いよいよ着替え!
更衣室は広く清潔で、壁にはロッカーが並び、隅にはシャワーブースがある。消毒液の匂いが微かに漂い、暖房のおかげで肌寒さはない。俺は一番奥のロッカーを使うことにした。荷物を置き、学ランのボタンを一つずつ外す。指先が少し震える。
(やばい、緊張してる……)
学ランを脱ぐと、下から春休みの補習で着ていた青色のジャージが現れる。袖とパンツのサイドに白い二本線が入り、初日からずっと学ランの下に隠れていたものだ。学ランをハンガーにかけ、息を吐く。ここからが本当の試練だ。
ジャージの上着のファスナーを下ろす。ジーッという音が大きく感じられる。左右に開くと、半袖の体操服が現れ、首回りと袖口には青の縁取り。久しぶりに肌に触れる綿の感触に少しこそばゆさを覚える。
「……よし」
覚悟を決めて上着を脱ぎ、ロッカーに入れる。次にズボンに手をかけ、片足ずつ抜くと、下半身は青色の短パン姿になる。夏用の半袖短パンで、肌の露出が増えたせいか少し身体が強張る。靴下も脱ぎ捨て、ロッカーに放り込む。
残るは最後の砦、ブーメラン型の競泳水着。ウエストに指をかけ、深呼吸してから一気に引き下ろす。パサリと布擦れの音とともに、下半身は紺色のスイミングパンツ姿に。春休みの補習用に自宅から持参し、大事に穿き続けてきた一枚だ。布地は最小限で、尻と股にピッタリ密着し、太腿との境目がはっきり目に入る。
(……やばい、芦川や先生の前に出るなんて……)
頭をよぎるのは、ジャージ姿の芦川や中野先生の姿。思うだけで心臓が高鳴る。だが、このドキドキこそ、春休みの補習で味わう最後の試練だった。
(こんなので水着姿の芦川や中野先生の前に出るなんて……)
頭に浮かぶのは、黒いセーラー服の下から臙脂色のジャージの襟が覗く芦川の姿。水着にジャージを重ね着している彼女の姿を想像するだけで、顔が熱くなる。そして中野先生。いつもどおりの濃紺のジャージの下にも水着があるのかもと思うと、背筋がゾクリとした。普段の大人びた先生とは違う、意外な姿……想像するだけで胸がざわつく。
その邪念を振り払うように、俺は体操服の丸首シャツに手をかける。青い縁取りを掴み、頭からゆっくりと引き抜くと、一瞬布で顔全体が覆われ、そして再び光の下に晒されるのは、必要最低限の紺色の生地の布切れだけの自分の姿。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。痩せっぽちで骨ばった身体。鍛えていない腹筋はぺたんこで、肋骨がうっすら浮かぶ。小学校の頃より少し背は伸びたが、まだまだ貧相だ。
(やっぱり恥ずかしい……!)
芦川や中野先生の前にこの姿を晒すのは耐え難い。特に芦川は、見たら痛烈な一言を返してきそうだ。
だが、ぼんやりしているわけにはいかない。意を決してシャワーブースへ向かい、お湯を出して頭から浴びる。最初の冷たさに身体がビクッとするが、すぐに適温になり心地よい。水流が肌を叩く感覚に集中すると、裸であることの恥ずかしさが少し和らぐ。汗や埃が流れるたび、頭も冴えてくるが、心の中のもやもやはまだ残る。
シャワーを止め、タオルで体を拭きながらロッカーの服を目にする。
(これを上から着るんだよな……)
水着の上にジャージを重ねるようにと中野先生に言われたのが、今になって本当にありがたい。
まずジャージの上着を手に取り、両袖に腕を通す。肩の位置を整え、深呼吸してファスナーをゆっくり引き上げる。首元から胸まで青の壁が閉じていく感覚。鎖骨あたりで手を止め、ファスナー上端を折り返して襟元を調整。これで息苦しさも和らぎ、見た目も整った。首筋に触れるジャージの裏地が、冷たいシャワーとは対照的な温もりを伝えてくる。
次にジャージのズボンを手に取る。片足ずつ通し、ウエストまで引き上げる。紺色の競泳用水着が身体にぴったりと密着しており、その上からジャージの厚手の生地が触れる感覚は、意外なほど心地よかった。これで裸体同然の水着姿ではなくなり、全身が再び衣服に包まれた安心感がこみ上げる。
(芦川も……今頃、着替え終わったかな)
隣の更衣室で、同じように水着になり、ジャージを着て新しい日常に戻ろうとしている彼女を想像する。緊張しているのか、それとも案外平然としているのか。さっき「……すごくドキドキしてるのよ」と言っていた表情は、嘘偽りのないものだった。
(会ったら、どんな顔をしてるんだろう)
水着の上からジャージを着た芦川。制服+ジャージとも、水着姿とも違う、新しい一面を垣間見られるかもしれない。
ロッカーに置いたミントグリーンのスイムキャップを手に取り、濡れた髪にぴったり被せる。続けてサンダルを履き、水泳バッグからタオルを手に持つ。準備は整った。俺は意を決して、更衣室の扉に手をかけた。




