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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
五 午前の学校
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しなやかな身体

俺と芦川の前に立つ中野先生は、濃紺のジャージをすっきりと着こなしている。腕と脚の外側に沿って細いラインが一本だけ走る、落ち着いたデザインだ。余計な装飾のないそのジャージは、先生の動きの軽さと姿勢の良さを際立たせていた。

それに対して、俺と芦川のジャージは同じ型の色違いだ。俺は青、芦川は臙脂色。胸元から腕、脚の側面にかけて白いラインが二本、くっきりと入っている。

スイムキャップもかぶっている。俺はミントグリーン。

芦川は、ボブショートの髪をレモンイエローのスイムキャップの中に収めていた。

キャップは頭の形にぴったりと沿い、髪を押し込んだ分だけ、後頭部にわずかな丸みが出ている。耳の上にかかる部分は軽く引き延ばされていて、薄く張ったゴム越しに耳の輪郭がぼんやりと透けて見えた。

それでも、すべてを収めきることはできず、耳の後ろにほんの数本、短い毛先が逃げるように残っている。水気を含んだその髪が、頬に触れそうな位置でかすかに揺れた。

一方、中野先生はセミロングの髪を丁寧に編み込み、そのままスイムキャップの中に収めている。編み込まれた髪が頭の形に沿ってきれいに収まり、キャップの表面は芦川よりも滑らかで均一だ。後頭部のラインに無駄な膨らみがなく、競技者としての慣れがそのまま形になっているように見える。

ただ、それでも完全ではない。こめかみや襟足に、細い後れ毛がほんのわずかに残っている。意図して残しているのか、それともまとめきれなかったのかは分からない。

こうして整えられた姿は、どこか優雅で、それでいてスポーティでもあった。静かなプールサイドの空気の中で、その佇まいは妙に印象に残る。

俺たちは指示に従い、プールサイドに設置されたスタート台の近くへ移動した。すぐ傍には、水を湛えたプールが静かに横たわっている。

「最初は準備運動です。今日も水の中には入りませんが、プールサイドでしっかりと身体をほぐしていきましょう。泳ぐ場合の怪我防止だけでなく、体幹やバランス感覚を鍛えることにもなるので、しっかり覚えて帰ってくださいね」

その言葉に、俺たちはそろって頷いた。

「では、まずは立位体前屈から。両脚を肩幅に開いて立ち、上体をゆっくり前に倒してください。背筋を痛めないよう、無理はしないでくださいね」

指示に従い、それぞれの位置でストレッチを始める。ジャージの生地が擦れる小さな音が耳に入った。

ふと視界の端で、芦川の臙脂色のジャージの裾が、動きに合わせてわずかに揺れるのが見えた。姿勢は驚くほどきれいだ。長年水泳を続けてきたからだろうか。それと比べて俺の場合は、中学校に入ってから水泳をさぼったからか、背中が硬く、なかなか前に倒れることができない。

「佐藤くん、もっと肩の力を抜いて。背中は丸めずに、腰から曲げるイメージですよ」

すぐそばに来た中野先生が、やわらかな声でそう言った。ジャージがふわりと動き、清潔な香りがかすかに漂ってきた気がして、少しだけドキッとする。

スイムキャップの下に収められた編み込みの髪は、頭の形に沿って整っている。こめかみや襟足に残ったわずかな後れ毛だけが、湿り気を帯びてほのかに艶を放っていた。

「はい、わかりました」

言われた通りに姿勢を直そうとするが、うまくいかない。

そのとき、隣で芦川がクスクスと笑った。

「佐藤って意外と体硬いんだね」

まるで自分の柔軟性を見せつけるかのように、芦川は驚くほど自然に上体を前へ倒した。レモンイエローのスイムキャップが動きに合わせてわずかにずれ、耳の後ろから細い毛先が数本だけ覗く。

前屈した姿勢のままでも背筋はきれいに伸びており、動きに無理がない。長く水泳を続けてきた身体なのだろうと、思わず感心してしまう。

「うるさいな……」

言い返しながらも、つい芦川の臙脂色のジャージに目が奪われる。さらに、その向こうで動く中野先生の紺色のジャージ。昨日は気づかなかったが、ジャージというユニフォームが作り出す均一性の中に、微妙な個々の差異がある。その違いが、なぜか妙に魅力的に思えた。

「次は横方向のストレッチです。右に体をひねりながら、右手を上げていきますよ。無理なく、ゆっくりと」

中野先生は自分でも同じ動作をしながら、見本を示した。濃紺のジャージの袖口が、肘から先の動きに合わせて滑らかに揺れる。無駄のない動きにはスポーツ科学に裏打ちされた合理性がありながら、どこか女性らしいしなやかさも感じられる。

キャップに収められた髪は崩れることなく整っているが、動きに合わせて、襟足の後れ毛に残った水滴が静かに揺れた。

そんなふうにしてストレッチは続いていく。足首回し、膝の屈伸、上半身のひねり――どれもシンプルなものだが、丁寧に行うと身体が少しずつ温まっていくのが分かる。

芦川は一つひとつの動きをきちんとこなしていた。無駄のない姿勢で、指示された通りに身体を動かしている。その真剣な横顔を見ていると、なぜか胸が少しだけ落ち着かなくなる。

補習初日よりも、彼女との距離がわずかに縮まったような気がしていた。


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