第79話「分かれ道」
【タイトル】
第79話「分かれ道」
東京駅で新幹線を降りると、ホームの寒さが体に刺さった。
「うわっ、寒みぃーー!」
照が首をすくめる。
「人もすごいなぁ……何かイベントでもしてるのかな?」
蒼が辺りを見回した。
「みんな、はぐれないようにな」
巧真と烈真が先頭に立って歩き出す。
その後ろを、緋色たちが続いた。
新幹線の改札を抜け、案内表示を頼りに電車を乗り継いだ。
さらに別の電車に乗り換えて――。
「何回乗り換えるん……」
天音がぼやく。
「岡山と全然ちがうがん、みんな忙しそうじゃなぁ」
照が笑った。
電車の中でも、にぎやかさは続いていた。
照は天音と一緒に、まだ颯真にあれこれ話しかけている。
颯真は短く返事をしながら、つり革を握っていた。
焔と土紋は、隣に並んで座っている。
時々、小声で何かを話しているようだった。
(焔と土紋くん、自然になってきたな……)
緋色は窓の外を眺めた。
東京の街並みが、岡山とはまるで違う密度で流れていく。
「緋色、緊張してるのか?」
藍人が小さく尋ねた。
「うん、会場が近づいてきたからちょっとだけ。藍人は?」
「俺は楽しみの方が大きいかな!」
二人で笑った。
やがて、目的の駅に着いた。
「さあ降りるぞー!」
烈真の声で、全員がホームに降り立つ。
冷たい風が、頬を切るように吹いた。
競技場までは歩いて十分ほど。
歩道を進む間も、照と天音は何かしら騒いでいる。
「あれだ」
焔が前を指差した。
――東京オリンピックホッケー場。
青い人工芝のフィールドが、12月の灰色の空の下で広がっている。
スタンドの存在感、整備された設備――一目で、これまでとは格の違う会場だと分かった。
すでに何人もの選手が、それぞれのジャージを着て集まっている。
「うわぁ……すごく大きくてきれいなとこだな。ここでプレーできるんだ」
緋色は目を光らせ、思わず声を漏らした。
全国大会の会場とはまた違う、独特の張り詰めた空気。
一人一人の佇まいに、目に見えない重みがあった。
「行こう」
巧真が促す。
緋色は深く頷いて、一歩踏み出した。
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受付を済ませ、ビブスを受け取る。
緋色のビブスは白の6番だった。
「あ、緋色!」
聞き覚えのある声に、緋色は顔を上げた。
「凜太郎!」
北海道のジャージを着た凜太郎が、手を挙げて駆け寄ってくる。
「久しぶり!待ってたよ!」
「もう来てたんだね!」
「ああ、長旅だったよ。東京は……凄いね。北海道とは違うよ」
凜太郎の顔を見ただけで、緋色の肩から少し力が抜けた。
「お、こっちもいたか」
今度は別の方向から声がする。
「功多……!」
鹿児島の涌陽中、藍・ウォール・功多が立っていた。
横には岐阜日夕館中の桜虎徹もいる。
「お前ら、来てたのか」
「緋色、また会えたな」
懐かしい顔ぶれが、自然と集まってくる。
全国で戦ったライバルたち。
声をかけ合い、再会を喜び合う。
切磋琢磨した仲間との再会が、緋色の心を少しだけ軽くしてくれた。
やがて、スタッフのアナウンスが響いた。
「全選手、メインスタンド前に集合してください」
緋色たちは指示に従って移動する。
全国から集まった選手たちが、ぐるりと並んだ。
前に立ったのは複数の大人たち。
中央には田村健一。
U15代表監督として、またU14・U15選考会の統括責任者だ。
その横に、神門烈真。
U14代表監督。
そして――相原巧真。
U14技術コーチ就任後の、初めての公の場。
他にもGKコーチ、フィジオ、各カテゴリの補佐コーチたちが、列の後ろに並んでいた。
「今日からの三日間、君たちには日本代表へ続く道を歩んでもらう」
田村監督の声が響く。
「U15候補、そして今回は特別にU14世代の選手にも集まってもらった。それぞれの目標に向かって、最後まで全力で挑んでほしい」
選手たちが静かに頷く。
烈真と巧真も、それぞれ短い挨拶をした。
「よろしくお願いします!」
全員が一斉に頭を下げた。
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その後、体力テストが始まった。
50メートル走、シャトルラン、ジャンプ力測定――。
全員が混ざり合った状態で、次々とこなしていく。
緋色も淡々とこなす。
息を整え、フォームを意識し、数字を出していく。
だが、隣で走る3年生たちのスピードに、思わず目を見張る瞬間もあった。
(速い……!)
全国優秀選手たちの中でも、3年生の身体能力は別格だった。
身長も、体格も、2年生の自分とは差がある。
それでも――。
(数字では、負けてない)
緋色は静かに自分の立ち位置を確認した。
シャトルランで上位の成績を残し、身体的にはついていけている。
ジャンプ力測定では、3年生の中に混ざって食らいついた。
(やっぱりみんな、個々のレベルが高い……!)
体力テストが進むにつれ、選手たちの表情が引き締まっていく。
ここからが本番、という空気が、徐々に競技場を満たしていった。
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すべてのテストが終わり、選手たちが息を整えていると、再びアナウンスが響いた。
「これより、U15候補とU14候補に分かれてミーティングを行います。U15はAルーム、U14はBルームへ移動してください」
緋色は、はっと顔を上げた。
(来た……)
周囲の選手たちが、それぞれの方向へ動き出す。
凜太郎、功多、虎徹、藍人、天音、蒼、焔、土紋――。
みんな、Bルームの方へ向かって歩いていく。
「緋色!」
凜太郎が振り返った。
「お互い、頑張ろうぜ!」
「……うん!」
「手加減しないぞ」
藍人も小さく笑った。
「こっちこそ!」
緋色も笑顔で返す。
焔と土紋も、それぞれ緋色を見て頷いた。
「行ってきます!」
緋色は表情を引き締めて、踵を返した。
颯真はすでに歩き出している。
何も言わず、ただAルームの方へ向かっていた。
緋色は、その背中を追いかけた。
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Aルームの扉の前で、颯真が待っていた。
緋色はその場で一度目をつむり、深呼吸して足を止める。
「……行くぞ」
颯真がドアを開ける。
中には、すでに選手たちが着席していた。
ほとんどが3年生。
知らない顔ばかり――。
扉が開いた音に、全員の視線が一斉にこちらへ向く。
(……っ)
期待と疑念の混ざった視線。
「あれが14歳特別枠のやつらか」と言いたげな目。
颯真は気にせず歩いていき、空いている席に座った。
緋色も、深呼吸して足を踏み出す。
一歩、また一歩。
知らない3年生たちの間を抜けて、空いている席へ。
(……ここからだ)
緋色は、静かに席に着いた。




