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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第一章 前半戦
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第17話 東狂スポーツ

 結果から言うと、試合は3-0で逃げ切った。わたしのタイムリースリーベースで奪った3点を、七回までヒュウズ、八回はエス子、そして九回はクローザーに定着した川崎さんが完璧に守り切った。じゃあ手放しで喜べたかと言われるとそうでもなく、課題が残った。


『あ~~!キャッチャー捕れない!その間にランナーはサードに進んだ!エスバーンの制球が定まらずにノーヒットでピンチを招いてしまった!記録は……ワイルドピッチ!』


『今のはパスボールだと思ったんですがね。急に捕球が変になってきましたよ』


 ヒュウズと組んでいるうちはよかったけれど、八回のエス子との息は合わなかった。というより接戦リードの終盤でマスクを被ってピッチャーをリードするのはこれが初めてで、思った以上に大変だった。いつもできていたこともできなくなって、エス子が持ち前のパワーピッチングでどうにか凌いでくれて助けてもらった形になった。


「……よ、よかった。サンキュ~…エス子」


「ハハハ!緊張シテタネ、みっちゃん!次、次!ワタシハ黙ッテ投ゲルダケ!」


「あ……あははは」


 わたしに九回は任せられないという判断で、戸場さんが最後は締めた。抑え捕手だ。経験豊富なだけあっていきなりの出場でも冷静にサインを出し、川崎さんもとても投げやすそうだった。まだまだ勝てそうにない、高い壁だ。



「……う~ん……もう少し落ち着いてどっしり構えられたらなぁ……」


 本拠地の横浜じゃないからお立ち台には一人しか呼ばれず、今日はどう頑張っても来日初白星を手にしたヒュウズのものだった。来週は一週間セ・リーグのホームで試合が組まれるから来週の土曜こそ初めてのヒーロー目指して頑張らないと。


「まあその前に明日だ。出番はないだろうけど」



 予想通り日曜日、わたしの出場機会はなかった。でも快勝でベアーズを三タテした。この夜の宴会、ジンギスカンパーティーは大いに盛り上がった。


「え~、細かい挨拶は抜きにして、乾杯!」


 勝っても負けてもこの夕食会はやる予定だったとはいえ、やっぱり三連勝だと皆も上機嫌で心から楽しんでいる。もちろんこれで終わるつもりの人は少ない。


「この後はどこに行きますか、お寿司、ラーメン、いろいろ候補がありますから。ぐへへ」


 デーゲームだったぶんまだまだ時間はある。わたしの胃袋もまだまだ余裕がある。


「出かけるなら記者に気をつけなよ~?イメージダウンになっちゃいそうな店に入ったり悪酔いしてるところを撮られたら面倒だからね。久々の北海道で私たちが羽目を外して遊ぶって予想している雑誌や新聞の連中が大勢いるらしい」


「そういえば石河さんも昔、女子アナとの密会を撮られてましたね」


「……雑誌に載ったときにはもう別れてたけど……って何言わせてるの。とにかく、先週の件もあるんだから撮られて困るようなことはするなって話よ」



 先週……わたしがみやこに連れ去られた日。あれから残った人たちは予定通り焼肉屋に向かったグループと、アナウンサーたちと遊びに行ったグループに分かれたらしい。アナウンサーチームのほうが派手にやらかしたところをカメラマンに撮られたと。


「その記事が載るのは来週の金曜あたり……今回は犯罪とか不倫じゃないけれど球場ではヤジが飛ぶかもしれないし……余計なことをしてくれたわね」


 返す言葉もない、といった様子で音坂さんや上里さんが肩を落としている。遊んでいるだけだったのにどうして撮られたらいけないんだろう、とわたしは首を傾げていた。すると、


「一言で遊びと言ってもいろいろある。健全に楽しむならそれでいい」


 みやこが立ち上がった。そしてわたしの腕を掴むと支度を始めた。


「一足先に失礼します。今日はありがとうございました」


「えっ…!?ちょ、ちょっと、全体の締めもまだ終わってないよ……」


 またしても強引にわたしを連れて店を出てしまった。周りの先輩たちも何も言わず笑顔で見送るだけで、誰も止めてくれなかった。



「せっかくみんなと距離を縮めるチャンスだったのに。あまり言いたくないけれど、わたし以外とほとんど喋ってなかったでしょ。中心の席を用意したのに気がついたらわたしの隣に座ってたし……しかも途中で抜けるなんて」


「……私には必要ない。さあ、次の店に案内するからついてきて。北海道の牛肉と海鮮が一度に味わえる料理店がある。もちろん最高級の味を保証する」


「ええっ?また先週のようなお店に、みやこの奢りで!?悪いなぁ、えへへへ……」


 言われる前から奢りと決めつけたり一瞬で頭のなかが期待に満ちたお花畑になったり、わたしもみやこのことを怒れるような人間じゃないな。欲望の塊だもの。


 この繁華街、しかも日曜の夜。超有名人のみやこでも帽子とサングラス程度で誰も正体に気がつかない。ちなみにわたしは何もしなくても誰も振り返らない、立ち止まらない。


 ただし中学生や高校生に間違われることがあるから、あまり子どもみたいな格好だと場所によっては呼び止められちゃうかもしれない。私服にも気を遣えと言われている。


「まあ地元でもなかなかバレないけれど……あれ?あの人は!」


 そんなわたしたちにまっすぐに近づいてくる女の人がいた。知り合いだった。



「ああ、こんな場所で奇遇ですね!もしかしたら会えるかもとは思っていましたが!」


「……誰?みちの知り合い?」


 みやこは警戒心を強めていた。そうか、みやこはまだ会ったことがなかったかな。


「ここでは何なので……人の少ない穴場を知ってるんですよ、どうですか?そうそう、木谷選手にはまだ自己紹介もしていなかった。私は東狂スポーツの記者、賀瀬ガセです」


 狂スポの記者は確か公の場ではみやことの接触がNGだった気がする。みやこのほうも一番嫌いそうなタイプだからなぁ、狂スポは。すぐに追い払うだろうと思っていた。


「……賀瀬さん……でしたね。それなら私たちがこれから向かう店のほうが他に誰もいない個室があります。話はそちらでどうですか?」


「えっ!?いいんですか!?ぜひ、ぜひ!会計は私が会社の金で出しますよ!」


 賀瀬さんですら断られるとダメ元で近づいてきたようで、まさかの展開に大喜びしていた。ちなみにこの人は二十代後半、眼鏡をかけていて、書いている記事の内容の割には外見はしっかりきれいにしている。スーツもわたしが着るよりずっと様になっていた。



「………ここが木谷選手のご家庭とプライベートで付き合いがあるお店……。これはしっかりネタを持ち帰らないと元が取れなくて怒られちゃうな」


 予想を超えたレベルのお店に、賀瀬さんの顔が少しだけ引きつっていた。わたしが大食いのプロ野球選手のなかでも特にたくさん食べることを知っているせいで焦っている。


「……ところでみち、東狂スポーツというのはどんな新聞?」


「それも知らなかったの?まあ簡単に説明すると日付だけが信頼できる新聞かな。嘘とジョークと妄想に溢れてるって評判だよ。あ、でも競馬とプロレスだけはどこよりも正確で詳しい情報があるね。この賀瀬さんとは関係のない部門の話だけど」


「そうそう、厩舎関係者の話、調教データは完璧ね。それにプロレス、この間の大会のグレート・オカンの日本復帰とダック南郷の乱入もばっちり予告していた……ってコラコラみっちゃん!木谷選手に変なこと教えないでよ!」


 宇宙人やツチノコの話をしなかっただけいいと思うけど。賀瀬さんの記事はとにかく面白い、だけど真面目な選手には取材すら断られる程度のものだ。


「ミルルトのガイエスは空間を操ってフライやホームランの軌道を自在に支配している、ハマスタのライトスタンドにUFOがいたとかそういう記事専門の人だから」


「私だってこんなネタばっかり書きたくないんだけどね、そろそろ30歳、ここで一つ名前をアピールできるようなやつをドカン!と発信したいわね。『珍プレー神に愛された第三捕手』っていうことでみっちゃんを取材してもよかったけれど、せっかくここに木谷選手がいるんだから同期のライバル同士の対談のほうがよさそうね!」


 ライバル同士……格が違いすぎてあまり盛り上がらないと思うけど。


「木谷選手は最初は二軍で経験を積んでいたから規定打席に到達しないかもしれない。みっちゃんも今年で五年目、新人王資格がなくなっちゃう。一つの目標だった賞が厳しくなっていることについてはどう考えているか聞いてみたいわ」


 あ、そうか。試合数も打席数も少なかったからまだ資格があったんだ。不名誉だな。


 最初は新人王確実と言われていたみやこもミルルトの村下や西宮ジャガーズの近田が開幕からスタメンで出ているせいで後れを取りそうな流れになっていた。


「みっちゃんが週1でスタメン確保、それさえなければギリギリ規定に間に合うかもしれない。ヒュウズ先発の試合も自分がマスクを被りたいと思ったことは?」


「それはないです。まだプロ一年目でフル出場していたらどこかで潰れます。捕手は負担が大きいポジションですから、休養日が必要です」


 最近はどのチームでも同じ捕手が毎日スタメンというところはない。わたしみたいに決まった投手のときだけ控え捕手に任せるチームもあれば、実力が伯仲している二人を均等に使うところもある。一軍に三人は本職の捕手を置くチームがほとんどということからも、普通の野手とは違うのがわかる。やることが多く疲れが溜まる。


「みっちゃんのほうはどう?今年はついにプロ初ヒットをホームランで達成して、出番が少ないのに打点は9、大躍進のシーズンになっている。試合中のいろんな副賞もたくさんゲットして、そろそろ独身寮から出られるんじゃない?」


「う~ん……化粧品とか油とか、いらないものも貰ってますから寮のスタッフさんたちにあげることを考えてもまだ寮にいたいかなって。お金の節約にもなりますし、いま一人暮らしをしろって言われても難しいですから……」


「お金の管理や家事もあるからね。ならパートナーを見つけたら?以前に比べて知名度が段違いに上がっているんだから相手を探すのも簡単よ。確か先週はブシテレビの……」


 あっ、試合後に吉野アナウンサーに迫られていたのを見られていたんだ。でもあれはただの食事のお誘いで、それ以上のことは何もないはず……。


「パートナー…結婚……まだ早いですよ。それよりみやこがいるんですからいつでも取材できるわたしなんか放っておいてみやこの話をもっと聞いたほうが……」


「それもそうだね。じゃあ木谷選手にたくさんインタビューしちゃおうかな……」


 その間にわたしは牛肉に刺身に焼き魚、とにかくいろいろ食べた。みやこと賀瀬さんの話の内容は一切耳に入れず、食べて飲んだ。こんなのを毎週続けたら舌が肥えちゃう、我慢しなきゃ……と思いつつ目の前の料理に自重などできるわけもなく………。



「……今日は貴重な話をたくさんありがとうございました。後で球団を通しての抗議とか訴訟とかになったら面倒なので確認しますが、記事にしてほんとうによろしいですか?」


「構いません。そのために取材に応じたのです」


「じゃあ明後日にも載りますからお楽しみに。ではそろそろ………げっ!!」


 賀瀬さんの悲鳴ですっかり満腹、眠くなっていたわたしも意識が戻った。時計を見ると結構長いことやっていたみたい。でもラーメンを食べる時間はありそうだな。


「今日はごちそうさまでした。またUFOの記事作るときは協力します!」

「宇宙人やツチノコのことはわからないですが、野球に関してならこれからも……」


「あ……あははははは。どーも。こりゃあ絶対に失敗できないぞ。コケたら自腹で……」


 伝票を見ながらぶつぶつと虚ろな表情で呟く姿はまるで昨日の佐藤優李の四回表までの姿のようだ。でもあの人がその後別人みたいな好投を演じたように、今日の取材が賀瀬さんにとっても現状を変えるいいきっかけになるかもしれない。



「全然聞いてなかったんだけど、どんな話を?」


「まあいろいろと。見てのお楽しみにしてほしい」


 味噌ラーメンを食べてからホテルに戻った。そして翌日に横浜へ帰り、この休養日は軽い自主トレだけこなした。みやことの練習は移動もチーム練習もない完全なフリーの一日にだけやることになっている。背筋を中心に鍛えた。



 火曜日、今日からは本拠地横浜スタジアムでパ・リーグの福岡と埼玉を迎えての連戦。パ・リーグの優勝争いをする両チームと対戦する一週間は、間違いなく今年の交流戦の山場になる。ここを五割で凌げば交流戦の勝ち越しも見えてくる。


 一戦一戦集中して勝利を目指す………なんて意気込みも吹っ飛ぶ見出しを目にした。



『あの木谷都がベタ惚れ!正捕手争いのライバルがお相手!?』


 慌てて東狂スポーツを手に取り、その記事を読んだ。



 偶然にも北海道の街中で試合後の木谷に遭遇、取材に成功した。野球関連の質問には淡々と答えるばかりでインタビューは空回りかと思われた。だが、同学年でポジションも同じ、太刀川みち(23)の話題になると急変、次々と衝撃的な言葉が飛び出した。



――球界最小、珍プレー量産機のチームメイト太刀川はライバルか、よき仲間か


木谷:ライバルとは考えていない。しかし軽視はしていない。ただの仲間ではない。


――となると友人か。馴れ合いを好まないと聞いていたが


木谷:友人というのも違う。それ以上の感情がある。初対面の日からずっと憧れや尊敬の念を抱き続け、同じチームに入団したいま、距離を縮め緊密な仲を築いている。


――確かに試合中のベンチではよく隣同士でいる姿が映されるが


木谷:移動中のバスや飛行機、今後は新幹線もあるが、いずれも隣の席に座ることを球団に了承させた。すでにオフの日の練習パートナーだが、真の意味でのパートナーになる時を心待ちにしている。このシーズンオフには新たなニュースを提供できると思う。



 その後もわたしへの想いを長々と語り続けていた。恥ずかしさとうれしさで顔が熱くなる半面、騒動待ったなしの状況に真っ青になって冷えていく、よくわからない気分だった。慌ててみやこの部屋のドアを叩いた。出てきたみやこに狂スポを見せて、ほんとうにこんなことを言ったのかと問い詰めると、平然とした顔で首を縦に振った。


「誰がみちに一番近いかをいまのうちに明らかにしておくべきだと思った」


「……あ、そうですか。わかりました………球団に呼び出される覚悟をしとかないと」


 事務所への出頭は避けられないと頭が痛くなった。ところが、心配する必要はなかった。



「なんだこの記事。あの木谷が太刀川なんて相手にするわけないだろ。眼中にもないよ」

「ま~た狂スポだろ。よくもまあでたらめが次から次へと思いつくもんだ。変な薬でもやりながら木谷に取材した妄想をそのまま書いてるんじゃないの?」


 普段がふざけてばかりだから、誰も信じなかった。球団の幹部たちも相手にしなかった。


「ああ~~~っ!!今回は嘘じゃないのに嘘って思われてる~~~~っ!!」


 賀瀬さんの嘆く声が聞こえてくるようだった。わたしは胸をなでおろし、みやこは残念そうな顔をしていた。狂スポ事件はこれにて幕を下ろしたのだった。




「ねぇみっちゃん、ハマスタにカッパが現れたって書くんだけどまた協力してよ」


 失敗に懲りず、元の路線に戻ったようだ。

 東狂スポーツ (スポーツ新聞)


 日付以外は信用できないと言われるスポーツ新聞。ガセ、しょーもない話、下ネタが充実している素晴らしい新聞。ごく稀に他紙より先にスクープを手にし、一足早く記事にすることも。有名選手たちに近寄らせてもらえないので、みっちゃんを主な取材相手にしている。


 元になった新聞……説明するまでもなし。プロレス、競馬、アダルト記事においては優秀。



 グレート・オカン(プロレス)


 女子プロレスラー。狂スポと仲がいい。野球がみっちゃんならプロレスはこの人メイン。


 元になった人物……世界最強のラブライバーとして知られるあのレスラー。個人的には今のキャラを貫いてほしい。帝国の支配者に我々愚民はただただひれ伏すしかない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女の子同士の恋愛がごく普通に認知されてる世界で素晴らしいですね。 女子プロ選手と女子アナのスキャンダルが記事になる世界とか最高すぎる!
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