叱責
「陛下。私の言いたいことは、わかっておりますね?」
シュヴィアが兄を庇って毒矢に倒れ、三日が経った。未だ高熱が続き、意識も戻らない。
そんな中、非番ながら騒ぎを聞きつけいち早く駆けつけた騎士の鏡である乳兄弟の前で、ルドルフは深く項垂れていた。
「姫殿下があなたのために身を挺して倒れられるのは、これで二度目です」
「……ああ」
「近衛を遠ざけるなどありえない。わざと私が非番の日を選びましたね? あの近衛たちは、見習いに降格しました。うち半数は除団を希望しています」
騎士の花形と呼ばれる近衛騎士になれるのは、圧倒的な実力と実家の後ろ盾、教養とマナーなどすべてを兼ね備えた者だけ。
その狭き門を通過した者たちが、仕える相手の指示に従ったせいで降格される。主としてあるまじきことだ。
「あなたは、姫殿下に殊更つらく当たられる。以前から忠告しておりましたが、一向に改善されませんね。何か理由があるのですか?」
「つらくなど……あれは昔、相当な我儘ばかりで、甘やかされた子供だった。甘くしては、またそうなるだろう」
「姫殿下の我儘など、せいぜい子供の言う範囲内のことだったでしょう」
「だが、言うべきでない時も、場所も構わなかっただろう」
「誰も教えませんでしたからね。ご両親や姉君は快く応じられますし、あなたは『黙っていろ』しか言わない。いつ、どのようにならば叶うのか、誰も教えなかった」
そうは言うが、とルドルフは思う。
少し注意をすれば大袈裟に泣き、両親や姉はルドルフを責める。正直、かなりうんざりした。
「姫殿下が、ご自身を捨て駒のように扱われるのは、陛下のせいです」
「……捨て駒」
「二人しかいない王族としての自覚を持ちながら、姫殿下はご自身を無価値だと思っていらっしゃる。だから政略結婚にも国益しか考えないし、あなたの危機なら命を賭す。周囲の人間の方がよほど大切にされています」
そうだっただろうか。昔の印象があまりに強く、そこまで考えて妹を見たことがなかった。
いや、極端な考えを持っていることは、わかっていたが。
「あなたは、姫殿下をどうされたいのです」
唐突な発言に見やれば、深紅の瞳が怒りを称えてこちらを見据えていた。
ああ、そうか。彼は、一度目も二度目も、倒れていくシュヴィアを腕に抱いていた。
それは、どれほどの悔しさだろう。
「あの平民の女性が来てからは、余計に蔑ろにされていますね。あの娘は、姫殿下をあれこれと知った風に言いますが、あなたの危機に身を挺したのは姫殿下です」
彼女は────マリアンヌは、確かに、シュヴィアに苦手意識があるようだった。
美しく聡明で実績のある王妹と自分とでは、並び立てはしないと落ち込む。慰めて、褒めてやってはいるのだが。
「『姫様が私のために』? まったく、思い上がりも甚だしい」
「おい、言い過ぎだ」
「そうでしょうか。そもそも、姫殿下と比べるのも烏滸がましい。常々、私は疑問でした。陛下は何も思わないのですか?」
「…………」
「姫殿下とあの女性を比べられるのですか? 姫殿下には確かな努力と実績があり、あちらには陛下の寵愛しかないのに? 私には、立ち位置すら異なるのですが」
比ぶべくもないと、暗に言っているのか。悔しいような、でも納得してしまうような。
愛する人への侮蔑と受け取ればいいのか、妹への賞賛と見なせばいいのか。
「あなたが勘違いさせるから、夢を見るのです。国政に携わる貴族を敵に回して、どのように民の暮らしを守るのです。何のための王制です。甘えも大概になさい」
生まれた頃から共にいる乳兄弟は、側近とも侍従とも騎士とも呼べる、最も身近な忠臣だ。
だからこそ、言葉が重い。王だからとすべてに諾と言うような、甘やかな覚悟ではないから。
「あなたがすべきは、心を癒すだけの女に甘えることですか。その裏で、あなたの妹君は執務をこなし、外交を深め、社交界を牽引し、身を挺しているのですよ」
苛烈に輝く深紅から目を逸らせないまま、ルドルフはじっと耳を傾けた。
これを無視すれば、取り返しのつかないことが起こると、なぜか確信がある。
「お忘れですか。姫殿下は、まだたったの十三歳ですよ」
はっと、息を呑んだ。そうだ。そうだった。どうして忘れていた。
最近の彼女があまりに大人びていて、あまりに優秀だから、つい。
「一国の王が、幼い妹君の献身に甘えるのはおやめなさい」
「……そうだな」
自分が邪魔かと問うた、シュヴィアの瞳を思い出す。
やっと気づく。あの時、ルドルフと同じサファイアの瞳にあったのは、諦観と失望だ。
ひやりと、背筋が冷えた。
ルドルフが、シュヴィアを不要と考えていると、あの子は思っているのだ。
だから、躊躇いなく毒を飲むし、毒矢にも手を伸ばす。
遅すぎるほど遅いが、ようやく理解した。
両親と姉が亡くなった時、きっとシュヴィアは心の半分を一緒に還してしまったのだ。
我儘な妹は、もういない。もう、二度と会えないのだ。
────いなくなる? あの子が?
居ても立ってもいられず、ルドルフは立ち上がった。
誰よりも信頼する深紅の近衛騎士と共に、たった一人の家族に会うために。




