晩餐会が始まります
研究発表の個人の部が終わると、今度は選抜発表者による公開討論会が行われる。こちらはテーマごとに会場が分かれており、生徒は自由に移動できる。ただし、討論が短時間で終了しない限り、一人につき一つのテーマしか見学できない。
ミュリエッタが選んだテーマは『起源不明の古代遺跡はどの種族が築いたのか』というもので、仲の良いクラスメイトからは「逆にそれ以外何を選ぶの?」なんて言われてしまった。
「まさかあそこまで多角的な議論が交わされるなんて思わなかったわ。まず森人族の生徒の主張が面白くてね。樹齢記録と遺構の配置を対比させて――」
「ねぇミューちゃん、私そのテーマの議事録、後で読もうと思ってるから、ネタバレしないで」
カリンの言葉にミュリエッタはお口をむぎゅっと噤む。
指先で口元を押さえてから、既視感を覚え、「んん?」と首を傾げた。
開会式と違い、閉会式は表彰を中心に簡素に終わった。
生徒たちは一度寮に戻り、身支度を整える。
創立祭の締めくくりに行われるのは、晩餐会だ。
遠くの空がまだほんのりと明るい。
早々と輝き出した一番星が、夕焼けを地平線の向こうに追いやっていた。
夕闇が落ちるローゼン学園の中庭を、空に浮かぶ淡い光が優しく照らす。
ミュリエッタはシャボン玉のようにふわふわと漂う灯りのひとつを、指先でそっとつついた。
「なんかカップル多くない?」
「カップルかどうかは分からないけど、男女の組み合わせが多いわね」
「なんで??」
「私に聞かれてもね」
ミュリエッタは、憮然と腕を組むカリンに苦笑いを向ける。
母国の正装に身を包んだカリンは、人形屋のショーケースに並んでいても違和感がないほど可愛らしい。ふんぞり返って鼻を鳴らさなければ、紛うことなきお姫さまだ。
研究発表で見せた王女然とした姿はどこへやら。
けれど、このギャップがミュリエッタにはたまらないのである。
「あ、カリン、セシル殿下たちがいらしたわ。ああ、すごい。あっという間に人垣が出来たわね」
会場の入り口を見ていたミュリエッタは、返事を返さないカリンに視線を戻す。
「カリン、瞬きして。カリン、息、息をするのよ。はい、吸って、吐いて!」
「ぷはぁ! ……な、なにあれぇ」
赤い顔を両手で覆って隠したカリンを、ミュリエッタはにこにこと見つめる。
セシルの近くには当然ユオがいる。
人垣の上に頭ひとつ飛び出ているその顔は、いつも通りの真顔だ。だが、短い髪は丁寧に後ろへ撫でつけられ、騎士の礼装に身を包んでいる。
その姿は、彼に特別な感情を持っていないミュリエッタでさえ格好よく見えるほどだ。
「私たちも挨拶に行きましょう」
「むりむりむり顔見れない。恥ずかしい」
「どうして? 今日のカリンは世界一可愛いわ。悩殺しましょう」
「……ミューは時々その変にいる男子より男前になるよね」
「カリンもね」
ミュリエッタはカリンの手を引いて、人壁へと向かっていった。
うまいことユオとカリンを二人にすることに成功したミュリエッタは、円卓を彩る料理に舌鼓を打つ。
創立祭の晩餐会に用意された料理は、各国の名産品や郷土料理が並んでいるらしく、見たことのない食材に胸が躍った。
カリンたちを組み合わせた代償に、セシルと二人になってしまったミュリエッタは、この状況を美食と共に飲み込むことにした。
「純粋に食事を楽しむ晩餐会なんて久しぶりだな」
「……セシルさま。……こちら、テュールル国のヌネルルマヌヌというお野菜でして、この通り見た目は珍妙ですが、甘みが強く、果物のようなお味がするのですよ」
ミュリエッタは、一口大に切り分けられた野菜を、どうぞとセシルに差し出す。
「クララベール嬢、これは僕たち人族が食べても大丈夫なやつかい?」
「私はもう三つ食べました。食感がしゃくっとしてて美味しかったですよ」
「……あとで不調をきたしたりしないかな」
「そんなもの学園の晩餐会に出さないと思います」
「その通りだね」
そうセシルは笑顔で答えたが、野菜をなかなか受け取ろうとしない。
王族らしく、人に勧められた料理を安易に口にしないようにしている、というよりは、単に独創的な外見の食材に臆している様子だ。
ミュリエッタがずずいと差し出した分だけ、セシルはすざざと後ろに下がった。
(もしやこのまま会場の外まで行けるのでは?)
なんて阿呆なことを考えていると、賑やかだった会場が、突然わっと湧き立つ。
「おや、会長たちがいらっしゃったようだね」
セシルは助かったとばかりに、話題と視線を会場の入り口へと逸らした。
「おふた方が並ばれると本当に絵になりますわね」
「えぇ、まるで生ける神話ですわ」
「今代のローゼン学園に入学できた生徒は僥倖だな」
「竜人族の、それも王太子殿下と交流を持てるとは、生徒たちが羨ましい限りですな」
「ふふ、もう一度ローゼンに入学したいものですわね」
クロードとオフィーリアの登場に、生徒のみならず来賓たちも盛り上がりを見せる。
ミュリエッタは、遠くで並び立つ二人を見つめた。
クロードの正装は、夜空を閉じ込めたような深い色合いだった。中庭の灯りを受けるたび、布地が青く艶めき、左肩から流れる深紅のマントが静かに揺れる。
その隣には、白銀の髪をゆるやかに結い上げたオフィーリアが寄り添う。淡い銀白のドレスは月光を織り込んだように柔らかく輝き、裾へ向かうにつれて金糸の刺繍が控えめにきらめく。
二人がいる空間だけ、まるで別世界のよう。
(あのお二人の間に入るだなんて無理よ。烏滸がましいにもほどがあるわ……)
婚約者同士らしく親しげな空気を放つクロードとオフィーリア。
これまで彼らが共に過ごした時間は、ミュリエッタが今まで生きた十七年よりもずっと長い。
それがこんなにも、羨ましい、なんて。
ミュリエッタは胸を押さえた。
この感情に、向き合うのが怖い。
けれど。
もう、逃げたくはない。




