表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春のプールはジャージの季節  作者: 与一
三 胸騒ぎ
32/58

いよいよ着替え! 

更衣室は広く清潔で、壁にはロッカーが並び、隅にはシャワーブースがある。消毒液の匂いが微かに漂い、暖房のおかげで肌寒さはない。俺は一番奥のロッカーを使うことにした。荷物を置き、学ランのボタンを一つずつ外す。指先が少し震える。

(やばい、緊張してる……)

学ランを脱ぐと、下から春休みの補習で着ていた青色のジャージが現れる。袖とパンツのサイドに白い二本線が入り、初日からずっと学ランの下に隠れていたものだ。学ランをハンガーにかけ、息を吐く。ここからが本当の試練だ。

ジャージの上着のファスナーを下ろす。ジーッという音が大きく感じられる。左右に開くと、半袖の体操服が現れ、首回りと袖口には青の縁取り。久しぶりに肌に触れる綿の感触に少しこそばゆさを覚える。

「……よし」

覚悟を決めて上着を脱ぎ、ロッカーに入れる。次にズボンに手をかけ、片足ずつ抜くと、下半身は青色の短パン姿になる。夏用の半袖短パンで、肌の露出が増えたせいか少し身体が強張る。靴下も脱ぎ捨て、ロッカーに放り込む。

残るは最後の砦、ブーメラン型の競泳水着。ウエストに指をかけ、深呼吸してから一気に引き下ろす。パサリと布擦れの音とともに、下半身は紺色のスイミングパンツ姿に。春休みの補習用に自宅から持参し、大事に穿き続けてきた一枚だ。布地は最小限で、尻と股にピッタリ密着し、太腿との境目がはっきり目に入る。

(……やばい、芦川や先生の前に出るなんて……)

頭をよぎるのは、ジャージ姿の芦川や中野先生の姿。思うだけで心臓が高鳴る。だが、このドキドキこそ、春休みの補習で味わう最後の試練だった。

(こんなので水着姿の芦川や中野先生の前に出るなんて……)

頭に浮かぶのは、黒いセーラー服の下から臙脂色のジャージの襟が覗く芦川の姿。水着にジャージを重ね着している彼女の姿を想像するだけで、顔が熱くなる。そして中野先生。いつもどおりの濃紺のジャージの下にも水着があるのかもと思うと、背筋がゾクリとした。普段の大人びた先生とは違う、意外な姿……想像するだけで胸がざわつく。

その邪念を振り払うように、俺は体操服の丸首シャツに手をかける。青い縁取りを掴み、頭からゆっくりと引き抜くと、一瞬布で顔全体が覆われ、そして再び光の下に晒されるのは、必要最低限の紺色の生地の布切れだけの自分の姿。

「うわぁ……」

思わず声が漏れる。痩せっぽちで骨ばった身体。鍛えていない腹筋はぺたんこで、肋骨がうっすら浮かぶ。小学校の頃より少し背は伸びたが、まだまだ貧相だ。

(やっぱり恥ずかしい……!)

芦川や中野先生の前にこの姿を晒すのは耐え難い。特に芦川は、見たら痛烈な一言を返してきそうだ。

だが、ぼんやりしているわけにはいかない。意を決してシャワーブースへ向かい、お湯を出して頭から浴びる。最初の冷たさに身体がビクッとするが、すぐに適温になり心地よい。水流が肌を叩く感覚に集中すると、裸であることの恥ずかしさが少し和らぐ。汗や埃が流れるたび、頭も冴えてくるが、心の中のもやもやはまだ残る。

シャワーを止め、タオルで体を拭きながらロッカーの服を目にする。

(これを上から着るんだよな……)

水着の上にジャージを重ねるようにと中野先生に言われたのが、今になって本当にありがたい。

まずジャージの上着を手に取り、両袖に腕を通す。肩の位置を整え、深呼吸してファスナーをゆっくり引き上げる。首元から胸まで青の壁が閉じていく感覚。鎖骨あたりで手を止め、ファスナー上端を折り返して襟元を調整。これで息苦しさも和らぎ、見た目も整った。首筋に触れるジャージの裏地が、冷たいシャワーとは対照的な温もりを伝えてくる。

次にジャージのズボンを手に取る。片足ずつ通し、ウエストまで引き上げる。紺色の競泳用水着が身体にぴったりと密着しており、その上からジャージの厚手の生地が触れる感覚は、意外なほど心地よかった。これで裸体同然の水着姿ではなくなり、全身が再び衣服に包まれた安心感がこみ上げる。

(芦川も……今頃、着替え終わったかな)

隣の更衣室で、同じように水着になり、ジャージを着て新しい日常に戻ろうとしている彼女を想像する。緊張しているのか、それとも案外平然としているのか。さっき「……すごくドキドキしてるのよ」と言っていた表情は、嘘偽りのないものだった。

(会ったら、どんな顔をしてるんだろう)

水着の上からジャージを着た芦川。制服+ジャージとも、水着姿とも違う、新しい一面を垣間見られるかもしれない。

ロッカーに置いたミントグリーンのスイムキャップを手に取り、濡れた髪にぴったり被せる。続けてサンダルを履き、水泳バッグからタオルを手に持つ。準備は整った。俺は意を決して、更衣室の扉に手をかけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ