第20話 ジェリー
8 上里
4 石河
5 長崎
7 大筒
D 木谷
2 太刀川
3 佐々野
9 中園
6 倉木
1 ヒュウズ
いつも通り打線に外国人がいないけれどなかなか強力なオーダーになりつつある。
昨日のヒットを評価されてか、打線のつながりを考えてなのか、わたしは6番で出場する。仙台のジェリーこと根津がみやこに強烈なライバル心(プラス何か)を抱いていると知ったラメセス監督が週一回の休養日のはずのみやこを指名打者としてオーダーに入れた。
「まあ勝負だとかは抜きにして……打てばいいだけだもんね」
「あなたならできる。意識せずに打席に入ればいい」
みやこがわたしを過大評価するのもいつもの流れだ。パ・リーグで現在最多勝の根津よりもわたしのほうが上だと信じて疑っていない。必ずわたしが勝つと。
「……あなたは私のヒーロー。あんな品のないドブネズミとは格が違う」
根津が聞いたら泣きそうなことを平然と口にするみやこ。いや、みやこもあいつから勝負を挑まれているんだから他人事はやめてほしい。わたしと根津がみやこを取り合うような空気になっているけどわたしは本来関係ないのに巻き込まれただけなんだから。
地元出身の漫才コンビ、サンドマンの顔がこわいほうが始球式を終えて根津智絵理がマウンドに立つ。若い女性ファンからの人気も抜群で、球場のいたるところからジェリー、ジェリーと彼女の愛称が叫ばれ、わたしたちへの応援がかき消されるほどだ。
『ストライク!空振り三振!さすがはフェニックスのエース根津!横浜の主砲大筒を全く寄せつけません!一塁に上里残塁!スリーアウトチェンジ!』
「よっしゃあ!どんなもんだ!」
試合前のやり取りのせいで気合が入りすぎていたのか、上里さんに四球を与えたところまではいけるんじゃないかと思った。でもそこからすぐに立ち直るのがジェリーの強さだ。三者連続三振で初回の攻撃が終わった。際どいコースへの制球も完璧だ。
(今日はストライクゾーンが狭そうだな。ヒュウズのコントロールで大丈夫かな……)
「ノープロブレム!打たせて取れば問題ないよ」
マウンドに上がる前の打ち合わせでそう言っていたからひとまず信じることにしよう。中継ぎ時代は四球ばかりだったけれど、先発になって自分で投げたい球を投げるようになってからは見違えるようにコントロールがよくなった。立ち上がりが悪いということもないからほんとうにきっかけ一つでピッチャーって変わるんだなぁ。
『力のない打球だ!平凡なセカンドゴロ!』
今日もいいスタートだ。宣言通りフルカウントになる前に打たせて抑えた。それでも球数は普段より多いから無理に長い回を投げようとするよりも最初から全力投球にして、いけるところまでいくというスタイルにしたほうがいい結果になるかもしれない。
「私もそう思います。五回を投げ切れば勝てると信じています。そのためにもこの回、みっちゃんのホームランが見たいです……ということです」
ほんとうにそんなこと言ってる?ってたまに思っちゃうけれど疑っちゃだめだよね。通訳さんの言葉も信じてわたしはネクストバッターズサークルに向かった。この距離からでもジェリーのみやこに対する激しい情熱の火の粉が散ってきて熱い。
「……さあ!正々堂々と勝負だ木谷都!いまのボクの全てをぶつけてやる!」
「…………」
みやこはというとジェリーをじっと見てはいるものの、何を考えているかわからない。投手がマウンドで騒いでいたら相手が誰でも思わずじっと見つめるだろうし。
「うりゃあ―――――――っ!!」
その初球。高めに外れた渾身の直球のスピードに場内がどよめいた。
『……自己最速158キロ!ライバルとの念願の対戦が根津を進化させます!』
インタビューのたびにみやこへの対抗心を口にしているので選手だけでなくファンも二人のライバル関係を知っている。ジェリーの一方的なものだとは知らずに。それでもレベルアップにつながるのならたとえ相手にされなくても無駄じゃない。
『ストライク!二球目は自慢の高速スライダー!』
『これはぎりぎり外れたという判定か!しかし素晴らしいカットボールです!』
自分の持つ球種、技術、球威を隠さずに次々と披露する。みやことの勝負がずっと待ち遠しく、それが叶ったいま、とても高揚しているんだろう。まるでこの回だけの中継ぎみたいなピッチングだ。
たった一日、多くて四、五打席しかないのに抑えることができたら自分はみやこより強い、つまりみやこがヒーローと認める資格を持てると張り切っているんだ。
「……ちっ!これでフルカウントか……よしよし!燃えてきたぁ!」
ここまで5球、みやこは一度もバットを振っていない。難しい球ばかりなのも事実で、ストライクとコールされた二つもよほどヤマが当たらないとヒットにできないと思う。よく見ているのか、手が出ないのか……次が正真正銘勝負の一球だ。
「…………」
「一球あればじゅうぶんって顔だな!なら打ってみろ!ボクの決め球を!」
ファールで粘る、という展開はなぜか考えられなかった。打つか三振するかの二択で、内野ゴロやフライのイメージも浮かばない。打ったときは完璧なヒット、文句のつけようがない打球になる……わたしだけじゃなくてみんながそう予感した。
「うりゃあぁ~~~~~~っ!!」
吠えながら投じられた勝負球。みやこのバットは火を噴くのか空を切るのか……。
「…………」
「……ボール!フォアボール!」
「………は?」
審判によってはストライクとも言いかねない低めのスプリットボール。ストライクからボールに落ちていく球に全く釣られることなく、四球を選んだ。最後までスイングなし、ゆっくりと一塁へ向かおうとするみやこ。
何とも言えない結末に黙っていられないのはジェリーだ。足元に落とした帽子もそのままに両手を大きく広げた。
「…………は……はぁぁぁあああ~~~~~!?」
判定に不服があるわけじゃない。どっちに転ぶ可能性もある球だったことは百も承知だろう。ジェリーが気に入らなかったのはみやこの姿勢だ。手が出なかったから見逃した、もしくは完全に見切っていたから振らなかったんじゃない。最初からこの打席は一球も振ろうとしていなかった。見逃し三振ならそれでも構わないと。
「木谷都―――――っ!!どういうつもりだ!説明しろ―――――っ!」
当然だけどジェリーに怒る道理はない。反則じゃない限りどうしようがバッターの勝手だ。無気力プレーをして立場が苦しくなるのはみやこだし、一見無気力に思えても後の打席で打つための必要経費にしたのかもしれない。みやこに文句をつけるのは間違っている。
でも怒る気持ちもわかる。明らかな肩透かしを食らって馬鹿にされた気分だろう。
「……今日は低めの際どいところがほとんどボールになっている」
「………あ?」
「わざわざ打ちに行く球じゃない。ランナーを溜めたほうがいい」
勝負球がスプリットなのはわかっていたから見送れた、もしくは序盤から後先考えず飛ばして馬鹿みたいだと言われたほうがジェリーにとってはよっぽどよかったと思う。みやこの言葉を聞く限り、ジェリーを全く特別視していない。どこにでもいる対戦相手の一人にすぎず、この打席も状況に応じた最善の手、四球狙いに徹しただけだった。
「………やっぱり………狂スポの記事の通りだった。木谷都……すっかりおかしくなってしまっている。ボクよりも明らかに小物、貧弱でダサい、ちんちくりんに夢中で心を奪われている……木谷都より先にこいつを倒さなくちゃいけなかったんだ……」
さっきまでとは様子が一変して、どす黒い炎がジェリーを覆う。ロージンバッグを乱暴に投げ捨てると帽子を拾ってわたしを睨みつけてきた。
(……これ……ほんとうに頭にぶつけられそうだな……)
よくも木谷都の愛情を独り占めしやがって、殺してやるとでも言いたそうだ。凶器はボール、野球のプレー中に起こった不幸な事故に見せかけて………いやいや、これはない。身の危険が迫ったときに知らせてくれるわたしの直感が反応しない。
それにジェリーもいくらわたしが憎くても決着は野球の勝負でつけるはずだ。わたしを簡単に料理してみやこを幻滅させ我に返す、それが野球選手として当然の選択だ。
(そうだ、わたしたちは欲しいものは野球で奪い合ってきた。これからも……)
ジェリー……根津智絵理はわたしよりもたくさんそれを経験している。敵の打者やチームメイトの投手たち……自分が活躍することで彼女たちの給料は下がりついにはクビになる。だったらわかっているはずだ。わたし相手にどうすべきか。
「来いよ!ネズミ以下のゴキブリが!ボクの前に這いつくばれ!」
いつもの調子に戻っていた。わたしも数回素振りをして打席に入る。今年対戦する投手、そのなかでも最高レベルの球を投げる根津をどう打つか。作戦なんか必要ない。あいつはわたしに圧倒的な差を見せつけて勝つつもりなのだから、わたしもそれに応えるだけ。
『この回も先頭打者を歩かせてしまいました!バッターは6番の太刀川!ここはノーアウト、送りバントの可能性もじゅうぶんにありますが……?』
ベンチからのサインは何もない。自由に打っていいそうだ。
「そうだ!それでいい!送りバントで逃げるな!三球三振させてやる!」
「………」
「おりゃああああ――――――っ!!これがお前に打てるか―――――っ!!」
初球、ど真ん中のストレート。あとで聞いたところ球速は156キロだったらしい。力いっぱい振り抜くと、押し負けることなく打球はぱーん、と飛んで行った。
『打ちました~~~~~っ!!』
これ、ほんとうにわたしの打球?と思うほどぐんぐんと伸びていく。
『レフトスタンドの上段に突き刺さった~~~~~っ!!超特大ホームラン!』
通算2本目となるホームラン。神宮のときもそうだったけれど、こんな無駄に飛ばすならこの飛距離を次に取っておきたいくらいだ。まあそれはいいとして、前回と同じくわたしはガッツポーズとかをせずに、淡々とベースを一周した。その途中で根津を見ると、
「……あ……あああ………」
現実を受け入れられないでいる。わたしに打たれるとは全く思っていなかったのか、全力のストレートをあれだけ飛ばされたのが信じられないのか、目が虚ろだ。
「………みち!素晴らしいホームランだった!あの汚いネズミに私を渡したくない……そんな気持ちが入った最高の一発!確かに見させてもらった……」
「う~ん……ま、そういうことにしておくよ。一応そういう思いもあったし……少しは」
ホームでみやこが待っていた。わたしがベースを踏むとこれ以上ない笑顔で抱き着いてきた。わたしもみやこの背中に手を回して軽く何回か触れてから二人でベンチに帰った。
「……………」
そのときのジェリー…根津智絵理の表情は確認できなかった。でも、わたしたちが抱き合う姿とみやこがわたしに向けた顔を見ていたのだろう。足をがくがくとさせながら、帽子で目元を覆ってふらふらとマウンドを降りていこうとする。他の野手が駆け寄っても少しも応じようとせず、ついには投手コーチまで出てきた。
「ど、どうしたのジェリー!どこへ……」
「……降板させてください」
一言だけ呟くとベンチの奥に退いて、二度と戻ってくることはなかった。その原因であるわたしが言うのも何だけど、心が完全に折れるとはまさにあんな姿だろう。
『フェニックス、ピッチャーの交代をお知らせします。根津に代わりましてピッチャー、緑山。ピッチャー……緑山!』
アクシデント発生か、とスタジアムは騒然とした。まだ二回、突然の降板にリリーフ投手の肩ができているわけもなく、この回はビッグイニングになった。わたしに2打席目が回ってくるほど打線はつながって、勢いは止まらなくなっていた。
『打ちました~っ!!今度は左中間を破るタイムリーツーベース!太刀川この回二安打!』
裏の守りで1点を失ったけれどすでに9-1。まだ序盤とはいえ勝負は決まった。
「……わたしのホームラン……いや、みやこが四球を選んだからこうなったんだ」
「だからこれは私たちの共同作業といえる。ふふふ……最高の気分」
皆が認める美人の穏やかな笑みに思わずドキッとした。やっぱり根津に勝ってよかった。今後は余計な感情を捨てて仲よく喧嘩するだけにしてもらいたいものだ。
根津 智絵理 (仙台フェニックス投手)
パ・リーグを代表する仙台のエース投手。右投右打、愛称はジェリー。年俸はすでに大台寸前、みっちゃんの15倍以上。高校三年の夏の甲子園で都に敗れたときから彼女に執着するようになる。投球スタイルはみっちゃんの投手時代とほぼ同じだが、球速、変化球のキレなどは比べるまでもなくジェリーのほうが上。
元になった人物……オリジナルキャラ。みっちゃんのライバルとして登場したが1球で敗北しマウンドを降りた。ジェリーという名前はもちろんあの鼠から。
彼女の出身校のみ、2018年夏の甲子園を沸かせたあの高校の名前を似せた。雑草集団扱いだったが実は何回も甲子園出場がありプロも輩出している強豪校だったりする。
サンドマン (お笑いコンビ)
大人気スターで、地元東北のフェニックスの大ファンでもあるお笑いコンビ。今回は顔がこわいほうが始球式に来たが次回はもう一人のヤクザみたいなほうが来るだろう。
元になったコンビ……好感度ナンバーワンのあのコンビ。カロリーゼロ理論が正しければ栄養失調で、間違っていれば様々な病気の合わせ技で血管が詰まって死んでしまう、どちらにしても心配だ。ちょっと何言ってるかわからない。




