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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第15話 佐藤優李

 北海道ジャパンハムベアーズ。今日からの三連戦の相手だ。北海道の札幌が本拠地というだけでなく話題に事欠かない球団だ。さっそく今日、その投手が登場する。


「二刀流の大仁田かぁ。最近はどっちも凄いし来年はいよいよアメリカじゃないの」


大仁田おおにたこころ』。日本どころか世界でも異例の二刀流選手。ピッチャーとしてはすでに7勝、バッターとしても打率は3割5分、ホームラン8本。規定打席未到達だけど投打の両方でベアーズの主力となっていた。わたしのひとつ年下、恐るべき22歳だ。


 パ・リーグの主催ゲームだから指名打者制があるけれど彼女には必要ない。予想通り3番ピッチャーでスタメンに名を連ねてきた。


「昨日はタヌキーズのよくわからない投手にまで抑えられたし……厳しいかもね」

「打てないし打たれる、早く日曜の夜になってくれないかな。遊びたいなぁ~~~っ」


 早くも諦めムードが漂っていた。セ・リーグ最下位の横浜とそのセ・リーグ首位のゴールデンゴーレムズを3タテしてきたジャパンハムでは勢いが違う。先発投手も相手は大仁田、こちらは今年まだ未勝利の岩田さんでは苦しいか。わたしは今日も当然ベンチスタート、おそらく出番はないので流れを変えることもできない。このままブラックスターズは連敗中よりも更に底まで沈んでしまうのかと思われた。



『打った~~っ!!4番の大筒、広い札幌ドームでも文句なしの一発~~~!!』


『左中間を打球が抜けていく!木谷のタイムリーは長打になりそうだ!4-0!』



 この流れなら勝てそうだと思っていた日はあっさり負けて、今日はダメだろうと半分諦めながらの試合では快勝する。横浜ブラックスターズの勝敗は誰にも読めない。岩田さんがみやこの好リードの助けもあり7回無失点。あとは継投で終わらせた。どんな好投手でも調子が悪ければ打たれる、それが一年間を戦うプロの世界だ。


「いや~っ……ナイスゲームだった。安心して見ていられたよ」


 もちろんわたしの出場はなし。これで先週の日曜以降、実戦で一打席も立たないまま明日のスタメン試合を迎えることになってしまった。


「せめて一回は打ちたかったなぁ……あ、そういえば明日は……」


 今日の大仁田に続いて、明日もベアーズが誇るスター投手が相手だ。ホテルへ向かうバスの席で改めて確認する。隣の席のみやこと同じ高校、そして大学出身の投手だ。


「……『佐藤さとう優李ゆうり』……今年で四年目の26歳!確かみやこが大学生のとき……」


「最初の一年だけ同じチームだった。その球を受けたこともある」


 甲子園優勝、そして大学でも日本一。そこもみやこと全く同じだ。優ちゃんフィーバーは野球を知らない人たちの間にまで広がり、ドラフトでは争奪戦になった。横浜の単独指名、くじ引きにならずにすんなり入団が決まったみやことの唯一の違いだった。


「横浜のほうからお金を払ったりしたんじゃなくて、みやこが横浜以外断固お断り、裏で他の球団にそう伝えていたんだよね……」


「ええ。仮に強行指名しようものなら今後同じ系列の学校の選手全員が指名拒否する、事前の交渉や挨拶の場も設けない……しっかりと話しておいた。それでもベアーズはやってくる可能性があったから当日はそこそこ緊張していた」


 なぜ横浜にそこまでこだわったのか。それはもう本人の口から真相を聞いている。それでもみやこはわたしの手を握り、窓際のわたしを壁に追い込むようにして言った。



「あなたのすぐそばにいる……それだけが私がプロ野球の道を選んだ理由だから」


「…………うへぇ」



 わたしの活躍を間近で見る、そのためにわたしの眠っている力を呼び覚ますという目的を聞いたときも驚いたけれど、その後次々といろんなことが明らかになって、そこでこんな言葉を言われたら何かそれ以上の思いが込められている気がする。


 でも勘違いしたらダメだ。恋愛とは無縁の人生を生まれたときから続けているわたしの妄想や誤解にみやこを巻き込むわけにはいかない。これは友情や尊敬に過ぎないんだ。


「………そ、それはまあ……うれしいかな。で、佐藤さんの情報とかあれば聞かせてもらえたらもっとうれしいな。ほら、明日はわたしがスタメンだから……」


 話題を逸らしたわたしに対し、みやこは露骨に不快そうな顔をした。


「……ああ、佐藤優李のこと。あれならあなただって知っているでしょう。ピークはプロ入り前、ジャパンハムに入団後は新人の年が最高の成績だった。去年はたったの1勝どまりで、偽物の英雄であることを曝け出してしまった」


 チームメイトへの評価すら辛口のみやこは、先輩であっても容赦なかった。


「球威は年々劣化している、変化球は種類こそ多いけれど大して曲がらないから個々の対策の必要なし、ならコントロールがいいのかといえばそうでもない。肩の故障が原因なのか練習不足なのかは別にどうでもいい。おそらくは四回…遅くても五回で攻略できる。みち、あなたも二打席目には完全に球が見えるはず」


「……そう言ってくれると自信が出てきた。だけど今日の試合も、当日の調子次第で予想していた展開は完全に覆ったんだからやっぱり油断はできないよね」


「確かにその通り。でもみち、あなたはまだ自分を過小評価している。自信過剰は身を滅ぼすとしても、時には相手を見下し余裕を持って戦うことも大事…………いいえ、闘志が最大の武器のあなたにとってそれは最大の悪手だった。忘れて」


 いまのわたしは誰との勝負でも格上挑戦なんだからしばらくは無縁の話だな。ひとまずは明日の試合のことを考えよう。週一回のチャンス、失敗すればその僅かな機会すらも奪われてしまう。普段対戦しない打者たちの特徴を念入りに………。


(……必要ないじゃん。ピッチャーのヒュウズが全部サインを出してくれるんだから)


 捕球と送球だけ注意すればいいんだ。あまり多くを考えなくて済むのはありがたい。しかし一度にたくさんのことを考えられないというのはキャッチャーとしては致命傷かもしれないと今さら気がついた。そうなるとみやこの勧め通り来年は別のポジションでプレーすべきなのか……眉間にしわを寄せて悩んでいるとホテルに到着した。


 これでぐっすり眠れば明日の朝には気持ちをリセットできる。初めての北海道遠征だからこのホテルも初めてで新鮮だ。まだ若くて疲れが溜まらないからだと先輩たちは言うけれど、こうして日本中を旅できるのもわたしは楽しく感じていた。




 翌朝、ホテルにいるうちに今日の先発メンバーが発表された。


 8 上里

 4 石河

 9 中園

 D 大筒

 5 長崎

 3 佐々野

 7 音坂

 2 太刀川

 6 倉木


 1 ヒュウズ



 野手の助っ人が全員不調か故障で二軍落ち、打線は見事な和製オーダーになった。わたしは8番捕手。指名打者が入る都合で先週よりも一つ打順が下がった。9番の倉木さんが好調だからわたしへの警戒が緩くなってくれたらうれしい。


「今年もこの交流戦ではセ・リーグが苦戦している。その中で勝率5割を維持できれば必ず浮上できる。ここまでの4試合で勝敗は五分、ここで白星先行といこう!」


 コーチの言葉に対し全員が力強く、大きな声で返事をした。昨日難敵を相手に勝てたのがチームの雰囲気を好転させた。これなら堅実な守備と援護点を期待できそうだ。今日からデーゲームだから球場入りは早く、午前中はちょっと忙しいな、という感じか。



「……木谷選手!今日は大学時代にバッテリーを組んだ佐藤の先発ですが?」

「佐藤との思い出、何かありますか?アドバイスを受けたとか……」


 みやこは記者たちの質問攻めに遭っていた。まさかここでもバスの中のように本音で語るはずはなく、いつものように模範解答でやり過ごすものと誰もが思った。


「一年間だけですしそれほど接触はありませんでした。これといって……」


「でも実際に公式戦でバッテリーを組んだでしょう。他のピッチャーと違って何か特別なオーラ、不思議なパワーがあったんじゃないですか?故障の影響でスランプが続く先輩の真の力は復活さえすればさすがの木谷選手でも敵にしたくないのでは?」


 それに対しみやこは、記者たちどころかドームじゅうを凍りつかせる言葉を放った。



「不思議なパワー……幻影や誇大されたイメージのことをそう言うのなら事実です。すでにそれらが失われた彼女の真の力とは何ですか?去年1勝、今年未勝利。それが全てではありませんか。アマチュアでは通用してもプロではその程度の力だった」


「……ん?」 「え、え~と……」 「………」


 いくら札幌とはいえもう六月、雪が降るはずがない。しかしいま、猛吹雪が吹き荒れる。これは記事にはできない。最初から取材なんてしなかったことにするかもしれない。ところがみやこは更なる爆弾を投下し、氷点下から一転、灼熱の炎でこの場を包んだ。



「私は今日ベンチスタートですが、8番捕手で出場する太刀川みち、彼女が佐藤を必ず打ち砕くでしょう。野球選手としての格が違いすぎる……みちと佐藤優李では。本物が偽物に引導を渡す……最高の見世物が楽しめると保証します」


「………は……」 「はぁ~~~~~~っ!?」



 記者たち以上に驚き、固まってしまったのはわたしだ。なんてことをしてくれたんだ。ジャパンハムの選手たちにもあえて聞こえるように言い放ったのが悪質だ。


「うふふ、ずいぶんと高く評価されているじゃない、みっちゃん」

「ようやく木谷も素直になったのかな?これはもう打つしかないわね」


 身内から敵から第三者から、どんどんハードルが高くなっていくじゃないか。マークが緩いところで通算3本目のヒットを打つチャンスだと思っていたのに~~~っ………。




「……太刀川?誰やそいつ。佐藤がナメられるのは別に構わんけど…知っとるか?」


「あのチビのことですよ、仲田さん。仲田さんや私、それに佐藤先輩や木谷先輩と違って何の実績もなけりゃ長所もない、見るからにカスじゃないですか」


 ジャパンハムのベンチ付近では主砲の仲田、それに佐藤優李やみやこの高校の後輩でやはり高校野球のスター選手だった『清見きよみ小梅こうめ』がいた。みやこの発言に対し何かを言い合っているようだけどこの距離では当然聞き取れなかった。


 彼女たちに聞かれるのは全く構わない。でも問題は、ランニングをしていた佐藤優李本人の耳におそらく入ってしまったということ。ちょうどそのタイミングでそばを横切っていた。


「……優李、木谷というのはあんな選手だったの?先輩であるあんたをあそこまでボコボコに言うなんて……(まあ私や他大勢も同じ気持ちだけど。監督が贔屓して使い続けているだけで、終わっちゃってるわ。このポンコツは)意外だった」


「………いいえ、そんな記憶はありません。無難に受け答えするはずですが……」


 佐藤優李が驚いたのはみやこが自分を貶すことによるものではなかったらしい。みやこのことをよく覚えているからこそ、違和感を覚え首を傾げていたと後に言っている。


(あの木谷が他人に興味を持ちしかも入れ込んでいる?この私にすら無関心だったのに)


「…………私はこんなものじゃない……見せつけてやりますよ、あいつらに、世間に」





 両軍のベンチから視線を受けたまま試合は始まってしまった。マウンドには佐藤優李、先頭バッターは上里さん。昨日の大仁田よりはやりやすい相手とはいえ、こういう時に意外となかなか点が入らないのがいまの横浜ブラックスターズだ。嫌な予感がした。


『打った!上里、センターへのクリーンヒット!初回先頭打者が塁に出ました!』


 上里さんがいきなりヒット、いつもなら2番から重量打線の出番だけど故障者続出で2番には石河さんが入っている。ラメセス野球には珍しい送りバントで確実に一死二塁のチャンスを演出して、中園さんもフォアボールを選んで続いた。


「いけるいける!やっぱり優ちゃんの輝きは過去の栄光!嘉恵さん、遠慮はいりません!一振りで今日の試合を決めちゃってください!」


 大筒さんの後輩、音坂さんの声が大きくなる。それに対しハマの主砲は力強く頷いた。頼もしい姿に早くもベンチでは勝ったかのような騒ぎだ。それでもわたしのテンションは全く上がらない。大筒さんを信じているけれど、いい結果になる気配がなかった。


「………この回はこれで終わり……そんな気がする。のらりくらりとかわされて」


「……!みやこもそう思ったの?実はわたしも……この回だけじゃない、今日ずっとチャンスは作るけれどあと一本が出ないもどかしい試合になるんじゃないかって」


 わたしたちの悪い予想は当たった。絶好のチャンスはわずか3球で終了した。


『大筒、初球打ちもセンターフライ!甘い球でしたが逆に焦ったか?』


『打った―――っ!!しかしショート正面!長崎の強烈な一打はライナーだ!』



 打ち損じと野手の正面、負けた気はしないのにアウトになったモヤモヤするパターンだ。無得点で攻守チェンジ、ヒュウズの二度目の先発登板はできれば先制点が欲しかった。


『ストライク!バッターアウト、チェンジ!』


 ベアーズの打撃陣は調子を落としている。ゴールデンゴーレムズに三連勝したけれどぜんぶロースコアの投手戦で、野手はほとんど仕事をしなかった。昨日も岩田さんの前に沈黙した。ホームランさえ気をつけていれば大丈夫そうだ。



「……あっ!くっそ~!」


 一方こちらの攻撃は、佐々野さんがヒットで出るも音坂さんが初球併殺。これもあと少し飛んだところが違えば外野に抜けていた、悔しい一打だった。


『8番キャッチャー、太刀川。キャッチャー…太刀川。背番号、60』


 ランナーなしとなってわたしの出番が来た。ここまでみんな、佐藤優李の球はほぼ捉えている。わたしなら打てるというみやこの一押しもある。いけそうな気がする!



『ストラーイク!バッターアウッ!チェンジ』


「あ……あれ?」


 スライダーを空振り、あっさり三振した。簡単に打てるだなんて根拠のない嘘だった。そもそも他の打者たちとわたしじゃ打力に差がありすぎる。みんなが打てるからってどうしてわたしも楽勝だなんて甘い考えに流されちゃったのか。大失敗だった。




「……あの木谷が推す打者なんだからどんなものかと思ったけれど」


「攪乱作戦を使うようなやつじゃなかったと思いますが……」


 ゆっくりとベンチに戻りながら佐藤優李は何かをぶつぶつ呟いているように見えた。


「………私はプリンセス………あんなやつ相手に打たれてたまるか……」

 佐藤 優李 (ジャパンハムベアーズ投手)


 都の先輩で、やはり甲子園のスターだった。右投右打。大学野球でも大活躍するがプロでは年々成績が悪くなっている。なのに本人の意識や態度は変わらないので彼女を見る周囲の目がいいものであるはずがない。


 元になった人物……ハンカチ王子と呼ばれたあの選手。ピークを過ぎてしまったが、あと何年現役を続行するか注目が集まっている。引退までにあと1勝できるかどうか……。



 音坂 仁子にこ (横浜ブラックスターズ外野手)

 代打代走守備固め、何でもできる俊足外野手。右投左打。高校の先輩である大筒と常に行動を共にする。みっちゃんとはほとんど関わらない。 


 元になった人物……メキシコの英雄といういいのか悪いのかよくわからない称号を持つあの選手。各球団に一人はいる、控えなのは勿体無いけど、こいつがスタメンで出るのはチームがヤバい証拠、そんな選手のような気がする。

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