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第三捕手のみっちゃん  作者: 房一鳳凰
第三章 覚醒編
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第94話 百合澄子オーナー

 オールスター前最後の三連戦は東京ドームでのゴーレムズ戦。その初戦がわたしの登板日だ。珍しい平日月曜日のゲームだった。


「みっちゃんはオールスターの二日目に投げる予定だから……やっぱり今日から中4か。この東京ドームで……」


「はい、先発はゴーレムズの菅でしょうからわたしはどこかで1〜2イニングですね。初日に野手として出場するかもしれませんが起用法はまだ聞いてません」


 ファン投票はやっぱり菅がセ・リーグのトップで、わたしは監督推薦で選ばれた。でも投票用紙に名前がないにも関わらず、ファースト、サード、それにライトとレフトでそれぞれ上位5位以内に名前が載るという史上初の事態だった。


「ぜんぶトップはとれませんでしたけどね」


「票が割れちゃったのか。惜しいな」


 みやこと川崎さんがファン投票で、紀子さんとエス子がわたしと同じく監督推薦でオールスターに出場する。膝が悪い紀子さんと登板の多いエス子はできれば休んでほしかったけど、


「いやいや、これが最後のオールスターかもしれんからな、賞金目指してやったるわ!」 


「女ハ黙ッテ投ゲルダケ!」


 二人ともやる気たっぷりだったから安心した。わたしも去年以上の何かを残したいと気合いが入っていた。また最後の最後まで忘れられたりしなければチャンスはある。


「まあ……まずは目の前の公式戦ですよね」


「記録に残るのはこっちだからね」



 4 石河

 8 上里

 2 木谷

 1 太刀川

 3 奈村

 9 中園

 6 大和

 5 柴山

 7 関



 首位ゴーレムズとのゲーム差は3、つまり3タテすれば並んで後半戦に入れる。そのためには今日勝ってその可能性を残したい。前回登板では試合終了翌日の朝まではノーヒットノーランだった相手、当然対策してくるだろうし厳しいマウンドになりそうだ。

 





 試合前、ゴーレムズの練習中。黙々と汗を流す若き主砲、田沼侑のもとに調子のいい声で近づくチームメイトがいた。


「お〜い田沼!今日から私も一軍だよ。ま、よろしく頼む」


「……なんだ、石山か。お前を上げなくちゃいけないくらい中継ぎに困っていたか?」


 田沼と同い年なだけでなく、同じ京南高校からゴーレムズに入団した『石山 邦枝』。田沼との違いは、石山はコネ入団だという点だ。大企業の社長の娘である彼女は実力だけではプロになれるレベルではなかった。


「酷いこと言うなって、田沼。それより江口から聞いたぞ、これからオーナーが来るそうだな、まだ15歳とかいう……」


「ああ、グラウンド練習を間近で見たいんだってさ。江口がいっしょだから私たちが何か案内したりする必要はないだろうな」


「私はパパと付き合いがあった先代の妖怪ババア、タベツネとは何度も話したことがあるけどいまのオーナーとはまだ挨拶すらできてない。ちょいと食事にでも誘えたらなァ」


「やめときな。相手にされないのがオチだよ。それより真面目に練習しろよ……ん、噂をすれば」



 15歳で東京ゴールデンゴーレムズのオーナー、先代以上にわがままと言われている権力者が登場した。田沼の言葉を無視し、石山が腰を低くしながらオーナーに近づく。


「おはようございます!今日はようこそ東京ドームへ!私は石山邦枝、チームの勝利に貢献することを誓います!どうぞよろしく」


「私は『百合 澄子(すみこ)』。期待しています。ところで田沼さん、今日の試合だけど……」


 石山との挨拶を早々に切り上げ、田沼との会話を楽しむオーナーの姿に、石山は球団スタッフの江口を問い詰めた。


「ちょ、ちょっと江口!あの二人ずいぶん仲がよさそうじゃんか!」


「あれ、知らなかったの、石山?オーナーは田沼が大のお気に入り……選手という枠を超えているね、あれは」


「………はぁ!?くそ!田沼のやつ、どうしてアイツだけあんなにモテやがる、クソっ!私に近づいてくるのはパパの金目当てのバカ女ばかり……チクショーー!!」



 ゴーレムズのオーナーは以前、わたしのノーヒットノーランを裏技を使ってただの1安打完封に変えてしまったことがある。しかしそのせいでブラックスターズは奮起、ゴーレムズ相手にここまで勝ち越している。どうにかこの面白くない状態を終わらせたいはずだ。


「田沼さん、今日こそあの貧相な珍獣から打ってくださいますよね?あなたが何度も負けるはずがありませんもの」


 あなたのために必ず打ってやりますよ、そんな答えを期待していたのに、田沼の答えはオーナーの望みとは真逆だった。



「……いえ、澄子さん。太刀川みちは素晴らしいピッチャーです、貧相なんかじゃありませんよ。勝負をしていて楽しいのは確かですが、勝てるという約束はできませんね」


「…………は?」


「それにいくら敵チームの選手でも敬意を払うべきです。珍獣だなんて呼び方はやめないといけない、むしろあなたは太刀川のプレーを真剣に見ることでもっと野球を勉強するべきだ……僭越ながら言わせていただきます」


 勝つ保証はないというだけでなく、注意までされた。そして見下している他球団の選手から学べという一言はオーナーを怒らせるには十分だった。


「球界の盟主……黄金軍のオーナーである私があんな愚者に敬意を払いしかも勉強しろですって?田沼さん、本気なの?」


「その傲慢さを捨てない限り未来はない……ゴーレムズに、何よりあなたに」


「………もういいわ、ガッカリした。田沼さんなんて嫌い。そんなにあの珍獣が好きなら勝手にしなさい!」



 呼び止める田沼を無視してオーナーはズカズカとグラウンドを去ろうと出口目指して歩きだす。慌てて付き添いのスタッフ、ついでに石山がその後を追った。


「オーナー、どうしたんですか急に!予定の時間はまだ先ですが……」


「特別観覧席に向かうわ。それと監督たちに伝えておきなさい、田沼は今日はスタメン落ち、最後まで使わないように。覇気のない選手は試合に出せないってね」


 田沼とオーナーの間に何かトラブルがあったと知った石山は大喜びでオーナーの隣に立ち、ニチャアという擬音がよく似合う下劣な笑顔で迫った。


「百合オーナー!まあ田沼のやつはあんなもんですよ!結局あいつは海や船、あとは歌ぐらいしか関心のない女ですから!それよりも私をもっと知ってほしいですね、田沼よりはあなたを喜ばせる自信がありますから!」


「………そう?楽しみにしているわ、石山さん」 




 そして最上級VIP席で秘書と二人になったオーナーはどす黒い笑みを浮かべるのだった。


「アハハ……誰が何を言おうが最後に勝つのは黄金軍!家畜どもの肉を食らいつくしその血を飲む。真の正義と真実を前にしてなぜ愚民たちが生き残れる?」


「…………」


「太刀川みちとかいう珍獣、それを祭り上げる知恵のない呆けどもの夢を終わらせる。ゴールデンゴーレムズを支持し声援を送ることこそ賢い道だと明らかにしなければならないわ!」






 さて、試合開始前のオーダー交換、ゴーレムズの内輪揉めなんて知らないわたしたちからすれば、田沼の今季初のベンチスタートは衝撃的だった。


「若大将がいない!まさか故障!?」


「いや、練習に参加してるわ。単なる休養日じゃないの、みっちゃんが相手じゃ勝ち目はないって諦めたのかも」


 どんな理由にせよ、わたしたちにはラッキーな話だ。田沼以外の主力は全員いるし、先発投手はエース菅に続く二番手の田郷。諦めているとは思えなかった。



「ゴーレムズは手段を選ばない……前回の屈辱を正々堂々などではなく卑劣な方法で晴らしにくる可能性が高い。みち、用心して戦いましょう」


「うん。ゴーレムズが怖いのはどんなことをしてもこれは正義だと言い張るところ……でも腰が引けちゃったら相手の思う壺だね」


 死球狙いの内角攻め、危険なスライディング、それ以外の偶然に見せかけた事故……確かに気をつけないといけない。消極的にならず、強気の守りで対抗する必要があった。




『初回のブラックスターズは得点圏にランナーを進めましたが無得点!塁上の太刀川がそのままマウンドに上がり、ゴールデンゴーレムズの上位打線に挑みます!』


 わたしとみやこが目指す積極的守備、その内容はとにかくランナーを出さないことだった。ハイペースだろうが構わず、最初から全力ピッチングでゴーレムズ打線をねじ伏せる。



「うおぉーーーーーーっ!!」


「………!は、速い……」


 梶田、坂友、四角と三者三振で絶好の立ち上がりだ。ただし、このペースで投げ続けるとスタミナ自慢のわたしでも100球前後で息切れするかもしれない。



「どこかで一息入れるか、それともブルペンに託すこと前提で飛ばすか……」


「……難しい問題ね」


 まだ初回、みやこも判断を迷っていた。休もうとするとどこかでピンチになって相手が何かを仕掛ける場面を作ってしまう。逆にあまりにもいい球ばかり投げたまま降板すると中継ぎの負担になる。相手からすれば投手が変わって打ちやすく感じてしまうからだ。


「変則タイプの江頭や左サイドスローのエスバーンなら問題ないかもしれない。しかし接戦ではペットンや川崎が優先される。その二人では今日のみちの後で投げるのは厳しい」


「となると……100球以内で完投?」


 27球で勝つのが最高の勝ち方だと言われているけど現実的じゃないし、まず八百長を疑われる。早打ちばかりの打線をうまく抑えてやっと100球以下ってところだ。決め球でしっかり三振を奪うか、最初からゴロを打たせるように意識して投げるかだ。





「いきなりの醜態……オーナー、何か冷たい飲み物でもお持ちしますか?」


「いいえ、いらないわ。私は怒りで熱くなってなんかいない。むしろ喜んでいるくらいですもの。ある程度は抵抗してもらわないと潰しがいもない……」


「………」


「偉大で強固な巨人を相手に虫けらどもが愚かにも抗い……粘った挙げ句にプチュリと潰される。最高のショーになるわ、アハハ!」




 ゴーレムズはお金の力で各チームから選手を集め、怪しげなドラフト指名やトレードで戦力を補強している。でもそれが強さの一番の理由じゃない。激しい競争、基礎を徹底した丁寧な野球、軸となる選手と若手のバランス……やるべきことをやっているから強かった。


 ブラックスターズもわたしが入団した年に親会社が変わって前のところよりはやる気があると昔からの人たちは言う。でもいまだにフォックスみたいな外国人に騙されたり、二軍は試合成立で精一杯だったりとまだまだ強豪チームに比べたら物足りない。


「それでも今年はオールスター前とはいえ優勝が狙える位置にいる」


「今年優勝できたら一気に黄金期を迎えそうな気がするわ」


 二十年以上リーグ優勝から遠ざかるブラックスターズ。主力選手が数人退団して、解説者の順位予想でもほとんどBクラスだった。



「太刀川みちという投打両方で日本ナンバーワン選手がいるのだから抜けた選手たちの穴は感じない。彼女たちにはチームを頂点に導くほどの力はなかった、しかしみちは違う」


 わたしがチームを優勝に導けるような選手なのかは別として、もし去年の選手たちや首脳陣がそのまま残っていたらわたしは投手再挑戦を認めてもらえていないどころか野手のほうでも控えのままだったかもしれない。


 ゴーレムズの坂友やペンギンズの川田も、ちょうど主力の不振や故障が重なって若いうちにレギュラーを掴み、そのままトップスターになった。チームもわたしも、この波に乗ってチャンスを手放さずにいられるか……今日はそれを占う一戦だ。

 石山 邦枝 (ゴールデンゴーレムズ投手)


 田沼と同学年、共に京南高校出身。右投右打。紛れもないコネ入団ながら態度だけは大きく、美人に目がない。このたびもオーナーに近づこうとするが……。甘ったれで、よくヘラヘラしている。


 元になった人物……田沼侑が加山雄三演じる若大将なら、こちらは田中邦衛が熱演した青大将。映画内で散々な目に遭わされたように、このキャラもこの後悲惨な展開になります。


 加山さんの引き立て役としか言いようのない役だったが、若大将シリーズが成功したのは田中さんの活躍が大きい。二人がプライベートでは仲が良かったのも救いだった。



 江口 (ゴーレムズ球団職員)


 田沼、石山とやはり同い年、京南高卒。高校時代も選手ではなくマネージャーだった。


 元になった人物……若大将シリーズに出てくる友人キャラ。この役を演じた江原達怡さんもやはり加山さんと学生のときからの親友だったそうだ。


 江原さんも今年5月に亡くなり、加山さんは短い期間に二人もかつての仲間、友人を失ってしまった。

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[一言] オーナー、マドンナやん!あと二人も出てくるかな?青大将も楽しみ。
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