんだよ」

 

「私はあなたのことならいくら語っても疲れない」

 

「……大事なのは過去じゃなくてこれからだからね。思い出よりこれから作るストーリーのほうが大切。今日のオールスター、一発やってみせるよ……なんちゃって」

 

 するとみやこは目を輝かせわたしの手を取って、楽しみにしている、と弾んだ声で言う。みやこの扱い方が最近ようやくわかりかけてきた。あっという間にもう上機嫌だ。

 

 あとは有言実行すればみやこはもっと喜んでくれるだろうけどどうだろうなぁ。

 

 

 

『ブラックスターズの大筒5本!残念ながら敗退となります!』

 

 試合前の一大イベント、ホームラン競争は初戦で大筒さんが姿を消して場内はため息に包まれた。十二球団のファンが集まったとはいえここはハマスタ、横浜ファンが多い。主役がいなくなったことで観客の思いはすでに試合に向かっていた。

 

『セ・リーグ同士の対決となった決勝はゴールデンゴーレムズの田沼が制しました!広島コイプリンセスの鈴本を抑えて優勝!賞金100万円が贈られます!』

 

 まだ20歳の田沼があっさりと優勝。明日のホームラン競争にもエントリーしていて、二日連続の優勝もありそうだ。この短い時間でわたしの二ヶ月ぶんの給料が……。

 

「実家のおばあちゃんに旅行でもプレゼントしますよ。小さいころ練習終わりにはいつも肉まんを買ってきてくれたのが昨日のようで……」

 

 

 このホームラン競争に出た選手たちにとっては100万円なんておこづかい程度の感覚、遊びの景品扱いだろうからそこまで真剣にやっている人もいなかった。でもわたしからすれば大金を賭けた勝負。つい身を乗り出してギラギラとした目つきで見ていたらしい。

 

「まるで観客席の子どもみたいだ。誰が勝つかハラハラドキドキって顔だ」

 

 誰が最初に言ったのかはわからないけれど、ベンチでのわたしの様子は『一番最高の席でオールスターゲームを楽しむファンの女の子』だったとか。他の選手の様子をたくさん写真で撮って、それをネットに公開していた川崎さんが『広報』として有名になった裏でわたしはテレビの視聴者から羨ましがられていた。試合が始まり、ヒットが出たり投手がアウトを取るたびに最前列ではしゃぐ姿がしっかり映されていたみたいで……。

 

「よしっ!よしっ!回れ回れ~~~っ!!」

「ナイスピッチッ!今中さん、さすが全セのエース!」

 

 意識することなく自然に大騒ぎしていた。そして六回裏、一番興奮した場面はここだ。

 

 

『打った~~~~っ!!これは大きい、飛距離十分!あとはフェアか、ファウルか!?』

 

「いけ、いけ、いけ―――――っ!!入れ、入れっ!!」

 

『ポールに当たった!ホームラン!木谷の2ランホームランでセ・リーグ反撃だ!打たれた根津はグラブをマウンドに叩きつけ悔しがる!』

 

 みやこのホームランが飛び出し、ぴょんぴょん跳ねるわたしはみやこの熱狂的なファンと呼ばれた。もし実はみやこのほうがこんなわたしの一番のファンだと知られたら果たしてどうなるんだろう。一人で何千……いや、一万以上の票を動かしたのだから。

 

 

「初のオールスター、いきなり敢闘選手賞確定……凄いねみやこは」

 

「賞に興味はない。でもみちが喜んでくれるのなら打ててよかった」

 

 チームが勝っていればMVPもあった。先発の今中さんは二回を無失点で抑えたけれどその後の投手たちが全パの強打者軍団に打たれまくって厳しい展開になっていた。

 

 負けてもいいオールスターゲームとはいえ、さすがに打たれた投手たちと、そのチームの監督の表情は冴えなかった。後半戦にダメージが残るかもしれないからだ。

 

「まあ今日でよかったんじゃないですか?いくら打たれたって成績にも年俸にもな~んも関係ないんですから!いまのうちにシーズンのぶんまで失点したと思えば!」

 

「そ、そうかも。言われてみればそんな気がしてきた!太刀川……だっけ?確かに!今日のことはさっさと忘れましょうよ、ね、原田監督!」

 

 ゴーレムズの投手の言葉に、原田監督はニッコリと微笑んだ。

 

 

「都合のいい考え方だね。伝統ある黄金軍に泥を塗った事実は変わらないのにね」

 

「うへ………」

 

「しかし後半戦に引きずられるよりはマシだよ。太刀川くん、きみはなかなか道化に見えて選手としても面白そうな人材みたいだ。どうだい、いま我が黄金軍は正捕手が定まっていないんだ。安倍はそろそろ引退だし後継者候補たちは期待外れだからね。うちに来ないかい!?金銭トレードで獲得してあげるよ、横浜を見返そうじゃないか!」

 

 

 生まれたときからからゴーレムズは大嫌いだから嫌です、とはさすがに言えなかった。この声と顔、手の動きで何人の選手を強引にチームに入団させたのだろう。FA、トレード、アメリカ帰りの選手たち……これが名将原田の魔力ってやつか。

 

「チョットチョット、ヤメテヨ原田サン!」

 

「ははは……冗談だよ、悪いねラメちゃん。でもラメちゃんとこじゃ木谷がいるからこの子はいつまでたっても正捕手にはなれないだろう?うちで救済してあげたいんだ」

 

 ラメセス監督が苦笑いしていた。原田監督は本気でやりかねない力を持っているからだ。

 

 

「……監督が現役のとき、ミルルトから強奪したのもこういうやり方だったんだろうなぁ。お金で奪っただけなのに美談にしようとする汚いチームだよ。何が淑女の球団だ」

 

 ミルルトを退団、そしてすぐにゴールデンゴーレムズ入り。ラメセスという選手が大好きから大嫌いに変わった瞬間だった。条件や状況を考えれば移籍も当然とわかったいまでも幼いころのわたしの恨みは残っていた。そのせいでついポロリと口が滑ってしまった。

 

「…………」 「…………」

 

「あ………あれ?聞こえちゃってましたか………?」

 

 他の選手ならまだしも、監督たちだけに聞こえるという最悪の結果になってしまった。

 

「アハハハハ!よう言うた!笑いが止まらないわね、ねぇ新居(あらい)!」

 

 大爆笑しながら右手でわたし、左手で広島のベテラン新居を叩くのは西宮の金木監督だ。気がつけばセ・リーグの監督三人に囲まれていた。ついでにアライサンも。

 

 

 

「試合前は木谷世代のメンバーたちの中心にいて……いまは監督たちのなかにいる。あの太刀川みちっていうのは何者なのかしら?あなたチームメイトでしょ、嘉恵」

 

「いや……そこまで親しくないから何とも。誰にも嫌われない魅力があるのは確かですが」

 

「原田、金木、ラメセス……あの三人に近づいていくなんて普通出来ないでしょ、そのうち一人でもプレッシャーなのに。ご機嫌取り目的でもそばにいたくないわ。なのに太刀川、あの子の場合は試合前のときもそうだった、相手のほうから引き寄せられるように……」

 

 

 ただ試合を楽しんでいただけなのに、知らないうちにわたしが全セの中心になっていた。みやこと二人でいても他球団の選手たちはみやこだけじゃなくてわたしにも興味があるようで、会話が弾んだ。来週からはまた敵になる相手、でも今日と明日だけはお祭りだ。スーパースターと同じベンチに座り交友を楽しめるファンとしてオールスターを満喫した。

 

 とはいえ、わたしが真の意味で話題の中心、主役になるのはまだ先の話だった。

 新居 (広島コイプリンセス内野手)  


 広島のベテラン選手。西宮の金木監督とは現役時代長年同じチームに所属し、『お姉ちゃん』と慕う。打点王、併殺王、失策王の三冠に輝いた年もある。


 元になった人物……辛いです…カープが好きだから……



 大沼 陽 (HTB学園投手) 


 都が三年夏の甲子園決勝で戦った投手。とにかくうるさい女。試合後は即日、チームメイトの藤木、上島と共に四国へと向かった。


 元になった人物……北海道のスーパースター。ご存知、あのタレント。

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