不穏な学園生活が始まりました
落ち着かない昼食を終えて、食後独特の弛緩した空気が流れる。もちろん、ミュリエッタの背筋はしゃんと伸ばされたままなので、全く気は休まらない。
(カリン……あぁ、カリンが恋しい。カリンを熱で苦しめる病原に呪いあれ。あら、でも菌って呪ったら強くなってしまいそうね。どうしてやりましょう)
うっかり現実逃避しているミュリエッタに、そうとは知らないセシルがにこやかに話しかける。
「クララベール嬢は、まだ婚約者はいないんだったよね」
「はい。そしてセシルさまには、お国に素敵な婚約者さまがいらっしゃいますよね」
「素敵な、か……努力家では、あるんだけどね……」
いつもにこにこしている青い瞳が、どこか遠くを見た。その表情は妙に人間味があって、ミュリエッタは、おや、と親しみを覚える。
けれどすぐに、よく作られた笑みへと戻った。セシルは良くも悪くも王子様らしい王子様、というのがミュリエッタの印象だ。
「で、なんだけど、明後日の星祭りは誰かと約束していたりするのかな」
「いえ、一緒に行く予定だった友人が熱を出してしまいまして……」
「そうか! それは丁度よかった。あぁいや、そのご友人にはお大事にと伝えて」
ミュリエッタは怪訝な顔になる。
「隣の彼の名は、ユオ・サフォート。サフォート伯爵家の次男で歳は十八。僕の側近かつ腕も立つから護衛も兼ねてる。星祭りは彼と一緒に行ってみたらどうかな」
「…………ええっと」
ミュリエッタは察しが良い方だ。基本、権力には逆らわないし、流れに身を任せることの方が多い。
だが嫌なことはちゃんと嫌だという。
「私、忘れられない子がいるんです」
もちろん、郷には郷に従って。
これはご令嬢たちがその気のがない相手から言い寄られた時によく使う対処法だ。
その名も、他に好きな人がいるんです、作戦。
この場合、言い寄られた、とは少し異なるが、同じようなものである。
ミュリエッタは、いくら身の上が保証されていても、知らない男の人と二人きりで夜の街になんて、絶対に行きたくない。
「幼い頃を共に過ごした彼のことが今でも好きなのです。本の虫で家に引き篭もりがちだった私を、よく外に連れ出して、一緒に遊んでくれました。それはもう毎日のように。同じベッドで眠ったこともあるんですよ。彼はもう、会えない場所にいってしまいましたが、今でもその温かさを私は覚えています」
ちなみに彼とは昔飼ってた犬のヒューゴのことである。
嘘は一つもついていない。
「……そうか。でもユオはそれでも大丈夫だよ。度量のある男だから」
「……セシルさま、これは私の気持ちの問題です。父も学園を卒業するまでは(変な奴に言い寄られたらこの対処をしてもいい)と、許しを得ております。どうか配慮をしてくださいませんか」
ミュリエッタは出来るだけ悲しげに見えるよう瞳を伏せた。実際、ヒューゴが天に召されてしまった時は三日三晩泣き続けたので、真に迫る表情になっている。
「……うん。そうだね。この話しは保留にしておくよ」
そこは白紙にしていただきたい。なんて言葉は飲み込んで、か細く礼を言った。
後にこの対処が、一部の者たちに大波乱を巻き起こすことになるとは、ミュリエッタは知る由もなかった。
星祭りの日。終戦の日でもあるこの日は、ローゼン学園では追悼の式典がおこなわれる。
全生徒と教員が大講堂に集い、悲壮で凄惨な戦いの歴史が語られた後、各国の代表である生徒会役員が一人づつ教壇に上がり、和平と共生を誓う演説をおこなう。
その掉尾を飾るのはもちろんクロードで、その風格ある出で立ちは、やはり他の王族たちとは一線を画していた。
低く艶のある声に、女性陣は皆うっとりとしてしまっている。
(声まで素敵なんてどうかしてるわ。神は会長に二物を与えすぎよ)
ミュリエッタはついこの間の邂逅を、夢であったのかもしれない、なんて思い始めた。
壇上に立つクロードは、あまりに遠く、あまりに眩しい。生きる世界が違う存在だ。
(でも、ちょっと恥ずかしい本のタイトルを見ただけで赤面してしまう、可愛い人)
胸が痛い。クロードのことを、もっと知りたいと思ってしまう。これがただの好奇心からではないと、気づきたくはない。
壇上から視線を流し、異種族が混在している聴衆席を観察して、気を紛らわせる。
最中、オフィーリアと目が合った。
途端、ミュリエッタは変な汗が流れる。
(もしかして、ずっと見られていた……?)
オフィーリアが微笑む。
ミュリエッタは身震いした。
(怖い! 笑顔が逆に怖い! わかっております! 横恋慕なんていたしませんから!)
ミュリエッタはオフィーリアに思念を送っておいた。




