いつもの日々が始まりました
おずおずと、小枝と共に差し出されたそれに、ミュリエッタは瞬きを繰り返した。
「……これ、私の」
星の意匠が施されたバレッタ。
両手で大切に受け取ると、これを選んでくれた友人の顔が浮かんだ。
授業が終わり、軽い空気が流れる教室。多くの生徒は席を立ち、あちこちで小さな声が散らばっている。
放課後はどうしたものかと、途方に暮れていたミュリエッタの前に、ひとりの男子生徒が近づいてきた。
よく見れば、以前ミュリエッタに泥をかけてきた生徒の一人だった。
謝罪とともに返されたバレッタに、ミュリエッタは全てを理解した。
「親愛の証なのでしょう? 大丈夫、怒っていないわ。むしろ嬉しい。これが世界樹の枝? 素敵。宝物にする」
添えられていた小枝を摘み、ミュリエッタは微笑んだ。ほんのりと目元を赤くしたその笑顔を、男子生徒は食い入るように見つめていたが、ミュリエッタはその視線の意味に気づくことはなかった。
名前を呼ばれて振り返る。今日はやけに声をかけられるな、と思ってから、隣にいつもの友人がいないからだと気づき、ミュリエッタは小さく肩を落とす。
「やあ、ちょっといいかな?」
ミュリエッタは自国の第一王子に「もちろんです」としか返せない。
促されて向かった先は階段の踊り場。適度に人目があり、軽い立ち話にはちょうどいい場所だ。
ミュリエッタはセシルの言葉を待つ。正直、この王子は何を考えているか分からなくて怖い。
「ユオから話を聞いたよ」
そのユオを差し向けたのはセシルだ。白々しい、とミュリエッタは思ったが、態度にはおくびにも出さない。愚直なまでに正直なユオと違い、笑顔で本心を隠すセシルとの会話は、神経がすり減る。
黙り込んだミュリエッタに、セシルは気遣わしげな視線を向けた。
「もし、誰かに無理をさせられているのなら、遠慮はいらないよ。僕に相談して欲しい」
ミュリエッタは察しがいい方だ。
「ご配慮ありがとうございます。ですがご心配には及びません。誰からも無理はさせられておりません」
「そうだよね。君はそう言うしかない」
これはまずい方向に話が進んでいる。ミュリエッタは焦った。
「本当に、本心です!」
「うん、よくわかった」
(いいえ! きっと何もわかってらっしゃいません!)
ミュリエッタが丁寧な言葉を選んでいるうちに、セシルはひとりで納得している様子を見せる。
頭の中で吟味されていた言葉は、整えられる前にミュリエッタの口から飛び出した。
「会長に弱みを握られているわけでも、何かを強要されているわけでもありません!」
しかし、言葉にしてみてから、案外事実と遠くないと気づいてしまい、泣きそうになる。
思わず表情が曇ってしまい、しまったと下唇を噛んだ。
「……困らせるつもりはなかったんだ。大丈夫、落ち着いて。僕からはもう、何も聞かないから」
ミュリエッタは返事を返すだけで精一杯だった。
夜空に浮かぶ月に淡く照らされるローゼン学園女子寮。
頭まで被った毛布の中で、ミュリエッタは静かに涙を流す。
嗚咽は枕で押し殺した。寝息をたてる同室の子を起こしたくはなかったから。
翌朝。泣きはらしたミュリエッタの両目は、痛ましいほど腫れ上がっていた。
蒸しタオルと冷水を駆使し、なんとか人前に出られる顔に仕上げたミュリエッタは、とぼとぼと学園に向かう。休むという選択肢はなかった。
まだ教室には誰もいない。ミュリエッタは髪に飾ったバレッタをひと撫でしてから、普段どおり机に本を広げて朝の読書を始めた。
他の生徒も登校してきて、教室は賑やかになっていく。
「……お、おはよう」
ミュリエッタは勢いよく顔を上げる。
気まずそうにしている友人に、ミュリエッタは大きな声で挨拶を返した。
「おはよう! 隣、空いてるわ!」
「うん。……ありがとう」
そこはいつもカリンが座る席だ。
ミュリエッタは姿勢を正してから、いの一番にカリンに謝る。
「ごめんなさい。私、カリンの気持ちを考えてなかった。余計なことをしたのよね。本当に反省しています」
「……ううん。私も、馬鹿って言ってごめんね」
ぎこちなく、互いに謝り合う。気恥ずかしい空気が流れて、二人は目配せして笑った。
「でももうミュリエッタは何もしないでね。私、ユオとどうこうなりたいわけじゃないの。学園にいる間だけ、恋愛ごっこがしたかっただけ。ほら私、こう見えて王女だから」
ミュリエッタは口ごもった。最後の自虐が痛ましい。
けれど、友人なら、ここは笑ってあげるところだ。
「倹約家で努力家な庶民派のお姫さまだものね」
「そうそう、そして意外と知的」
「うんうん、お人形みたいな見た目をした超現実主義者」
「で、ミュリエッタはお嬢さまの皮を被った強火歴史文化オタク」
「……悪口に聞こえるのは気のせい?」
「ほめてる。超ほめてる」
どうだか、とミュリエッタは笑った。




