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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第22話 夜の店

「ヨロシク……こんな場面だけどやっぱり緊張するものだね。ふ~っ……」


「こちらこそ。思い切って腕を振っていきましょう」


 どうしてわたしが新加入の投手たちの最初の相手に選ばれたんだ、なんて思ったけれどこの渡久地さんや後に控える江頭さんからすれば大事な初登板、どうしてこんな捕手なんだと考えているはずだ。とはいえ投手陣にはまだ救いがある。

 

 もし打たれてもわたしのせいにできるから最低あと一回はチャンスが来る。みやこか戸場さんが捕手なのに打たれたらもうどうしようもないけれど、今日のところはまだ何とかごまかせる。


(わたしはいよいよ立場が危うくなるんだけどなぁ。代打でしか呼ばれなくなっちゃうよ)


 ベアーズでは一昨年50試合以上に登板してそこそこホールドを記録している。去年は手術からの復帰が遅れて登板数が減って今年は一軍登板なし、本来の力が戻れば活躍できるはずなんだけど、果たしてどれくらい回復しているか……。



『打った~~っ!!大量リードのコアラーズ、攻め手を緩めません!先頭の小島に続き伊部もクリーンヒット!』


 名古屋コアラーズの上位打線に連打をくらう。コントロールが甘いせいだ。


「ああっ!!」 「うひゃあ~!」


 そして次の打者、平への初球、わたしたちバッテリーの情けない悲鳴が響いた。


『これはひどい大暴投!ランナーそれぞれ進塁します!』


 さらに一塁が空いたところでなんとラメセス監督がベンチから体を乗り出す。指で合図を送ると、それを見た審判が平に一塁へ向かうよう促したのだった。申告敬遠だ。これで満塁になってしまい、逃げ場もなくなった。



「……このチームは7点も負けていて申告敬遠するの?考えられないね……」


 セ・リーグの試合はあまり見ないのか、渡久地さんはラメセス采配を知らないようだ。大差負けだろうが申告敬遠するし前進守備もする。


「いきなり大量失点じゃ早くも降格かな?短い間ですがお世話になりました~……」


 冗談っぽく言う渡久地さん、だけど顔はだいぶ強張っていた。今日はダメでもわたしのせいにしてくれればよかったのに、緊張が抜けなかったようだ。失敗できないという気持ちが強すぎて制球が乱れている。明らかなボールと絶好球のどちらかしかない。


『バッターは4番のビッシ!好調打線のなかでここまでノーヒットなのが逆に怖い!』


 このままじゃ走者一掃か押し出し連発の未来だ。とりあえずは落ち着いてもらわないと。普通に平常心になるよう言っても無駄だと思う。だからここは……。



「ところで渡久地さん、この近くの料理はどこもレベルが高いんですよ。だから試合後はよく集まってみんなで食べに行くんですが……好きな店はもう見つけましたか?」


「まさか。そんなヒマはないよ。まだ一週間だよ、こっちにきてから」


「そうですよね……。あ、だったら今日この後いっしょに行きませんか!これだけ点差が離れてるのに時間はまだ早いです。九時には終わるかも……どうですか?」


 意外な言葉に渡久地さんは目を丸くしながらも、にんまりと笑った。


「おおっ、いいねいいね。それならカワイイ子がいっぱいいる店がいいな!」


「あっ……そういうところがいいんですか。だったら石河さんが詳しいですよ!どうせ今日は石河さんにごちそうになるつもりでした。お任せしましょう!」


「コラ、みっちゃん!余計なこと言わないの!遊んでばっかだって誤解されるでしょ!」


 マウンドに笑いが起こったところで審判が近づいてきて時間切れ。内野はそれぞれ自分の守備位置に戻っていった。そして渡久地さんはわたしの肩を叩いて言った。


「……気を遣わせちゃったみたいだね。もう大丈夫、ありがとう。気分よく晩飯にするためにもビシッと投げないとね!」


 絶対に失点できないという追い詰められた思考から、最少失点で抑えればいいという気楽な気持ちにチェンジできたみたいだ。これなら1点くらいで済むかもしれない。



『ビッシの打球はサード真正面!ホームに送ってアウト!太刀川は一塁に送球!これもアウトでダブルプレー!一瞬でツーアウトになった!』


『ストライク!148キロの直球に幸田のバットが空を切る!二者残塁!』


 開き直った渡久地さんの球はこんなに凄かったんだ。コアラーズの中軸二人を完璧に仕留めて無失点で凌いだ。勝ちパターンの人たちと同じくらいの球の質だ。


「よしっ!これなら次のイニングもいける!自信が出てきた!」


 下位打線が続く七回は簡単に三者凡退。ラメセス監督も満面の笑みだった。2イニング目も球威が落ちなかったから、ロングリリーフもこなせるかもしれない。


「ナイスピッチング!渡久地はここまで、八回からは江頭を投げさせる」



 新戦力に2イニングずつ投げさせるつもりのようだ。打順が回ってこないように一番遠いところに江頭さんを入れて、八回の表。こちらもやっぱり緊張しているようだった。


「渡久地ちゃんが抑えちゃったからなぁ。比べられるだろうなぁ……」


「大丈夫ですよ。江頭さんの持ち味は打たせて取るピッチングだと聞いています。うちのチーム、点差が開けば開くほどみんな守備が上手くなりますから。今なら十二球団一です」


 ふざけたことを言うな、と石河さんや長崎さんに頭をぐりぐりされた。もちろんみんな本気で怒ってはいない。わたしの狙いに乗っかってくれたんだ。


「あははは……面白いチームね、ここは。ベアーズよりもいいかも」


 笑っているうちに江頭さんの目の色も変わった。ちょうどいい程度に闘志が満ちる。


「さっき渡久地ちゃんを食事に……いや、賑やかなお店に誘っていたみたいね。私もいっしょに連れて行ってもらっていいかしら。遊び場を調べておかないと」


「もちろん!じゃあサクッと抑えちゃいましょう!」



 江頭さんのボールもこの間受けたときよりずっとよかった。今日は点差があるから回を跨いでの登板になるけれど、これは右バッターがかなり打ち辛いフォームだ。ワンポイント、もしくは右が続くところなら接戦でも通用すると思う。ロングリリーフは渡久地さん、右殺しは江頭さん。使い方を間違えなければ大事な戦力になれそうだ。


「凄いね、みっちゃん!あの二人を完璧にリードした!信じられないよ!」


「私ですら見抜けなかったほんとうの力を見抜いていた……さすがはみちね」


 戸場さん、それにみやこが続けて褒めてくれた。ラメセス監督も大差負けの試合なのに握手を求めてくるほどだった。捕手としての能力を疑われているところでこれはいいアピールになった。

 

 バッターとしては八回にランナーなしのところで打席に立って四球を選んだ。相手投手の球が荒れていて打てそうな球がこないうちに四球になった。



 ヒュウズが崩れて中盤で勝負が決してしまった試合。だけど明日以降の希望が見つかりベンチの空気はよかった。みやこが予告する『チームが壊れる』ことは何としても避けないといけない。負け続きなのに明るいのも問題だけど常にギスギスしてるよりずっといい。




 試合が終わってしばらくしてからわたしたちはそこそこの人数で集まった。マウンドでの約束通り、これから繁華街に向かう。初登板を終えた二人もすっかり溶け込んでいる。


「札幌にもそういうお店はいっぱいあったからね。満足させてくれるかな?」


「期待してもらっていいわ。だから心配なのはあなたたちよりもみっちゃんだわ。遊び慣れてない純粋な子を放り込むとハマりすぎるかもしれないし」


「いいんじゃないですか?たくさん遊べるようにもっと稼ごうってやる気になりますよ。確か今年は…630万だっけ?それじゃ足りないって思わないと!」


 そういう考え方もあるんだ。それも一理あるかも。遊びすぎてだめになる選手もいれば逆に遊びや趣味を活躍のきっかけにできる選手もいる。これまで野球のことだけ考えてきたけれど未知の世界を知って新たな可能性の扉を開けるかもしれない。



「じゃあ行きますか!ほんとうの素人なんで一から教えてくだ………」


 皆といっしょに歩き出そうとした。だけど足は動いているのにちっとも前に進まない。気がついたら襟を掴まれていて同じところでバタバタしているだけだった。


「……あれ?誰かいたずらしてるんですか!?凄い力ですね………」


 下半身のトレーニングは人一倍やっている自信があるわたしの動きを完全に止めてしまう恐るべきパワーの持ち主……このメンバーのなかにはいないはずだった。



「…………」


「あ………み、みやこ………」


 いつも以上に冷たい無表情。右腕だけでわたしを抑えていた。


「……申し訳ありませんがみちは行けなくなりました。先に失礼いたします」


「え……うそ、本気?う、動けない……」


 ずるずると引きずられてみやこが待たせていたタクシーに乗せられる。わたしたちの住む独身寮一直線で、夜の街での遊びは直前でお預けとなった。ちなみに発案者のわたしがいなくても先輩たちはしっかり楽しんできたみたいだ。




 寮の食堂で軽く食べてから、誰もいないテラスに連れていかれた。みやこはほとんど何も言わないままだ。わたしのほうから切り出さないと状況は変わらなさそうだ。


「……え~と……神宮でも似たようなことがあったね。誘わなくてごめんね?」


「そんな低俗な場所に元々行くつもりはない!あなたが行こうとしていたのが問題。しかもあなたが提案した?明日も試合があるのに風俗店で遊び耽るなんて……」


「風俗!?違うよ。わたしが、っていうより渡久地さんが行きたいって言ったのは普通にお酒を飲む、ただ女の子にいっぱい囲まれるようなところで……」


「似たようなもの!どちらも下劣で破廉恥、無価値な場所であることに変わりはない!」


 相当怒っているようだ。でもこの極端な意見には同意できなかった。



「……それは違うよ。どんな場所でどんな仕事をしていてもそんなことを言っちゃだめ。法律を守らない犯罪者なら別だけど……そうじゃなかったら上も下もないよ。その人たちのなかにも絶対にみやこのファンがいる。絶対に聞かせちゃいけない言葉だよ」


「…………」


「みやこはチームの先輩たちのことも見下している。監督に媚を売るしか取り柄がない、そうすることでしか生き残れない人たちだと。仮にほんとうだったとしてもみんな必死なんだよ。お金を稼がないと家族を養えない。そのために頑張っている。わたしみたいな第三捕手、代打屋で細々と生きている選手なんてばかにされる代表みたいなものだけど、それでも食べるために全力でやっているんだから」



 珍しく力説しちゃった。どんな仕事についていようとそれだけでどっちが上か、偉いかなんて決められない。昔誰かから聞いた言葉をそのまま言った。


 もちろんプロ野球選手は成績で優劣がはっきり決まっちゃうんだけど、それでもいつまでも目が出ない選手の努力を意味がない無価値なものだと言ったらいけない。生まれつき恵まれた環境で育った天才選手のみやこにもそれをわかってほしかったから熱く語った。ところが、



「……私はただ……みちにそういう店に行ってほしくなかっただけだった。ただお酒を飲むだけだとしても。だからつい感情的になって言葉が荒くなってしまった。チームの仲間たちのことも見下してはいない。実力があるあなたを差し置いて試合に出ている彼女たち、機会さえ与えられたら必ず活躍できるあなたが試合に出場させてもらえない苛立ちが私から冷静さを失わせた。それをわかってほしい」


 わたしの見当違いだったようだ。ただ妬いていただけだったなんて。


「じゃあこの間のアナウンサーのときも……?」


「私がまだあなたと二人きりで出かけていないのに、先を越されたくなかった」


 みやこの顔がどんどん赤くなっているのがこの夜の暗さでもわかった。わたしもきっとそうなっているんじゃないかな。好かれているというのは当たり前だけどうれしい。



「でもあなたが偏見を持たない人間であることはプレーヤーとしてもいい結果になった。日本に適応できなかったように見えたヒュウズや好材料のない終わった投手かと思われた二人が本来のピッチングをできたのはあなたの技術ではなく心によるものだった」


「どうなんだろうね。中継ぎの二人は次回からはみやこや戸場さんと組むことになるけれどきっとうまくいくよ。今年の終わりまで一軍に残れそうだよ、二人とも」


 わたしのほうが先に下に落ちないように頑張らないと。次回のヒュウズ登板試合が勝負だ。そこで失敗すれば代打以外で呼ばれることはなくなる。二軍落ちや他の守備位置への転向を命じられるかもしれない。代打で4割とか5割を打てるなら文句なしの戦力だけど、一年通してそんなに打てる選手はいない。打撃のほかにもアピールできるところが欲しい。



「それよりみやこ、おめでとう!選ばれるとは思ったけれどオールスター!凄いよ!」


 マークシートに名前がないファン投票でもかなりの票を集めたみやこは、選手間投票でめでたく出場を決めた。今月の頭に一軍昇格して、その月にもう月間MVPも狙える活躍だ。ミルルトのレギュラー捕手、赤村以外は怪我や不調でセ・リーグはろくな捕手がいない。


「……私はプロ野球に興味がなかったからオールスターの仕組みも知らなかった。単純に投票数の多い選手から順番に選出されるものだと……」


「人気だけじゃなくてその年の成績も大事だし、ポジションが偏らないようにしないといけないからね。監督推薦も含めたらだいだい文句が出ないメンバーになるよ。まだ先の話だけど楽しんできてね」


 わたしも楽しみなみやこの晴れ舞台。でも不安があるとすれば………。


「うちから出る大筒さんたちとも普段あまり喋ってないのに他球団の選手たちとちゃんとコミュニケーションがとれるかな……。けっこういるみたいだからね、オールスターで話す相手がいなくて一人ぼっちになっちゃってる人って……」


 デビュー年に人気の力だけで選ばれたベアーズの佐藤優李やチームから自分だけが選ばれた若い選手なんかはそうなりやすい。みやこ自身は一人でぽつんと座っていても全く気にしない人間だけど見ている側としてはやっぱり痛々しいからなぁ。


「……みちは出場できないの?今から活躍すれば……」


「いやいや、二軍のオールスターにすら出られなかったんだよ?それにわたしの成績で選ばれたら暴動が起きちゃうよ。どこにもないもん、出られる理由が」


 人気なし、実績なし、出番ほとんどなし……これじゃ厳しい。



「一応まだ枠があるといえばあるけどね。ファン、選手間の投票、監督推薦で外れた選手を両リーグ一人ずつ最後に選ぶ『プラスワン』投票が。ひょっとしたらわたしも珍プレー特集に何回か顔を出してるから20票くらいは入るかも」


「どれくらい票を集めたら当選?」


「状況によるとしか言えないね。セ・リーグは一位が二万票以上だったけどパ・リーグは大混戦で一万そこそこに三人くらい、そんな年もあったから。今年はどうだろう。西宮の原村とかゴーレムズの安倍あたりが人気があるし……あとは思いつかないな。来週の月曜から水曜……投票期間も短いからあっという間に決まるよ」



 原村は代打の切り札、時々捕手か一塁でスタメン。勝負強い打撃、それ以上に重い病気から復帰したシーズンというポイントがある。安倍はゴーレムズの黄金期を支えたベテラン。今年で引退かもという噂もあって、最後にオールスターでの姿を見たいというファンも大勢いるはずだ。二人とも登録は捕手だった。


 とりあえずわたしには何の関係もない話だ。オールスター休みをどう使うか、いまから考えておけば有意義に過ごせそうだ。みやこと仲よくなってからはいっしょにいる時間が増えたから、これまで一人でどうしていたか忘れかけちゃいそうだった。練習が中心になるとは思うけど、計画を立ててしっかり後半戦に備える数日間にしよう。

 赤村 (ペンギンズ捕手)


 セ・リーグで唯一シーズン通して出場している捕手。オールスターにファン投票で選出されたが消去法にすぎない。


 元になった人物……長年ヤクルトの正捕手の座を守るあの選手。正直伸びしろはもうないが他の捕手が若手もベテランも何の役にも立たない選手ばかりなので彼が頑張るしかない。



 原村 (ジャガーズ捕手)


 長期休養を強いられた大病から復帰し早速勝負強い打撃を見せる。登録は捕手だが一塁や代打での起用が多い。


 元になった人物……大腸癌の手術をしたその年にオールスターで大活躍したあの選手。作品中でもプラスワン投票の候補に上がっているが、残念ながら落選する(ネタバレです)。


 安倍 (ゴールデンゴーレムズ捕手)


 黄金軍の全盛期を支えたベテラン捕手。第1話で抑え投手の沢町を叱りつけていたのは彼女。しかしその後は膝を痛め捕手としては試合に出ていない。今年限りの引退を噂されている。ネタバレになるが、彼女もやはりオールスターには出られない。


 元になった人物……捕手ながら本塁打400本、2100本以上のヒットを放ったあの選手。今後こんなに打つ捕手はもう出ないと思う。打てる捕手はさっさとコンバートされるし。

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