苦い学園生活が始まりました
ミュリエッタの母は、ミュリエッタを産んでから番と出会い、娘を置いていなくなってしまった。
神がそう定めたから、なんて。
とても受け入れられなかった幼いミュリエッタは、番に関する情報を手当たり次第に集め、その知識を増やしていった。
憎くて、悔しくて、悲しくて調べ始めた、他種族の文化や習性。
知れば知るほど面白くて、夢中になった。
でもそれは、番に対する忌避感までは拭い去ってくれなかった。
「ミュリエッタ、どうしたの?」
視界いっぱいに、可愛いお顔。
カリンに下から覗き込まれたミュリエッタは、そのふわふわのお耳を撫でくり回してしまいたかった。
獣人族の象徴に触れていいのは家族だけ、というのが残念でしかたない。
「ちょっと考え事しちゃってたの。ごめんなさい、何か話しかけてくれてた?」
「うん。あのね、星祭りに何かおそろいで身につけるなら、このバレッタはどうかな、って」
「素敵! カリンはセンスがいいのね」
カリンの両手にある、繊細な星の意匠が施されたバレッタを見て、ミュリエッタは絶賛する。
二人は今、学園都市と呼ばれる街の一角にある雑貨店にいる。来月この街で行われる祭りに遊びに行く際、身につける装飾品を選びに来ていた。
無事に品物も決まり、寮の門限まで時間が余ったミュリエッタたちは、近くのカフェに立ち寄る。
店舗の入れ替わりが激しい繁華街から、すこし離れた場所にあったそのカフェは、簡素ながら上品な内装で、落ち着いた空間だった。
「ねぇミュリエッタ、ロロニアスさまのお茶会に参加してから、あんまり元気がないように見えるんだけど、何かあった?」
「……そうかしら?」
ミュリエッタはカトラリーでベリーを刺しながら、とぼける。
「なんか突然スイッチ入って、頭の中であれこれ考えてるのか、目の前の私に全然反応してくれない、なんてのはよくあるから気にならないんだけど」
「待って、ごめんなさい。気にして。怒って。私を思考の渦から引っ張り上げて」
「表情の七変化が面白いから大丈夫」
ならいいか、とミュリエッタは頷きかけて、いや駄目じゃない? と首をひねった。
「もし何か悩んでるのなら、話くらいなら聞けるよ。末の末も末な王女の私が、力になれるかはわからないけど」
「ありがとう。嬉しい。カリンも何かあったら相談してね。うちの父、財力で人を黙らせるのとか得意よ」
「つまり財力ではどうにもならないことなのね」
ミュリエッタは口に運んだベリーをそのまま飲み込んでしまった。詰まりそうになったそれを慌てて水で流し込む。
そしてたっぷり間を置いてから、降参するように口を開いた。
「ええっと、まず、価値観の確認をしたいから、質問からさせて欲しいの。……カリンは、運命の番をどう思う?」
「そうね……番って、竜人族とか森人族みたいな長生きだけど子供がなかなか生まれない種族と、私たちみたいな寿命が短いけど子供がいっぱい生まれる種族――って組み合わせが多いじゃない?」
ミュリエッタは頷く。
「運命というより、宿命だと思うわ。子供を産みなさーい! って神様から強制されてるみたい。しかも生まれるのって絶対に上位種の子供だから、生まれたその子も、親の片方は短命ですぐ亡くなっちゃうって、ちょっとかわいそう」
カリンは、でも、と続ける。
「私は見つけたいかも。玉の輿になるから」
「ふふっ!」
ミュリエッタはカリンのこのファンシーな外見に反してリアリストな内面が、本当に好きだ。
「でも、そう、番か……やっぱり話してくれなくていいかも。私いろいろと態度に出やすいから、この人、って言われたら絶対見ちゃう……」
「番って政治的にも利用されやすいから、結婚するまでお互いあまり人に言いふらさないのが鉄則だものね……。結婚後も、番を守る為にいっさい家から出さないって方もいらっしゃるし」
「……やっぱり私は番、いらないかも……。外に出られないなんて、しんじゃう」
へにょんと耳を垂らしたカリンに、ミュリエッタは他人事のように笑った。
そう、他人事。そうでなければならない。
クロードとオフィーリアの舞台で、ミュリエッタはただ、当て馬という役を演じるだけでいい。
肝心の正しい当て馬のなり方はわからないまま、ミュリエッタの胸中などよそに、穏やかに日々は過ぎていった。
「やあ、クララベール嬢。今日は一人なんだね」
すっかり聞き慣れてしまった声に、ミュリエッタは小さく肩を落とし、昼食を中断して立ち上がる。
「あぁ、どうか座っていて。ご一緒してもいいかな?」
珍しく学食のトレーを持ったセシルが、向かいの席に座る。口では同席を伺っておいて、返事を待たずに着席するあたり、相変わらずである。
セシルの後ろには、いつものように側近のユオが控えているため、ミュリエッタはひたすら居心地が悪い。
「……あの、目の前に立っている人がいると食べづらいので、差し支えなければ、サフィートさんも座ってくださると嬉しいです」
黒い瞳がきょとりとミュリエッタを見てから、困ったようにセシルを見る。
そして何やら主人と目配せを交わした後、着席した。
ミュリエッタの隣に。
(……なぜ?? 殿下の隣ではなく、なぜ私の隣に? 主人の横に並ぶのには抵抗があったから、とかそんな感じかしら?)




