きっと気のせいです
「少しいいだろうか」
ミュリエッタはカトラリーで掬っていたポテトを、ぼとりと落とした。
隣に座っていた友人が素早く立ち上がり、綺麗な礼をとってみせる。
らしくないカリンの王族らしい振る舞いに、ミュリエッタは目を白黒させた。
「丁寧な挨拶をありがとう。だが気にせず食事を続けてくれてかまわない」
穏やかに食事の続きを促すクロードに、ミュリエッタたちは顔を見合わせる。
そういうわけにもいかない。
生徒会長を立たせたままにしておくわけにもいかず、向かいの席を勧める。そうでなくても、ミュリエッタたちは食堂にいる全生徒から大注目を浴びているのだ。
生徒会役員は専用のラウンジで昼食を取るため、食堂に姿を見せただけでひどく目立つ。
人前で堂々と声をかけてきたクロードに、ミュリエッタは思わず身構えてしまう。最後に会話を交わしたとき、変な終わり方をしてしまったから、非常に気まずい。
「食事の邪魔をしてしまってすまない。君にこれを渡しに来ただけなんだ」
そう言ってクロードから差し出されたものを、ミュリエッタは固唾を飲んで受け取る。
「創立祭二日目に行われる音楽会の個人部で、オフィーリアが演奏を披露する。君にぜひ来てほしいとのことだ」
ミュリエッタは心の中で崩れ落ちた。
(オフィーリアさま! どうして! 毎回! よりによって会長にお使いを頼まれるのですか!!)
胸の内で地団駄を踏みそうになってから、もしやこれは信頼の証左なのでは、と踏みとどまる。
お膳立てされているのだと夢にも思わないミュリエッタは、ひとりで悶々とした。
「……光栄です」
「すごいよミュー。ロロニアスさまのハープ演奏、人気過ぎて自由席すら抽選らしいよ」
「券ならもう一枚ある。よければ君も一緒に行くといい」
「いえいえ! こちらは会長の分ですよね? 受け取れません!」
「私には舞台袖という特等席があるから大丈夫だ。私が自慢することでもないんだが、オフィーリアの演奏は見事だぞ。ぜひ楽しんでくれ」
今、自分はちゃんと笑えているだろうか。
ミュリエッタはさりげなく己の頬に触れて確かめる。
「君は確か三日目の研究発表会の個人部に参加するだろう。高学年ばかりの名簿欄に一年生の名前が載っていたから、感心したものだ。題材は『作物の薬』だったか。実に興味深い。当日の発表を楽しみにしている」
「名前に題材まで覚えてくださってるなんて、感激です! ありがとうございます!」
長い耳をぴんと立てて喜ぶカリンの姿を見て、ミュリエッタは心を潤す。にやける頬を両手で抑えて誤魔化している姿が本当に可愛い。やはり持つべきものはカリンだ。
ふと視線を感じてミュリエッタはクロードに意識を戻す。
(ええっと、見られてるわね。すっごく見られてるわ。なぜ?)
もしや食べカスでもついているのだろうか。ミュリエッタは指先で口元をさっと払った。
「これはこれは珍しい組み合わせですね。いったいどんなお話で盛り上がっているのですか?」
不意に割って入った声に、ミュリエッタは固まった。
「セシル・オルギル。君こそ珍しいな」
「そんなことないですよ。クララベール嬢とも以前ここで一緒に食事をしましたし」
ね、と微笑みかけられて、ミュリエッタは肯定を返す。事実ではあるのだが、妙な含みを感じるのは気のせいではないはずだ。いや、気のせいということにしておこう。
ややこしくなりそうな空気に、ミュリエッタは思考を放棄した。
セシルはクロードがミュリエッタに何かを強いていると誤解している。否定すればするほど話がこじれそうで、ミュリエッタは訂正を諦めていた。
(あながち間違いでもないところが、ね。もうね、もうどうとでもなりなさいよ)
「……そうだったのか。一年生は皆仲が良いんだな」
「新入生同士というのもありますが、彼女とは特別仲良くしていますね」
「……それはどういう意味だろうか」
「あぁ、いえ。深い意味はありません。やはり自国の生徒は気にかけるものですし、クララベール嬢は先の騒動を解決に導いた隠れた立役者でもありますから。将来有望な人材は、心に留めておくものです」
「そうか」
淡々と言葉を返すクロードと、笑顔を崩さないセシル。
ミュリエッタは周囲の気温が少し下がった気がした。きっとこれも気のせいだ。
「それで、オルギルくんはなんでここに居るの? ユオはいないんだね?」
「ああ、うん。食堂がざわついてたから、確認しに来ただけだよ。ユオならあそこにいる」
「え、なんで護衛置いて来ちゃったの?」
こてん、と首を傾げるカリンに、セシルが嫌味なく笑った。
「護衛が近くにいないと騒ぎを収められない、なんて思われたくないじゃないか」
「なるほどね」
気安く話すカリンを見ていると、ミュリエッタは肩の力が抜けていく。間違いなく、彼女はこの場の癒しだった。
「会長、先日倒れて医務室に運ばれたと聞きました。もうご体調はよろしいのですか?」
「……ああ、問題ない。君はずいぶんと私を気にかけてくれるのだな」
クロードは口調こそ柔らかいが、金色の瞳は冷ややかだ。その眼差しを向けられてなお、セシルは微笑みを絶やさない。
セシルは遠くで待機している従者を合図で呼び寄せた。
「会長を案じるのはローゼンの生徒として当然ではないですか。それに会長を医務室まで運んだのは私の従者ですし。その後を気にするものでしょう?」
「そうだったのか。君はユオ・サフィートだったな。面倒をかけた。ありがとう」
立ち上がり礼を向けたクロードに、ユオは慇懃に頭を下げた。
ユオは普段はのんびりしているくせに、その立場に応じているときはぴしりと気配が変わる。このギャップにしてやられる女子生徒は多く、恐らくそのひとりであるカリンを、ミュリエッタは横目で見た。
恋を自覚し、それを隠そうとする姿は、いじらしくて、愛おしくて、切なくて。
ミュリエッタは胸が苦しくなり、そっと息を吐き出した。
一息ついて、クロードに向き直る。
「会長、倒れられたのですか……? どこか、お加減が優れないのですか?」
クロードがふわりと笑った。
美形の笑顔を正面でまともにくらったミュリエッタは、その眩しさに目がチカチカする。
「大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
花まで飛ばしてくるクロードに、ミュリエッタはつい視線を外した。
だから、クロードの表情が翳ったことに、気づけなかった。
「……食事が冷めてしまうな。長々とすまなかった。私はこれで失礼するよ」
「いえいえ、オフィーリアさまに、感謝とお礼の言葉をお伝えしてください」
「会長、私の分まで、本当にありがとうございます!」
短く返事を返し、クロードはその場から去っていく。途中、別の席の生徒に呼び止められ、穏和に応じていた。
その様子を眺めて、小さく首を傾げるセシルと、不自然に口元を引き結ぶユオ。
そして我関せずと食事を再開するカリン。
ミュリエッタは友人を倣って、カトラリーを手に取り、ポテトを掬いなおして口元に運んだ。




