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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
三 胸騒ぎ
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芦川の秘密

「そんなの、佐藤の慌てぶり見てたら分かるわよ。あんたって昔から隠し事が苦手なんだから。それに、さっきから落ち着きなくしてたし」

芦川の指摘に俺は愕然とした。まったく気づかないうちに、そんな様子を見せていたというのか。水着の締め付けが気になって、無意識に腰まわりに手が行っていたのかもしれない。羞恥心で顔が一気に熱くなる。

「ほんと……そういうところ、小学生の頃から変わってないんだから。でも、なんか佐藤らしいといえばらしいか。要領がいいのか、ヘタレなのか……」

芦川は呆れたようにため息をついたが、口元には笑みが浮かんでいる。

「しょうがないだろ! この季節にプールってなったら、色々考えることがあるんだよ!」

俺は半ばやけになって言い返した。すると芦川は、少し意外そうな顔でうなずいた。

「ふーん。そっか。まあ、確かに賢い選択ではあるかもしれないわね。私たち今回は補習だし、水泳の授業みたいなノリじゃないけど……それでも水着にならなゃおぇなおそ」


芦川は自分の臙脂色のジャージに包まれた膝のあたりへ視線を落とし、小さくつぶやいた。セーラー服の裾の下からのぞくジャージの襟元が、どこか心もとなげに見えた。

「そもそもさ、佐藤が何を考えてるか当ててあげようか? きっと『いざ着替えると目のやり場に困るし、男子だからって裸になるのが平気なわけじゃない』とか、『芦川と一緒に水着姿になるのが、今さらながら気まずくなってきてる』とか……そんな感じでしょ」

「ぎゃーっ!!」

あまりにも正確に図星を突かれ、俺は思わず奇声を上げてしまった。完全に思考を読まれている。

「当たりね。佐藤の顔見てたら、全部書いてあるわよ。分かりやすすぎ」

 芦川は愉快そうに肩を震わせている。しかし、その笑いはやがて静まり、少しだけ真剣な色合いを帯びた。

「……でもね、佐藤」

声の調子がわずかに変わる。俺はごくりと唾を飲んだ。

「私も、本当は……すごくドキドキしてるのよ。水着になってプールに行くことを」

え?

意外な言葉に、俺は芦川の顔を見つめた。彼女は少し俯き、長い睫毛が頬に影を落としている。いつもの勝気な雰囲気は影をひそめ、どこか静かな表情だった。

「……着替えるとき、服を全部脱がないといけないでしょ。そういうのが、ちょっとね……。それに、水着になるのも中学の水泳部以来だから……」

最後の言葉は、とくにかすれるように小さくなった。俺だって水着になるのは恥ずかしい。スイミングクラブで泳いでいたと言っても、それは小学生の頃の話だ。今の俺は高校生だ。けれど、彼女にとってはまた違う意味があるのだろう。芦川は女子中学でありながら、男子の視線よりも女子の視線のほうが気になる、と言うことをこの補習の時、しばしば言っていた。単に異性に見られるというのとは違う、事情がありそうだ。俺はそんなことを考えつつも、芦川にかけるのに適当な言葉も見つからず、黙っているだけだった。 

しばらくの沈黙のあと、芦川は小さく息を吐いて顔を上げた。そこには、わずかな決意のようなものが浮かんでいた。

「だからね」

静かな声だったが、不思議と力があった。

「私も……佐藤と同じようなことしているの」

「……?」

一瞬、意味が飲み込めない。同じこと? 俺と?

俺の間の抜けた顔を見て、芦川はいたずらっぽく片方の眉を上げた。そして、臙脂色のジャージの腰のあたりを、こっそり押さえる。

「私も……下に着ているの。水着」

「え……?」

衝撃的な告白に、俺は言葉を失った。


目の前にいる芦川は、臙脂色のジャージと黒いセーラー服を着ている。けれど、その下には――もう水着を身につけているというのだ。

 さっきの授業中、ぼんやり想像していた芦川の水着姿が、思っていたよりずっと近くにあった。その事実に、頭が少しくらくらした。

「……着替えるとき、服を全部脱がないといけないでしょ。そういうのが、ちょっとね……。それに、水着になるの自体が中学の水泳部以来だから……」

最後の言葉は、とくにかすれるように小さくなった。

俺だって水着になるのは恥ずかしい。スイミングクラブで泳いでいたと言っても、それは小学生の頃の話だ。今の俺は高校生だ。けれど、彼女にとってはまた違う意味があるのだろう。

しばらくの沈黙のあと、芦川は小さく息を吐いて顔を上げた。そこには、わずかな決意のようなものが浮かんでいた。そして一瞬だけ、俺の顔をまっすぐ見つめる。

「だからね」

 静かな声だったが、不思議と力があった。

「私も……佐藤と同じことしてきちゃった」

「……?」

一瞬、意味が飲み込めない。同じこと? 俺と?

 俺の間の抜けた顔を見て、芦川はいたずらっぽく片方の眉を上げた。そして、臙脂色のジャージの腰のあたりを、こっそり押さえる。

「私も……下に着てきちゃったの。水着」

「え……?」

衝撃的な告白に、俺は言葉を失った。

目の前にいる芦川は、臙脂色のジャージと黒いセーラー服を着ている。けれど、その下には――もう水着を身につけているというのだ。

 さっきの授業中、いろいろと想像していた芦川の水着姿が、思っていたよりずっと近くにあった。その事実に、頭が少しくらくらした。

「それにしても……芦川がそんなことするなんてな」

素直に感想を漏らすと、彼女は少し得意げに笑った。

「ほら、さっき言ったでしょ。佐藤って、要領がいいのかヘタレなのかって」

そう言って、肩をすくめる。

「私だって『要領』はいいんだから」

 そう言いながら、芦川は臙脂色のジャージの腰のあたりを、そっと指先で押さえた。その仕草に、さっきの告白が改めて現実味を帯びてくる。ジャージとセーラー服の下には、もう水着を着ている――そう思うと、俺は急に落ち着かなくなった。

 芦川はそんな俺の様子を見て、くすっと小さく笑った。その目尻は、どこかやわらかく和んでいる。さっきまでの硬い空気は、もう感じられなかった。

「ちなみに、佐藤はどんな水着なの? まさか小学校のときに履いてたスクール水着じゃないでしょうね。ブリーフ型? それともトランクス型?」

芦川はまた身を乗り出してきた。臙脂色のジャージの襟元とセーラー服の襟の隙間がぐっと近づく。白い首筋が目に入り、思わず視線を逸らした。距離が近すぎる。息がかかりそうだ。

「ちょ……やめろって! 近いよ!」

 慌てて体を引くと、芦川は楽しそうに笑った。

「なによ、顔赤くしちゃって。男の子なのに、どんな水着か知られるのが恥ずかしいの?」

「お前な……!」

 反論しようとしたが、芦川はまったく聞く気がない。

「で、結局どんな水着なの? 教えてよ」

まるで拷問官みたいに追い詰めてくる。俺はもう観念するしかなかった。

「……ブリーフ型だよ。普通の。紺色のやつ」

「へえ、やっぱりね。佐藤って保守的なところあるもん」

芦川はなぜか納得したように頷いた。どういう意味だ、その「保守的」って。

「まあ、私が想像してたような変な趣味じゃなくて安心したけど」

「勝手に人の趣味を決めるな。そういうお前はどうなんだよ」

 俺は反撃を試みる。

「俺だけ答えるのは不公平だろ。お前だって下に着てるんだから教えろよ」

「私?」

芦川は一瞬きょとんとしたあと、にやりと猫のような笑みを浮かべた。

「ふふ……それは秘密♪」

「なんだよ。俺だけ言わせてずるいぞ」

抗議しても、芦川は悪びれもせず肩をすくめる。その仕草が妙に可愛らしい。

「だって、私の水着はどうせもうすぐプールで見ることになるでしょ? 楽しみはその時まで取っておくことにするわ。どうせ佐藤には、刺激が強すぎるだろうし」

「なっ……!」

「それに女の子に水着のことを尋ねるなんて、デリカシーないわよ?」

「ぐぬっ……」

完全に言い負かされた。芦川は心底おかしそうに笑っている。くそ、この状況、完全にあいつのペースだ。

けれど、不思議と悪い気はしなかった。芦川がここまで警戒せず、昔みたいに遠慮なくからかってくることが、むしろ心地よかったのだ。昔のように、また気軽に言い合える関係に戻れた――そんな気がして、少し嬉しくなった。

 そんなやり取りをしているうちに、

キーンコーンカーンコーン――

再びチャイムが教室に響いた。

休憩時間の終わりを告げる音だった。


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