表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役王女の青くない春  作者: 雨傘 はる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/17

飴色の安堵


ヒロインを見かけた。真新しいピカピカのメイド服を着て、弾けるような笑顔で兄に笑いかける。

対する兄も、常になく穏やかで、少なくともシュヴィアには一度も向けたことのない表情をしていた。


「…………姫様」


「ええ。行きましょう」


絡まれてはたまらない。小説では、シュヴィアの言動のいちいちに傷ついて、兄に泣きつくイメージしかない。

前世のシュヴィアが、珍しくあまり好きじゃなかったヒロインだ。


小説の中で好きだったのは、情景の描写だった。

本の中の景色が、まるで目の前に映し出されるかのような多彩な表現が好きで、何度も何度も読んだ。


それが理由か、今のシュヴィアは周囲の景色をつぶさに鑑賞する癖がある。

葉を滑る雫の輝き、舞う蝶の羽の余韻で踊る花、噴水の飛沫を彩る空の色。


だから。


「陛下、伏せて!!」


ヒロインと向かい合う兄の背後、離れた木の影から悪意が放たれたことにも、気づいてしまった。

咄嗟に声を上げ、駆け出す。今日の麻痺が利き腕でよかった。


ヒロインを守りながら身を屈めた兄の背中を狙う矢を、シュヴィアは左腕で受けた。

びりっと強い刺激と、熱。兄を守る位置に立ち、刺客がいるであろう方向に目を凝らす。


「姫殿下っ!」


「四時五十二分の位置! 追って!」


「はっ!」


逢瀬のために、兄は近衛騎士を離れた場所に配置していたらしい。

彼らが駆けつけるのを待っていては、矢は兄に届いただろう。


小説では、こんな展開はなかったように思う。ひどい苛立ちがぐつぐつと煮えた。


「おまえ……」


「アンネ、陛下を安全な場所へ!」


「はい!」


「でも、お姫様が、私のせいで……」


「早く陛下を! 陛下! 早急に移動を!」


「あのっ、ごめんなさい、私……」


ああもう、鬱陶しい。

額から脂汗を落としながら、シュヴィアは振り返った。

うるうると目を潤ませたヒロインが、びくっと肩を震わせる。


「……陛下、お早く」


我ながら、ひどく低い声が出た。近衛騎士たちに急かされ、兄が立ち去る。

肩で息をするシュヴィアは、動きたくても動けないのだ。


「姫殿下」


いつの間にか、傍で身体を支えていたのは深紅の騎士。私服だ。今日は非番なのか、でも駆けつけてくれたのか。

腰を折って目を合わせた彼の飴色の瞳に、なぜだか安堵した。


ああ、何だろう。前にもこんなことがあった気がする。


「毒ですか」


頷く。鏃に毒を塗るのは、暗殺者がよく使う手だ。

捕らえた獲物が動けば動くほど、それは早く身体を蝕む。

そうさせないためには。


胸ポケットからハンカチを出した深紅の騎士が、シュヴィアの口に詰める。

厚い胸元に額を押しつけるように、長い腕が矢の刺さるシュヴィアの腕ごと強く拘束した。


「堪えてください」


頷いた直後、叫び声がハンカチに染み込んだ。痛い。熱い。熱い。


ぐらっと傾ぐ身体を支えて一緒に座り込んだ彼が、傷口から血を吸い出すたび、びくんびくんと身体が跳ねた。

意識が朦朧とするシュヴィアは強い力で拘束され、繰り返し拷問のような痛みに耐えた。


────ああもう本当に、何でこんな時に意識を失えないの。


気絶するほどの痛みに違いないのに、意識の芯がやたらしっかりしている。


「あ、……なた、なを……」


ぎゅーっときつく傷口を縛られて、息も絶え絶えになりながら、シュヴィアはようやく声にする。

褒賞を。誰よりも早く駆けつけた優れた騎士に、王妹が与えられる最大の誉れを、授けないと。


もちろん、名前くらい知っている。でも、王族が改めて問い、名乗りを返すのが、それのしきたりだ。

ぐったり脱力する小柄な身体を抱き上げた深紅は、苦笑して首を振った。


「無事に目を覚まされたら、その時に名乗る栄誉を賜ります」


「そ、う……なら、がん、ばる……っ」


「ええ。姫殿下、もう、大丈夫ですよ」


ああ、もういいんだ。ありがとう。

張り詰めすぎた気持ちの、終わりどころがわからなかったの。


ブツッと電源が切れるみたいに、シュヴィアの意識は一気に闇に閉ざされた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ