第16話 野球は手段か目的か
閲覧ありがとうございます。本文を読む前に、ブックマーク登録と更新通知のオンをお願いします。
3、2、1、よろこんでー!ゲッツ!
『いよいよ大詰めとなった甲子園大会決勝!おっと!ここで令嬢実業のエース、佐藤優李がハンカチーフで流れる汗を拭います!スタンドの熱気は最高潮!』
その夏、甲子園は……いや、野球は佐藤優李のためにあった。彼女が三振を奪い白い歯を見せて笑い、ハンカチーフを出すだけで人々は熱狂し英雄を讃えた。
『大学野球でも優ちゃんフィーバーは止まらず!今日も完封勝ちだ―――っ!!』
天才投手に底はない。大学リーグ、全日本選手権、世界大会……いずれも好成績で目の肥えた批評家たちをも唸らせた。そして大学四年の秋、新入生ながら4番に座る正捕手、木谷都とのバッテリーで日本一に輝き最高の形でプロ入りを表明した。数球団による抽選の末ベアーズへの入団が決まり、超がつくほどのVIP待遇で会見や契約は進む。その時点ですでにチームのトップクラス選手と同じ扱いだった。
同じベアーズのスターたちのなかで、誰よりも美しい容姿、記者たちへの穏やかな対応、ファンサービスに熱心……好かれる要素が完璧に揃っていた。仲田のように悪い噂が起こることはなく、清見と違い謙遜で上品、大仁田よりも他者を大事にした。
そんな佐藤優李の唯一の欠点、それはあまりにも愛されすぎたことだった。野球の神ですら無条件で祝福を与えてくれている、誰が最初にそう言ったかは今となってはわからないが彼女自身もその気になった。何をやっても運が向き、うまくいくと信じて疑わなかった。
「数年頑張れば外車に乗って……あの辺に土地も買えますね。へへへ」
すでに引退後の人生設計もバッチリだ。スポーツキャスターやタレント活動を挟んで知名度を生かし政治家の道を歩む。全てそれほど努力せずとも成し遂げられると思った。当然プロ野球選手としての成功などもっと容易く、通過点だと思い込んでいた。
『佐藤打たれた―――っ!これで5-0!栗田監督も我慢の限界でしょう!』
研究されたのか、努力を怠ったのか。右肩下がりの成績に故障まで経験し、同年代の投手たちどころか年下の精鋭たちにも追い越されていく。いまだに残っているのは実力に合わない過剰な人気と根拠のないプライドだけだった。たまたま調子が悪いだけ、いつまでもこんな理不尽な試練が続くはずがないと自らに言い聞かせ続けていた。
「私は神に愛されたプリンセス……すぐに本来の姿に……」
「……打てなかったよ。これでよくわたしが引導を渡す役だって豪語できたね」
「いや、次の打席が本番。二死走者なしの場面で打ったところで大した意味はない」
二回の表、スリーアウト目の打者だったわたしは捕手防具の装着をみやこに手伝ってもらっていた。ヒュウズの投球練習は戸場さんが受けている。
「必ず次はチャンスで回ってくる。多分四回……まだ中盤とはいえそこが今日の試合の勝敗を左右するシーンになる。みち、あなたに勝敗がかかっている」
「……………」
「そんな顔をしなくてもだいじょうぶ、自分を信じて。あなたならきっと……」
不安や緊張からわたしの表情が沈んでいるとでも思ったのだろうか。大間違いだ。
「……みやこ、その手つきは明らかにおかしいでしょ。お尻や胸に触る必要ある?」
「も、も、もちろんこれは必要な動作。太ももやわき腹あたりというのは繊細で……」
ただ触っているというよりも揉んでくるんだよなぁ。わたしの貧相な体のどこが楽しいんだろう。とはいえ逆の立場だったらみやこの誰もが憧れるボディに合法的に触れる機会を逃せるかどうか……いや、そんな真似したらひどく怒られて処分されるだろう。
「………まあいいや。ベンチから見ていて気をつけなきゃいけないところとかある?」
「いまのところは特にない。初回と同じようにヒュウズに気分よく投げさせたらいい」
みやこの言葉通りだった。今日のヒュウズは先週よりも球が走っているしフォームにキレがある。ミルルト打線よりも楽な相手で、4番の仲田も期待の若手清見も低打率が示しているようにあまり怖さがない。よほどの失投じゃなければ抑えられるはず。
『清見打ちましたが……これは力のないファーストゴロ!中軸も三者凡退です!』
そこまで球数を要さずに二回をパーフェクト。前回以上の結果が出せそうだ。
「ナイスピッチングです。安心して受けていられますよ」
「……今日こそ来日初勝利が欲しいからね、最初から全力だよ、と言っています」
通訳さんの表情も明るい。ヒュウズと共にお立ち台に立てるという期待もあるみたい。そのためにも先制点を……と思っても、佐藤優李の神通力は冴えわたる一方だ。
『あ―――――っと倉木!牽制球に誘い出されて挟まれた!タッチアウト!』
倉木さんは内野と外野の間にうまく打ったのに牽制死。続く上里さんもヒットで出るも、
『ランナー走った!キャッチャー送球!判定は……アウトだ!』
盗塁死。極めつけは石河さん。レフトに流し打ってヒットになったまではよかった。でも左翼手がもたついていると勘違いしたのか二塁を狙って余裕のタイミングで……。
「あ……ああ~~~~~っ」
「はい、アウトね。何だったのかしらね、あんたらのこの回の攻撃」
ヒット3本、しかも三人連続で打ったのに三人で攻撃終了。いよいよ大変なことになった。さすがにこれだけやらかしたら流れが相手のものになってしまう。チャンスを逃し続け無得点、相手は全く走者が出ずに無得点。このパターンではたいてい相手が先に点数を入れてしまう。いくら調子が悪い貧打だとしてもアウトは確実に取らないと……。
『9番の中山打った!高~く上がって……ファールフライか?』
三塁側、ベアーズのベンチあたりにふらふらと打球が飛んでいく。そこまでは飛ばない?マスクを放り捨てて全力で追いかける。これを捕るか落とすかはとても大事だ。この回はもう2アウトでランナーなし、捕れなかったところで無失点で終わるだろう。でもわたしは余計なことは考えない。短い足に力を込めて、ただひたすら一直線にボールを追った。
「追いつけ――――――っ!!」
ダイビングはしなかった。グラブの先っぽにボールが入ってくれた。だけど上半身を伸ばしすぎたせいで足が止まらない。勢いのままにベンチ前のフェンス一直線だ。
(……捕った……でもこのままじゃ……!)
ボールを落とさない、怪我をしない、二つとも大事だ。そのための動きがわたしは自然にできていた。この危機回避力のおかげで子供のころから怪我知らずだ。すぐにミットを抱えた体勢で転がって、背中でぶつかるようにした。
「うわ~~っ!!」 「げ、激突だ!」
ベアーズのベンチから悲鳴が起こる。わたしのタフさを知らないようだ。これだけが自慢だというのに。丸まったまま、カメの甲羅をイメージしてぶつかれば怪我はしない。
だからといって痛くない、というわけじゃないけれどこの程度なら我慢できる。わたしが平然と立ち上がるのを見て、集まりかけた輪も解散していった。そんななかで一人、そばでキャッチボールをしていた佐藤優李だけがわたしに近づいてきた。
「……あ…どうも。ご心配なく」
「………どうしてこんな無茶なことを?あんなのアウトにできなくても……」
わたしも一瞬頭をよぎりかけた、あの打球、この状況なら捕れなくても仕方ないという甘え。下手したら戦線離脱という危ないプレー、ただ身体に自信があるだけじゃできなかった。
「……わたしにはこれしかないですからね」
「これ……体を張った捨て身のプレーが?」
「う~ん………野球そのもの、ですかね。野球しかできないんですよ、子どものときから。いつクビになって野球ができなくなるかわからないですから、できるうちに全力で後悔しないようにやっておかないと……ま、そんなところです」
きっと佐藤優李クラスにもなると自分が引退したいと思う日までプロ野球選手でいられる。それが許されるスターだ。わたしは今年こそずっと一軍にいるけれど先のことは全くわからない。目の前のボールを全力で捕りに行く、それ以外考える必要も余裕もない。
「ナイスキャッチ!これで流れはまだ私たちのものだ!」
最初にヒュウズに、続けて大筒さんや長崎さんたちに、最後にベンチで手荒い祝福を受けた。こんなに頭を叩かれたら縮んでますます小さくなっちゃうよ。
「四回の表は3番の中園さんからか。みやこの予想が当たるのなら……」
「この回のうちにあなたの第二打席が回ってくる。試合を決めてほしい」
わたしまで回るのなら何点か入っているだろうと思ったけれど今日はそう簡単にはいかない一日だった。ほんとうに試合の行方を左右する場面になってしまった。
『さあツーアウト満塁!バッターは8番の太刀川!先ほどの打席では三振!』
1アウト二、三塁のチャンスで佐々野さんが三振、そして7番の音坂さんは次の打者がわたしであることを考えたら当然の申告敬遠で勝負を避けられた。
ベアーズの内野はマウンドに集まりかけたけれど、佐藤優李がそれを制したからそれぞれの守備位置に戻っていった。ピンチの時に集中したいから集まってほしくないという投手は時々いて、彼女もその一人か。孤独のマウンドでまたしても何か呟いている。この大歓声ではバッターボックスのわたしにその内容が聞き取れるはずはなかった。
「……いつからだった?私が野球を『手段』にしていたのは……。あの太刀川のように純粋に野球を楽しんでずっと野球で生きていくという気持ちが失われたのは……」
初球は低めストレート。ストライクと判定されたけれどこれは打ってもヒットにならない。点数こそ入っていないとはいえ球数は多いおかげでだいぶ球が見えてきた。さすがに相手も無失点で凌いだとしてもこの回か次の回で佐藤優李を引っ込めるだろう。そうなると強力な中継ぎ陣が相手だ。このまま逃がすわけにはいかない!
(……次は打てるって顔だな……ファンにも世間にも野球の神にも相手にされない惨めなカスが私を見下している……?私より輝いて……野球を楽しんでいる!?)
キャッチャーからの返球を虚ろな顔で受け取っている。肩でも痛いのかな?それともピンチが続いているせいでスタミナの限界か、と思っていたところで雰囲気が変わった。誰に対しても柔らかそうな顔が、穏やかな目つきが急変してわたしを睨み、そして叫んだ。
「私はプリンセスだ!あんたごときがどれだけ野球だけやっていようが私には勝てない!」
「………!?」
「格の違いを教えてやる!ひれ伏せ―――っ!!」
のらりくらりとかわして抑えていくこれまでとは違う、真っ向からねじ伏せに来る、気迫のこもった球が外角にきた。わたしの何が気に入らなかったのかはわからないけれど、二球目でありながら一番自信のある球で空振りを奪おうとしているのは確かだった。
「……スライダー!うおおおお~~~~っ!!」
逆らわずに弾き返した。わたしの根性と相手のプライド、勝ったのは……。
『流し打った~~~っ!!打球は右中間へのフライ……ああっと!外野は超前進守備だ!これは追いつけるわけがない!抜けた抜けた、三塁、そして二塁ランナーがホームイン、一塁ランナーも楽々生還!そしてバッターの太刀川も……三塁まで行けた!もっと足が速ければランニングホームランすらありえたか?とにかく均衡が破られた!』
大勢のジャパンハムファンからの悲鳴、そして数は少なくても大きな声で応援を続けてくれた横浜ファンからの大歓声。満塁の走者一掃、二軍戦を含めてプロ入り初のスリーベースとなった。もちろんそのボールはわたしたちのベンチに送られ、
「…………うふふ」
もうすっかり隠す気のないみやこがそれを手に取ってから頬にすり寄せていた。ちなみに前の回にダイビングキャッチしたボールももう片方の手にあった。中継カメラがいるんだからちょっとは自重してほしいんだけど、いまはわたしも興奮しているから細かいことはどうでもいい、そう思うことができた。そしてわたしに打たれた佐藤優李はここで降板、かと思いきや倉木さん相手にもそのまま投げている。
「……監督、だから早く交代しておけば……」
「いや、今日はまだ優李で行く。わからないかな?殻を破ったよ。いま打たれたことで。この試合から優ちゃん伝説の第二章がスタートしたと後で言う日が来るだろうね。打たれてしまったとはいえあの球はこの二、三年で一番のスライダーだったじゃないの」
「………は、はぁ……」
倉木さんはファーストゴロでチェンジとなった。ベンチに帰ろうとすると、鋭い視線に背中が突き刺される感覚がして振り返った。佐藤優李がわたしをじっと睨みつけていた。
「…………」
「あんな闘争心がある人間じゃなかったはず。あれは……」
次は絶対に負けない、そんな強い意思を感じた。そして試合は進み、いつもなら五回にはマウンドを降りる佐藤優李が七回表も投げ続けていた。五回以降は人が変わったように立ち直り、全く走者が出せなくなっている。疲れているはずなのにキレはそのままで、
『これは平凡なセカンドゴロ!一塁に送られて……アウト!』
三打席目は完全に力負けした。そのとき佐藤優李は大きくガッツポーズしていた。
「あらあら、感情むき出しね。お客さんたちも驚いちゃってるじゃない」
「……でも……楽しそうですよ。あれがほんとうの姿って感じがします」
後に彼女は、ファンが求める理想の優ちゃんを演じるのはもうやめると口にした。虚栄心を捨て、泥臭く一つのアウトを取りに行く投手になる、小学生のとき、一番野球が楽しかった、野球しか考えていなかった日々に戻ると誓ったのだ。
きっかけはとある選手の捕邪飛に飛びつく姿、そして自身の慢心を打ち砕かれた一球だったとか。それがわたしのことだとわかったのは後になってからの話だ。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。次回以降も面白い、また読みたくなるような話を書きたいと思っています。では、ブックマーク登録とポイント評価をお願いします。
3、2、1、よろこんでー!ゲッツ!
今回の前書きと後書きの元ネタ……あの元ベイスターズ監督のYouTube動画の決め台詞。tvkの年末特番に出演したときも自身のYouTubeチャンネル登録を呼びかけて始まり、締めもそれだったのは笑ってしまった。2021年はもっとラミちゃんの動画が見たい。
このブックマークとポイント催促はネタですので、おそらく二度とやりません。失礼しました。




