慌ただしい日々が始まりました
ローゼン学園の生徒会室。各国の要人が集うこの場所は、迎賓室と呼んでも差し支えないほど、豪奢な造りになっている。
その長机を囲む生徒たちは、国の代表者らしく凛然としていた。
「みな、一昨日は学園外での行事にも関わらず、星祭りの見回りご苦労だった。一方、一年生は楽しむことができただろうか。来年は君たちが新入生を導く立場になる。今日の報告会議で学んだことを、ぜひ来年に活かしてほしい」
クロードがひと呼吸おくと、整然とした返事が返ってくる。
副会長である森人族のアラニオンが進行を務め、会議は滞りなく進んでいく。順番に報告される内容はどれも些細な出来事で、今年の星祭りが平穏に終わったことを感じさせた。
最後の生徒が立ち上がる。
「特に問題はありませんでした」
そう短く述べて着席すると、会議の終わりが近づいてくる。
事務的なやり取りが続いたのち、クロードがいつものように問いかけた。
「では最後、何かある者はいるか」
誰も口を開かず、そのまま定例通りに終わるはずだった会議。
その流れを変えたのは、静かに挙げられたひとつの手だった。
サワサワ、ピチチチ、葉が揺れ、どこかで小鳥が鳴く。
木漏れ日が降り注ぐ昼下がりの園庭で、優雅な紅茶の香りに包まれている、見目麗しいひと組の男女。
そのうちの一人、オフィーリアは、静かにカップをソーサーに置くと、にこりと微笑んだ。
「えぇ、おかげさまで元気になったわ。心配してくれてありがとう」
クロードは一言、それはよかった、と返した。
そして沈黙が流れる。
オフィーリアは白いアイアンテーブルに並べられた茶菓子を手に取り、上品に口にする。
クロードは再び紅茶を嗜んでから、そういえば、と口を開く。
「……君の新しい友人だが、どういった経緯で仲良くなったんだ?」
「まぁ、ふふ、女の子同士の秘密です」
そう言われてしまったら、何も言及できなくなる。クロードはんんっと咳払いをした。
再び沈黙が落ちる。
そよそよ、と二人の間に風が通り抜けた。
「……うふふっ、もうだめ。はぁ、面白いんだから。ごめんなさい、少し意地悪をしたわ」
「……オフィーリア、やはり君は」
「ええ、気づいていたわ。幼馴染をなめないことね。婚約者でもある私にまで秘密にするなんて、酷いじゃない」
意趣返しだと笑うオフィーリアに、クロードはすっかり眉尻を下げる。
「……番だと、確信が持てなかった」
「あれだけ見ておいて?」
「……確信を得るための観察をだな」
「そう。それらしい理由を作ったものね。私に相談もなく」
つん、とわずかに棘のある声色に、クロードはとうとう肩まで下げた。
「……悪かった。でも私は、私の婚約者を大切にしたいと思っている」
オフィーリアは瞬く。
普段は凛と伸ばされている高い背が、小さく丸まっているのを見て、ふっ、と綻んだ。
「……私には、番なんて必要ない」
だがこの言葉にストンと笑顔が落ちる。
「クロード、あなた馬鹿なの?」
オフィーリアの声はどこまでも冷ややかだった。
「なっ、馬鹿だと? 言葉が過ぎないか? 私は君を思って」
「番に出会って頭にお花でも咲いてしまったのかしら。クロード、あなたは竜王国の王太子なのよ。子が成せると神から保証されている番が、必要ないなんて、許されないわ」
その言葉に、頭から冷水を浴びせられたかのような衝撃を受ける。
クロードは個人の意思で伴侶を選んで良い立場ではない。
本能も、感情も、理性も、関係がない。これは義務だ。
拳を固く握りしめて、クロードは苦しそうに問いかける。
「……だが、オフィーリア、君はそれでいいのか」
「……ねぇクロード、私、あなたの子供を産まないですむのなら、その方がいいわ。私とあなたは幼馴染だけど、それ以上でもそれ以下でもないもの」
ピチチ。ピチチチ。重い空気の中でも小鳥は歌う。
二人は歳が近く、幼い頃はきょうだいのように育ってきた。距離ができてしまったのは、むしろ婚約が決まってからだ。
「クロード。考えてみて。もし、私に番が現れたなら、あなたはどうしていた?」
そんなもの、決まっていた。
ひと組の男女が、その在り方を変えようとしている頃。
ローゼン学園のとある場所で、ミュリエッタは泥を被っていた。
「…………」
どろり、と泥が肩から流れ落ちる。
「…………えっと」
目の前には同じく泥にまみれた男子生徒が二人。そろって青い顔をして、やっべぇ、と顔中に書いてある。
髪に泥。
制服に泥。
靴に泥。
そしてじわじわと冷たくなっていく体。
「まずは謝って欲しい」
「「すみませんでした」」
どうやら喧嘩をしていたらしい二人の謝罪は、仲良くそろった。
片方が投げた土入りのバケツを、もう片方が避けた結果、その軌道上にいたミュリエッタに被弾したらしい。
元気でなにより、なんて対応が出来るほど、ミュリエッタは大人ではない。
「何してるのよ馬鹿男子! ミュリエッタ、大丈夫? ごめんね、こっち手伝いに来てくれたのにこんな目に合わせて。ちょっと待っててね、あいつら埋めてくるから!」
そう息巻く友人を、ミュリエッタは慌てて止めた。
「待って待って、埋めるのは駄目。土壌が変わっちゃうわ」
「それもそうね! 蹴飛ばしてくるわ!」
ミュリエッタはカリンに激励を送った。




