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緋色のスティック  作者: ぱっち8
第8章
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第85話「見たいもの」


給水を終えた選手たちが、もう一度センターサークルの周りに呼び戻された。


田村監督がバインダーを開く。


「さあ、2本目だ。U15はシャッフルしてメンバーを変える」


ざわめきが起きた。


三年生たちが顔を見合わせる。


「そして、U14と戦ってもらう」


その一言で空気が変わった。


コートの脇でアップをしていたU14たちの動きが止まった。


「……え」


「俺らも出れるってことか!?」


「マジかよ!」


田村監督は顔を上げなかった。


「颯真、馬島はU15に入ってもらう。河合もだ」


「――ぴきーん!」


瞬が変な声を出した。


「ほっほーーーう!神門くんと一緒じゃないですかぁ~。やったー」


颯真は返事をしなかった。


田村監督は聞こえなかったふりをして読み上げを始めた。


赤チーム U14


GK・蒼(半分で天音と交代)


DF・石峰、功多、岩倉、凜太郎


MF・百舌鳥、緋色、織田


FW・藍人、虎徹、焔


青チーム U15


GK・浦崎


DF・原田、持田、澪凪、皐月


MF・多那、颯真、篠原


FW・宮儀、照、瞬


「半分で替える。交代の選手はボードに出すから見といてくれ」


「…はい!」


緋色は赤のビブスを受け取った。


背番号は――8。


(……また、8だ!)


自分のほうへ歩いてくる顔ぶれを見る。


(――このメンバーだと落ち着くな…。)


昨日から今日までなかなか通らないパスをずっと出し続けてきた。


でも、この面子なら。


(――きっと)


ベンチのそばで巧真と烈真が田村監督に声をかけた。


「……ずいぶん、思い切りましたね。」


田村監督はバインダーを閉じた。


「…少し、見たいものがあってな」


それだけ言って監督はライン際まで歩いていった。


巧真はその背中を見送ってから赤のビブスを着ていく選手たちに目を移した。


「おーい緋色ーーー!!」


向こう側から聞き慣れた声が飛んできた。


照が青のビブスをひらひらさせて笑っている。


「なんじゃそりゃ、岡山ばっかじゃねーか! ずるいでー!」


「照先輩が凄いんですよ!そっち側なんですから」


緋色が言い返すと照は満足そうに親指を立てた。


その隣に多那が立っていた。


多那は緋色を見つけると片手を軽く上げた。


「悪いけど、負ける気はないさー。」


いつもの笑い方だった。


その隣で澪凪が静かに口を開いた。


「……ああ。楽しみだね。」


緋色は青の並びをもう一度見た。


多那。澪凪。颯真。瞬。照。


昨日から今日にかけて緋色を助けてくれたメンバーが向こう側にいる。


そしてその中盤に――篠原がいた。


(――篠原さんがMF……?)


1本目、篠原はFWだった。


前で潰れて、こぼれ球を拾って、周りのためにフォローに走っていた人。


「……。」


篠原は緋色を見つめていた。


田村監督からは全体に何の説明もせず試合は開始に向かっていた。


コートに入るとすぐに虎徹が肩をぶつけてきた。


「緋色ー!一人で何でもかんでもやるんじゃないぞ!」


「え…?」


「昨日ずっと一人でどうにかしようとしてたろ。俺も受けにくるから、任せろ!」


言うだけ言って虎徹は前へ走っていった。


ポジションについた凜太郎が声をかける。


「緋色―取ったら出すから、しっかり走れよ」


「凜太郎!」


「俺もフォローに上がるからなー!後ろは功多がいるし!」


「何言ってんだ凜太郎!丸投げはさせねーぞ。お前もDFにしっかり使わせてもらうぞ」


「ぅげ…。」


「後ろは俺が全部潰す」


功多はそこで初めて緋色のほうを見た。


「緋色。後ろは俺たちに任せとけ。」


気合十分の顔で笑って功多は自分の位置へ走っていった。


(……みんな)


焔は真剣な顔で相手ゴールをにらんでいる。


(僕はまだ一点も取ってない…!このままじゃ終われない!!)


焔の手がスティックを握り直す。


(ここで取らないと、たぶんチャンスはもう…)


神妙な顔で開始の笛を待っている。


その時、藍人が隣に来た。


「緋色。今日はさ」


藍人はスティックの先で芝を軽く叩いた。


「あの時の感じで行こう」


「…あの時?」


「11人制の時のあの感覚。そこに俺は必ずいるからさ」


藍人は少しだけ笑った。


「だから、迷ったら自分の信じたコースでいい。俺も信じて走るから!」


「――うんっ!」


藍人はそれだけ言って、さっと前へ走っていった。


緋色はその背中を見て思う。


(……誰も、「自分が」って言わなかった)


みんなが僕を信じてくれてる。


(……。)


ゴールのほうを振り返る。


蒼がヘルメットをスティックで軽く二回叩いた。


それからスティックでレガースを強く二回。


バンッ!バンッ!


蒼が気合の入ってるときにやる音が聞こえてきた。


この音が鳴ったら、蒼の準備は終わっている。


「蒼!」


「うん!」


「後ろ、お願いね!」


「任せて!」


蒼はそれだけ言ってゴールラインに立った。


ピィーー!!


笛が鳴り2本目が始まった。


――凄い。


ボールに触れる前から視界いっぱいに光る線が伸びていた。


凜太郎が、功多が、虎徹が、焔が……。


(みんなの動きが見える…!)


こんなに明るいのは久しぶりだった。


(コートが広いからだろうか)


(多分……ちがう)


(きっと自分が信じて、そして僕を信じてくれる人がこんなにもいるからだ)


「行こう!凜太郎!」


「OK!」


凜太郎と息の合ったワンツーパスで一人を抜き去る。


「百舌鳥くん!」


「はいはい、生き残りますよーーー!」


後ろから前へ、左から右へ。


青のコートを赤のボールがテンポよく回っていく。


「うおっ、めっちゃ回るな赤チーム!」


「U14って、ここまで上手かったのか……?」


見学席が沸いた。


緋色の胸が高鳴る。


(――やっぱりだ)


サークルの手前まで運んで右の虎徹へ。


「よっしゃ、もらったぁ!」


虎徹が狙いを定め振り抜く。


その瞬間、すでに澪凪が奪っていた。


「……遅い」


虎徹のシュートモーションを見抜き打つ前にボールをカットしていた。


シュートを打つ間もなく、ボールが奪われる。


「なっ――まじか!!」


(惜しい!さすが澪凪さんだ。でも…)


繋いだ。


ちゃんと繋がった。


3分。


青の攻撃。


颯真が自陣サークル付近でボールを奪いカウンター。すぐに右の多那へ流した。


多那が受け、顔を上げる。


上げてから少し止まった。


「……おいおい~」


多那のフォローに誰も入ってこなかった。


原田は間に合わず後ろに残っている。


宮儀はDFの裏を狙っている。


照は左で手を上げているが、そこまで届かせるには一度中を経由するしかない。


渡せる人がいない。


「もー……仕方ないねぇー!」


多那はスピードを落とさずドリブルに切り替える。


功多が寄る。


「――行かせない!止めるっ!」


功多がうまくコースに体を入れ進む方向を限定させる。


「おおー、上手いねぇ~……でもまだまださー!」


多那は一瞬のフェイントから方向転換。限定させ「られていた」コースに入る前に功多をスピードで振り切る。


「なっ……!」


体勢が崩されたのは功多のほうだった。


瞬間の対応に足が滑って一歩遅れる。


多那はそのままサークルへ入り、シュートフェイントで岩倉を動かす。


「蒼っ!」


緋色が叫んだ。


「わかってる!間に合う!」


角度を消して、正しいタイミングでセーブに出る。


それでも――多那のシュートの方が一足早く、ボールは蒼の伸ばした腕の内側を抜けていった。


ピピィーーー!


青 1-0 赤


会場が沸く。


「多那一人で行ったぞ今!」


「二人抜いてからのシュートまでが…なんだあれ……!」


多那は苦笑いしながら自陣へ戻っていった。


すれ違いざま緋色にだけ聞こえる声で言った。


「ん-…。これじゃないねー。しんどいさー」


(――え)


振り返った時に多那はもう背中を向けていた。


5分。


焔がボールを持った。


「――いけるっ!」


ボールがスティックの上に乗ったままボールを浮かしながらドリブルを始める。


そのまま原田のスティックの上を越えて進んでいく。


「くそ、相変わらず器用な真似を…!」


焔の得意な空間を使ったドリブル。


「おおっ!抜いたっ!」


見学席が沸いた。


だが、簡単には行かせない原田の落ち着いたDF。


無理にボールだけを追わず、焔の進むコースを読む。


ボールがスティックに乗った瞬間に半身になりスペースを作る。


そしてボールの進むコースを見極めつつ、落ちてくるポイントにチェックに行く。


「――くっ!!」


焔が仕掛けようとした先はすでに原田の守備範囲だった。


「……簡単にはやらせないぞ」


原田は軽く言って前へ繋ぐ。


次も同じだった。


フェイントにはかかっている。


だけど仕掛けた先に、原田が待ち構えている。


「……なんで」


焔の得意なプレーがどんどん削られていく。そして声も少しずつ小さくなっていく。


焔は自分のプレーを出そうと必死に仕掛けていった。


しかし、なかなか突破できない。


7分。


赤の攻撃。


凜太郎が宮儀のスピードを消し、しつこくマークにつく。


「行かせないぞ!」


「ちっ!いやなとこにいやがる…!」


スピードが落ちた瞬間、功多がプレスをかけに来た。


「凜太郎ッ!」


「おぉ!ナイス功多!」


功多が寄せて宮儀がもたつく瞬間を凜太郎は逃さなかった。


「くそっ!」


凜太郎は奪った勢いそのままに、緋色にボールを託した。


「あとは、任せた!」


(――ここだ)


功多、凜太郎が奪う数秒前に緋色は前を向いて状況の確認をしていた。


「緋色!」


藍人と目が合う。


凜太郎からボールを受け、驚くほどスムーズに緋色はボールを前線に送っていた。


(きっと…きっと『あそこに』藍人がいる!)


出したいと思うより先に、藍人が走りこんでいた。


既に持田の裏に抜けシュートモーションに入っている。


「藍人っ!今だ!!」


「シュッ、カツッ――」


受けた藍人のリバーススイープはそのままゴールの右側へ低く速いボールを送り込む。


そこには虎徹が飛び込んでいた。


「うおおおおおっ!!今度こそーーー!」


浦崎が飛んだ。


「なっ!!シュートじゃないのかよ…!!」


反応が遅れ、手が届かない。


ゴール――!


完璧な連携での虎徹のタッチシュートはゴール右隅につき刺さった。


ピピィーーー!!


青 1-1 赤


「虎徹ぅーーー!」


「藍人ナイスパスっ!」


「よっしゃ――!緋色―!任せろって言ったろ!」


虎徹がガッツポーズのまま緋色を指差す。


「……うんっ!」


観客席から見てたU14の保護者達が跳ねるように立ち上がっていた。


「入った! 入ったぞ!」


「U14のメンバーだけでも通用してるわ……!」


9分。


赤の攻撃。


緋色がDFからボールを受ける。


(右に虎徹くん、中に藍人、後ろからサイドを凜太郎が上がってくる)


線ははっきり伸びている。


(――ここだ)


出した瞬間に緋色の動きが止まる。


「やばい!!」


既にそこに篠原が走ってきていた。


緋色が顔を上げ、パスを出す瞬間に篠原はそこを狙っていた。


「――くっ」


篠原はボールをインターセプトしすぐに颯真に渡す。


颯真は赤が全員前に出ていたため、その頭を越すようにスクープで展開していく。


「……おおーやっときたきたきた~ここですよね~?」


その先に瞬がもういた。


颯真から瞬へ。


瞬はフリーでボールを受けるとスピードを緩めずにサークルに進入。


「――くそ!」


功多がフォローに入る瞬間、すでに瞬はパスをしていた。


「うふふふふー☆残ねぇーん♪」


宮儀は簡単に押し込み勝ち越しに成功した。


ピピィーーー!


青 2-1 赤


「よっしゃぁーー!!」


「篠原、やっぱえぐいねぇー!さすがさ~」


多那が笑って篠原の肩を叩く。


篠原は少し笑い、多那とタッチをして自分の位置へ戻っていった。


緋色は動けなかった。


(……なんで、あそこが分かったんだ)


10分。


「よし、半分だ」


田村監督の声が飛んだ。


プレーが切れたところで全員が止まる。


「青はほとんど替えるぞ。GKは両方交代だ」


「くううーー!俺何もできんかったんじゃけどーーー!ボールこんしー!!」


照は悔しそうにコートから出て行く。


ボードには交代の組み合わせがすでに書いてあった。


浦崎 → 馬島


持田 → 先田


皐月 → 堀田


颯真 → 橋本


照  → 十河


宮儀 → 李吏


瞬  → 瑞樹


(……向こうの交代は最初から、決まってたんだ)


原田と澪凪と多那だけが残っている。


「赤はGKだけだ。天音、入れ」


「――えっ」


ベンチの天音が弾かれたように立ち上がる。


「……っ、はいっ!!」


(……くそっ、GKの人数からしてわかってたことじゃないか!)


蒼は悔しそうにコートから出ていく。


浦崎は馬島の背中を軽く叩いて、そのままベンチへ歩いていった。


照はベンチへ戻りながら、緋色のほうをちらりと見た。


「緋色ー……多分お前次第じゃでーー」


「照先輩…」


照は笑って手を振った。


蒼はタオルを頭からかぶりベンチに座ったまましばらく動けなかった。


(……失点は蒼だけのせいじゃない!)


昨日まで緋色は蒼のセーブを何百本と見てきた。


その蒼が、二本とも届かなかった。


「おっしゃああああーーーーー!!俺に任せとけーーーー!!!」


天音の気合の入った轟音が選考会の会場に響き渡る。


12分。


緋色は青の前線を見た。


十河。瑞樹。李吏。


三人とも、さっきまでベンチにいた顔だった。


入ってきた瑞樹は、最初に触ったボールを迷わず振り抜いた。


天音の正面だった。


「ヘイヘイ――!みえてますよーーー!」


天音は難なくセーブする。


「――くそっ! 今のは入れないとー!」


自分の膝を叩いて、すぐに戻っていく。


「よっしゃー、百舌鳥さーーあん、そのまま持ち上がれー!藍人、もっとパス受けろー!」


天音の指示が飛ぶ。


14分。


青の攻撃。


十河が中央で受けて、そのまま持ち込もうとする。


赤が二人寄せに来て、十河が止まる。


そこへ瑞樹がよってきた。


「――ここだ!出せっ!」


十河が後ろへ落とす。


瑞樹は止めずにそのままスイープで左へ流した。


そこに李吏が走り込んでいた。


「――どけ!」


受けた李吏が功多を一人外して、無理な角度のまま振り抜いた。


しかし天音の足が出ていたため弾かれる。


「よっしゃーーー!よゆーーー!!!」


「嘘つけ―!ぎりぎりじゃねーか!」


照のツッコミで会場がこの日いちばんの大きさで沸いた。


「しかし今の、繋いでから一発だったぞ!」


「瑞樹が効いてるな!」


緋色は息を吐いた。


(……向こうも、繋がってた)


沸いている会場の中で、緋色は周りを見る。


田村監督はコートの真ん中あたりをじっと見ていた。


「ふむ…。」


17分。


青の攻撃。


橋本が中央からドリブルで強引に持ち込む。


「うっしゃあああ来い来い来い来ぉぉぉい!!!」


天音の声がコート全体を叩いた。


凜太郎の足が半歩内へ動く。


そこに功多が出てくる。


橋本のコースがわずかに外へ逃げた。


放たれたボールは天音の脇腹に当たって跳ね返った。


「――どっせぇい!! へいへいへへぇーーい!!」


天音が両手を上げる。


見学席が笑いながら沸いた。


「天音うるせぇ!」


「でも止めたぞ今!」


ベンチでタオルの中の蒼が少しだけ顔をあげた。


19分。


時間的にも最後の攻撃。


緋色は周囲を見渡す。


(功多から凜太郎、凜太郎から百舌鳥さん…そして百舌鳥さんから織田くん)


(――こう繋がってくるはず)


虎徹が右にズレ、焔が中へ入ってくる。


功多と凜太郎の息の合ったプレスから、百舌鳥にボールが渡る。


「織田くぅーーーーん!あとは任せたぁぁぁぁ!」(丸投げ)


百舌鳥の叫びから、緋色が動き出した。


(――ここだ!)


「織田くん!!」


緋色はパスを受けるとすぐさま走りこんでいる焔に繋ぐ。


焔のスティックにぴたりとパスが通った。


「うおおおおっ!絶対決める!」


「…だめだ焔!落ち着いて!!」


虎徹がすぐそこに待っていた。


「こっちだ!!焔!」


しかし焔の強引なシュートは馬島が正面で受け止めた。


ボールが前へこぼれる。


「くそっ!まだだ!」


そのリバウンドボールに虎徹が飛び込んだ。


だが、こぼれた場所にはすでに澪凪がいて素早くクリアした。


だれより先に、澪凪がそこに立っていた。


「……判断が悪いな。」


ブーーーー!


2本目、終了。


青 2-1 赤


U15の勝ち。


緋色は膝に手をついた。


汗が顎から芝に落ちる。


(くそ……でも、今まで以上に繋がってた)


(ずっと……!)


ほとんどミスはなかった。


しかし頭に残っているのはあの篠原に止められたパスの場面。


「なー、緋色ー」


顔を上げると多那が立っていた。


「面白かったさー、赤。ほんとに!」


「……はい!僕もそう思います。」


「よく回っとったよねー。途中でちょっと焦ったさー」


多那はそこで少しだけ言葉を切った。


「……でも、うまく点は取れんかったねー」


「……っ」


多那は緋色の肩を軽く叩いて行ってしまった。


その後ろから澪凪が歩いてきた。


「もう少しさー」


「……え」


「必死なのはわかるけど、まずはチームさー」


澪凪は緋色の顔を見ずに言った。


「回すとこまでは、みんなできる。俺らでもやる」


「……はい」


「最後の三分の一に、青は誰も入ってこない。赤は結果を急ぐ。」


そう言って澪凪は静かに離れていった。


「蒼ーーー! 焔ーーー!」


照の声が飛んだ。


青のビブスのまま、走ってこちらへ向かってくる。


「なんじゃーお前ら、辛気くさい顔しょーるで!俺なんかほとんどボールに絡めんかったのに!!」


蒼はタオルを外して少し笑おうとした。


うまくいっていなかった。


焔は自分の手のひらをじっと見たままだった。


「……照先輩」


「なんじゃ」


「僕、一回も対人で勝てませんでした。結果も出せずに…」


焔の声は静かだった。


照は焔と目線を合わせる。


「まぁー…そりゃそうじゃろうなぁ。」


「……え」


「お前、まだまだじゃもん。」


「…!?」


焔はイラっとした顔つきで顔を上げる。


「でも一年でここにおる時点で化けもんじゃけんなー。俺らにもプライドあるし?ただ、お前が3年なった時はやべえじゃろうな!」


照は立ち上がって蒼のほうも見た。


「蒼もじゃ。まだまだ!」


「……はい」


「まだまだってことは、まだまだまだ伸びしろがありまくるってことじゃろうが!!」


「……!?」


蒼と焔の顔がすっと上がる。


言いたいことをいって照は笑顔で行ってしまった。


緋色は少し離れたところでそれを見ていた。


(さすがだな、照先輩は)


「悪くない」も「次がある」も違う気がしていた。


届かなかったのは本当のことだった。


でも、自分の今だけを見ちゃダメ。


まだこれから先があるんだと思わされた。


(――じゃあ僕は今、どうなんだろう)


「集合」


田村監督の声が飛んだ。


全員がもう一度センターに集まる。


「3本目は分け方を変える」


ざわめきが起きた。


「こっちで考えた形でやろうと思う。」


一気に空気が固くなった。


三年生も二年生も、誰も声を出さなくなった。


「呼ぶぞ」


田村監督がバインダーを開いた。


「GK浦崎。DF右から百舌鳥。功多。凜太郎。澪凪」


呼ばれた選手が青のビブスを渡され監督の右側へ歩いていく。


「右のMF多那。真ん中のMF颯真。」


多那が動く。颯真が動く。


「左のMFに緋色」


「……はい!」


自分の声が、少し遅れて出た。


「FW右から照。藍人。瞬」


照が動く。藍人が動く。瞬が動く。


「以上だ」


読み上げが終わった瞬間、見学席がざわついた。


「おい……今の並び」


「三年と二年、混ざってんぞ」


「ってか、これ……」


そこで声が途切れた。


誰も、その先を言わなかった。


緋色は右側に立っていた。


左側を見た。


蒼がいる。焔がいる。天音がいる。虎徹がいる。織田がいる。石峰がいる。


さっきまでの味方がそこにいる。


蒼と目が合った。


蒼は小さく頷いた。さっきの照の言葉で蒼の眼が復活している。


「残りは……これで行く」


田村監督が名前を呼びあげた後、バインダーを閉じる。


「二十分だ。今日はこれで最後にする」


――最後の3本目が始まる。

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