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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
四 境界の気配
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予感

更衣室に入ると、俺はまずミントグリーンのスイムキャップを外した。湿った髪から水滴が垂れる。次にジャージを脱ぐ時、少し躊躇いを感じた。今日一日このジャージが守ってくれたような気がするからだ。それでも一旦脱いで、シャワーを浴びる。温水のシャワーが背中を流れていく。この感覚も悪くない。

シャワーから上がると体操服と短パンに戻る。それから再び青再び青色のジャージに袖を通した。このジャージの存在が何よりも安心感を与えてくれる。ロッカーから制服を取り出し、着替える。学ランの上着を羽織ると、今日一日の疲れがどっと出てきた。しかし達成感もあった。この4日間があっという間に終わりそうだ。

更衣室を出たが、まだ芦川は来ていないようだった。壁に寄りかかり、時間を確認する。思ったより長い時間が経過していた。その時、女子更衣室から芦川が出てきた。彼女も座学の時と同様の臙脂色のジャージに黒いセーラー服という姿だった。レモンイエローのスイムキャップはすでに外してあり、髪は少し濡れている。

「お待たせ」

芦川の声に俺は軽く手を振った。二人で昇降口へ向かう。廊下を歩きながら今日の出来事を振り返る。洗面器を使った息継ぎの練習は新鮮だったし、何よりも芦川との距離が縮まったことが嬉しかった。

昇降口を出ると、春の柔らかな日差しが俺たちを迎えた。校門へ続く道はまだ人の気配が少なく、遠くから部活動の掛け声がかすかに聞こえてくるだけだ。芦川と俺は並んで歩き始めた。プールサイドではジャージを着ていたが、今はその上にセーラー服の上着を着ている。実習の前までの彼女の服装に戻っている。俺も学ランの上着を羽織っていた。

「今日は疲れたな」

俺が言うと、芦川は小さく頷いた。彼女の臙脂色のジャージは、セーラー服の下でその存在を主張しているようだ。プールサイドでの記憶が蘇ってくる。

彼女の臙脂色のジャージと、俺の青色のジャージ。それらに包まれて行った補習の日々が脳裏をよぎる。

「うん。でも……楽しかった」

芦川の言葉に胸が温かくなった。彼女の表情も明るい。

「明日で最後だな」

俺は空を見上げた。雲ひとつない青空が広がっている。

「うん。今日と同じような内容なのかな?」

芦川の疑問に、俺も考えを巡らせた。確かに明日の詳細は聞いていない。これまでの流れからすると、基礎トレーニングの延長線上にあるものだろうか。

「わからないけど、今日は基礎トレーニングが中心だったから、明日もそうだろうな」

俺の推測に芦川は頷いた。彼女の臙脂色のジャージに包まれた姿が春の陽光に映えて美しい。

「佐藤……あのさ」

突然芦川が立ち止まった。俺も足を止める。彼女は何か言いたげな表情をしていたが、すぐに言葉を飲み込んだ。

「ううん……なんでもない」

そう言って再び歩き始める。俺も黙って彼女の後を追った。何か大切なことを言いかけてやめた様子が気になったが、無理に聞き出すこともできない。

校門が見えてきた。

「じゃあ、また明日」

俺が言うと、芦川は静かに微笑んだ。

「うん。明日……またね」

彼女の言葉に含まれる何かを感じながらも、俺は軽く手を振った。春風が二人の間を吹き抜けていく。

お互い、家路を歩き始める。春の風は冷たいけれど、心は温かい。ジャージとセーラー服。それは単なる体育着ではなくなった。この補習の記憶を象徴する大切な衣装。

明日は4日目。この補習の最終日だ。何が待っているのか。期待と不安が入り混じる複雑な感情を抱きながら、俺は家に向かって歩き出した。


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