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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
三 胸騒ぎ
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榊原先生に頼まれる

水泳の補習も三日目だ。今日も俺は青色のジャージの上に学ランで、春休みの真っ盛りに登校だ。

「おぉ、佐藤、今日も休まずにきているじゃないか」

校舎に入ろうとしたところで声をかけられた。振り返るとそこにいたのは、見知った顔の体育教師・榊原先生だった。灰色のフード付きトレーナーに黒のジャージパンツというスポーティな服装で、肩までの短髪を少し乱しながら、大股で歩いてくる。

「おはようございます、榊原先生」

「おはよ。補習、真面目に受けているようだな。偉いな」

榊原先生は豪快に笑った。

「そうか。よかった。確か、芦川も一緒なんだな。……芦川のこと、ちゃんと面倒みてやってくれよな」

そう言い残すと、俺の肩を軽くたたいて、嵐のように去っていった。先生の姿が遠ざかる中、俺はその場に立ち尽くしたまま、先生の言葉の意味を考えていた。

芦川のこと、ちゃんと面倒みてやってくれよな―――?

いやいや、榊原先生は何を言っているんだ。面倒を見るって、いったい俺に何ができるっていうんだ。むしろ俺のほうが面倒を見られる側だ。芦川は俺みたいにダラダラしている奴じゃない。しっかりしていて、頭も良いし、中学では水泳部だったのだ。なんで俺が?

榊原先生は、芦川ら1年女子の体育を担当している。厳しいことで有名で、生徒からは密かに「鬼のサカキ」と恐れられている。サボろうものなら速攻でひっ捕まえにきそうだ。なのに、芦川は……。いや、そもそも、どうやって芦川はサボったんだ? 

……いや、ちょっと待てよ? 

芦川が怠けたのじゃなくて、先生が配慮したとか?

体育会系の榊原先生と優等生タイプの芦川。一見、正反対で、そりが合わなさそうに見える。だけど、案外そうでもないようだ。芦川が榊原先生と穏やかに話をしているのを何度か見かけたことがある。榊原先生は厳しいけど、生徒が心から嫌なことや傷つくことは絶対にしない。なんだかんだ言って最後は助けてくれて、みんな「鬼軍曹」と言いつつも信頼している。もしや、芦川が水泳をさぼったというよりも、榊原先生が授業に出なくてもいいように配慮したのではないか。

……そう考えると、全てが納得がいく。真面目で中学でも水泳部だった芦川が、そう簡単に水泳の授業を休むとは考えにくい。初日に話していたよりも、もっと深い事情があるのかもしれない。春休みという間の抜けた時期に呼び出されたのも、1年生の体育の先生ではなく、今まで全く接点のなかった3年生の中野先生が補習を担当するのも、何か特別な配慮が働いた結果のような気がする……。

「……まあ、考えてみてもしょうがないか」

 俺は小さく独りごちて、教室に向かう足を早めた。

 榊原先生が芦川の面倒を見てくれと言ったのも深い意味はなく、単に「仲良くやれよ」という程度のことかもしれない。芦川とは中学は別々だったが、今、こうして高校で再会している。芦川は相変わらず明るく快活で、俺にはため口をきいたり、時には俺の間抜けなところを指摘してきて「ぷっ」と笑うこともある。俺としても、そんな芦川の態度が心地よいと思っている。面倒を見るも何も、むしろ俺の方が彼女のペースに乗せられているような気がしないでもないが。

春休みの水泳補習は、毎日午前中のみ。約3時間のプログラムで、それが4日間。今日から後半戦。短い期間ではあるが、芦川と一緒にこの時間を共有するのは、悪くない。ましてや、担当が美人で優しい中野紗耶香先生となれば尚更だ。昨日のプール見学では、その整った顔立ちだけでなく、穏やかで包容力のある話し方に、改めて好感を持った。普通ならまず関わることのない中野先生と、こうして補習を通じて親しくなれるのはラッキーかもしれない。

 教室の扉の前に来た。もう芦川は来ているだろうか。なんとなく胸の奥がざわつくような、それでいて、どこかワクワクするような複雑な気持ちが芽生えてくる。補習初日にあった憂鬱さはすっかり消え去っている。よし、行くか。


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