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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第21話 北海道から来た投手たち

 半年以上シーズンが続くプロ野球、その世界で生きていくためにはどれだけ好調を維持できるかにかかっている。その点わたしは失敗した。いや、これは運が悪いって言い訳もしたいところだけど、わたしのピークは一週間どころか一日も持たなかったのだった。



「……え?代打……ですか?」


 わたしのホームランで根津はマウンドを降りた。その後の展開は一方的で、五回表の時点で13-2。打者一巡の二回にホームランとツーベースを打った後、四回の打席ではライトの前に落ちるヒットでプロ入り初の猛打賞を達成した。

 

 五回でもう4打席目かぁ、まだまだ打てそう、いや…スリーベースが出たらサイクルヒットだ、と思っていたわたしにその第4打席は回ってこなかった。バットを手にベンチを出ようとしたら呼び止められた。


「監督がトバを使いたいと。先週決勝打を放ったのにそれから出番がなかったからね。あとヒュウズと組んでみてどうか、それも見てみたいらしい。いつまでも専属捕手をつけるわけにもいかないし、点差が開いたここで試したいそうで……」


「………あ、ハイ。わかりました」


 戸場さんに交代となった。そしてわたしとのコンビじゃなくてもヒュウズは好投した。大筒さんの三打席連続弾や戸場さんの3ランも飛び出して、最後は相手の追いつかない反撃に苦しめられたけれど大量リードを保ったまま勝利した。


 とはいえ早いイニングでの途中交代、ヒュウズと戸場さんのバッテリーが上々……手放しに勝利を喜べなかった。




『7番、指名打者、太刀川!背番号60!』


 このまま出番がなくなるかと思いきやチャンスをもらえた。交流戦ラストゲーム、初の指名打者でスタメンだ。二軍戦でも指名打者の経験はない。打力を評価されたのはうれしかった……でもその期待に応えられなかった。4タコという結果も散々だったけど、内容がとにかく酷かった。三振二つと内野ファールフライ、最後の打席はゲッツーだった。


 試合も完封負けで連勝ストップ、これだけでも厳しかったけれど、試合後のミーティング、交流戦明けの金曜日からの予定を伝えられてますますがくっときた。



 まずはローテーションの再編で、ヒュウズは火曜日の登板になった。説明はなかったけど、お客さんが多い土曜日にみやこが休養日というのはよろしくないということかも。それはまあいいとして、次回のヒュウズは最初から戸場さんと組むことになった。わたしは週1のスタメン機会をあっさりと失った。土曜日はミスなしで猛打賞だったにも関わらず、一回4タコだっただけでこの仕打ち。でもこれは不平等とか贔屓起用じゃない。


「戸場さんには実績がある。そして監督が使いたいと思わせる理由を持っている。それがわたしにはなかっただけのこと………」


 わたしたちは今年の交流戦、一試合の中止もなく順調に日程を消化できたので金曜まで休みだ。みやことの練習のための時間も取れて、寮のすぐそばにあるグラウンドで朝から二人で汗を流している。とはいえこれが役に立つ練習かといえば疑問だけど。


「くそ――――――っ!!」


 ストレス発散目的のピッチングをしていた。本来こんなのはこれまでやっていたように壁当てでじゅうぶんで、チームの主力、みやこを相手にやるべきじゃない。でも今日はみやこのほうからわたしの気持ちを察してか、球を受けると言ってくれた。


「投球フォームがもっと安定すれば球速も出る。たとえば……」


 ただの気分転換のはずなのに、みやこのアドバイスは本格的だ。いくら遊びだとしてもうまくできたほうが面白いのは当然だし、これはありがたい。さすがは小さいころからずっとトップクラスでプレーしてきただけあって投手への指導も完璧だった。



「もうちょっと早くみやこに出会えていたらだいぶ違っただろうなぁ」


 リトルリーグ、学校の部活……本格的な指導者はいなかった。プロに入ったらすぐに捕手転向。思い返してみるとピッチングはほとんど独学だった。テレビに映るプロのピッチャーを見てフォームを勉強して、図書館の野球関連の本を借りて変化球を覚えた。だからわたしがいまぽろりとこぼした言葉はお世辞じゃなくて本心だった。


「……まだ遅くない。大卒一年目と考えたら先は長い」


「そうだね。みやこのおかげでヒットどころかホームランまで打てた。去年までと比べたら大違いだ。こんなピッチング練習なんかで遊んでる場合じゃなかった!」


 スタメンを没収されてふて腐れているひまはない。もう一度取り返せるように……。


「………いや、今日のところはこのまま続ける。せっかくコツを掴みかけているのだから投げ込んできてほしい。コースよりもスピードを重視して」


「え?う、うん。わかった。球速か……なんだか上がってる気がするしなぁ」


 もしかしたら150とか出ちゃったりして。まあいまの時代、それくらい珍しくないけどね。わたしはいまだコントロールは失っていないからあと一つ武器があれば……っていやいや、変なことを考えちゃだめだ。捕手として、打者としてどうレベルアップするかが大事なのに。


 気分転換ものめり込みすぎると逆効果になって目的を見失っちゃう。気をつけないと。



「……今日はありがとう。明日はどうする?チーム全体の練習はないけど」


「みちさえよければ。また私を打席に立たせて投げてみせてほしい」


「またピッチング?でもみやこの練習になるならそれでいいか。配球やキャッチングのトレーニングもしたいところだけど……しばらくは代打専門だろうしいいのかなぁ?」


 ヒュウズの専属を降ろされたからマスクを被る機会はますますなくなるだろう。代打、そしてこれまでのように第三捕手として一軍には残れたから打撃練習に時間を割くべきと考えていたら、みやこは別の理由でその必要はないと思っているようだ。


「あなたの打撃はすでに十分通用するものになっている。最後の試合こそ無安打だった、それでも前日はホームランを含む猛打賞、その前も同点タイムリーを打った。代打での出場や試合間隔が開いても問題ないことはすでに証明している」


「そうかな?まあ確かに打席数が少ないぶん三割もいけそうかなって……」


「以前も言った通り現体制ではあなたの出場機会は増えない。無能どもが自らに媚びる選手を優遇している状況では真に実力を評価されない。今年は試合勘を失わずに一軍に帯同し、戦力外にならない程度でいい。来年からあなたの伝説が幕を開ける」



 みやこの考え方は偏っている。ラメセス監督をはじめ、いまの一軍首脳陣たちをまるで信頼していないし敬ってもいない。加えて監督に好かれている一部の先輩たちを嫌っている。『諂う才能に秀でた人々』とバッサリ斬り捨てて、ほとんど会話をしない。


「わたしの伝説とかわけのわからないことは置いといて……媚びたり忠実に言うことを聞いたりするだけで試合には出られないよ。あまり悪く考えないほうが……」


「井藤光莉さんが残っていればまだ教えを乞うこともできたし健全な集団でいられた。見ていなさい、チームが壊れていく様を。いや、すでにそうなり始めている」


 捕手の先輩たちのなかで一番優しくしてくれたのは光莉さんだったし、みやこも光莉さんだけは高く評価し認めていた。その光莉さんと入れ替えで昇格したのを惜しんでいたほどだ。


 思えば先発投手陣の抱える不満や中継ぎ陣の酷使を最初に訴えたのも光莉さんだ。このままだと投手陣が崩壊して、結果としてチームがめちゃくちゃになると。


「一応怪我のために二軍落ちってことになっているから下の練習や試合にも来てない。会いに行こうかな。二人きりの静かな場所でじっくり相談に乗ってくれるし……」


「………!その必要はない!それなら私がやる!いくらあの人とはいえ二人きりはだめ!何があるかわからない……他に誰もいない静かな場所は危険すぎる!」


 みやこは必死だった。これまで何ともなかった、しかも光莉さんは既婚者なのに。相談したいことの一つにみやこに関する悩みもあったんだけどなぁ。変な誤解はやめてほしい。みやこにばれないようにこっそり連絡を入れてから行こうかな、そう思いながら寮に戻ると、みんなが集まってざわついていた。この時間にここまで密集するのは珍しい。



「どうしたんですか?ゴキブリでも出ましたか」


「そんな話じゃないわ。まだ知らないの?とうとう井藤さんのトレード、正式に決まったわ。発表は明日だけどすでに情報が漏れたみたいで、そのうち大騒ぎになるでしょうね」



 ちょうど光莉さんの話題になったときに……。トレード志願の件は光莉さん本人からわたしはすでに聞いていたし、二軍落ちの真相を知っているチーム内部からすればこれは驚く話じゃなかった。リーグ戦再開まで間があるいまがちょうどいいタイミングだったんだ。


「ベアーズとのトレード、相手はピッチャーを二人渡してくるんだって」


「今年の序盤は正捕手だったんだし1対2は当然だわ。ベアーズ……北海道かぁ」


 これじゃ気軽に会いに行くのも無理だ。他のチームの選手になった上に本拠地が札幌。せめて千葉あたりだったらまだチャンスはあったかもしれない。


「その二投手……江頭に渡久地だって。どっちも今年は一軍で投げていない」


「年齢は中堅、実績は数年前に一年だけフルシーズンで中継ぎ。似たようなタイプね。普通のトレードとは違って最後は監督が数人の候補からこの二人を選んだとか」


 確かに珍しい。現場の要望や意見くらいは言うけれど決定に直接監督が関わるなんて。監督が選んだ、と聞いてみやこの表情が険しくなったのがわかった。




 それからは早かった。両球団がトレードを発表、選手たちの記者会見の後に選手登録も変更、裏で準備をしていただけあって二人の投手たちはすぐにチームに合流した。


 そして木曜日、リーグ戦が始まる前日にわたしたち一軍捕手がブルペン施設に呼び出された。新戦力の球を実際に受けてほしいということで、投手コーチたちでなく監督もいた。


「……ブルペン捕手の方々や二軍の捕手勢ではなく私たちが呼ばれたのは……?」


 戸場さんがラメセス監督に尋ねる。すると監督は長い外国語でその理由を話す。それを通訳さんが簡単にまとめた。あんな長い言葉だったのにそれでいいのかと思うほどに。


「この二人は明日から即、一軍で投げてもらいます。だからあなたたちを呼びました」


 場の空気が重かったのはこのせいだったんだ。戸場さん、それにみやこの顔も曇った。まずは下で数試合様子を見るべきところをいきなり一軍で使うという監督の方針はきっと独断で、投手コーチたちの反対は押し切られたか意見すらさせてもらえなかったと見える。


 そして異例の投球練習が始まった。わたしたちはローテーションして一通り球を受ける。ラメセス監督がかなりの期待を寄せる投手、わざわざ光莉さんを出してまで獲得した二人の実力はどんなものか……監督やコーチたちが去った後の会話がすべてを物語っていた。



「……あの二人はだめだ。光るモノが何もない。とても一軍レベルじゃないでしょ」


「うまく相手に騙されたか……ラメセスの見る目が素人以下なのか……そのどちらか」


 戸場さんはラメセス派ではあるけれど崇拝の域に達しているような過激派ではない。みやこの辛辣な発言を叱ることもせず、意見は一致していた。とても厳しいレベルだと。


「……二人とも緊張してたんじゃないですか?練習と試合は違いますし……」


「練習でできないことが本番でできるわけがない。渡久地はそこそこ球が速いだけ、江頭はサイド気味に投げるからちょっと打ち辛いかなって思うだけ。さすがに最初は敗戦処理だろうけど組みたくないなぁ……打たれたら私たちの責任になるんだし」


「う~ん………でもいいところはあるからそれを生かせたら……」


「そんなのどの投手でも同じ。成長するような歳でもないでしょ、あの二人は」




 げんなりしながら戸場さんは帰っていった。わたしとみやこも寮に戻る。その途中、みやこはくすりと笑いながらわたしを見つめて言うのだった。


「……大事な試合、それも燃える展開になればなるほど力が増す選手がここにいるのに戸場はそれがわかっていないみたいね。あの投手たちがこのままでは何の役にも立たないという点はしっかりわかっていたけれど」


 このままでは、という言葉が気になった。わたしが聞く前にみやこのほうから尋ねてきた。


「みち、あなたはあの場で投手たちをかばうようなことを言っていた。あなたはきっと何かを感じ取っていたのでしょう?だから私も『このままでは』と言わせてもらった。彼女たちの本来の力はあんなものではない……ラメセスの目が正しいと?」


 いざ聞かれてみると答えに困ってしまった。ほんのちょっと良化したくらいじゃいまの中継ぎ陣の誰よりも劣る。つまり一軍では戦力にならない。


「……やってみないとわからないんじゃないかなってだけだよ。みやこが言うほどラメセス監督は無能じゃない。最低でもどっちか一人は……うまくいけば両方大事な場面を投げられるようになるかもしれない」



 外苑ミルルトペンギンズの主砲、そのときのイメージが強くていまだにわたしはラメセスのファンなんだ。このまま終わってほしくないという気持ちが強かった。みやこが言うにはラメセス政権が終わってからわたしが活躍できるようになるらしいけれど、わたしはその前、ラメセスが監督でいるうちに結果を出したいと願っていた。



「………」


「まあどうなるか……試合になってみないとわからないよね。多分みやこか戸場さんが組むことになるだろうから……後は頼んだよ」





 それから時は流れて翌週の火曜日。リーグ戦再開直後の三連戦は接戦続きで、わたしも移籍してきた二人も出番がなかった。ヒュウズが戸場さんと組む最初の試合、三回まではそれなりに抑えていた。


 ところが四回以降にコントロールが乱れ始め、だんだんイラつきを隠さなくなった。イニングの終わりにはわたしのところに来ていっしょに座ったほどだ。


「……今回の起用は私の要望を無視したもの。これで次回はまたあなたと組めるだろう」


 わざと打たれたわけじゃないだろうけど、ヒュウズは『ざまあみろ』という顔をしていた。別の捕手とのコンビは3イニングが限界なんだろう。五回を投げて7失点。監督たちもさすがに次回はわたしに戻してくれると信じたい。ヒュウズの操縦は簡単そうで案外難しいんだ。


 さて、こうなるとここからの継投は大差がついたとき用の投手たちということになるけれど、いよいよあの二人の実力が明らかになる。このまま戸場さんかそれとも次の回からはみやこか……うまくリードしてほしいところだ。




「…………わたしだった」


 戸場さんに代打が送られ、みやこは今日は休養日。わたしが六回の守備から入ることに。ピッチャーは渡久地さんで、ブルペンでは江頭さんが肩を作っていた。

 渡久地、江頭 (横浜ブラックスターズ投手)


 井藤とのトレードでブラックスターズに来た投手たち。二人とも中継ぎ専門、右投げ。20代後半、故障明けで今年はまだ一軍登板なしという点まで同じ。後がないことは本人たちも自覚している。


 元になった人物……どちらもDeNA元年に所属していた中継ぎ投手。マシンガン継投全盛時代だったため、酷使されピークは長続きせず。

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