表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
PR
26/439

第25話 組織票〜みっちゃん祭り〜

 雨天中止のせいで前半戦ラストの西宮ジャガーズとのカードは二連戦になった。今日は天気が回復して問題なく試合ができる。とはいえ専属のヒュウズの登板は後半戦最初に回されたから一回スタメンの機会を失った。まああと二試合代打に備えて、その後はゆっくりオールスター休みを満喫できると思っていると、みんなが大慌てでやってきた。


「……い、いた!みっちゃん!何をそんなにのんびりと……大変なことが起きたわ!なのにその顔……少しも知らないってわけね!?あなたに関わる大ニュースよ!」


「は……はい。何も知りませんが………あっ!まさかっ!?」


 今年初の二軍降格か!そういえば昨日、二軍のキャッチャーが一人怪我したって聞いた。光莉さんは移籍したし育成枠や兼任コーチくらいしか残ってないというのも知っている。二軍の試合のために一軍から人を寄こすなんて……本末転倒な気がするけれど。


「………ここまで頑張ってきたんですが……残念です。でもすぐに戻れるように……」


「何言ってるの!うれしいニュースよ!あなたがオールスターに選ばれたの!」



 オールスター!無縁と思っていた夢舞台、しかも活躍すれば賞金も出る。プロ入り五年目、今年が最後のチャンスだった。あれ、でも別の理由で出場資格が今年はなかったような…?


「……うれしいんですけどいいんですか?今年は二軍の試合には出てなかったはずです。それとも誰かがけがしてその代替選手ならオッケー……そんな決まりでしたっけ?」


「……?二軍の試合は関係ないでしょ。みっちゃんは資格があるわ。今年の初めから出場選手登録されていて試合数も打席数も余裕でクリアしているんだから」


「……??そ、そうですか?いや、五年以内っていうルールだけは知っていたんです。だったら胸を張って頑張ってきます!明日の試合が終わったらすぐにでも……いや、当日でも間に合いますね。行き方を調べないと……四国の松山ですからね」


「………???ま、松山……?なんで?いや、行っちゃダメでしょ。忙しいんだから」


 話が噛み合ってない気がする。わたしたちが言い争いをしていると勘違いした石河さんがストレッチを中断して近づいてきてくれた。


「……どうしたのさっきから。ああ、みっちゃん。驚いたけどおめでとう!」


「あ、ありがとうございます。それであさっては松山に行くことになったんですけど行っちゃダメだって皆さんが……あれ、松山は去年で今年は別の場所でしたっけ?」


「…………ああ~……そういうこと。いい、よく聞いて。みっちゃん、みんなの言う通り横浜に残ってなさい。今年のオールスターの第一戦はここでやるっていうのはあなたも知っているはず。みっちゃんはそのメンバーの一員になったのだから」


 第一戦、ハマスタで………だんだんわかりかけてきた。そんなはずは、と思いつつも。



「ま……まさか……!オールスターっていうのは……まさかっ!!」


「紛れもない一軍のオールスター以外にないわ。大スターたちの仲間入りおめでとう!」


 上里さんがスマホの画面を見せてくる。『ある投票』の結果発表だった。




 プラスワン投票結果 セ・リーグ


1 太刀川みち (横浜) 13240

2 原村 文  (西宮)  8982

3 赤木 宜子 (外苑)  8616



 総投票数や4位以下、それにパの結果なんか目に入らなかった。オールスター出場最後の一人を決めるファン投票、その一番上にわたしの名前がある。倒れそうになった。



「いやいやいやいやいや!え、冗談ですよね!?」


「いや……これ公式のやつだから。他のスポーツ新聞の記事もほら、次々に……」


<セ・リーグの『プラスワン』は地元開催の横浜・太刀川に決まる!五年目初出場>


<プラスワン太刀川、勝負強い打撃と奇跡の珍プレー光る個性派、いざ球宴へ>


 わたしがセ・リーグ唯一の一万票オーバー……何かがあるに違いないとわかった。そしてその犯人も見当がついていた。両手を叩きながら笑顔で輪に入ろうとする犯人、木谷都め。



「みち、おめでとう。これであなたも私といっしょに……」


「……ちょっと失礼!みやこ!話があるから裏に来て!」


 無理やり引っ張るようにしてベンチ裏の誰もいないところにみやこを連れてきた。いまのわたしに喜びの気持ちはない。焦りや不安、加えて恐怖に怒りだった。



「みやこ!みやこがやったんでしょ!わたしと離れたくないからって!」


「……みちが紹介してくれた。オールスターにはこんな出場方法もあると。あれから調べて、初めてプロ野球のオールスター、ファン投票に参加してみた」


「ダメだって!一人でどれだけ投票したの!?まずいよこれ…………」


 オールスターがインターネットでも投票できるようになったとき、わたしはまだ小学校の低学年だったけれどよく覚えている。大量の組織投票だ。高い給料を貰っているのに全く活躍できない選手を晒し上げたり面白半分に変な投票をしたり……一台のパソコンから何千票も投票があったという。それ以降インチキ票は無効扱いになった。


「すでに正式な最終結果は出た。不正はなかったと判断された」


「どういうからくりを……?」


「父や母の同僚や知人に広めた。そこからまた広めていって……それぞれが一票ずつしか入れなくてもかなりの人数になった。しかし野球に興味がなかった層でもあなたを知るきっかけになり、その全力プレーを見てあなたのファンになった人たちもいた」


 みやこからみやこの両親へ、そこからその会社の人たちへ、さらにその知り合いや友達に。


 恐ろしい……みやこの家がどれだけの名家かはある程度知っている。おそらくこれでわたしの票の半分以上、いや、九割くらいは稼いだんじゃないだろうか。



「みち、私がオールスターのベンチで孤立しないかあなたは心配してくれた。実のところそんなことはどうでもいい。特に交友を持ちたい相手もいないのだから。ただ、あなたがその場にいないことだけは耐えられない。どうか辞退なんてしないでほしい」


 わたしが強く言い過ぎたせいか、みやこは少し涙目になっているように見えた。


「……不正投票でもないのに辞退したらペナルティで出場停止になるからできないよ。でも先月まではいっしょにいる時間なんかちっともなかった。会話もぜんぜんしてない。それなのにたった二日か三日離れるのが我慢できないなんて……」


「もう戻れない。あなたと共にいる喜びを知った以上は!」



 知ってしまったせいでもう戻れない、か。わたしも二軍の試合にすら出られなかったときや二週間に一回出番があるかどうか、そんな今年の頭の状況には戻りたくない。試合で活躍する充実感を味わってしまったいま、それを知らなかった日々とはお別れしたい。そしてプロに入って初めて親友と呼べるような存在のみやこと離れるのはわたしも……。



「……グラウンドに戻ろっか。せっかくセ・リーグ代表の一員になれたんだしここでつまらないけがをして本番に出られないんじゃつまらないからね」


「………わかった!」


 圧倒的な数のグレーな票という重すぎる愛情をわたしは受け入れてしまった。仕方ない、こうなったら余計なことは忘れて一生に一度の機会を楽しもう。さすがに来年以降はみやこもわたしに飽きてこんなまねはしなくなるはず……しないよね?




 西宮との二連戦、わたしの出番は二試合目、八回裏に代打で三振に倒れた一打席だけだった。チームはホームゲームでも苦戦する西宮相手に1勝1敗で凌いでまずまずの結果に。


「オールスターでも全力プレーで楽しんでもらいたいと思います。特に第一戦はこのハマスタで開催される……MVPのチャンスも大いにあると期待しています」


 去年の横浜は3位、つまりラメセス監督もベンチ入りする。残る二人はジャガーズの金木監督、総監督となるゴールデンゴーレムズの原田監督だ。会話したことはない二人だけど正直苦手なタイプの人たちだった。実際に接してみないとほんとうの人柄はわからない、とはいえわざわざわたしに話しかけてくることもないだろう。



「MVP……最近はほとんど野手のものだから私たちはほぼノーチャンスでしょ」


「今中さんは先発だからまだいいですよ。私なんか絶対無理じゃないですか。まあ当日は他のチームの選手たちとの写真撮りに専念するとしますか」


 先発として2イニングを投げることが決まっている今中さんは一人もランナーを出さずに4つか5つは三振を奪ってようやく優秀選手への道が開ける。抑え投手の川崎さんは本人も諦めているようにまず賞は無理。球場を盛り上げる役を頑張ってもらうしかない。


「みんな速球勝負で来るか……となると私よりも長崎さんのほうがいけるかも?」


「弱気なことを言ってるんじゃないわよ、セ・リーグの主砲が」


 4番として出場する大筒さん。今年の成績もいいけれど実は150キロ以上の直球を苦手にしていてホームランはほとんど変化球を打ったものだ。ほとんどの投手が直球一本で投げ込んでくるオールスターは厳しい舞台なのかもしれない。


 直球しかないとわかっていれば普段よりはましなのかもしれないけれど、長崎さんのほうがMVPに近いという意見は案外間違っていなかった。


「とはいえ……そこの黄金ルーキーがおいしいところをすべて持っていくシナリオも大いにあるわ。負けないようにしなくっちゃねぇ」


「…………」


 そして捕手でフル出場する予定のみやこ。どんなメンバーに囲まれても緊張や委縮とは無縁、お祭りでも勝負に徹するバッティングが最高の結果をもたらすかもしれない。



「みっちゃんは……まあ……代打で逆転満塁ホームランとか打てば……」


 そんな大事な場面でわたしが登場したら横浜ファンを含めた全球団のファンから一斉にブーイングだろう。ランナーなしのどうでもいいところで使ってもらいたい。夢の球宴を特等席で見られるんだからそれ以上は望んでいない。


 でもほんとうに大チャンスで代打、そんな展開になったら全力で頑張る。最優秀選手は各試合300万円、敢闘選手賞も100万円。わたしの給料を考えたらとんでもないボーナスだ。


(夢見るだけだったらタダだしね……口にするのは恥ずかしいけど)





 そしてオールスターゲーム一日目。試合前から両チームの選手がいろんなところで話をしている。敵チームとの馴れ合いはあまり好きじゃないわたしも、この日だけは特別という気持ちでいる。これもやっぱり古い考えなんだろうけどね。


 勝手に相手から近づいてくるみやこよりも一人ぼっちになる危険が高いのはわたし、そう予想していた。大筒さんや川崎さんはすぐに仲のいいよその選手のところに行くし、助けてくれる人もいない。だったら自分から動けばいいと思っていたとき、



「……まさかあなたとこんなところで会えるなんて、世の中ほんとうにわからない。あなたが選ばれたのも驚きだけどそれ以上に私がここにいることが……」


 わたしのもとに来たのは交流戦で対戦したベアーズの佐藤優李だった。あの試合の後、かつての輝きを取り戻した佐藤は完封勝ち二回を含む無敗の連勝。人気ではなく実力でオールスター出場を勝ち取っていた。


「私の慢心を打ち砕いたあなたの走者一掃タイムリー……木谷がボールを寄こせと強く言ってなかったら私がもらいたかったくらい。あれで目が覚めた。お礼を言いたい」


「……い、いやいや。それは佐藤さんがもともと凄いピッチャーで、偶然スランプを抜け出したタイミングがあの試合と被っただけでわたしは何も……」


「いいえ、私にはわかる。野球一筋で光り輝くあなたと対戦できなかったらこの先も言い訳や根拠のない自信を並べ立ててますますつまらない選手になっていた。きっと首にはならないけれど半分死んだような無価値な存在に落ちていたと思うの。他人に興味を示さなかった木谷があなたを高く評価するのは正しかった」



 佐藤がわたしの手を取って深々と頭を下げる姿に何事だ、と周りがざわめき始めた。するとまた別の誰かがやってくる。これまた交流戦で『対決』したキャッツの捕手、木森友子だ。


 いまだに黒い短髪、わたしとの勝負に負けた後のままだった。かな~りレベルの低い、正直引き分けみたいな内容だったから元の金髪に戻してもらってもいいんだけど。


「久しぶり!今日はもう勝負はしない。純粋にゲームを楽しもう」


「それがいいよ。それで……何の用で?」


「用がなきゃ挨拶しちゃいけねーのかよー。まあいいや、用ならあるさ。アタシもあんたに感謝しにきた。この髪型にしてから調子がよくなった。ダサいかと思ったらこのほうがカッコいいって人気急上昇……いいことだらけだ」


 あの派手な髪よりもいまのほうが清潔で爽やかだから納得のいく展開ではあった。


「似合わない金髪に不慣れな不良の真似……やめられてよかったじゃない」


「ちっ……あんただって化けの皮が剝がれたじゃんか。大人しい優等生の芝居をやめて闘志むき出しに……まあ今日は味方同士、喧嘩しても仕方ないからやめるけど」


 険悪な空気になりかけたけどすぐに収まった。そのかわり、新たな選手が登場した。



「そう!今日のボクらの敵はこいつだ!あんたらは何を勘違いしてんのか知らないけどこいつに痛い目に遭わされた集まりじゃないか!場違いな舞台にノコノコ出てきてご苦労さん!こんなに早くリベンジの機会がやってくるとは思わなかった!」


 仙台フェニックスの根津智絵理、通称ジェリーだった。みやこを一方的にライバル視し、そのみやこが特別視するわたしを恨んでいた。彼女は何も変わっていなかった。


「対戦できるかは運次第……でも何だかお前と対戦できる気がするよ、太刀川みち!この間のホームランがまぐれだったと教えてやるよ……お前に、大観衆に、そして木谷都に!ボクのことだけを考えていればいいと思い知らせてやる!」


 一人で勝手に盛り上がっていた。わたしたちが冷ややかな目で見ていると、


「……っ!くそっ、バカにしやがって!こうなったらいま決着をつけても……」


 まさかのリアルファイト!?わたしの首を絞めようという手つきだ。ジェリーという人間についてよく知らないからこれが冗談なのか本気なのかわからない。とはいえみやこへのライバル心、それが発展した恋心の熱さはわかっている。本気でやりかねないぞ。


「ちょ、ちょっと!落ち着きなさい!」 

「よせって」


 佐藤や木森の声も届いていない、異常な興奮。真っ赤な顔とその息遣いが危険を知らせる。これは真剣に逃げたほうがいいと思ったその瞬間、根津の炎を完全に消火するほどの季節外れの凍てつく冷気が吹き荒れた。わたしたち四人の呼吸が数秒、ぴたりと止まった。




「………何をしているの?」


 怖いまでに無表情、空気を切り裂くような低い声でわたしたちを見下ろすみやこがいた。

 組織票 (オールスター)


 地元開催、チームの好成績などが影響して球宴ジャックが起きる。インターネット投票、球場での投票のどちらでも防げない。とはいえマークシートに名前が載っている選手だから最低限出場しているし成績も大体合格レベル。↓の事件以外は。


 話に登場した事件の元ネタ……言うまでもなく川崎祭。他の組織票騒動とは別格。1つのパソコンから半日で1000票投票も。みっちゃんもコレだと思ったが、みやこはあくまでルール内で仕込み、異常な投票とは認められず、出場が決まってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ