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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
四 境界の気配
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中野先生、現れる

しばらく芦川と静かなプールサイドにたたずんでいたら、背後から落ち着いた声が響いた。

「お待たせしました。佐藤くん、芦川さん」

振り返ると、そこには約束通りの姿の中野先生が立っていた。

さっきまで着ていた空色のゆったりしたブラウスは脱がれていて、その下にあったジャージ姿があらわになっていた。濃い紺色の上下。袖口と脚の裾には白い細いラインが一本ずつ入り、飾り気は少ないがすっきりとしたデザインだ。いかにも体育教師らしい、実用本位のジャージだった。

だが、その印象はブラウス姿のときとはずいぶん違って見える。

ブラウスを着ていたときの先生は、落ち着いた大人の女性という雰囲気が強かった。柔らかく穏やかな空気をまとっていて、どこかゆったりとした印象があったのだ。

それに対して今のジャージ姿は、同じ優しい雰囲気を残しながらも、ぐっとスポーティに見える。

ジャージ越しでも分かる肩から腕にかけてのすっきりしたライン。

決して大柄ではないが、ほどよく鍛えられた体つきが運動着のシルエットに自然に収まっている。無駄のない体の動きや姿勢には、長くスポーツに関わってきた人らしいしなやかさが感じられた。

上着のファスナーはきっちりと首元まで上げられていて、立ち上がった襟の奥から先生の細い首筋がわずかに覗いている。

髪はシンプルなシルバーのスイムキャップにすっきりと収められ、額がはっきりと露出していた。そのせいか、いつもより少しだけ凛とした表情に見える。

首元には金属製のホイッスルが下がっていた。青白いそれはよく磨かれているらしく、プールの照明を受けて時折きらりと光る。体育教師らしい、いかにもそれらしい装備だ。

手には白と紺の太い縞模様のバスタオルを抱えている。足元は芦川と同じく裸足にサンダル。

こうして見上げると、先生の背の高さを改めて実感する。優しい雰囲気はそのままなのに、ジャージ姿になると、この人が水泳指導に精通した体育の先生なのだということを強く感じさせられた。

「ごめんなさい、少し遅くなってしまって」

中野先生は申し訳なさそうに微笑みながら、ゆったりとこちらに歩いてくる。ジャージ姿でもその歩き方は相変わらず優雅で、足音がほとんど聞こえない。それがかえって不思議な雰囲気を醸し出していた。白と紺の縞模様のバスタオルが先生の歩調に合わせてわずかに揺れ、その動きが目に焼き付く。

「いえ、大丈夫です」

俺は慌てて答えた。先生が遅れたことなど全く気にしていなかった。むしろ、この静かな時間を芦川と共有できたことで十分満足していた。



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