第93話 新浦監督の苦悩
「新浦監督、今日も太刀川が完封、オールスター前に早くも15勝ですが」
「そうですね、どこまで記録が伸びるのか、私も楽しみにしています」
「打線は奈村紀子、太刀川、木谷のクリーンナップが全得点を稼ぐ試合が目立ちます。チーム打率はセ・リーグ最下位!それについては」
「打率が最下位でも得点はそうではない……選手たちは頑張っていますよ」
試合後インタビュー、勝っても負けても新浦監督はいつも丁寧に応じる。
「明日はまたブルペンデー……リリーフの負担が重すぎるのでは?」
「まあそこは全員でやっていくしかないですね。太刀川の日はみんな休めますしあと一週間でオールスター休みもありますから」
インタビューを終え、記者たちは目当ての選手を探しにそれぞれの道を向かう。今日は先制ホームランの紀子さんに集中しているため、ぞろぞろと群れになっていた。
「なあ………新浦女番長は毎日取材に応じてくれるのはいいんだが……シーズンが約半分終わったにしては……」
「具体的なものが見えてこないって言いたいんだろ?わかるさ、試合中の采配も一軍ベンチのメンバーも、そして試合後の会見でも……新浦監督ならではっていうのがないんだよな。新浦梨世の色が」
同じころ、監督室で一人、新浦監督は自慢のリーゼントを整えるのも忘れてぼんやり座っていた。
(………もうオールスター直前なのに……アタイがチームのためにできたことが何もないっ!名采配も奇策も何一つ!)
新浦監督の采配の評価はどの新聞やネットの記事でもだいたい一致していた。冒険せず無難、大崩れはないが爆発力に欠けると。
(二軍監督だった去年、ファームの選手たちをじっくり観察し、指導した。そのなかでいま戦力になっている選手は誰もいない)
開幕して一ヶ月までは監督の期待していた若い選手たちが一軍に何人もいた。プロ初勝利を挙げた投手がいたり、ラメセス時代に出番が少なかった選手の久々の一軍でのヒットが見られたり、これはいけるという兆しがあった。
しかし長続きしなかった。経験不足、疲労、他球団のマーク……いろんな理由でその選手たちは再び二軍に定着してしまった。単純に力が足りず将来性も乏しいとバッサリ言われた選手もいて、監督の見る目のなさを指摘する毒舌な解説者もいた。
「彼女たちは駄目。まるで使い物にならない。なぜ監督が自信を持ってマウンドに送り込んだのか理解できない。あなたという絶対的な存在がいつもそばにいるせいで私の目が肥えてしまったわけではないはず。あれは誰が見ても一軍にふさわしくない投手たちだと思う」
「………」
「正直なところ、投手出身監督なのだからもう少しまともに整備されるものだと期待していた。現実はあなた以外の先発は誰が誰でもどうでもいいと言い切れるレベルだった」
これは解説者じゃなくて某選手のコメントだ。この話し方と聞き手がわたしという時点で誰なのかはバレバレだけど……。
(先発陣もリリーフもラメちゃんのお下がりを使わせてもらっているだけだ。投手コーチたちがうまく調整してくれているからどうにか決壊していないが………)
今年の新人たちも現在全員二軍、リリーフではラメセス監督が自ら選んでベアーズから獲得した江頭さんと渡久地さん、ラメセス監督が覚醒させたエス子が今年も活躍し、すでに完成された実力を持つ川崎さんと新外国人のペットンも新浦監督が育てたとは言えなかった。
「は〜っ………」
監督は就任時から守り勝つ野球を目指した。でもタイムリーエラーや記録に残らないミスは減らず、堅守というわけじゃない。互いにあまり点が入らない試合が多いから守りのチームというイメージが強いだけだ。
機動力のチームにすると誓った。現状は盗塁数リーグ最下位だ。そもそもランナーがあまり出ないので貴重なランナーを動かしにくいし、新外国人たちや紀子さん、そして球界一の鈍足であるわたしが常にスタメンにいるのでは長打頼みの攻撃にするしかない。
(バントを多用したら時代遅れだって批判されるし好き勝手打たせたら無策だと言われ……どうすりゃいいんだか)
徹夜で悩んだり何十枚も紙に書いては丸めて捨てたりを繰り返した結果、野手は助っ人たちを頼らずに守備力重視、わたしとみやこはわたしの登板日は下位打線に置くという方針は撤回、常に中軸にいることになった。
「もしみっちゃんが控え捕手のままで……木谷がケガで離脱なんてしていたら………」
4 武美
6 大和か柴山
5 ノリ
3 外人のどっちか
9 中園
8 上里か荒川
2 戸場か山木
7 誰か
1 誰か
「…バカかっ!こんなので勝てるか!」
監督はペンを放り投げ、紙をビリビリにして破り捨てた。怒りの後で目まいが襲ってきたそうだ。
「100敗しかねない!もしくは勝率3割を下回る!コレじゃどうしようも……いや、ラメちゃんならそのとき使える戦力を最大限駆使したか……」
自慢の大砲たちが次々と離脱した時期でも、終わってみれば5割で乗り切ったこともあるラメセス監督。自分だったらとても無理だと新浦監督は落ち込んでしまった。
(選手たちに助けられているだけか………いや、選手たちというよりはみっちゃんだな。みっちゃんがいなきゃアタイは歴史に残る無能監督として大バッシング!アタイどころか家族にも中傷や罵声の嵐が……)
そこで監督は思い出した。とある選手の雑誌の取材でのコメントを。
「新浦監督の素晴らしいところは太刀川みちの才能を見抜き、信じたことです。前監督はそれができずに指導者として名を汚した」
他の二軍選手たちの育成や抜擢に失敗しても、太刀川みち一人で十分すぎるほどプラスになっているとその選手は語っていた。
「太刀川みちはいずれ日本中の誰もが認める大選手になります。そのときではなく、いま彼女を歴史に名を残すヒーローだと気がつくかどうか……新浦監督はその点で非常に優れた人物です」
これはまだ開幕直前、オープン戦で出遅れてどうにか一軍に残れたときの話だ。まだ1勝もしていないときからみやこはわたしの成功を確信していた。もちろん、背番号18をくれた新浦監督も。
敗戦処理からのスタートだったけど監督としては早めに先発にさせたかったようで、実際にそうなった。実は去年のオールスターでわたしが登板した翌日に新浦監督は一軍首脳陣に連絡を入れていた。その時点で動こうとしてくれていた。
(……ラメちゃんに電話したんだよな、みっちゃんを二軍によこしてくれって。第三捕手だの代打屋だのやらせるくらいだったら来年のためにピッチング練習をさせたいと……)
答えはノーだった。ヒュウズの専属捕手としての役割があるうえに、代打のなかでは一番手を離脱させることはできないと。そのうち野手の故障が相次いで、わたしも捕手以外でスタメン出場する機会が増えてこの話は消えてしまったらしい。
(ラメちゃんを批判する声もあるけどあれは仕方ない。ラメちゃんの契約はあの年限りで、来年を考える余裕はなかった。目先の勝利を追わないといけない立場だったのだから)
それでも、と監督は小さく笑った。いまのところ唯一の成功、功績であるとはいえ、これは誇っていいと。自分が有能だとか名将だとか呼ばれることはもういい、悲願の優勝のためならプライドを捨てて希望の星に託すのがベスト、そう考えたとき肩の荷が下りたという。
「木谷の言う通りだ……アタイはみっちゃんの邪魔をせず、最大限みっちゃんの力を出しきれる環境を整えることに専念すればいい。みっちゃんがいなけりゃただの愚将と呼ばれようが構わない。アタイはブラックスターズを優勝させるために監督になったんだ!」
それで新浦監督は、あまり特別扱いするとわたしが遠慮して萎縮するかもしれないと考えて、どれだけ活躍しても普通に接することがわたしにとっての最善だと結論した。過保護や王様みたいな待遇はしない、でも太刀川みちを信じ抜いて心中する。それが新浦流だった。
翌日、全体練習のときに新浦監督が近づいてきた。一度練習の輪から抜けるようにと言ってわたしを連れ出すと他に誰もいないベンチに二人で座った。
何か怒られるようなことをしたかなと不安になった。深刻な話ならいくら人がいないとはいえ部屋のなかでするはずだからいきなり二軍落ちとかそこまでの話ではないはず、と自分を落ち着かせながら監督の言葉を待った。
「みっちゃん、投打でチームを盛り上げてくれていること、改めて礼を言う」
「……えへへ、なんだか照れますね」
「きっとアタイなんかよりずっと上のピッチャーになるだろうし、この球団史で一番のバッターにもなれる。ただし努力を続け、進化を止めなければ……の話だ」
新浦監督は笑顔だった。ところが急に目つきを鋭くすると、口調も厳しいものになった。
「一瞬だけ大爆発して消えていった選手なんて山ほどいる。もしそうなったらみっちゃんは元の控え捕手、代打要員に戻るだけだけど……アタイやコーチたちは全員クビ、そして二度とプロ野球十二球団から仕事は貰えないな」
「………!?」
「みっちゃんほどの選手を育成失敗したのなら当然だよ。それにみっちゃんが活躍できなきゃぶっちぎり最下位でやっぱりクビ、無能すぎる監督にコーチとして指導者キャリアは終わる」
わたしの成績次第で監督だけでなく幾人もの人生が変わる……身が引き締まる思いだ。
「ま……そんなトコも頭に入れてしっかりやってくれって話さ。ヨロシク!」
褒め殺して自信満々にさせたり甘やかして上機嫌にさせるよりも、適度なプレッシャーと責任感を与えたほうがわたしのためだと判断したようだ。そして多分正解だ。わたしは緊張よりも気の緩みが原因で失敗することが多かったからだ。
「みっちゃんなら重圧に負けないどころかますます強くなってくれると信じているよ」
「ありがとうございます。もっと頑張らなきゃって気持ちになれました」
すでに15勝、ホームランは30本に迫ろうとしている。これだけやれたら仮に残りのシーズン大スランプでもお釣りがくるな、なんて甘い考えじゃだめだ。さらに上を目指して、記録を伸ばさないと。
わたし一人の問題じゃない。これからの人生を共にするみやこはもちろんのこと、チームメイトや監督、コーチたちの運命を左右するかもしれない。それに改めて気がつかせてくれた新浦監督は間違いなく名将だ。
「よーし、今日も勝つぞ―――っ!」
「みっちゃんが燃えているわ!」
「これは私たちも負けてられない!」
監督の小さな悩みも消えて、チームはますます一丸になった。こうなると今日は快勝確実……とならないのがわたしたちブラックスターズの悪い癖だった。
「詐欺師!インチキ!ニセモノ!」
「横浜女子学園と中身まるごと交換しろ!」
「レズレイプしてやるわ―――――っ!!」
二桁失点の惨敗。わたしはすでに勝負が決した七回にヒットを打ち、代走を出されて退いた。みやこも休養のため途中交代、紀子さんや石河さんといった人気者たちまで下がり、ファンの喚き声が横浜の夜に響いた。
「……惜敗だろうが完敗だろうが負けは負け。気にすることではないとはいえ……」
「あまり不甲斐ないとファンが暴れ回ったり血管ブチ切れて大変なことになったり……みっちゃん、アタイたちはファンの命まで背負っているのかもしれないな」
さすがにそこまで責任は取れないよ。とはいえ、死因は太刀川みちがチャンスでコントロールに苦しむ投手を助ける初球打ちの併殺、その愚図ぶりに怒ったせいで血圧が……なんてニュースはいやだな。
「オールスターまであと6試合、次の神宮ではみっちゃんの登板はないから……」
「次のカード、東京ドームでのゴーレムズですね。あれ以来か………」
幻のノーヒットノーランの後、最初のゴーレムズ戦だった。
無名選手や伸び悩む選手の才能を開花させ、一流にしてみせるだけが有能監督ではありません。余計な指導や方針の押しつけをせず、選手の成長を妨げないのも大事です。実績作りや目先の1勝のために本格化寸前の若手が破壊されたら大変です。
何もしていないように見えて実は有能、頑張っていろいろやっているせいで無能扱い、難しい世界です。




