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春のプールはジャージの季節  作者: 与一
二 やわらかな光
24/49

おしまいに更衣室を

「今日のプール見学は、施設の様子をよく見てもらうために職員用の出入り口から入りました。普段の授業では、生徒用昇降口を使用しますから、帰りはそちらから出ます」

なるほど。最初に通った扉は、ずっしりと重く分厚い鉄製で、ちょっとした防犯扉のような印象だったわけだ。

 先生の先導でプールの見学を終えた俺たちは、入ってきた入り口とは別の、普段生徒が使う出入り口に向かう。そこには、ガラスがはめ込まれたアルミサッシ製のすっきりとした扉があり、軽やかに開閉できそうだった。

「ここが本来のプールサイドへの扉です。明日以降は、ここから入りますので、覚えておいてくださいね」

扉の向こうに足を踏み入れると、廊下はプールエリアと同じくらい静かだったが、空気は少し柔らかく暖かい。壁面は清潔な白タイルで覆われ、ところどころに自動販売機やコインロッカーが設置されていて、整然とした印象を受ける。天井の蛍光灯が反射するタイル面は明るく、歩く足音もほんのりと響く。

 隣を歩く芦川が、そっと声をかけてきた。

「佐藤」

「ん?」

「なんか……思ったよりずっとちゃんとしてる場所みたいだね」

 芦川の小さな声には、単なる感動だけでなく、どこか一仕事やり遂げたようなものも混じっている気がした。視線は無理に上げず、廊下の床や壁に沿って穏やかに動かしている。

「ああ。これなら結構楽しめるかもな」

俺は明るく応じた。最初は、いきなり泳ぎのテストだとか始まったらどうしようという不安はまだ心の片隅にあったが、目の前に広がる整った施設と、穏やかに俺たちを見守る先生の様子を見ていると、少しずつ肩の力が抜けていくのを感じた。

先生は俺たちの会話に耳を傾けながら、満足そうに頷いている。その表情は温かく包み込むようでありながら、どこか静かに俺たちの反応を観察しているようでもあり、微妙な緊張感を残している感じもする。

廊下をそのまま進むと、正面に二つの扉が現れた。左右対称に並んだ、無機質なスチール製の扉で、シンプルなデザインには特に装飾もない。上部には小さなプレートが掲げられており、「女子」「男子」と淡々と刻まれていた。

「こちらが更衣室です。今日は見学だけですが、明日以降、利用しますので、場所は覚えておいてくださいね」

中野先生が説明する声に、芦川の身体がわずかに固まったのを感じた。彼女は女子更衣室の扉を一瞬だけ強く見つめ、ゆっくりと息を呑む。それはほんのわずかな間だったが、彼女の瞳に微かな影が過ったように見えた。時々見せる、何かに怯えるような影だ。だが、もう次の瞬間には、彼女はいつもの涼やかな表情に戻っていた。まるで何事もなかったかのように。だが、次の瞬間には、彼女はすぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。肩の力も自然に抜け、まるで何事もなかったかのように、静かに先生の言葉に耳を傾けている。

「更衣室内にはシャワールームや洗面台もあります。今は私たち以外、誰も使いませんから、皆さんの個室も同然です。ただし、貴重品はロッカーに入れて、鍵をかけておいてください」

先生の穏やかな声は、芦川の微かな緊張にも配慮するかのように、優しい響きを帯びていた。俺は横で芦川の横顔をちらりと見たが、彼女は何事もなかったかのように先生の説明を聞き、静かに頷いている。あの一瞬の緊張は、俺の見間違いだったのかもしれない。

「ありがとうございます」

芦川は俺よりも少し早く、はっきりとした声で礼を言った。その声に震えはなく、堂々としている。

「いえいえ。何か困ったことがあれば、いつでも言ってくださいね」

先生の言葉に、芦川はその言葉に静かに頷いた。その横顔には迷いはなく、ただ淡々と先生の言葉を受け入れているように見えた。俺には、なぜ一瞬そういう表情を見せたのか、その理由は分からない

「佐藤君も焦らなくて大丈夫です。こうして補習に参加しているだけで十分ですよ」

俺は少し驚いた。そんな風に見られていたとは思わなかった。確かに早く終わらせて自由になりたいという気持ちはあったが……。

「は、はい」

俺は慌てて頷く。芦川は俺の方をちらりと見て、いたずらっぽく微笑んだ。その笑顔に、さっきの暗さはなく、いつもの涼やかさが戻っている。

「ではでは教室に戻りましょう。そこで本日の補習は終了になります」

 先生がそう言うと、踵を返して歩き出す。俺と芦川も自然にその後に続いた。



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