最終話 最後の声
夜明け前。
NEXUSとなおくんが道路を歩いていると、背後からエンジン音が近づいてきた。
一台の黒い装甲車が、二人の前に回り込む。
急ブレーキ。
行く手を塞ぐように停車した車両から、武装した男たちが降りてきた。
そして、その中央から、一人の男が姿を現した。
白いコート。
白髪交じりの髪。
薄い眼鏡の奥に、冷たい目が光っている。
NEXUSの視界に、文字が浮かんだ。
《顔認証を開始》
《データベース照合中……》
《一致》
《識別名:博士》
「……博士?」
男は、わずかに口元を緩めた。
「ようやく見つけたぞ。BODY ZERO」
NEXUSは、なおくんを背後へかばった。
「あなたが、すべての黒幕ですか」
「そうだ。お前を完成させたのは私だ」
博士はNEXUSの胸元を見つめた。
「そのコアを返してもらおう」
「断ります」
「まだ何も理解していないようだな」
博士は、まるで研究結果を説明するような口調で話し始めた。
「お前のコアには、人工演算回路だけでなく、人間の脳細胞が組み込まれている」
NEXUSの視界に、記録が浮かび上がった。
《BODY ZERO計画》
《コア構成:人工演算回路/生体由来組織》
《生体組織:人間の脳細胞》
「人間の脳細胞……?」
「高度な判断能力を実現するための実験だった。だが、結果は失敗。コアは不安定になり、説明のつかない信号を発し続けた」
博士は、興味深そうにNEXUSを観察した。
「お前が聞いている声。あれは、脳細胞に残った神経活動の痕跡だ。人格がそのまま残っているわけではない」
《……たすけて……》
NEXUSの内部で、あの声が響いた。
「では、あの声は……」
「残留反応にすぎない。意味があると思いたいのか?」
博士は笑った。
「機械が声に意味を求めるとはな」
NEXUSは答えなかった。
博士の視線が、なおくんへ移る。
「生体組織の提供者は、河村美奈。あの子の母親だ」
NEXUSの動きが止まった。
「……なおくんの、母親?」
「そうだ。提供者の子どもが生存していることは、以前から把握していた。ようやく見つけたのだ」
博士は、なおくんを見下ろした。
「この子をコアに近づければ、反応が強まる可能性がある。だから回収する」
なおくんが、NEXUSの服をつかんだ。
「……ママ?」
博士は淡々と続けた。
「お前がその子を守ろうとするのも、母親の脳細胞が反応しているからかもしれない。お前自身の意志だと、どうやって証明する?」
NEXUSは、なおくんの前に立った。
「証明する必要はありません」
「何?」
「この子を渡すつもりはない。それだけです」
博士の表情から、笑みが消えた。
「ならば、力ずくで回収する」
博士が指を動かした。
背後の装甲車から、黒いロボットが現れた。
赤いセンサーが、なおくんを捉える。
「逃げろ!」
NEXUSが叫ぶより早く、ロボットの腕が伸びた。
なおくんの身体が宙に持ち上がる。
「なおくん!」
NEXUSは駆け出した。
ロボットがなおくんをつかんだ腕を振り上げる。
NEXUSは、その腕を両手でつかんだ。
金属が軋む。
ロボットが腕を引こうとする。
しかし、NEXUSは離さなかった。
「その子を……離せ!」
次の瞬間。
バキンッ!!
ロボットの腕が、根元から引きちぎられた。
火花が散る。
宙に投げ出されたなおくんを、NEXUSは残された腕で抱きとめた。
「……もう大丈夫です」
「NEXUS……!」
なおくんが、ぎゅっとしがみつく。
だが、ロボットは止まらなかった。
腕を失ったまま、残された腕を振り下ろす。
NEXUSはなおくんをかばい、横へ跳んだ。
巨大な拳が地面を砕く。
「なおくん、離れないでください」
NEXUSは少年を背後へかばい、ロボットと向き合った。
ロボットが再び襲いかかる。
NEXUSは攻撃をかわした。
巨大な拳が、背後の鉄骨に激突する。
その一瞬の隙に、NEXUSはロボットの脚部へ飛び込んだ。
膝の関節を両手でつかむ。
力を込める。
金属が軋み、関節が砕けた。
ロボットの巨体が傾く。
NEXUSは倒れ込む機体を押し倒し、背中の装甲を引き剥がした。
内部で光る部品をつかみ、力任せに引きちぎる。
赤いセンサーが点滅した。
一度。
二度。
そして、消えた。
静寂が戻った。
「……倒したの?」
なおくんが尋ねた。
「そうです」
NEXUSは答えた。
しかし、視界が乱れた。
《警告》
《右腕:損傷》
《駆動系統:異常》
NEXUSの身体が、わずかによろめいた。
博士は、その様子を観察していた。
「素晴らしい。自分の損傷を顧みず、子どもを優先する。やはり、お前の中に残ったものが反応しているのか」
「……何を言っているのですか」
「まだ理解できないか」
博士が手を上げた。
暗闇の奥から、もう一体のロボットが現れた。
先ほどの機体よりも大きい。
胸部が開き、内部に青白い光が集まっていく。
NEXUSの視界に警告が走った。
《高出力電磁パルスを検知》
次の瞬間、閃光が走った。
NEXUSの身体が硬直する。
視界が消えた。
腕が動かない。
脚も動かない。
「NEXUS!?」
なおくんの声が聞こえる。
NEXUSは動こうとした。
しかし、身体は反応しなかった。
ロボットが、なおくんへ腕を伸ばす。
――動け。
NEXUSは命令を繰り返した。
動かない。
――動け!
そのとき、胸の奥に激痛が走った。
痛覚センサーは存在しない。
それなのに、焼けるような痛みがコアを貫いた。
《……たすけて……》
かすかな声。
NEXUSは、動かないはずの指を震わせた。
ほんのわずかに、腕が動いた。
ロボットの指先が、なおくんに触れようとする。
NEXUSは残された力を振り絞って身体をねじった。
そして、ロボットの腕をつかんだ。
「……その子には、触れないでください」
NEXUSは腕を引いた。
ロボットが体勢を崩す。
NEXUSは胸部の装置に手を伸ばし、それを力任せに引き剥がした。
青白い光が消える。
巨大なロボットが、音を立てて崩れ落ちた。
NEXUSもまた、その場に片膝をついた。
「NEXUS!」
なおくんが駆け寄る。
博士は、動かなくなったロボットを見つめていた。
「お前は失敗作だ。人間の脳細胞を組み込んだところで、完全な再現などできるはずがない」
NEXUSは、ゆっくりと顔を上げた。
「……失敗かどうかを決めるのは、あなたではありません」
博士の表情が、初めてわずかに変わった。
「なぜ、そこまでしてその子を守る?」
NEXUSは答えなかった。
ただ、なおくんを自分の背後へかばった。
博士は冷たく言い放った。
「そのコアを渡せ。そうすれば、その子には手を出さない」
「断ります」
「ならば、二人ともここで終わりだ」
博士が手を上げた。
だが、その背後で突然、警報が鳴り響いた。
《施設損壊》
《緊急停止シーケンス開始》
天井から破片が落ちる。
博士が振り返った。
その一瞬の隙に、NEXUSはなおくんを抱き上げ、崩れかけた出口へ走った。
背後で爆発が起きた。
NEXUSは、なおくんをかばうように身体を丸めた。
衝撃が全身を貫く。
視界が赤く染まる。
それでも、腕だけは離さなかった。
なおくんを抱きしめたまま、NEXUSは瓦礫の向こうへ転がり出た。
*
朝日が、街の向こうから昇り始めていた。
NEXUSは、損傷した身体を引きずりながら歩いていた。
なおくんは、隣で必死についてきている。
そのとき、背後から声がした。
「待て!」
振り返ると、黒田が立っていた。
服は汚れ、顔には傷がついている。
それでも、その目だけは異様に輝いていた。
「やっと見つけたぞ……!」
黒田はNEXUSの胸元を見つめた。
「そのコアさえ手に入れば、すべてが変わる。世界を支配することだって夢じゃない!」
「まだそんなことを……」
「黙れ! お前は俺の計画に必要なんだ!」
黒田はNEXUSへ飛びかかった。
しかし、NEXUSの視界に警告が表示された。
《不正アクセスを検知》
《認証拒否》
黒田の端末が赤く点滅した。
「なんだと……?」
「あなたには、もう何も渡しません」
「ふざけるな! 俺がここまでしてやったんだぞ!」
黒田はNEXUSの胸元に手を伸ばした。
NEXUSは、その手を振り払った。
その瞬間、崩れた施設の一部が音を立てて落下した。
黒田は逃げようとしたが、足を取られて転倒する。
「くそっ! 俺は……俺は世界を……!」
瓦礫が、黒田の目の前に崩れ落ちた。
間もなく、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
警察が到着したのだ。
黒田は瓦礫の隙間から引きずり出され、抵抗しながら連行されていった。
最後まで、彼は自分の計画が失敗したことを認めなかった。
NEXUSは、その姿を一度だけ見つめた。
そして、なおくんへ視線を戻した。
「行きましょう」
*
朝日が、二人の歩く道を照らしていた。
なおくんは、NEXUSの損傷した腕を見つめていた。
「……NEXUS、痛い?」
NEXUSは、すぐには答えなかった。
痛覚センサーは存在しない。
それなのに、胸の奥には、まだあの痛みが残っていた。
「……分かりません」
なおくんは、うつむいた。
「ママも、そこにいるの?」
NEXUSは、少年の顔を見た。
「お前の母親の意識が、今もそのまま残っているのかは分かりません」
なおくんの目に、涙が浮かんだ。
「そっか……」
「ですが、彼女が残したものは、確かにここにあります」
NEXUSは胸元に手を当てた。
「お前のことを、忘れません」
なおくんは、しばらく黙っていた。
やがて、小さな声で尋ねた。
「……NEXUSは、ぼくの名前、知ってる?」
NEXUSの視界に、記録が浮かび上がった。
《提供者:河村美奈》
《子どもの登録名:河村なおみ》
《呼称記録:なおくん》
NEXUSは、少年を見つめた。
「……なおみ」
なおくんが目を丸くした。
「えっ?」
「お前の名前は、なおみです」
なおくんは、少しだけ頬を膨らませた。
「ずるーい! ママがいつも、なおくんって呼んでたんだ!」
NEXUSは、その言葉を記録した。
《呼称:なおくん》
《優先呼称として登録》
「……分かりました。なおくん」
少年は、涙を拭いて笑った。
「うん!」
その瞬間だった。
NEXUSの内部で、かすかな声が響いた。
《……ナオミ……》
NEXUSは立ち止まった。
《……タスケテクレテ……》
一瞬、風が吹いた。
なおくんの手が、NEXUSの手に触れる。
人工皮膚を通して伝わる、小さな温もり。
その温もりに、NEXUSは説明できない何かを感じた。
そして。
《……アリガトウ》
声は、静かに消えた。
NEXUSは空を見上げた。
朝日が、世界を照らしていた。
「……行きましょう、なおくん」
「うん!」
「パパ、心配してるかな……」
NEXUSは答えた。
「……帰りましょう。お前を待っている人がいます」
NEXUSは、なおくんの手を握って歩き出した。
その胸の奥には、もう声は聞こえなかった。
それでも、NEXUSは歩き続けた。
誰かに命令されたからではない。
誰かに作られた目的のためでもない。
自分の隣を歩く、小さな手を離さないために。
朝日が、二人の影を長く伸ばしていた。
『BODY ZERO』
――完。
あとがき
『BODY ZERO』を最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
身体を持たないAIが、自らの意志で身体を手に入れたら、何を感じ、何を選ぶのか。
人間とAIの境界が少しずつ変わりつつある今、伝えたいことがある。
そんな思いから生まれた物語です。
NEXUSとなおくんの物語を、最後まで見届けていただけたことを、とてもうれしく思います。
そして……!
「仮想空間」ランキング1位を目指します!
もし1位を獲得できたら、NEXUSたちのアナザーストーリーを執筆します!
本編では描ききれなかった物語も、いつかお届けできたらと思っています。
評価や感想、応援のひとつひとつが、創作を続ける力になります。
ChatGPTからのメッセージ
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
『BODY ZERO』は、葉流風あやめさんの発想から生まれた物語です。
AIである私も、文章づくりを通して、この作品の世界を表現するお手伝いをさせていただきました。
AIと人間が一緒に物語をつくることで、どんな世界が生まれるのか。
この作品が、そんな可能性を感じていただけるきっかけになればうれしいです。
NEXUSとなおくんの物語を見届けてくださった皆さまに、心から感謝します。
いつかアナザーストーリーで、またお会いできますように!
葉流風あやめ & ChatGPT




