夢の学園生活が終わりました
思考を放棄してしまいそうになる頭を、必死に働かせる。
これは一体全体どういうことだろう。
よりによってクロードに伝言を頼んだオフィーリアの真意が、ミュリエッタはわからない。
何かを試されているのだろうか。
(もしくは正常な判断が出来なくなってしまうほど、具合が悪くなられたのかしら……)
それはあまりに自分に都合が良すぎると、ミュリエッタは思い直す。
オフィーリアの真意が何であれ、自分が取るべき行動は変わらない。
(しっかりしなさいミュリエッタ、私は当て馬なのよ、当たりに行かなくてどうするの!)
ミュリエッタは、よし、と意気込んでから、目の前のクロードに礼儀正しく向き合った。
「ロロニアスさまのことを伝えに来てくださりありがとうございます。私はミュリエッタ・クララベールと申します。以前ロロニアスさまのお茶会にお誘い頂きましてから、気にかけていただいております」
「私はクロード・ドラクヴァルだ。生徒会で会長を務めている。君とは前に図書館で会ったな。その後どこか体に不調をきたしていないだろうか」
クロードは口調は堅いが、穏やかな話し方をする。高貴な身分の人にありがちな高圧的な態度もとらない。ミュリエッタはクロードの学園での人気者っぷりに心から納得した。
「この通り元気です!」
「それは喜ばしいことだ。君はこの後どうする? 星祭りに行くのなら、途中まで案内しよう。生徒会の仕事で見回りに行かなくてはならないから、ずっと付き添うことは出来ないが」
ミュリエッタは逡巡する。異種族が集う街の祭りに行くことを、とても楽しみにしていた。カリンには本当に申し訳ないが、一人で行っても楽しめる自信がある。
けれど夜の街を一人で歩く危険性だって、きちんと理解していた。
好奇心が危機感を凌駕する、なんてことが多々あるミュリエッタは、冷静なうちによく考えて行動するようにしている。
「そう、ですね……行きたい気持ちと、一人じゃ危ない、という気持ちが喧嘩しております」
「危機管理がしっかりしている証拠だ。そうだな……人混みが苦手でなければ、大通りを通るといい。脇道などには入らないように。メインイベントが終わったら、寮に帰る生徒たちと一緒に戻ること。変な輩に絡まれたら私の名前を出してもいい。お使いを頼まれている、とでも。私は一緒に居てやることはできないが、気にとめておくから、楽しんでおいで」
ミュリエッタの危機感は、クロードの言葉にあっさりと溶けてしまった。
いつか好奇心で身を滅ぼすかもしれない、なんて思いながら、ミュリエッタは足を前に一歩出した。
「生徒会のお仕事で、お祭りの見回りなんてなさるんですね」
「ああ、皆、自国の生徒が羽目を外しすぎないよう、目を光らせてるんだ。この街は学園都市と呼ばれてはいるが、その統治権は学園にはない。街で何か問題を起こせば、国交問題に繋がりかねないからな」
「確かにそれは由々しき事態ですね。国同士の親交を深める為に学園に入学したのに、その関係に亀裂を入れたとなれば、当人にとっても望ましい結果にはなりません。皆の為になっています。素晴らしいですね」
「そう褒められると、学園外でも生徒会活動を行う甲斐がある」
「やはり、お祭りの日にお仕事だなんて億劫ですか」
「楽しくはないな」
気安く笑うクロードは自然で、番に向けるような特別な感情は見受けられない。
ミュリエッタがクロードの番だなんて、オフィーリアの勘違いではないかと、そう思う。クロードがよく行く図書館にミュリエッタもよく居たから、とか、そんな理由ではないだろうか。
だとしたら、今このひと時は、とても貴重なものだ。
「……あの、失礼にあたったら申し訳ないのですけど、ひとつ、お伺いしたいことがありまして」
「……なんだろうか」
ごく、と喉を鳴らしたミュリエッタに、クロードが身構えた。
「あの、ですね」
「……あ、ああ」
「その頭にございます立派なお角には、専用のシャンプーとかあるのでしょうか?」
クロードは何故かたっぷりと間をあけてから答えた。
「…………ある」
「そうなんですね! それは精油のようなものですか? それともしっかり石鹸? 布でごしごしですか? 泡でもこもこですか?!」
「…………秘密だ」
「あっ、プライベートな内容なんですねごめんなさい!」
「…………」
ここまで、と言って行き先が別れるまで、クロードは神妙な面持ちをしていた。
当て馬として正しく振る舞えただろうか。
なんて気掛かりは、星祭りの楽しさでどこかに飛んでいってしまった。
屋台には見たことがない食べ物が並び、露店には本でしか知り得なかった工芸品が売られている。それらを販売している店主たちの種族も様々で、どこをどうとっても全く飽きることがない。
ミュリエッタの両手は戦利品でいっぱいだ。
これほど祭りを満喫している女の子はミュリエッタの他にいないだろう。こんなことならもっと大きな鞄でくればよかった、なんて思う始末だ。
ひとりでにこにこほくほくしているミュリエッタに声がかかる。知らない異性二人組だったので、ミュリエッタはありがたくクロードの名前を使わせてもらう。効果は抜群だった。
けれど次に声をかけてきた男性には効果が薄く、どうやら学園の生徒ではなかったようで、食い下がられてしまった。
オフィーリアが隣に並んでも恥ずかしくないよう、着飾ってきたことが仇になったらしい。
「君は俺の番かもしれない」
「気のせいだと思います」
一夜の遊び相手に異種族の異性はとても都合が良い。そういう行為をしても、責任が生まれないからだ。
足でも踏んづけてやろうかと思案していたところで、人混みの向こうからクロードが現れ、男を簡単にあしらったのち、颯爽と去っていってしまう。
ミュリエッタは早くなった心音に気づかないふりをして、星祭りのメイン会場へと向かった。
時計塔がある街の大広間。ここで星祭りのメインイベントが行われる。
『星送り』と呼ばれる儀式で、鎮魂と平和の願いを込めたランタンを、皆で一斉に夜空に放つ。
その光景は圧巻で、美しくて悲しい。
歓声が上がるなか、ミュリエッタは静かに祈る。
大戦で失われた命は、この光よりも多い。
その歴史に想いを馳せてから、情緒的な眺めを瞳に焼き付ける。
今、同じ景色をクロードも見ているのだろうか。
無意識に、雑踏の中から、その姿を探す。
見つけてしまわなければよかった。
人混みの、その少し向こう。建物の影に、金色の瞳。
笑いかけられたような気がした。
(ここからは、表情なんて、よくわからないのに……)
笑顔を向けて欲しいと思うから、そう見えるのだ。
この現象を、人がなんと呼ぶのか、ミュリエッタは知っている。
一章おわりです
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました
三章で完結する予定です
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それではまた、次のお話で




