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こてつ物語5  作者: 貫雪
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「まさか」さすがに関口もこれを冗談とは思わなかったが、すぐには信じられなかった。


「間違いありません。資料にも書いてありますが、聡次郎は妻を亡くした直後に偽名で手術を受けています。ハルオが生まれた総合病院にいた看護師が、その後聡次郎が手術を受けた病院に転職しているんです。その看護師の友人がたまたま出産時期が聡次郎の妻と一緒で、よく、産科に顔を出していたそうです。そこに聡次郎が見舞いに行っていたそうなんですが、手術を受けた男は名前は違っても確かに聡次郎だったそうです」


「しかし、まさか性別を変えるとは」


「誰も考えなかったでしょうね。でも、聡次郎が姿を消したのと、土間が華風組に姿を現した時期がピッタリ一致するんです。それに、土間の名前の富士子ですが、聡次郎の妻の名前と同じなんです。文字まで一緒です。こんな偶然はあり得ないでしょう?」


 関口は、倉田を襲った時に土間と刀を合わせている。確かにあの腕前は普通の腕前ではなかった。彼女が聡次郎だとすれば、あの刀の扱い方も納得がいく。こりゃあ、意外な大物が出て来たな。こいつはどうあってもハルオを潰して土間にも精神的なダメージを与えてやろう。妻に死なれて性別を変えるほどの奴だ。息子に何かあってもショックは大きいだろう。うまくすれば華風組を狙う連中にかなりの売りこみが出来るぞ。


「おい、ハルオに何か弱点は無いか? 決定的な弱みになるような」


「ありますよ。こいつ、結構惚れっぽいタイプなんです。女に弱いんですよ。今も小娘に気があるようです」


「女か。今時は女を口説けない男も多いが、気弱に見えてなかなかのもんだ。その女は調べたか?」


「調べるまでもありませんよ。関口さんがハルオにちょっかいを出した時に、一緒にいた女です。こてつ組の香って小娘です」


 ああ、あの時ハルオがかばおうとした女か。やたらと気が強そうで、元気の良かった、礼似にくっついている小娘。


 今時は空威張りはできても、女をかばえるような男も少なくなった。あれで結構男儀のある奴だ。


 そういう男を潰すのも惜しい気はするが、こっちも顔を張る商売だ。しかも先々の厄介者。ここは涙を飲んでもらうとしよう。


「これは女を利用するのが早道だな」関口はゆっくりと考えを巡らせていた。



 良平と御子は相変わらずハルオを仕込もうと稽古を重ねてはいたが、肝心のハルオの意気は、上がってくる様子は無かった。それでも身体にたたき込んでおけば、多少なりともいざという時の備えにはなるだろうと、ハルオのトリッキーな動きを誘うべく、御子は懸命に先読みし、良平もそれを理解しようと努めた。おかげでハルオ自身の腕はともかく、三人のチームワークは以前よりもずっと向上していた。これはこれでひょうたんから駒が出たようなよい成果だった。


「意外とこれは武器になるかもしれないな。この世界は一匹オオカミが多いし、喧嘩で人と呼吸を合わせるなんてまず、しないだろうからな。意表もつけるし、効率もいい」


 御子と良平もハルオに自信をつけさせてやれないもどかしさは残るものの、それなりに一定の成果が出て来た事には満足感を感じていた。


 ハルオはハルオで何とか刃物に慣れようと、一人でドスを握りしめては身体の動きを確認しようとするのだが、これが人の体にあたったらと考えてしまうと、脅えと重圧感にさいなまれてしまう。それを頭から振りはらう事が出来ずに、動きが鈍くなってしまうのをどうしても克服できずにいた。


 何も考えずに無心になって握ってしまうと、今度は刃物に頼る気持ちが強くなる。相手に刃物を突きたてれば、すべてから逃れられるような錯覚が襲ってくる。日ごろの冷静さとは別の感覚が勝手に襲いかかってくるのだ。


 どうやらこれは自分だけの感覚で、良平や御子には無い事にハルオは気がついていた。だから自分のために二人が懸命になればなるほど、ハルオは自らの力で克服しなければと思ってしまう。困った事にそう思うほどに重圧感は増してくるようだ。理想の自分とかけ離れた心の弱さを余計に重く感じてしまう。


 土間さんなら。あの時、自分に刃物を握る勇気を持たせてくれた、あの人なら、刃物に頼りたくなってしまう、あの感覚を理解してくれていた気がする。あの人はそれを承知の上で、それでも俺に刃物を握らせてくれた気がする。


 きっとあの人もこの感覚に苦しんだ事があるんだ。彼女はどうやってこれを克服したのだろう?


 聞いて見たい気持ちはある。御子に頼めば何とかしてもらえるのかもしれない。


 けれども何故かそれが出来ない。何故なのかはハルオ自身にも分からなかった。おそらくは土間のハルオに対する戸惑いの気持ちが、ハルオの心に反映されてしまったのだろうが、ハルオにはそれが解らなかった。



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