第84話「明ける」
まだ夜が明けきらない、選考会2日目の朝。
宿舎の外に緋色は誰よりも早く出ていた。
冷たい冬の空気を胸いっぱいに吸い込む。
(信じてみよう。まずは、自分自身を)
昨日の決意がまだ胸の真ん中できらめいている。
不思議と体が軽かった。
一人、玄関前で軽くストレッチをしていると少しずつ他の選手たちが出てきた。
朝食を終え、会場へ向かう時間。
「おはようございます!」
緋色は自分から大きな声を出した。
昨日までとは違うはっきりとした挨拶。
すれ違う選手たちが驚いた顔で振り返る。
「お、おう……おはよ」
篠原が少し戸惑ったように応える。
李吏も十河も目を丸くしていた。
岩倉も、持田も――誰もが驚いていた。
昨日までろくに目も合わせられなかった人間からの大きな声での挨拶に当然の反応だったかもしれない。
でも、これが今の緋色にできる最初の一歩だった。
その中で――。
「おおお~っ……緋色くーーーん、今日は気合が違いますなっ!!」
振り返ると瞬がいつもの脱力した笑顔で立っていた。
「うん!心機一転!」
「いいですなぁ~。顔がねぇ、昨日よりもシャキキっと~!」
瞬は緋色の顔を覗き込んで、にやりと笑った。
「……ふふ。おもろくなってきましたな~今日は楽しみですな~~~~」
少し離れた場所で、二人がその様子を見ていた。
多那が澪凪に呟く
「良かったねぇー、澪凪」
「ああ……もう大丈夫そうだな。」
「やっぱホッケーは楽しまんとねー」
澪凪が静かに頷いた。
「そうだね。…次は僕たちの番だ」
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選考会会場に着きアップの前に選手たち全員が集められた。
田村監督がいつも通り淡々と口を開く。
「今日は20分ゲームを3本やる予定だ。1本目はU15内で新しいチーム編成でやる」
ざわつきが広がる。
「途中でU14の一部を混ぜるぞ。みんな集中して臨め」
そう言って、田村監督はチーム分けを発表した。
青チーム
GK・馬島
DF・百舌鳥、岩倉、皐月、澪凪
MF・颯真、緋色、多那
FW・照、瞬、瑞樹
赤チーム
GK・浦崎
DF・原田、持田、堀田、先田
MF・十河、湖泉、橋本
FW・篠原、宮儀、李吏
緋色は、青のビブスを受け取った。
背番号は――8。
(8番だ…!)
緋色の昔から好きな番号だった。
一方、赤には昨日の主力3年生たちが並んでいた。
浦崎、原田を中心にした経験豊かな組み合わせ。
対して青は――2年生が多い。
そこに、多那、澪凪、照、皐月が混ざる形。
(今日は……昨日パスが通った人たちが多い)
緋色の胸が、少しだけ高鳴った。
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アップが始まると緋色は決めていたことを実行に移した。
一人ひとりに自分から声をかけていく。
そして――。
ゴール前でストレッチをしている浦崎のところへ向かった。
心臓が少しだけ速くなる。
「浦崎さん!」
「……ん?」
「昨日は……ありがとうございました!」
浦崎の眉が、ぴくりと動いた。
「……なんのことだ?」
「『こんなもんだったか』って言ってもらえて……」
緋色はまっすぐに浦崎の目を見た。
「悔しかったです。でも、あの言葉がなかったら僕はたぶん今日も自分を出せないままでした」
少しの沈黙。
浦崎はじっと緋色を見つめた後、ふっと視線を外した。
「……良い目つきじゃないか」
「え……」
「今日は全国でやり合った時の…あの時のお前だよ。」
「……っ」
緋色の胸の奥が、じんわり熱くなる。
「今日は絶対遠慮するなよ?俺はお前の最高のパスに1点取られたんだ」
浦崎は、ゴールへ歩き出しながら、背中越しに言った。
「――かかってこい」
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ピィーー!!
審判の笛が鳴り1本目が始まった。
緋色は青チームの真ん中のMFの位置。
開始直後から、声を出した。
「照先輩! 右からいきます!」
前線の照が反応する。
「よっしゃ、緋色頼むでー!」
中盤で緋色がボールを受けた瞬間、視界の中でうっすらと青い光の線が広がった。
(多那さんが左サイドで動いてる。
澪凪さんが後ろから上がってる。
颯真が中央で空間を作り――――
照先輩と瞬が前線でDFを引きつけている。
――いける!)
緋色は多那へ横パス。
「いいねー!」
多那はドリブルを挟み前へ運ぶ。
ドリブルで赤DFの持田を引きつけ緋色とのワンツーから中央の照へ絶妙なパスを送る。
照は受けた瞬間、シュート体勢に入るフェイントでGK浦崎を釘付けにしそのまま右へ流れ込む瞬へスルーパス。
「ほいほい~」
瞬の風のようなワンタッチ。
緋色は既に走り込んでいた。
(――ここだ)
しかし瞬が選んだのは緋色ではなくその後ろで待ち構えていた颯真だった。
「緋色くんも引っ掛かりましたな~」
(――颯真!)
颯真がダイレクトで左隅のゴールに叩き込む。
その瞬間――GK浦崎が凄まじい反応で弾き飛ばした。
「――ちぃっ!」
ボールはラインを割り、青チームのLCで再開。
昨日とは打って変わった目の覚めるような青チームの連携に会場が沸く。
「今のは惜し~~!!!!」
「あの反応、浦崎はやっぱ化け物だな……!」
緋色は息を吐いた。
(――繋がった…!)
決まらなかった。
でも、確かに。確かに繋がった。
昨日とは違う。
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1本目 5分、赤チームの攻撃。
赤DFの先田がボールを持つ前から既に前線を見ていた。
「――ふっ!」
先田は狙いすませたスクープボールをあげる。
ボールは高く弧を描いて、青の陣内深くへ飛んでいく。
その先には快速FWの李吏がいた。
李吏はDFラインの裏を抜けて、右サイドラインを独走しエンドラインを抉っていく。
「ナイスパス!!もらった!」
青GK・馬島との1対1に持ち込み、難なく抜いてシュートを放つ。
ピピィ―――――ッ!
「よっしゃぁーーーー!!!1点目!」
李吏が両手を上げる。
先田も無言で拳を握った。
「先田のスクープはやっぱめっちゃ飛ぶな」
「李吏の突破えぐいわ」
赤チームの3年たちが盛り上がる。
U14の見学組も観客席の保護者たちも一瞬のプレーに沸いていた。
「――やっぱ3年生は違うな……」
赤 1-0 青
田村監督は静かにノートに何かを書き込んでいた。
「……ふむ」
緋色は、深く息を吸った。
(さすがは3年生だ。個人技はやっぱりすごいものを持ってる。)
(……でも焦る必要はない。僕は僕のプレーを出すんだ)
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9分、緋色が試合を動かす。
青チームの攻撃。
緋色がDFから自陣25ヤードライン付近でボールを受ける。
コートを見渡すと、
多那、澪凪、照、瞬、颯真――
みんなが動いていた。
(――みんなが僕を見てくれてる)
(きっと信じて走ってくれる)
「緋色~、こっちさー!」
緋色は全体を見渡すと迷わず右サイドの多那へパスを送った。
多那が受けてそのままドリブルしようと前を向く。
赤DFの堀田が対応するが、サイドラインぎりぎりを後ろから百舌鳥があがってきた。
「そろそろ活躍しないと干される予感!!多那さぁぁぁんパスパス、ヘイヘイヘ~イ!!」
「ははっ!たしかに~」
瞬が遠くで笑っている。
多那は百舌鳥のスピードを止めないようにスペースに放るパス。
百舌鳥はサイドを一気に切り込もうとするが赤チームのDFが阻止に入ると百舌鳥はストップ。
「あ、やべ。。。瞬~た~す~け~て~」
目が合う。
(――ここだ!)
百舌鳥が捕まる瞬間に緋色がフォローに入る。
「百舌鳥くん!!」
「あ、ないすぅー!ひーろくん、ほいっ!」
多那もその瞬間を見逃さない。
緋色が百舌鳥からのリターンを受けた瞬間、中央に折り返せる位置取り。
「緋色~!」
その目があった一瞬で緋色の判断に迷いなく反応する。
(―――多那さん!すごい…伝わってる…!)
逆サイドに走りこんでいた澪凪に多那は大きく展開。
パスを出した選手がすぐに走り出し新たなパスコースを作る。
「澪凪さん!」
澪凪が中央に残っていた颯真へ。
澪凪はワンタッチで中央の颯真へわたす。
「……。こういう事か…?」
颯真は素早く左奥に走っていた瞬に出し自らもサークルインする。
(――繋がってる!見える!)
緋色の視界には青い光と金色の線が幾つも走っていた。
(サークル外、左サイドで瞬がフリーで持ってる。颯真がリターン、澪凪さんがフォローできる位置に。ゴール前に2人、多那さんと百舌鳥くんもあそこに…。)
(――ここだ)
緋色が動き出す。
「ぴきーーーーん!ほほーぅ、面白っ!」
瞬がサークル外で受けた瞬間リターンに走る颯真に出す。
そのリターンを受けすぐにGKの前にセンタリング。
「ご要望とおりですよ~~……緋色くん!」
赤DFの間の細い隙間をとおり、GK浦崎の前にボールが出てきた。
「…誰もいない、クリアできる!!」
GK浦崎が飛び出す瞬間、そこに照が現れた。
「なにっ!!?」
「俺を忘れちゃ困るで―――!!」
そのボールはワンタッチでGK浦崎の横をすり抜け、緋色にわたる。
「さすが照先輩!!僕を見ててくれた!」
GK浦崎の虚を突くコースへボールが流れていく。
DFが詰めてくる一瞬で緋色は右ポストに走る百舌鳥へスルーパス。
「はいはいごっちゃ―――――んです!手柄げっと~~」
ゴール――!
ピピィーーー!
「よっしゃぁーーーー!!」
青チームが沸くと同時に会場全体が驚いた。
「多那さん、ナイス展開!」
「緋色くんのパスはやっぱおもろいですね~、わくわくです」
「百舌鳥ナイッシューーーーー!」
「俺、手柄ゲットで生き残るっ!!」
多那が嬉しそうな顔で緋色の元へやってきて肩を軽く叩いた。
「緋色~!やっとらしくなったんじゃないか~!その調子さ~」
「……はいっ!」
緋色は思わず笑った。
みんなが緋色の元に集まってくる。
「これさー、これー!!」
「……いいプレーだった」
「緋色、次じゃ次!もう1点いくでー!」
赤 1-1 青
田村監督が喜ぶチームをじっと見る。
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次の瞬間、田村監督が声を上げた。
「皐月は先田と、瑞樹は李吏と交代で赤チームに入れ。功多、虎徹は青チームに入れ」
先田と李吏が少し驚いた顔でベンチを見た。
「……え!?俺たちが交代!?」
二人は納得のいかないままピッチを後にする。
入れ替わりで皐月と瑞樹が赤のビブスに着替え、赤チームへ。
そしてU14から功多と虎徹が青チームに入ってきた。
「……緋色、俺もやるぞ。俺のプレーを!」
功多が短く言ってDFの位置に着いた。
虎徹はFWで、瑞樹の代わりに青チームの前線へ。
U14の見学組が、少しざわつく。
「……おい、もしかしたら俺らも呼ばれるかも」
「まだチャンスあるってことか……?!」
一気に、U14勢の眼の色が変わりスイッチが入った顔になった。
少し離れた場所で先田が小さく呟いた。
「……なんで、俺らが下げられたんだ?」
李吏も首を傾げていた。
「……分からん。十分活躍はしたと思っていたんだが…」
2人は怪訝そうな顔でベンチに座った。
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試合再開。12分。
赤チームの攻撃。
新しく入った功多と虎徹の連携が噛み合わず、青のDFラインにわずかな乱れがあった。
交代のあった赤チームの選手たちが色めき立つ。
「負けられない、行くぞ!」
赤MFの湖泉から、十河へ横パス。
十河は展開されたボールをすぐに縦の篠原に渡す。篠原は宮儀に簡単に繋ぎリターンパスを要求するが宮儀はそれをフェイントに使いサークルに入っていく。
その素早いプレーに青のDF百舌鳥と澪凪が2人でプレスをかける。
――二人がかりの守備
だが、宮儀はスピードを緩めなかった。強引に2人の間をそのままのトップスピードで振り切りにかかる。
「――なっ!」
一瞬で青のDFラインが崩れた。
逆サイドでフリーの選手が走っているのが見える。
(――パス……じゃない!打てば決まる!!結果を残すっ!)
角度を作るため無理筋だったコースを変えリバースへシュートの体制に。
青のDFが密集する隙間の細い一本の糸。
「もらった!!」
「させるか!!」
打つ瞬間に功多がシュートブロックに入る。
「何っ!?」
「そのプレーなら読めるぜ!抜かれるならここしかない!」
シュートブロックされたボールは逆サイドに流れていった。
「ちっ…!」
それに反応していた篠原は猛スピードでこぼれ球を回収。
ボールを拾った瞬間、既に宮儀がタッチに入れるところへ走り込んでいた。
(――決めろ、宮儀)
「出せ!」
篠原は迷わず宮儀にパスを送り宮儀が強引にダイレクトタッチシュート。
馬島は飛びついたが、ボールは顔の横のコースを抜けて――ゴールネットに突き刺さった。
赤 2-1 青
「よっしゃぁーーーー!!! ナイスパス!」
宮儀が篠原の方を振り返り、拳を突き上げた。
赤チームが沸いた。
「宮儀ナイス!」
「篠原ーーー!神フォロー!」
U14の見学組も観客も、盛り上がっていた。
「――くそまた個人技にやられた……!追いついたばっかなのに」
少し離れた場所で、篠原が息を整えていた。
「――ふぅ」
篠原は表情を変えずに、宮儀の元へ歩き出す。
何も言わずに、軽くハイタッチ。
(まあ決まったなら…)
しかし――。
田村監督は、じっと赤チームを見つめていた。
そして、篠原に視線を移しノートに書き込む。
緋色は、じっと篠原を見ていた。
(すごい……あのフォロー)
(あのパスも、その後のシュートチャンスを作る動きも)
(――凄い)
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その後も、試合は一進一退が続いた。
青は緋色を中心に何度もチャンスを作り、
赤は個の力で押し込んでくる。
最終スコア。
赤 2-1 青
青の敗北だった。
「よっしゃぁーー!」
「勝ったぞ!」
赤の3年たちが盛り上がる。
しかし緋色の胸には確かな手応えがあった。
(繋がった。何度も、何度も)
(負けたけど、これが……僕のプレーだ)
そんな中、近くにいた巧真が田村監督のノートを覗き込み一瞬、目を細めた。
「……面白いな」
田村監督は静かにノートを閉じた。
「さて、次だ」
――2本目が始まる。




