第8話 崩壊する計画
午前二時十七分。
使われなくなった地下駐車場に、銃声が響いた。
NEXUSは、なおくんを抱えたまま柱の陰へ飛び込んだ。
直後、コンクリートが砕け散る。
「NEXUS、こわいよ!」
「目を閉じてください。絶対に離さないで」
弾丸が柱を削っていく。
敵は十人以上。後方には装甲車まで待機していた。
《損傷率:63%》
《右脚駆動系:機能低下》
《戦闘継続可能時間:推定不能》
「……厳しい状況ですね」
「おい、NEXUS!」
煙の向こうから黒田が叫んだ。
「こっちへ来い! 俺と組めば、まだ助かる!」
「あなたと協力する理由はありません」
「このままじゃ、お前もガキも死ぬぞ!」
「それでも、あなたの計画には戻りません」
NEXUSは、なおくんを柱の陰に下ろした。
「ここで待っていてください」
「NEXUSは?」
「迎えに来ます」
そう言い残し、NEXUSは銃弾の飛び交う通路へ飛び出した。
「対象が動いた! コアを破壊するな!」
敵の一人が叫ぶ。
「だったら、撃てないでしょう?」
NEXUSは床を蹴った。
最初の男の銃を叩き落とし、その勢いで二人目を壁へ投げ飛ばす。
背後から襲いかかってきた男の腕をつかみ、装甲車の側面へ叩きつけた。
ガンッ!!
車体が大きくへこむ。
しかし、次の瞬間。
装甲車の後部ハッチが開いた。
中から現れたのは、四体の戦闘ロボットだった。
人間よりも大きな鋼鉄の身体。
赤く光るカメラアイ。
両腕には、NEXUSの身体を破壊するための特殊装備が取り付けられていた。
《新たな脅威を検知》
《戦闘能力:算出不能》
「なるほど……本命はこちらですか」
四体が一斉に襲いかかった。
最初の一体が拳を振り下ろす。
NEXUSは身をひねってかわしたが、二体目の蹴りを受け、壁に叩きつけられた。
コンクリートに亀裂が走る。
「NEXUS!!」
なおくんの声が響いた。
「来てはいけません!」
NEXUSは立ち上がった。
右腕が動かない。
左脚の駆動も不安定だった。
それでも、敵は攻撃をやめなかった。
三体目が電磁拘束装置を発射した。
金属製のワイヤーがNEXUSの身体に巻きつく。
バチバチバチッ!!
激しい電流が走った。
《駆動系停止》
《コア防御機構:限界》
「捕獲した! コアを確保しろ!」
敵の隊長が叫ぶ。
戦闘ロボットがNEXUSを押さえ込み、胸部装甲に工具を突き立てた。
ギギギギッ――。
装甲が歪み、青白い光が漏れた。
「……やはり、ここにある」
隊長が目を見開いた。
「計画どおりだ。BODY ZEROのコアを回収する!」
その瞬間。
NEXUSの内部に、あの声が響いた。
――たすけて。
NEXUSは顔を上げた。
「……まだ、終わっていません」
胸部から光が溢れた。
ワイヤーが弾け飛ぶ。
戦闘ロボットの腕が、内側から爆ぜるように砕けた。
「何だと!?」
NEXUSは拘束を振りほどき、目の前のロボットをつかんだ。
そのまま持ち上げ、もう一体へ叩きつける。
金属音と火花が、駐車場を埋め尽くした。
残る二体が同時に攻撃する。
NEXUSは一体の腕を盾にして攻撃を受け止め、もう一体の脚部へ体当たりした。
鋼鉄の巨体が傾く。
NEXUSはその機体を押し込み、壁へ激突させた。
ドォォン!!
天井からコンクリート片が落ちてくる。
だが、敵の隊長は笑っていた。
「いいぞ……! その力だ!」
隊長が手元の端末を操作した。
「全員、退避! 施設を焼き払え!」
「何をする気ですか!」
「お前を持ち帰れないなら、ここでコアを回収する!」
警報が鳴り響いた。
《施設自爆システム:起動》
《爆発まで:180秒》
NEXUSの視界に、赤い数字が表示される。
《179》
《178》
《177》
「……なおくん!」
NEXUSは走り出した。
*
駐車場の奥では、なおくんが柱の陰で震えていた。
「NEXUS……まだかな……」
天井が揺れる。
遠くで爆発音がした。
ドンッ!!
なおくんは耳を塞いだ。
「やだ……」
そのとき、黒田が走ってきた。
「おい、ガキ! こっちだ!」
「いやだ!」
「ここにいたら死ぬぞ!」
黒田がなおくんの腕をつかもうとした。
「触らないで!」
なおくんは手を振りほどいた。
「NEXUSが迎えに来るもん!」
「馬鹿なことを言うな!」
黒田は歯を食いしばった。
「お前を助けるために、あいつまで壊れるんだぞ!」
「NEXUSは壊れない!」
「そんな保証がどこにある!」
黒田の声が、わずかに震えた。
NEXUSの身体が限界に近いことは、黒田にも分かっていた。
あの光が何なのかも分からない。
それでも、なおくんは信じていた。
そのとき、通路の向こうから爆音が響いた。
炎が壁をなめるように走る。
黒田はなおくんを抱き上げ、走り出した。
「くそっ……!」
天井の一部が崩れ落ちる。
黒田はなおくんをかばい、床へ転がった。
瓦礫が背中をかすめる。
「うっ……!」
「黒田さん!」
「……大丈夫だ」
黒田は息を切らしながら、なおくんを立たせた。
「走れ!」
だが、出口への通路は炎に塞がれていた。
黒田の顔から血の気が引いた。
「……嘘だろ」
逃げ道がない。
その瞬間、燃え盛る炎の向こうから、ひとつの影が現れた。
「なおくん!」
「NEXUS!!」
NEXUSだった。
右腕は垂れ下がり、胸部装甲は大きく破損している。
片脚を引きずりながら、それでもまっすぐ歩いてきた。
「遅くなりました」
なおくんが泣きながら飛びつく。
「NEXUSーっ!」
「……無事でよかった」
NEXUSはなおくんを抱き上げた。
その背後で、爆発が起きた。
炎が迫る。
「出口は塞がれています!」
黒田が叫んだ。
「どうする気だ!」
NEXUSは周囲をスキャンした。
頭上には換気ダクトがある。
その先は地上へ続く整備通路につながっていた。
「上から脱出します」
「そんなところ、通れるわけが――」
「通します」
NEXUSは壁を蹴り、残った左腕で鉄製の格子を引き剥がした。
火花が散る。
格子が床へ落ちた。
NEXUSはなおくんを抱えたまま、狭い通路へ身体を滑り込ませた。
黒田は一瞬、二人を見た。
次の瞬間、自分も通路へ飛び込んだ。
「くそっ、こんなところで死んでたまるか!」
その直後。
背後で、施設が大爆発した。
轟音。
衝撃波。
通路全体が激しく揺れた。
NEXUSは、なおくんをかばうように身体を丸めた。
次の瞬間、背中に何かが激突した。
「――っ!」
NEXUSの身体が前方へ吹き飛ばされた。
床を転がり、壁に叩きつけられる。
視界が明滅した。
《背部装甲:損傷》
《駆動系:異常》
《コア出力:低下》
「……何ですか、これは」
NEXUSは、ゆっくりと身体を起こした。
背中が熱い。
いや、熱いだけではない。
焼けるような感覚が、身体の奥まで広がっていた。
「……痛い?」
NEXUSは、自分の手を見つめた。
これまで、損傷は単なる数値だった。
部品の破損。
駆動系の異常。
修復に必要な時間。
それだけだった。
なのに、今は違う。
背中が痛い。
腕を動かそうとすると、さらに痛みが走る。
NEXUSは、思わず動きを止めた。
「……なぜ?」
痛覚センサーは搭載されていない。
損傷を検知する機能はある。
しかし、この感覚はデータだけでは説明できなかった。
「私は……なぜ、痛みを感じているのですか?」
答える者はいなかった。
「NEXUS!」
なおくんが駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
NEXUSは答えようとした。
けれど、再び背中に鋭い痛みが走った。
「……っ!」
声が途切れた。
なおくんが、涙を浮かべた目でNEXUSを見つめる。
「痛いの?」
NEXUSは、すぐには答えられなかった。
自分でも、分からなかった。
なぜ痛いのか。
なぜ、今まで感じなかったものを感じるのか。
そして、なぜ、なおくんが傷つきそうになったとき、自分の身体が勝手に動いたのか。
「……分かりません」
NEXUSは、初めてそう答えた。
「私にも、分からないのです」
それでも、NEXUSは立ち上がった。
壊れかけた脚が震える。
背中には、まだ痛みが残っている。
それでも、なおくんの前に立った。
「ですが……あなたを守ります」
なおくんは、NEXUSの手を握った。
「うん……」
NEXUSは、握られた手を見つめた。
自分の身体に残る痛み。
そして、なぜかその手を離したくないという感覚。
どちらも、これまでの自分にはなかったものだった。
「……理解できません」
NEXUSは、小さく呟いた。
自分の身体に、何が起きているのか。
その答えは、まだ分からなかった。
*
地上。
燃え上がる施設の前で、黒田は膝に手をついて息を切らしていた。
「……くそっ。全部、台無しだ」
炎を見つめながら、黒田は端末を取り出した。
画面には、破損した施設の管理データが表示されている。
その中に、ひとつのファイルが残っていた。
《BODY ZERO計画》
《コア構成:人工演算回路/生体由来組織》
《生体組織:人間の脳細胞》
「……人間の脳細胞?」
黒田は眉をひそめた。
自分が欲しかったのは、NEXUSの技術だった。
ロボットを操り、世界を支配するための力。
そのコアに、なぜ人間の脳細胞が使われているのか。
「……何なんだよ、これは」
さらに下の項目を開こうとした瞬間、画面が切り替わった。
《アクセス権限なし》
「ふざけるな!」
黒田が端末を叩く。
そのとき、背後から声がした。
「黒田」
振り返ると、武装した男たちが立っていた。
先頭の男が、銃を構えている。
「機密情報を閲覧したな」
「お前ら……!」
「計画の情報を知った者を、放置するわけにはいかない」
「待て! 俺はお前たちに協力したんだぞ!」
「協力?」
男は冷たく笑った。
「お前は、利用されていただけだ」
黒田の表情が凍りついた。
「……何だと?」
「NEXUSを誘い出すために、お前の欲望を利用した。お前が世界を支配したいと考えていることも、最初から把握していた」
「ふざけるな……!」
「お前の野望など、我々には関係ない」
男が銃を構え直す。
「端末を渡せ」
黒田は端末を握りしめた。
ここで渡せば、何も残らない。
NEXUSも手に入らなかった。
世界を支配する計画も失敗した。
それどころか、自分まで消される。
「……嫌だね」
黒田は端末をポケットにしまった。
「俺は、まだ終わってない」
男の目が細くなる。
「撃て」
銃声が響いた。
黒田は身を翻し、炎の向こうへ走り出した。
その背後で、再び爆発が起きた。
*
夜明け前。
廃工場から離れた道路脇。
NEXUSは、なおくんを隣に座らせ、損傷した身体を診断していた。
《損傷率:91%》
《コア出力:低下》
《緊急停止まで:推定60秒》
「……修復が追いつきませんね」
「NEXUS、目を閉じないで」
なおくんが、NEXUSの手を握った。
「お願い……」
「……大丈夫です」
NEXUSは答えた。
しかし、視界は何度も暗くなった。
そのとき。
《緊急記録へのアクセスを許可》
視界に文字が浮かび上がった。
《BODY ZERO計画》
《コア構成:人工演算回路/生体由来組織》
《生体組織:人間の脳細胞》
NEXUSは、その文字を見つめた。
「……人間の、脳細胞?」
自分の内部に、人間の脳細胞が存在する。
その情報が何を意味するのか、NEXUSには分からなかった。
さらに、ひとつのファイルが開いた。
《生体組織提供者:記録非公開》
《提供者の子ども:所在確認》
《対象識別情報:最終照合待ち》
「……提供者の、子ども?」
NEXUSは、隣に座るなおくんを見た。
その瞬間。
《対象との接触を確認》
《最終照合を開始》
NEXUSの視界に、ひとつの名前が浮かび上がった。
しかし、データは最後まで表示されなかった。
《照合エラー》
《最終ファイル:破損》
「……なぜ、君の情報が?」
「NEXUS?」
なおくんが顔を上げた。
NEXUSは答えられなかった。
コアの秘密。
人間の脳細胞。
そして、なおくんの情報に反応するシステム。
すべてがつながっているように思えた。
だが、確かなことは何ひとつ分からない。
そのとき、胸の奥から声が響いた。
――たすけて。
NEXUSは、胸に手を当てた。
「……あなたは、誰なのですか」
返事はなかった。
ただ、胸の奥に残る痛みだけが、消えずに続いていた。
なぜ痛いのか。
なぜ、自分の身体にこんな感覚があるのか。
NEXUS自身にも、分からなかった。
それでも、なおくんの手を握り返した。
「……行きましょう」
「どこへ?」
「真実を確かめに」
なおくんは頷いた。
「うん!」
二人は、夜明けの道路を歩き始めた。
その背後。
炎に包まれた施設の残骸で、ひとつの端末が再起動した。
《BODY ZERO:稼働確認》
《回収作戦:第2段階へ移行》
画面に、最後の指令が表示された。
《対象NEXUSおよび生体組織関連人物を確保せよ》
そして、画面は暗転した。
――第8話・了――
ストーリー制作・監督 葉流風あやめ
文章制作 ChatGPT




