会いたい人
息苦しくて痛くて、シュヴィアは熱に溺れながら必死にもがいていた。
────ああ。シュヴィア、シュヴィア。会いたいな。
今の、前世の記憶を持つシュヴィアじゃなく、以前のシュヴィアに。
いつか兄に見捨てられると知ってしまった、それでも代わりに毒を飲んだ、健気な女の子に。
「……っ、あ、……」
どうした、大丈夫か。
湯気立つ水面の向こう側から、気遣わしげな声が聞こえた気もしたが、とにかく熱い。
苦しいけれど、だからこそ、シュヴィアに会いたい。シュヴィアは、両親や姉に会いたいんだろう。
「さ……み、しぃ……」
寂しい。寂しいね、シュヴィア。たった一人で、頑張ったね。きっと、寄りかかる肩すらなかっただろう。
ああ、ここに来てくれたら。きっと、抱きしめてあげるのに。あたためてあげるのに。
おいでよ。シュヴィア。その時はきっと────
「シュヴィアっ!!」
強引に割り入ってきた咆哮みたいな声が呼び、シュヴィアの意識が少しずつ浮上する。
はふ、と熱い息を吐くと、ぬるい水が差し出された。
「…………へ、ぃか」
もしかして、今、名前を呼んだだろうか。記憶にある限り、一度も呼ばれなかった名を。
美しいサファイアの瞳を安堵に緩め、目が潰れそうな美丈夫がやんわり微笑む。
「も、少しで……会えそう、だったのに……」
口からこぼれたのは、そんな恨み言。
会いたいと言い続けて、あと少しでシュヴィアに届くような気がしていた。
そうしたら、こうして目覚めるのは、あの健気な彼女だったはずなのに。
目を見開いた兄は、なぜか痛そうに顔を歪めて、濡れた布で額を拭った。
珍しいこともあるものだと思いながら、シュヴィアはまた灼熱の中に意識を潜らせた。
「お……おまえは、何をやっているのだ……」
毒矢を受けてから、六日目の昼すぎ。
私室を訪ねてきた兄が、珍しいほどに狼狽えた声を出した。
ベッドの上で書類を片づけていたシュヴィアは、目をやった先でサファイアをまん丸くする兄の手元の花束の方が気にかかる。
「わざわざ見舞いに来てくださったんですか?」
「そ、そうだが……なぜ仕事をしている。昨日目が覚めたばかりだろう」
「仕事は待ってくれませんしねえ。左手は使ってないので、大丈夫ですよ」
休憩は適宜挟んでいるし、まあアンネはいい顔をしていないが、サポートはしてくれている。
呆れ顔の兄から花束を受け取り、いつも一緒にいるはずの人がいないことに気づいて首を傾げた。
重々しく四人もの騎士を連れているが、深紅の彼がいない。
「彼は、一緒ではないのですか」
「ああ……あいつは」
途端に、苦笑いになった兄は、椅子を引っ張ってきて座りつつ、人払いをして。
「自主的な謹慎中だ」
「はい?」
聞けば、シュヴィアが毒に倒れた時、近衛を遠ざけたことや他の諸々について、深紅の騎士から叱責を受けたらしい。
兄としては有難い諫言だったのだが、生真面目な彼は、越権行為であると言い、自ら謹慎と減給を課したという。
まあ、騎士業を謹慎してはいても、彼のことだから裏であれこれと動いている気もするが、形式は必要だ。
「はあ……まあ、王に一騎士が諫言するというのは、大変なことですからね」
「……おまえもそう思うか」
たとえ、的を射た諫言だとしても、だ。立場的に、宰相や重鎮がするのとは訳が違う。
「妥当だと思いますよ」
「だが、あいつは乳兄弟であるし、一番の忠臣だ」
「でも、側近ではないでしょう?」
「兼ねた働きはしている」
「それでも、黙して守るべき騎士です。内容にもよりますが、諫言する立場ではありません」
「…………」
国王だって完璧ではないし、迷うのだな。
シュヴィアは、なんとなく納得した心地になる。
そうだった。兄はずっと、時期王弟として生きていた、まだ二十一歳の青年だ。
立場に中身が追いつくには、年月と経験値が足りていない。
もちろん、それはシュヴィアにも当てはまる。
ふふと笑みをこぼすと、兄はぱちりと目を瞬いた。
「兼任の役職を与えてはいかがですか。諫言してもいいと、王の許しさえあればよいのでしょ」
「そうだな。近衛兼側近としよう」
ぶかぶかだ。シュヴィアも、兄も。国王としても、王妹としても。
自分たちには、まだまだ何もかもが足りていない。だからこそ、我武者羅に、一心不乱にいかねばならない。
「おまえにも許す」
不意に、兄が呟く。視線はどこか遠くに向けて、眉間に皺を寄せて。
「諫言でも、希望でも、文句でも……我儘でも」
「……」
「二人きりの家族だからな」
「ありがとうございます……?」
何かあったんだろうか。
こんなに優しげな兄は初めてで、ちょっと居心地が悪い。
こうして平和的に会話が成り立っているのも、実は初めてなんじゃないだろうか。
「とにかく、今は休め。外遊の予定もずらす」
「あ、でもストラウ国の王太子から、また訪問したいと打診が」
「……」
「訪問してくださる分には、お受けしてもいいですか?」
「……無理ない範囲で」
ならば問題ない。今だって、こうして会話もできている。
さっそく手紙を広げ始めるシュヴィアは、兄が複雑そうな表情をしていることには気づかない。
「ああそれと、彼が戻ってきたら、わたしから褒美を」
「すぐに会いに行かせる。何を渡す」
「内緒です」
一度目、兄の代わりに毒を飲んだ時にも真っ先に駆けつけたという彼に、機会があれば渡そうと思っていたものがあるのだ。
くふふと笑うシュヴィアに、少し寂しそうにしながらも、ルドルフは安堵の息を吐いた。




