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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第23話 代打の切り札

 ここまで一勝一敗で迎えたコアラーズとの三戦目。この日は試合前から小雨が降っていた。天気予報では試合の終わりくらいまでなら持つと言っていたのに大外れだった。



『いまシートが外され……試合再開です!六回の表、コアラーズの攻撃から再開します』


 続けるのかよ、という渋い顔と共に皆がフィールドへ向かっていく。雨は激しさを増すばかりでよくなる兆しがないのにまさかの続行だった。わたしたちはリードしているから早く終わりたいけれど相手としてはまだやらせろという気持ち、それはわかるとはいえ……。


『これは前橋投げにくそう!手元も足元も最悪だ!』


 このまま続けたらけが人が出そうだ。ユニフォームがこれ以上汚れるのが嫌なのか誰も横っ飛びもスライディングもしなくなった。とりあえず試合は4-2、2点のリードを持ったまま六回裏の攻撃になった。


 相手の投手はすでに三人目の畑島。元リリーフエースでもある畑島からチャンスを作って2アウト二、三塁となったところで打順は8番、ピッチャーの前橋さん。ここでラメセス監督が動いたのだった。



『前橋に代わりまして、バッター…太刀川!バッター太刀川、背番号60!』


 わたしが代打として登場だ。少し外に出ただけであっという間にずぶ濡れだ。


(ふだん出番がないのにこんな日に限って……でもいい場面だな)


 外野へのヒットを打てばかなりの高確率で2点入る。試合を決める一打になるかもしれない。互いに最悪のコンディションのなか投じられた初球、雨ですっぽ抜けたみたいだ。


「うわっ!おっとっと……!」


 顔の前を通過するボールを仰け反って避けた。背中から地面に倒れると、ぐちゃりという感触がした。試合後はシャワーだけじゃ済まないことが確定した。


「うぇ~………気持ち悪い………」


 気を取り直して次の球、畑島も二球続けて危ない球はまずいと思ったのか、それとも大雨で思考が鈍っていたのか。真ん中低めに甘いストレートが放られたのを見逃さなかった。



『打った~!前進守備のレフトの遥か上!これは2点タイムリーになりそうだ!』


 前進守備されていなくてもヒットにはなったはず。ただ、打球の跳ね返りを考えるとシングルヒットまでだったのがこれで二塁打になった。打球が強すぎたと苦笑いせずに二塁で堂々と喜べる……と思っていたら外野手からの送球が見えた。


 あれ!?際どいタイミングだ!そうか、もともと鈍足なのにこの雨でさらにスピードが!


「こうなったら!うわ~~~っ!!」


 頭から滑り込んだ。そのおかげで相手のタッチをかいくぐって間一髪間に合った。


「うへぇ……前も後ろもぐちゃぐちゃだぁ」


 髪や顔まで汚れている。たったワンプレーでフル出場したかのような真っ黒ぶりだった。9番の倉木さんが倒れスリーアウトとなったところで再びベース付近の土にビニールが被せられた。6-2となって点差が開いたからか、審判団の決断は今度は早かった。わたしのヒットは文字通り試合を決める一打になった。



『ここでコールドゲームです!試合終了!ブラックスターズの勝利です!』



 七回に入る前に試合は終わった。でも中断もあったからほぼいつも通りの時間だった。


「前橋投手、今シーズン初の完投勝利となりましたが」

「記録は完投ですけど六回ですからね……。ファンの皆さんも風邪に気をつけてください」


 前橋さんのインタビューが続くなか、わたしたちは早々にシャワー室へ向かった。さすがに雨の中のナイターの後はまだ冷える季節だ。ちなみにこの球場はシャワーがいくつかあるついでに湯船もある。しっかり汚れを落としたら浸かってから帰ろう。案外みんな簡単にシャワーだけで済ませるから、ゆっくり入っていられるのもいいところだ。



「……あれ、みやこ?まだいたんだ。とっくに終わってると思ったよ」


「混雑していたから仕方ない。それより……あなたの体を洗わせてほしい」


 ……何を言っているんだろう。一人じゃ髪や背中の汚れを落とせないと思われている?いくら小さいとはいえそんな子ども扱いされちゃ困る……いや、違う。みやこの狙いは別にある。これまでの経験で今日もみやこがどんな思惑なのかわかってしまった。


「……またわたしの体を触るつもりでしょ。あの変な手つきで」


「………筋肉を確かめたいだけ。決して不純な動機はない、今回は」


 今回は、ってことは前回のはそうだったって認めちゃったよ。


「筋肉を確かめてどうするつもりなの」


「現状のあなたを知りたい。背筋や下半身の状態を確認するために実際に触りたい」


 そう言うと許可も得ずにみやこはわたしの背中に手を伸ばした。一瞬身構えたけれど、みやこはほんとうに今日は真面目だった。お尻や胸を触るにしても前とは違って真剣そのもの、左右のバランスや筋肉のつき具合をていねいに調べていた。


「………どう?」


「素晴らしい。常に基礎トレーニングを欠かさなかっただけあって完璧に近い。これなら150キロを超える投球ができるようになるのも時間の問題だと思う」


 相手の直球に負けないパワーや長打力。そうではなくて150キロを投げられる、とみやこは口にした。二人だけの練習のときもピッチングばかりだったことで薄々感じてはいたけれど、みやこがわたしに望むものはきっと……。


 でも口に出すのはやめよう。気がつかないふりをしないとわたしまでその気になっちゃう。



「それより今度はわたしが流してあげようか?遠慮はいらないよ、ほら」


「……いや、私はもう洗ったから……」


「いいじゃんたまには。わたしにもみやこの活躍の秘訣を勉強させてよ。細いように見えて安定した足腰の秘密、もうホームランを5本も打っているヒントを……うへへ」


 自分からは積極的に触ってくるくせに反撃されると弱いみたいだ。あたふたしている隙にみやこの太ももに飛びかかり、その体つきを堪能させてもらうために迫った。



「んっ……!ふうっ……ふうぅっ!い、いい……」



 ちょっとしたいたずらのつもりだったのにとてもまずいことをしている気分になった。いや、少し撫でてるだけなのにどうしてこんな反応を?誰もいないからいいものの……。


「………お、お邪魔しました………」 

「ごゆっくり~……」


 誰かに、それも最低二人に見られていた。しかも弁明する前に逃げられる。


「ま、待ってください、誤解です!ちょっとした遊びで!」


「……遊びだったの?私はこんなにあなたを感じているのに……」


「あ~もう!変なこと言ってないでみやこも説明するの協力して!」


 なんとか先輩たちに追いついて、思っているようなことは何もないと必死に訴えた。わかったわかった、と口では言うけれど全く伝わっていないみたいで、最後にはそういうことをするのはいいから場所だけ気をつけて、とやんわり怒られてしまった。



 女性同士で恋人になったり結婚するのが当たり前になっても選手同士でそういう関係になったという話はほとんど聞かない。ずっといっしょにいると悪いところも見えてくるから気持ちが醒めてしまうのが一番の理由らしい。だからみやこも放っておけばそのうちわたしへの興味なんてなくすはず。特別なことはしなくていいんだ。


 アイドルのような扱いの選手もいるから、相手の身分や性別、年齢に関わらず恋愛そのものを禁止している球団もある。まあわたしのようなそういう需要がない選手なら自由にしていいみたいだけど、みやこはまずいだろうなぁ。わたしの首が飛ぶという意味で。過激なファンに選手生命どころか生命そのものを絶たれる危険を覚えておかないと。





 先輩たちのなかでも口の堅い人たちだったのが救いで、シャワー室での話は広がることなく翌日の試合の時間になった。今日からは甲子園で西宮ジャガーズと戦う。一昔前は甲子園の大観衆のうち百人か二百人くらいしか横浜のファンはいなかったらしいけれど最近はその数倍以上に増えていて、応援の声もしっかり届いている。


『今中も三者凡退に抑えました!これで初回からずっとゼロが続く投手戦です!』


 七回を終えて両チーム得点なし、今中さんは被安打2で球数は100球未満、相手の先発岩佐は11奪三振と両者圧巻のピッチングだった。このまま投げ合いが続くかと思われた八回表、四球で出たみやこを送りバントと内野ゴロで三塁まで進めた。バッターは投手の今中さん、本人は行く気満々だったけれど監督がそれを制して代わりに出たのは……。



『難しいところでしたがここで横浜のラメセス監督が動きました!余力を残している今中に代打、太刀川みちを使います!昨日はタイムリーツーベースを打っている太刀川ですが、代打の切り札ということでしょうか?』


『わからんね。ジャガーズが右に代えたら代打の代打が出てくるかもしれん』


 いまのところわたしの打率は代打勢のなかでは一番だったけれど、打席数を考えるとそこまで誇れるものじゃなかった。一本ヒットを打てばぐーんと上がるし、スタメンで4タコだったら一気に落ちちゃう、あまりあてにならない打率だった。


 だからここで右投手がリリーフとして出てきたら左の上里さんが真の代打として送られると決まっていた。わたしは別に右も左も得意じゃないし苦手でもないんだけどなぁ。


『ジャガーズ、どうやら岩佐の続投です!金木監督、ここは岩佐に託します!』


『このへんが金木と外国人のラメセスの違いやろね』



 投手交代はなかった。これでそのままわたしが打席に入れる。昨日の感触がまだ残っていて、この広い甲子園のスタンドにすら打球を放り込める自信があった。だから頼むからピッチャーを代えないで、そう願ったかいがあった。いまならどんな投手でも打てる!



「……あがっ!」


『太刀川初球打ち!これはボッテボテのサードゴロ!』


 バットの根っこに当たって完全に詰まらされた。力のない打球が三塁線に転がっていく。ヘボすぎる打球をランナーのみやこがジャンプしてかわす。すると流れが急転した。


『あっと!走者が目に入ったか!小山の動きが一瞬止まったぞ!』


 三塁手の小山、もともとそんなに守備のうまくない選手で致命的なやらかしも多かった。ボテボテの打球、もしかしたらキャッチャーが処理するかもと思ったのかスタートダッシュが遅れて、みやことの接触を恐れたのか捕球までの動きも鈍かった。結局わたしが一塁に到達したとき、ボールはまだ誰も捕っていなかった。ライン上を転がっていたからファールになるかも、という可能性に賭けたんだろう。あとは運の勝負だった。


「……切れろ!お願い、ファールに!」

「…………いや……止まっちゃったわ、ラインの真上のまま」


 わたしは一塁上でにやりと笑った。派手なガッツポーズはしないと決めているけれどさすがにこの運任せに勝ったのは笑顔にならざるをえない。これがハマスタなら歓声と同じくらい失笑が起きそうな場面、甲子園はやっぱり恐ろしい場所だった。


「死ね~~~~~!!百回死ね!このクソアマ!」

「ま~たお前か!早よ帰れ、アホ!クズ!!」

「飛田の裏風俗に売り飛ばしたれ!」


 あの大観衆がほぼ全員敵になってしまうのだ。罵声とブーイングで潰されるのは対戦相手ではなくジャガーズの選手だと言われている通りの状況になった。


『あ~っと……これはいけません!試合中なのにメガホンやペットボトルが……』


 昨日とは違う理由で試合中断になってしまった。今回は数分間とはいえ、塁上に残るわたしとしては非常に気まずい時間になった。いまはまだ小山への怒りが球場を支配しているけれど、ふざけたインチキヒットを打ちやがってという理不尽な文句をつけられて襲われやしないか……だんだん不安になってきた。


(まあ今日のヒーローインタビューは今中さんだろうし大丈夫かな。プロ初のお立ち台はまた今度の機会でいいや。いや~残念残念!アウェーじゃ一人しか呼ばれないからね!)


 こんな後ろ向きな考え方がまずかったか、最後の最後にもっと恐ろしいことが起こった。



『打った~~~!!打った瞬間文句なしの一撃!小山がやりました―――――っ!!レフトスタンドに叩き込む逆転サヨナラ2ラン!横浜の守護神川崎を粉砕―――っ!』



 抑え投手、川崎さんが初めてのセーブ失敗。痛恨の敗戦となってしまった。わたしたちブラックスターズはここ数年ジャガーズとなぜか相性が悪い。この流れ、この点差ならもう平気、というところからでも負けてしまう。今日も悪夢は繰り返された。


「小山~~~っ!!ウチらは信じとったで!あんたは日本一や!」

「最高の四番や!うちの娘貰ってくれ~~!」


 甲子園のジャガーズファンの手のひら返しもお約束だった。とはいえどのチームのファンも似たようなもので、打席、イニングごとに評価が上がったり落ちたりを繰り返す。


(わたしも子供のころ……ミルルトファンのときはそうだったしなぁ)


 だからいちいち気にしていたら仕方がない。わたしもこの好調が続けば知名度が上がっていずれ歓声と同時にバッシングを受ける日が来るかもしれない。でもそれはまだ遠い先だろうと思っていた。


 最近チャンスで結果が出ていることや何より今日のライン上打球のような珍プレー多発が注目を集めたのか、スタッフの人から最初にそれを伝えられたときは冗談かドッキリの企画かと思ってしまった。



「取材……え、狂スポじゃない……『まとも』な取材?」


「はい。『まとも』なところ、しかもテレビです」


 試合中にUFOを見たとか雨天中断中にカッパがいたとかいう記事の協力じゃない。あの『まともじゃない』新聞以外から取材だなんて初めてのことだった。

 金木 知世 (西宮ジャガーズ監督)


 現役時代西宮のリーグ優勝に貢献し、アネキとして人気の高い監督。選手たちを我が子のように指導する。


 元になった人物……鉄人と呼ばれたあの選手。FA移籍してから大活躍し阪神を強くしたが、晩年はとんでもない悲劇をもたらす。その光と闇はもはやここで書く必要はないほど有名。



 小山 (ジャガーズ内野手)


 ジャガーズの中心選手。右投右打。内外野様々なポジションの経験がある。成績の割にいまいち信頼されていない。


 元になった人物……虎の主砲、成長を続けるあの選手。シーズン開始直後はハズレ外人たちにポジションと4番を奪われるが気がついたらこの人が打線の軸になっているのは毎年のお約束。

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