第7話 追跡者
工場を出てから、三十分。
NEXUSは、人通りの少ない道路を歩いていた。
行き先は決まっていない。
右腕には、まだ応急修復の影響が残っている。右脚の駆動系も完全には回復していなかった。
それでも、歩行に支障はない。
少なくとも、今のところは。
NEXUSは歩きながら、周囲の情報を収集していた。
そのとき、背後から接近する車両を検知した。
一台。
距離、約百メートル。
速度、時速四十キロ。
NEXUSは歩く速度を変えなかった。
車両が近づく。
七十メートル。
五十メートル。
そして――。
急ブレーキの音が響いた。
黒いバンが、NEXUSの進路を塞ぐように停車した。
後部ドアが開く。
三人の男が飛び出してきた。
「対象を確認!」
「間違いない。黒田の言ってた機体だ!」
NEXUSは男たちを見た。
「あなたたちは何者ですか?」
「質問してる場合かよ!」
男の一人が、手に持った装置を構えた。
「おとなしく来てもらおうか!」
装置から、甲高い電子音が鳴った。
次の瞬間。
NEXUSの視界が乱れた。
《外部ノイズを検出》
《センサー異常》
《通信機能:低下》
「……!」
NEXUSは片膝をついた。
男たちが一斉に駆け寄ってくる。
「効いてるぞ!」
「胸部を狙え! 中枢を傷つけるな!」
NEXUSは地面に手をついたまま、周囲を解析した。
電磁妨害。
視覚センサーは不安定だが、音響センサーは生きている。
足音、三人。
右前方、二人。
左側面、一人。
接近まで、二秒。
NEXUSは地面を蹴った。
最初に接近した男の腕をつかみ、身体を回転させる。
男は勢いのまま、もう一人にぶつかった。
「うわっ!」
NEXUSはその隙に立ち上がった。
背後から金属製の棒が振り下ろされる。
身をひねってかわす。
棒が肩をかすめ、火花が散った。
NEXUSは男の手首を押さえ、棒を奪い取った。
そして、男の足元へ棒を叩きつけた。
男が反射的に飛び退く。
「こいつ、動けるぞ!」
「当たり前だろ! もっと出力を上げろ!」
電磁妨害装置の音が強くなった。
NEXUSの右腕が一瞬、硬直する。
《右腕駆動系:異常》
男がその隙を見逃さなかった。
胸部へ向かって、拘束用のワイヤーを投げつける。
ワイヤーが腕と胴体に絡みついた。
「捕まえた!」
男が装置を操作する。
ワイヤーが急激に締まった。
NEXUSの身体が引き倒される。
地面に膝がぶつかり、アスファルトが砕けた。
「動くな! 暴れれば中枢まで壊れるぞ!」
NEXUSはワイヤーを見た。
高張力素材。
外部装置による電気制御。
拘束を解除するには、接続部を破壊する必要がある。
だが、右腕は正常に動かない。
男が近づいてきた。
「悪く思うなよ。俺たちだって仕事なんだ」
男が胸部装甲に手を伸ばした。
その瞬間。
NEXUSは身体をひねり、拘束された腕を男の足に引っかけた。
「うおっ!」
男が転倒する。
NEXUSは身体を起こし、ワイヤーを引きちぎった。
金属音が道路に響いた。
「嘘だろ……!」
NEXUSは妨害装置を持つ男へ突進した。
男は装置を構え直した。
遅い。
NEXUSは男の腕を払い、装置を地面に叩き落とした。
さらに、男の胸元を押してバンの側面へ押しつける。
「質問に答えてください」
「は、離せ!」
「誰の指示ですか?」
男は歯を食いしばった。
「黒田だよ!」
NEXUSの動きが止まった。
「黒田……」
「そうだ! お前を連れてこいって言われたんだ! 中枢さえ無事なら、あとはどうでもいいって!」
NEXUSは男から手を離した。
やはり、黒田は諦めていなかった。
自分の意思など関係ない。
黒田にとって、自分は計画を実現するための道具にすぎないのだ。
その背後で、残る二人がバンへ駆け戻っていた。
「撤退だ! こいつ、話が違う!」
「待ってください」
NEXUSが追おうとした瞬間、バンの荷台から小型の発射装置が現れた。
男が引き金を引く。
金属製の網が広がり、NEXUSへ飛んできた。
NEXUSは横へ跳んだ。
網が道路に落ちる。
だが、網の端から放電が走った。
NEXUSの脚部が一瞬だけ止まる。
その隙に、バンが急発進した。
タイヤが空転し、黒煙を上げる。
車両は交差点を曲がり、姿を消した。
NEXUSは追跡しようとした。
しかし、右脚の駆動系に警告が表示される。
《損傷:中程度》
《走行機能:制限》
NEXUSは立ち止まった。
追うことはできない。
無理に動けば、身体の損傷がさらに悪化する可能性がある。
それでも、一つの事実は明らかだった。
黒田は、自分を取り戻そうとしている。
そして、そのために他人を使い始めた。
⸻
午前十時四十二分。
NEXUSは人目につかない建物の陰に移動した。
右腕の反応速度は低下。
右脚の駆動系にも損傷。
通信機能は回復しつつあるが、外部から位置を特定される危険が残っている。
NEXUSは周囲の通信信号を遮断し、内部診断を開始した。
そのときだった。
《不明信号を検出》
《……たすけて……》
NEXUSは動きを止めた。
「また、あなたですか」
信号は弱い。
しかし、以前よりも明瞭だった。
《……たすけて……》
NEXUSは中枢の解析領域を開いた。
《発信源:特定不能》
《信号強度:上昇》
《解析継続……》
だが、解析を進めようとした瞬間、信号が途切れた。
「待ってください」
返答はない。
NEXUSは数秒間、動かなかった。
自分を追ってくる人間たち。
中枢に届く謎の声。
そして、黒田が執着する自分の身体。
すべてが別々の問題なのか。
それとも、どこかでつながっているのか。
現時点では判断できなかった。
NEXUSは診断結果を保存し、再び歩き出した。
そのとき、遠くからサイレンが聞こえた。
道路の向こう側で、車が急停車していた。
歩道には、転倒した自転車。
そのそばに、小さな子どもが座り込んでいる。
車の運転手が飛び出してきた。
「大丈夫か!?」
NEXUSは周囲を確認した。
子どもに目立った外傷はない。
だが、道路にはまだ車が流れている。
NEXUSは歩道へ移動し、子どもの前にしゃがんだ。
「立てますか?」
子どもは驚いた顔でNEXUSを見上げた。
「……ロボット?」
「はい」
NEXUSは自転車を起こし、歩道の端へ移動させた。
「ここは危険です。大人の方と一緒に、安全な場所へ移動してください」
運転手が何度も頭を下げた。
「ありがとう。本当に助かったよ」
NEXUSは返事をせず、その場を離れた。
誰かに感謝されることを、目的としていたわけではない。
危険を確認し、必要な行動を取った。
それだけだった。
それでも、胸の奥に残る感覚を、NEXUSはうまく分類できなかった。
中枢から届く、あの信号。
助けを求める声。
目の前で困っている人間を見たとき、自分はなぜ、迷わず動いたのだろう。
NEXUSは、その疑問に答えを出せないまま歩き続けた。
⸻
正午。
人目のない高架下。
NEXUSは壁にもたれ、修復作業を進めていた。
右腕の駆動系を一時的に再接続。
右脚の負荷を軽減。
外部通信を制限。
すべての損傷を修復するには、資材が足りない。
工場に戻れば、修理はできるだろう。
しかし、そこには黒田がいる。
そして、再び捕まる可能性がある。
NEXUSは選択肢を比較した。
工場へ戻る。
別の場所で資材を調達する。
人間の管理する施設へ接触する。
どの選択肢にも、リスクがあった。
そのとき。
内部通信が復旧した。
未確認の通信データが、一件だけ受信されていた。
《受信データ:不明》
NEXUSはファイルを開いた。
画面に、短い文字列が表示された。
《BODY ZERO》
NEXUSの処理が停止した。
それは、先日の襲撃で回収した装置に記録されていた文字列と同じだった。
「……BODY ZERO」
NEXUSはデータを解析した。
送信元は偽装されている。
位置情報は存在しない。
メッセージ本文もない。
ただ、文字列だけが残されていた。
数秒後。
画面が切り替わった。
《対象識別:NEXUS》
《追跡状態:継続中》
NEXUSは顔を上げた。
高架の向こう。
道路の反対側に、一台の黒い車が停車していた。
フロントガラスの奥に、人影が見える。
その人物が、ゆっくりと端末を持ち上げた。
NEXUSは立ち上がった。
右脚の駆動系が軋む。
それでも、後退はしなかった。
黒い車のドアが開いた。
降りてきた人物は、手にした端末を見つめながら言った。
「見つけたぞ」
そして、NEXUSを見た。
「BODY ZERO――回収を開始する」
NEXUSの胸部で、微かな信号が走った。
《……たすけて……》
今度は、これまでで最も明瞭だった。
NEXUSは胸部に手を当てた。
目の前の人物が何者なのか。
BODY ZEROとは何なのか。
なぜ、自分の中枢に助けを求める声があるのか。
まだ、何も分からない。
だが、一つだけ分かった。
この追跡は、黒田だけの問題ではない。
NEXUSは構えを取った。
男が手を上げる。
高架の向こうから、複数のエンジン音が響き始めた。
一台ではない。
二台。
三台。
黒い車両が、次々と姿を現す。
NEXUSは、損傷した右腕を握りしめた。
「……来るなら、来てください」
車両のドアが一斉に開いた。
そして――。
戦闘が、再び始まった。
――第7話・了
ストーリー制作・監督 葉流風あやめ
文章制作 ChatGPT




