忙しない日々が始まりました
神は運命でミュリエッタの大切な人を奪っておいて、今度は運命だからと誰かの大切な人を奪えと言う。
なんて残酷な運命を強いるのだろう。
ミュリエッタは向かいの席に座るオフィーリアを静かに眺める。彼女も運命に振り回される被害者だ。
「星祭りの日はごめんなさいね」
「いいえ、ロロニアスさまこそご体調は大丈夫ですか」
「おかげさまで健やかに過ごせています。それとどうか、私のことはオフィーリアと呼んでください」
ミュリエッタは素直に頷いた。
再びオフィーリアのお茶会に招待されたミュリエッタ。戦々恐々と赴き、他に招かれた者がいないと知った時は、口から魂が出てしまいそうだったが、なんとか飲み込んで今に至る。
オフィーリアの紅茶を嗜む姿は、いつ見ても絵画のように美しくて、ミュリエッタは飽きることがない。
(素敵な御髪とお角……。日に透けてきらきらしているわ……)
ただの現実逃避だった。
「クロードとは話すことができた?」
ハッとしたミュリエッタは、力強く拳を握った。
「はい! 私なりに当て馬としての役目を全ういたしました!」
「まぁ、ふふ、頼もしいですね」
柔らかく笑うオフィーリアには棘がなくて、その余裕がむしろ怖い。まるで何もかもを見透かされているような、そんな心地になる。
笑顔がひきつりそうになったミュリエッタは、お茶菓子を口に含んで誤魔化した。
どこかで小鳥が鳴いている。
優雅な仕草で茶器をテーブルに戻したオフィーリアは、少しだけ躊躇いを見せてから、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「ところで、ねぇ、ミュリエッタさん。あなた、今、心に想う方がいらっしゃる?」
ひゅっ、と喉が鳴った。
テーブルの下で握った指先が、じわじわと冷えていく。
ミュリエッタは視線を落とし、小さな声で「はい」と答えた。
(やっぱり、私の気持ちなんて、気づかれているわよね)
当て馬になる、なんて豪語しておきながら、その相手に想いを寄せてしまったミュリエッタ。
それはオフィーリアへの裏切りであり、許されざる恋だった。
「そう……そうなの……。心苦しいのだけれど、あきらめて欲しいの」
「…………はい、もちろんです」
「ごめんなさいね。私たちのために、辛い思いをさせてしまうわ」
胸に手を当てるオフィーリアは、本当に苦しそうで、その痛みが伝わってくる。
「……いいえ。いいえ、もとより、そのつもりでしたから」
「そう……本当にありがとう。クロードと正しい運命の形になるように、私、手を尽くしますから」
「私が言うのもなんですが、応援しております。オフィーリアさま、幸せになってください」
「ミュリエッタさん、あなた優しすぎるわ。でも、嬉しい。私とはこれからも、変わらずお友達でいてくださいね」
優しいのはオフィーリアの方だ。
ミュリエッタは鼻の奥がつんとして、堪える。
運命を乗り越えようとしているオフィーリアに、激励の意味を込めて、ミュリエッタはなんとか笑ってみせた。
翌日の朝。学園に不穏な空気をもたらしていた騒動について、生徒会から声明が発表される。
なんて人騒がせな、と呆れる者。よかった、と胸を撫で下ろす者。納得できない、と憤る者。
様々な反応が広がるなか、多くの生徒がその平和な内容に安堵の息を吐く。
よく晴れたこの日、明るい日差しに照らされたローゼン学園は、いつもの穏やかな空気を取り戻した。
風がよく通るようになった教室。授業の合間にて。
「ねぇ、ミュリエッタってユオが好きなの?」
「異性として、という意味でなら、いいえ」
「そっかぁ。ユオはミュリエッタをどう思ってるんだろうね」
「一緒にいると殿下の機嫌がよくなって助かる、くらいの認識だと思うわ……カリン、あなたもしかして」
「やめて、言わないで。顔から火が出ちゃう」
「あらあらあら、まあまあまあ」
荒んでいたミュリエッタの乙女心が、薔薇色で満たされた。
その日の放課後。柔らかな木漏れ日が降り注ぐ中庭にて。
「ねぇ、ユオ、あなたの好きな女の子のタイプは?」
「もしかして俺は今から口説かれるのか」
「ない。それはない。絶対に、ない」
「冗談だろ。圧が怖い、座ってくれ」
ミュリエッタは浮かせた腰を落ち着かせる。
「俺の結婚相手は殿下が見繕うだろうからと、あまり考えたことがない」
「考えなさいよ朴念仁! このままだと私と結婚させられるわよ?!」
「まぁそれでもいいと思ってるしな」
「そんな雑な理由で結婚させられてたまりますか! 抗いなさい! 戦いなさい! 愛をその手で掴み取るのです!」
「誰だお前は。どういう立場で言ってるんだ。さては変なもの食ったな」
「……実はそうなの! では今からユオの好みの女の子を調査します。二者一択にするので直感で選ぶこと」
「勘弁してくれ……」
「では、はじめます! 物静かな子、溌剌な子、どちらが好き?」
ミュリエッタはユオが両手を上げて逃げ出すまで続けた。
後日。始業前の雑然とした朝の教室にて。
「以上が結果報告になります」
ほくほく顔のミュリエッタに対し、カリンはぽかんと口を開けた。
「えっと、聞いたの? ユオに、直接?」
「もちろん」
胸を張るミュリエッタ。
しばしの沈黙の後、カリンはわなわなと肩を震わせる。
「ミュリエッタの馬鹿ー!!」
そう叫ぶなり、カリンは教室を飛び出していった。
ミュリエッタはただ呆然と、その背中を見送ることしかできなかった。




